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『罪人には甘き報いを 』
ファルス・ティレイラ3733

(ここ……どこだっけ……わたし…………)
 ふわふわとした、どこか足元がおぼつかない世界でファルス・ティレイラは思う。考えようとしても、どうにも頭の中が靄がかっているかのように不明瞭で上手くいかなかった。
 身体は動かない。そもそも、動かすという気持ちにすらならない。今のティレイラに出来る事といえば、ただ、ぼんやりとする事だけである。
 魔族の少女の振るった魔力の杖によりチョコレートで全身をコーティングされてしまったティレイラは、未だ解放されずにその甘い拘束に囚われていた。甘い魔力はティレイラの思考すらも奪い、彼女に少しの自由も許さない。
(なんだか……わたし……まるで……)
 ――まるで夢の中にいるようだ。全ての力を抜き、水の中を漂っているかのような感覚。
 その心地よさに、ティレイラは全ての思考を止め身を預ける。状況すら満足に把握出来ていない彼女に、抵抗してこの拘束から逃れようという気持ちが湧いてくるはずもなかった。

 ◆

 鼻歌まじりに自身の隠れ家へと入ってきた魔族の少女は、ご機嫌な様子で盗品であるコレクションの数々を眺め始める。どれもこれも、綺麗でキラキラとしていて素敵なものばかりだ。
「でも、やっぱり一番のお気に入りはこれよね!」
 そう満面の笑みを浮かべ言い放った魔族の前にあるのは、ティレイラ型のチョコレート。否、魔法のチョコに身体を覆われてしまったティレイラ本人である。
 コレクションの一つにしてしまった彼女の事を、魔族はまるで宝物に触れるように愛しそうに撫でた。
「相変わらず良い香り! それに、見た目も最高っ! いくらでも眺めてられるわね!」
 こうやって、一日に何度もティレイラを可愛がり語りかけるのが魔族の少女の日課となっていた。日が経とうが香りが薄くなる事も色が褪せる事もないこのチョコレートは、魔族の少女を飽きさせる事なく楽しませてくれる。魔法の杖のほうもお気に入りで、あれからいつも持ち歩いている程だ。
「アタシがここで一生可愛がってあげるから、アンタも安心していいわよ! なんて、チョコになったアンタに聞こえてるわけないけど! キャハハハハッ!」
 不意に、ピシリ、とチョコの表面に音もなく小さなヒビが入る。僅かな魔力の綻びに、魔族の少女が気付く事はなく彼女はご機嫌な様子で笑い声をあげ続けていた。

 ◆

 魔法の杖から放たれた魔法のチョコレート。無論、そのチョコを維持するのには魔力を要する。
 その魔力は、日が経つにつれて少しずつ消えていった。徐々に魔力が薄くなると共に、チョコには綻びが出来始める。
(あれ? 私……何して……?)
 そして、それと同時にティレイラの意識の方も徐々に回復していった。ふわふわとしていた思考が、少しずつクリアになっていく。
(――そうだ! 私、あの魔族の少女にやられてっ……!)
 こうしてはいられない。自分が今置かれている状況を思い出し、ティレイラは慌てて打開策を探し始める。
(魔力も回復してきてる。……いけるっ!)
 集中し、ティレイラは自身の魔力を使いチョコの拘束に抵抗し始めた。今自分が出せる、めいっっぱいの魔力。その全てを使い、魔法のチョコに抗う。
 ティレイラが魔力を込めるたびにチョコに入った綻びは多くなり、やがて、何かが割れるような音が辺りに響いた。

 ◆

「やったっ! 脱出成功!」
「……え? な、何!?」
 自由を取り戻したティレイラのすぐ近くに、ポカンとした顔をした魔族の少女の姿がある。ティレイラはその手に握られている魔法の杖に気付くと、突然の事に怯んでいた少女から素早くそれを奪い取った。
「や、やだ! ちょっと返しなさいよっ!」
「それはこっちのセリフ! もともと、これはあなたのものじゃないんだから!」
 慌てて魔族は杖を取り返そうと腕を伸ばしてくるが、ティレイラは展開したままだった翼で飛翔しそれを避ける。そして、杖を魔族の少女の方へと向けて一度振るった。
 杖から飛び出てきた魔法のチョコレートが、今度は魔族の少女へと絡みつく。
「な、何すんのよ! アタシがチョコになったらどうしてくれんの!? 最低っ!」
「散々人の事を弄んで、今更何を言ってるのよ! 少しは反省しなさい!」
 形勢逆転。ティレイラは今までのお返しとばかりに杖を振り続けた。

 やがて、魔族の少女の怒鳴る声も消え、室内は途端に静かになる。ふぅ、と一息吐いたティレイラが魔族の少女の方を見てみると……そこには、すっかり全身チョコレートになり固まってしまった彼女の成れの果てがあった。
 恐る恐る、といった様子で、ティレイラはそのチョコレートに触れる。その香りも、触った時のひんやりとした感触も、まさにチョコレートそのものだ。先程まで自分もこんな風になっていたなんて、到底信じがたい。
 ティレイラの鼻孔を、とびきりの甘い香りがくすぐる。室内を満たしているその匂いは、今までティレイラが嗅いだどのチョコレートの香りよりも濃厚で甘いものであった。
「すっご〜い! こんなに大きくて美味しそうなチョコレート、初めて見た……!」
 魔族とティレイラの立場は、すっかり逆転してしまった。ティレイラは、興味深げに瞳をキラキラと輝かせ様々な角度からそのチョコレートを眺め始める。
 今まで一度も見た事がない、巨大で美しい造形のチョコレート。そんなものを前にして、好奇心旺盛なティレイラが落ち着いていられるはずもない。
「んん〜! 美味しそ〜!」
 少女の興奮は、しばらく収まりそうにない。魔族の少女が薄れ行く意識の中で最後に聞いたのは、ティレイラの楽しげにはしゃぐ声であった。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3733/ファルス・ティレイラ/女/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターのしまだです。このたびはご発注ありがとうございました。
前作の続きという事で、形勢逆転なティレイラさんのお話、このようになりましたがいかがでしたでしょうか? お楽しみいただけましたら幸いです。何か問題等御座いましたら、お手数ですがご連絡ください。
それでは、またいつかご縁が御座いましたらよろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月15日

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