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『戦闘人形セレシュ・ウィーラー』
セレシュ・ウィーラー8538

 スクールカーストというものが、このクラスにも存在していたらしい。
 頂点に立っていたのは1人の女王。その下に貴族がいて、平民がいて、奴隷がいた。
 自分はどこにも属していなかった、と少女は思っている。
 何しろ、自分は人間ではない。人間による格付けに興味はなかったし、そこへ加わりたいとも思わなかった。
 自分は、ただ自分として振舞っていただけだ。
「結果、スクールカーストが崩壊してしまった。このクラスにおいては、ね」
 クラスメイトの1人が、いきなり話しかけてきた。
 女子生徒である。そして、どうやら人間ではない。この学校では、それほど珍しい存在ではないのだが。
「いささか残念ではある。私はあれを観察するのが楽しみだったからね」
「貴女……魔族の方?」
「セレシュ・ウィーラーに痛い目に遭わされた誰かの、知り合いの遠縁、そのまた遠縁、くらいかな。ああ、別に恨みはないよ」
 魔族の娘が、にこりと微笑んだ。
「それにしてもスクールカーストの崩壊する瞬間というものは、それはそれで痛快なものだね。ただ自分らしく振舞っているだけの君に対し、女王は勝手に対抗心それに嫉妬を燃やして自滅した。気の毒だが、痛快だったよ」
「あの子……学校に、来なくなってしまいましたわね」
 若い女性が、相次いで行方不明になっている。無論、年間の行方不明者など数万人にもなるのだが。
「まさか……貴女の御親類のどなたかが、何かやらかしておられるわけではないでしょうね?」
「どうかな? 少なくとも私自身は、何もしてはいないよ」
 魔族の娘が一瞬、何かを思案したようだ。
「ただ……セレシュ・ウィーラーに痛い目に遭わされた誰かが、そろそろ動き始めてもおかしくはないかもね」
 担任が、教室に入って来た。
 この魔族の娘を少し問い詰めてみたいところではあるが、もう授業が始まる。


 午後は休診にした。別に、予約が入っているわけでもない。
 同居人の少女も、あとしばらくは学校から帰って来ない。
 だから、というわけでもないがセレシュはメイド服を着用していた。指輪を外して人形に戻ってしまった身体にだ。
 着飾りたい、という欲望が、日に日に膨れ上がってゆく。それをセレシュは、自覚はしていた。
『欲望、っちゅうか本能やな。お人形は、綺麗な格好するんが生存目的みたいなもんやし。せやけど、うち午前中はお仕事で地味ぃな白衣きちんと着とかなあかんし。けど本能抑えっ放しなんも危険やし。っちゅうワケで今日これからの時間は本能解放タイムや! 着飾るでぇ……まずは定番のメイド服や』
 自宅の庭で、セレシュはエプロンドレスを翻しながら黄金の長剣を抜いていた。
 型稽古である。白魔法と比べて剣術は今ひとつ、とは言え数百年ほど真面目に修行をした事はある。
 見えない敵を相手に、セレシュは攻撃と防御・回避を繰り返した。
 スカートが激しく舞い上がっても、股間の球体関節が丸見えになるだけだ。胸も揺れない。
『我ながら動きがカクカクしとる……最初の頃のポリゴンみたいや』
 ぼやきながら、セレシュは片手で眼鏡を押さえた。そうしないと滑り落ちて来る。
『あかんわ、首から上も何かツルツルしてきよった。対策考えんと』
 人形化が、日に日に進んでゆく。それが自分でもわかってしまう。
 ある事を、セレシュは思いついた。
『……人形っちゅうんは、広い意味で道具やな。うちの得意分野とちゃうか』


『これやで!』
 会心の出来栄えだ、とセレシュは思った。
 両眼の石化能力を白魔術で封じ、全身に防御の術式を施した。着用しているメイド服にもだ。
 人形と化した己の身体を、魔具として改造してみたのだ。
『動きのカクカクは解消でけへんけど、防御は固うなったで。まるでロボや! うん……』
 喜びながら、セレシュは少しだけ冷静になった。
『何ちゅうか……自分の身体、改造しまくった悪の科学者みたいやな。まあええわ、慣らし行ってみよか』


 とある世界の海岸に今、セレシュはいる。
 この海辺では、猛毒のツバサイモガイが貝殻を脱ぎ捨てて飛行形態となり、飛び立って行く事が多い。
 その貝殻が、魔法の装身具の材料として、なかなか重宝なのである。
『けど今の季節やと厳しかな……うん?』
 セレシュは足を止めた。
 浅瀬、と呼ぶにはいくらか深い所で、派手に水飛沫が飛び散っている。
 誰かが泳いでいる、いや溺れていた。
「た……たすけ……」
 若い女性、と言うより少女である。
 今の自分の身体で、水泳など出来るかどうかはわからない。それでもセレシュは近付いて行った。
 そして転倒した。
 片足に、何かが巻き付いている。吸盤のある触手。
 それは、溺れる少女の身体から伸びていた。
「いえぇーい! 今日の晩ごはんゲット……って何これ、何か硬いんだけど」
 少女がそんな事を言いながら、セレシュの下半身を覗き込んでくる。
 硬く滑らかな下腹部と、大腿部の球体関節が見えるだけだ。
「ちょっと……何よあんた人形? 食べられないじゃないのよォオ!」
『……贅沢言わんと、食うてみたらどないや。歯とか骨とか丈夫になるかも知れへんで』
 羞恥心の欠片も感じない。人形に、そんなものがあるはずもない。
 セレシュは苦笑しつつ、黄金の剣を抜いた。
 抜き放たれた刃が一閃し、触手を切断する。
 セレシュは立ち上がり、少女は怒り狂った。
「人形のくせに何まぎらわしく動いたり歩き回ったりしてるワケ!? ゴーレムとかオートマータの出来損ないが超生意気!」
 水中から、頭足類の触手やら海蛇の頭やらが暴れ出して水飛沫を飛ばす。
 上半身は人間の美少女だが、下半身は何やらおぞましい事になっているようだ。
『それ、あの子が聞いたら……自分、生きてられへんで。百枚くらいに下ろされて、まっずいお刺身になって野良猫の餌や』
 襲い来る触手を、海蛇を、セレシュはことごとく切り落とした。
 切り落とされたものたちが、しかしニョロニョロと生え変わり、際限なく絡み付き喰らい付いて来る。
 剣だけでは対処しきれず、セレシュは白魔法の結界を張らなければならなかった。
 張り巡らせた結界が、しかし少女の放つ水流の魔法で、次々と粉砕されてゆく。
 水飛沫を浴びながら、セレシュは防戦一方であった。
 濡れそぼったメイド服が全身に貼り付き、硬く滑らかな人形の曲線を際立たせる。
 柔らかみのないボディラインを晒しながら、セレシュは苦笑した。
『ランジェリー着けとったら、もっとセクスィーなんやけどなあ』
「何をワケわかんない事!」
『わからんでええ。とにかく、お洋服に返り血とか付くの嫌やし……これで、決めさせてもらうわ』
 両目に施した魔眼封じを、セレシュは解除した。
 解禁された石化の眼光が、少女を射竦める。
 上半身は人間の美少女、下半身は頭足類あるいは海蛇。
 そんな怪物の石像が、そこに出現していた。
 美しい顔は驚愕に引き攣ったまま永遠に硬直し、たおやかな細腕と豊かな胸の膨らみは、柔らかな躍動感を維持したまま石化している。無数の触手や海蛇が、水中から暴れ出しながら冷たく固まり、荒々しくうねる状態のまま時を止められていた。
『これ……このまま放置しとったら環境破壊かなぁ』
 セレシュはそう思うが、力仕事をしてくれる同居人が今は傍にいない。
『まぁ産廃とかやなし、単なる石や。置いといてええやろ。漁礁みたくなってくれるかも知れへんし』


「あら、お姉様。お帰りなさい……そんな初期の3D格ゲーみたいな動きで一体、どこへ行っておられましたの」
『いろいろ素材集めや……ん? 何やそれ』
 どうやら郵便物の確認をしていたらしい同居人の少女が、1通の手紙を差し出して来る。
「差出人の住所も名前も書いてありませんわ。ただの嫌がらせなら良いのですけど……何やら、おぞましい感じがいたしますの」
『……ただの、嫌がらせやな』
 封筒を手にした瞬間セレシュは、それが誰からの手紙であるのかを理解した。
『これ以上ない、特上の嫌がらせや』


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登場人物一覧
【8538/セレシュ・ウィーラー/女/外見年齢21歳/鍼灸マッサージ師】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月10日

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