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『闇に堕ちる 』
黒の貴婦人・アルテミシア8883)&紫の花嫁・アリサ(8884)

 青ざめた、と言う表現がよく似合う月が窓の外から部屋にへ行ってきた二人の女性を控えめに照らしている。
「座りなさいな」
 昨夜同様の儀式の後、紫の花嫁・アリサ(8884)を黒の貴婦人・アルテミシア(8883)が優しくエスコートした先は、豪奢な猫足のソファーだった。
「ありがとう……ございます……」
 昨夜と違う部屋に戸惑いながらも従うアリサの横にアルテミシアも座ると、アリサの背に腕を回し、対面のまま抱きしめ合う形になった。
 アリサはそれに昨夜同様確かな暖かさを感じていた。
『こうして他の方に抱きしめて頂くのはいつぶりでしょうか』
 義父や義母へ心配をさせるわけにはいかない。
 そんな思いから、常に『いい子』であろうとした。
 悲しいことがあってもベッドに入ってから声を殺して泣いていた彼女にとって人前で涙を零すこと自体が思い出せない程遠い過去の事だった。
 きっとうまく泣くことは出来なかっただろう。それでも彼女は今と同じように抱きしめ慰めてくれていた。
 それが純粋に嬉しかった。
「ねえ、アリサ」
「……?」
 おもむろにアリサを抱きしめる腕に少しだけ力が入る。
 それも愛しさが故に力が入ってしまったという感じですぐに壊れ物を扱うがごとくとても優しいものへと戻る。
「さっき貴女が愛していると言っていた者達はこんな風にはしてくれなかったの?」
「……」
 無言。
 だが、腕の中で彼女の体が少しだけ固くなるのをアルテミシアは確かに感じた。
「アリサは優しい子だもの。傷つくことも多かったわよね。そんな時でも一人だったのかしら?」
 続けて尋ねる言葉がアリサの耳に流し込まれる。
『誰にも見せたくない。それが私の意思』
 事実であり、真実であるはずのその一言が何故か出ない。
「私などどうでもいいのでしょう……。上辺だけの人達ですから」
 溢れた言葉に一番衝撃を受けたのは彼女自身だった。
『そんなはずはありません。決して裕福ではないあの人たちが上辺だけで自分をここまで育ててくれるはずはないのだから』
 口から溢れた毒を打ち消そうとするアリサの耳に心から同情するようなアルテミシアの言葉が入ってくる。
「そう……酷い者達……」
 背中から頭へ移動し撫でるその手はさっきにも増して優しく、アリサがずっと欲しかった温もりを与える。
『酷い人。それがあの人達の本質……?』
 それが真実であるような気がした。
 泣きすぎて目が腫れてしまった朝もあった。声が殺しきれない夜もあった。それでも、あの人達は何も言わなかった。
「……」
 空気に溶ける程か細い嫌悪の言葉が聖女の口から溢れた。
「そんな者達をこれからも愛していくの?」
 さも当然であるかのように疑問を投げる貴婦人の口元が上がっていることを乙女は知らない。
「も、勿論です……私はそんな彼らを愛して……」
「貴女は愛している者に対してそんな言葉が出てくるの?」
「……」
 これが自分の夢であるといまだに信じているアリサには彼女の言葉が自分の本心であるかのように感じられる。
「それは……」
『そう、これは愚痴のようなもの。彼らを愛する心とは関係ありません』
 そう頭で思った。いや、言い聞かせたの方が正しいのかもしれない。
 しかし、心がそれに対して疑問を投げかける。
「本当は嫌悪しているのでしょう?愛している。そう言い聞かせているだけではないの?」
「……っ?!」
 はっとなって彼女の肩に埋めていた顔を上げる。
 目の前の女性の言葉は自分の中に湧き上がった疑問そのものだった。
「あなたは……」
 そこでアリサは言葉を止める。
 目の前の名も知らない女性が誰なのか訊くことはとても恐ろしいことの様に感じられた。
 多分、いや、もう核心めいた想いがアリサの心に芽生えていた。
『彼女は私自身。私の本心なのですね』
「偽る必要なんてないわ」
「…………」
 少しの躊躇いの後、アリサの口から漏れ出てきたのは人々への不満や嫌悪、罵りの言葉。
 これは、黒い感情に支配されないよう神がお与えになったチャンスなのだろう。ここで悪しき思いをすべて吐き出せば明日からまた彼らを心から愛することが出来る。
 昨夜より酷い言葉に彩られたそれを吐き出し続ける彼女にもそんな聖女らしい思いがどこかに合ったのかもしれない。最初の一言、二言には。
『あぁ……あなたの言う通りでした』
 彼女の心に注がれ続けた黒蝶の毒が麻薬の様に彼女の心を狂わせ、黒い感情を吐き出せば吐き出す程、心が解放される様な感覚をアリサに与えていく。
 何も知らない聖女は今まで感じたことのない高揚感と幸福感に口元に笑みを浮かべ黒い言葉を吐き続けた。

  ***

「そんな愚かな奴らに似合うのは嘲笑と侮蔑だとは思わない?」
「ええ。私もそう思います。そう言ったものは彼らにこそ相応しい」 
見つめ合い、聖職者とは思えない言葉を何の躊躇いもなく口にするアリサにアルテミシアの喉がくくっと鳴る。
「私を感じて、受け入れなさい」
 顎に指を這わせ、唇が触れ合う様な距離で囁くアルテミシアにおそるおそる唇を重ねるアリサ。
『気持ちいい』
 一度知ってしまえばもう我慢は出来なかった。そもそも我慢などする必要もないのだと小さく頭を振ってアリサは黒の貴婦人との口付に夢中になった。

 女性特有の柔らかさと甘さ。キスと共に注がれる愛の言葉はアリサを背徳の悦びへ堕とす。
 いつの間にか闇に飲まれた月。惑う彼女の心はまた、闇蝶の鱗粉に惑わされ、確実にそちらへと歩んでいく。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8883 / 黒の貴婦人・アルテミシア / 女性 / 27歳(外見)/ 光る闇蝶 】

【8884 / 紫の花嫁・アリサ / 女性 / 24歳(外見)/ 惑う盲者 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 アルテミシア様、アリサ様、度重なるご依頼ありがとうございます。

 今回は前回の次の夜ということでしたので、前回の続きになるようにと何か所か前回から引き継いでいる部分がございます。照らし合わせて楽しんでいただければ幸いです。

 お気に召されましたら幸いですが、もしお気に召さない部分がありましたら何なりとお申し付けください。

 今回はご縁を頂き本当にありがとうございました。
 またお会いできる事を心からお待ちしております。
東京怪談ノベル(パーティ) -
龍川 那月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月13日

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