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『I deserted the ideal. But―― 』
玉兎 小夜ka6009

 ZIP ZIP.
 弾丸が砂塵を突き破り、誰かの肉を食い破る音――聞いたことのある音。慣れ親しんだ音。
 玉兎 小夜(ka6009)が瞼を開けば、そこは冷たい砂風が吹く町だった。銃声が遠く聞こえる。なのに誰もおらず、ガランドウで、生き物の気配もない。ただ、星のない夜空に紅い月だけが浮かんで、血を滴らせるように世界を照らしている。
(ここは……)
 疑問が湧いた刹那、一陣の風が砂を巻き上げた。そして、煙るヴェールが掠れた頃――小夜の正面にはいつのまにか少女が一人、立っていた。

 襤褸外套に、不気味なほどの白い大剣。銀の髪に、赤い瞳。
 それは他ならぬ――小夜自身の姿をしていた。

「許されると思うのか……私が殺した命たちを」

 どろり。両の目から泥のような血涙を流しながら、もう一人の小夜が唸るように呟いた。

「忘れたのか……私が救えなかった命たちを」

 一歩。幽鬼のような足取りで、もう一人の小夜が迫る。刃の切っ先を突きつけられて、小夜は思わず後ずさった。
「っ あ、……」
 ひゅ、と小夜の喉が詰まる。見開かれた瞳は狼狽に震えていた。赤い瞳に、もう一人の小夜が映る。歯列を剥き出し、憎悪をその身から溢れさせた銀の少女が。断罪者が。
「人殺しッ! 薄汚い殺戮者ッ! 自分のために命を奪った虐殺者ッ! 呪われろ、呪われろ、呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろッ!!」
 もう一人の小夜が吼える。脳味噌を殴り付けるような呪詛に、小夜は思わず耳を塞いだ。けれど「違う」とは口にできない。反論の言葉が出てこない。

(だって……事実だ)

 私は――
 私は殺人鬼だ。
 かつては、記憶を失い無知ゆえの安息を貪っていたけれど。
 今はもう、全てを思い出している。
 たくさんの命を奪ってきた、自分のおぞましい罪を……。

「何人殺した!? その手で! 剣で! それで……一体何を護れた? 偽善者を気取れば罪がなくなるとでも思ったの? 笑わせる。本当は人間が憎いくせにッ。人間が大嫌いなくせにッ。ご都合主義の綺麗事ばかり、結局自分が可愛いだけだろうがッ!」

 断罪者の糾弾が続く。魔女を狩る異端審問官のごとく。
 その言葉は全て真実だ。真実は杭となって、小夜の心を磔刑にする。

 ――憎い。
 人間が憎い。
 生きていてもいいと教えてくれた人を殺した人間。
 愛してるあの人を助けなかった人間。
 醜くておぞましい感情が、どんどん、どんどん、小夜の心から染み出してくる。

 嗚呼、汚い。なんと汚い私だろう!

 こんな私など、
 こんな私など、いっそ!

「死ね!」

 死んでしまえ!


「私は死んでしまえばいい!」


 もう一人の小夜の、白い剣が振り上げられた。
 それはまっすぐ、膝を突き項垂れた小夜の首へと振り下ろされて、……


「いやだ」


 ――小夜が持つ、漆黒の巨大刀に受け止められる。

「いやだ。私は……私は!」
 白い刃を跳ねのけ、小夜は立ち上がる。凛と、もう一人の自分を見澄ました。

 アレは私。
 私の中の憎悪。
 私の自罰。私の贖罪。私の罪悪感。
 汚泥の象徴たる、私自身。
 “私”を赦せない“私”。
 “私”を殺したい“私”。

「私は――“私”に飲まれるのは、いやだ!」

 言下、小夜は一気に、もう一人の小夜へと間合いを詰める。銀の髪がなびく。その速さは弾丸のよう。真っ黒の刀と真っ白の剣がぶつかり合う。力は拮抗。ギリギリと刃同士がこすれて火花が散る。
「私の抱える死者たちが叫ぶ怨嗟の嘆きが、聞こえないのか!」
 至近距離、もう一人の小夜が叫んだ。
「私自身が、私を裏切るのか!!」
 唸る声と共に、もう一人の小夜が力技で小夜を押し飛ばした。乾いた大地を数歩、小夜は踏み止まる。瞬間に突き出された白い刃が、死の冷気と共に小夜のコメカミをかすめた。間一髪、銀の髪の束が舞う。ぱっくり裂けた白い額からはおびただしいほどの血が流れた。
「っ――」
 右目に流れ込む血。視界の半分が赤く染まる。振り下ろされた白い一撃を、小夜は跳び退いてかわす。地面が大きく抉れ、土煙が舞い上がる。
「忘れるな、忘れるなッ!」
 荒れ狂うケダモノのごとく。土煙を掻き破り、もう一人の小夜の攻勢が止まらない。荒々しい殺気の刃を小夜はその刀で受け止めるも、次第に幾つもの切り傷がその身に刻まれ始めた。
 それでも。
「忘れるはずがない……」
 小夜は退かない。逃げない。恐れない。真っ向から、“自分”に挑む。

「いつも私にはあの怨嗟が聞こえる」

 人殺し。
 人殺し。
 人殺し。

 浅ましい。
 おぞましい。
 汚らわしい。
 気持ちが悪い。

 奪うことしかできない。
 壊すことしかできない。
 護れる資格も助ける器もないかもしれない。
 人が、世界が、憎くて憎くて堪らない。
 綺麗事ばかり、偽善者気取り。

 でも、でも、でも!

「……だからって、負けられない」

 瞳が赤く、煌々と光る。
 鮮血の戦気が、刃に満ちる。

「いつも影だった私が、『玉兎』として生きられるこの生を。誰かに負けるならまだしも、自分に負けて終われなんて――しない!」

 だから私は、私を殺す。
 生きるために、私を殺す。
 私になんか、負けたくない。

「はアッ!!」
 一気呵成に飛びかかっては、全身全霊の力で刀を叩き付ける。本気の刃だ。玉兎小夜という命を懸けた全力の闘争だ。
 もう一人の小夜が押しやられる。その間隙を縫い、小夜は閃かせる太刀筋で深い傷をもう一人の小夜に刻んだ。鮮血が咲く。
「生きるというのか? この理不尽ばかりの世界を! 憎たらしい奴らで溢れた汚い世界を! 報われなんかしない、足掻いたところで救われない、どうせ絶望するだけだッ! 苦しいだけだッ!!」
 血を吐きながら、もう一人の小夜が剣を振るう。
「だから何だッ!」
 地獄でなぜ悪い。小夜は刀を振るい返す。自棄ではない。諦念ではない。絶望ではない。これで許される救われると花畑の思考でもない。小夜は見据えているのだ。たとえそれが、底無しの悲しみと憎しみを湛えた奈落だろうと。
 我武者羅だった。体ごと突撃し、切り裂かれながらも刃を捻り、小夜の刀が、もう一人の小夜の剣持つ腕を刎ね飛ばす。血飛沫と共に宙を舞い、白い剣が遠くの地面に突き刺さる。
 もう一人の小夜の瞳が見開かれた。
 そこに、小夜の赤い瞳が――そして黒い切っ先が、映って。
 刃が、突き立てられる。
 もう一人の小夜の、右の瞳に、墓標のごとく。

「それでも……私は、玉兎として生きる。願われた乞われた望まれた! だから、死にだけ縛られては生きられないんだ!」

 自分として生きるために。
 今までの自分に、そう告げた。
 
 ――静寂。

 小夜が刃を引き抜けば、事切れたもう一人の小夜が緩やかに、乾いた地面にくずおれる。
 ぽた。ぽた。滴る血と、染まっていく世界。
 ぽたり。小夜の顎先からも、血が落ちる。血の出どころは――小夜の右目。

 もう一人の小夜は、小夜自身。
 もう一人の小夜の傷は、小夜のもの。

 刹那の出来事である。
 おびただしいほどの血が小夜の右目から噴き出して。次いで腕がボトリと落ちて。黒い刃が転がる足元、瞬く間に血の雨が降り注ぐ。

 ――斃れ伏す寸前。
 小夜の片目に、空が映った。

「……き れい、……」

 そこに紅い月はなく。
 流れ星を降らせ輝く、満天の星空が――……



『了』




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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玉兎 小夜(ka6009)/女/17歳/舞刀士
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2017年11月14日

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