▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『死闘・人形館』
セレシュ・ウィーラー8538


 いつも通り色々と調べ物をしていたようだが、疲れ果てて眠ってしまった。
『うちを元に戻すために、ご苦労さんや。けど学校の勉強も、ちゃんとやらなあかんで』
 寝息を立てている少女の身体に、セレシュは布団を被せた。
 この少女に頼らずとも、こうして魔法の指輪をはめておけば生身に戻る事が出来る。外見上は、だ。
 幻覚のようなもの、に過ぎない。本質的には、今のセレシュは人形のままだ。
 人形化が進んでいる、とも言える。
 こんな状態で、果たして勝てる相手なのか。
 このような招待状、無視してしまうべきではないのか。
『そしたらアレや、ここまでカチ込んで来るかも知れへんしな……』
 自問に答えを出しながらセレシュは、ベッドですやすやと眠っている少女に背を向けた。
『この子を、守らなあかん……とか柄にもない事、考えとるんか? うち……お人形化が進んで、頭がワヤになりかけとるなあ』


『ほい、お邪魔さん……』と
 セレシュ・ウィーラーが洋館に足を踏み入れた瞬間、エントランスホールに明かりが灯った。
 洋館の主人である女性が、足取り優雅に階段を降りて来る。ゴシックロリータ調の衣装が似合う、優美な肢体。
「ようこそ……あら、お1人様ですの?」
 ヴェールの下にある美貌が、にやりと不敵に歪む。
「2名様ご招待、のつもりだったのですけど」
『子供は寝る時間や。明日も学校やしな』
 応えつつセレシュは、白衣の内側から剣を抜いた。黄金の長剣。
『っちゅうワケで大人同士、話つけたろやないの』
「ふふっ、まさか……まさか、とは思いますけど……」
 階段を降りて来た魔女の周囲に、いつの間にか、いくつもの人影がある。
 若い女たち、少女たち。そして、人形たちでもあった。
 ここ最近の、行方不明者たちが、動く人形となって魔女に付き従っているのだ。
「まさか本当に……お話だけで済むなんて……」
『……思うとるワケないやろがッ』
 セレシュは踏み込み、黄金の長剣を一閃させた。
 その時には魔女が、暗黒を放っていた。
 闇そのものが、黒い蛇の如く禍々しくうねってセレシュを襲う。暗黒それ自体で組成された、蛇あるいは鞭。
 それらがセレシュの周囲で、ことごとく砕けちぎれた。衝撃と同時に、白い光の紋様が浮かんでは消える。
 白魔法の結界をまといながら、セレシュは剣を振るっていた。
 黄金の刃の斬撃が、魔女の優美な姿を叩き斬って消滅させる。幻影だった。
 一瞬後、魔女は、ゆらゆらと動く人形の群れの中にいた。
 人形たちを、盾にしている。
 魔女に、恐らくは生命力の全てを奪われて人形と化した娘たち。元に戻してやる手段が、ないと決まったわけではない。
 その思いがセレシュに、剣を振るう動きを鈍らせた。
「ふふっ。魔獣族の方が、一丁前に……人の心のようなもの、お持ちのつもりでして!?」
 暗黒の鞭が、人形たちを迂回しつつセレシュを打ち据える。
 キラキラと光の破片が散った。結界が、粉砕されていた。
『くっ、そっちかて一丁前に……黒魔法の腕ぇ、上げとるやないの。なら、これでどないやっ』
 セレシュは、己の両目に施しておいた魔眼封じの術式を解除した。
 石化の眼光が、魔女を直撃する。
 何事も、起こらなかった。己の眼光が砕け散ったのを、セレシュは呆然と感じた。
『自分……まさか……お人形?』
「そういう事ですわ。私の身体、すでに人形化が施されておりますの。石化による上書きは不可能でしてよ」
 言葉と共に、セレシュの全身にビシビシィッ! と衝撃が巻き付いて来る。
 暗黒の鞭が、セレシュの身体を、打ち据えながら絡め取っていた。
 白衣がちぎれ飛び、そして指輪が砕け散った。
「……あら、貴女もですの? セレシュ・ウィーラー」
 手袋、それに靴下と靴だけという装いのセレシュを、魔女が興味深げに見据える。
「おぞましい魔獣族のお姉様が、出来損ないのゴーレムのようなお人形になってしまわれたのね……ふふっ、無様な事!」
 暗黒の鞭が、セレシュの人形化した肌を直撃する。
 激痛に、セレシュが歯を食いしばっている間。暗黒の鞭は砕け散り、闇の粒子となって消えた。
「くっ……何、この……アイアンゴーレム以上の、頑強さ……」
『……うちを誰やと思うとる。魔具職人セレシュ・ウィーラー、魔界にまで名前の知られた最強のものづくり系女子や』
 歯を食いしばりながら、セレシュは微笑んだ。
『人形も魔具の一種、強化改造はお手の物やでえ』
「このっ、動くガラクタがッ……!」
 暗黒の鞭が、叩き付けられて来ては砕け散る。
『ガラクタやない。今の、うちはなぁ……この世で最強の、お人形や』
「……そう。お人形である事を、誇りに思っておられますのね」
 魔女が禍々しく微笑みながら、指を鳴らす。
 動く人形たちが、セレシュの眼前に巨大な鏡を運んで来た。
 衣服のちぎれた己の全身を、セレシュはじっと見つめた。
 自分は、新しい服を着なければならない。自然に、そんな気分になった。
「綺麗なお洋服、着せて差し上げましょうか?」
『助かるわ。うち、お人形やし……』
 魔女の言葉にセレシュは思わず、そんな答え方をしていた。
『……なっ、ワケないやろ! 今の無しや』
「私、今お姉様にね、本能を増幅強化する魔法をかけてみましたの」
 言いつつ魔女が、再び指を鳴らす。
 人形たちが、黒いゴシックロリータ調のドレスを一揃い、セレシュの眼前で広げて見せる。
「お人形の本能とは何か、もうわかっておられるのでしょう? これ、着せて差し上げてもよろしくてよ……私に、お願いして御覧なさいな。着せ替え人形のお姉様」
『アホ言うとれ……』
「そのような物言い、いつまで保ちますものやら。見ものですわね」
 魔女の優美な五指が、セレシュの端正な顎にまとわりつく。
「我慢は身体に良くありませんわよ? いくらお人形の身体とは言え……ね。服を着ていない人形ほど、みすぼらしいものはありませんわ。そうでしょう? お姉様」
『アホ……言うとれ……』
「綺麗なお洋服を着てこその、お人形ですわよ」
『誰が着るかいな……そない、オタク受けしかせぇへん服……』
「着たいのでしょう?」
『誰が……』
「お姉様が、ですわ」
『何を……』
「綺麗な、服を」
『うちが……綺麗に……』
「綺麗に、なりたいのでしょう?」
『誰が……』
「お姉様が、ですわ」
『うちを……』
(お姉様……なぁんて、呼んでええんは……1人だけや……)
 その言葉を、セレシュは発する事が出来なかった。


 学校へ行く、どころではない。
 セレシュ・ウィーラーの姿が、見えないのだ。
「お姉様、お姉さま! 一体どこにおられますの!? ねえちょっと!」
 そんなふうに捜し回ったのは、1分間か2分間の事である。
 彼女の行方は、すぐに明らかになった。
 差出人の住所氏名が記されていない、どこかおぞましい感じのする手紙が、卓上に放置されたままなのだ。
「こんなものに、のこのこ誘い出されて行くなんて……頭の中までお人形になってしまわれたとでも!?」
 少女は、セレシュの胸ぐらを掴んで、人形と化した頭を思いきり揺さぶってやりたい気分だった。


 ある意味、永遠の夜に支配された洋館ではあるが、とりあえず朝は来た。
 朝日が差し込むエントランスホール内で、その人形はまるで犬のような姿を晒している。
 欧米人女優にもそうはいない、美しい金髪と碧眼。その艶やかさはしかし見事な造形物としてのそれであり、生気の輝きは全く感じられない。
 たおやかな肢体は、黒を基調とするゴシックロリータ調のドレスを着せられたまま、四つん這いの形に折り曲げられている。
 スカートがはしたなく捲り上げられてはいるが、露わになっているのは若い娘の魅惑的な尻ではなく、単なる人形の一部分に過ぎない。
 つるりとした、滑らかな膨らみ。
 完璧に造形されたヒップライン、ではある。形良さはあっても、しかし生きた柔らかさはない。
 硬質の色艶を有する、その部分に、魔女は扇子を叩き付けた。
「羞恥心まで失ってしまわれたのかしら? それとも最初から、そのようなものお持ちではない? ねえ、恥知らず若作りの無様なお姉様!」
 2度、3度と扇子が尻にぶつかって来る。
 人形と化したまま、彼女はしかし何も感じなかった。
 感覚も、そして思考も、感情も、一切が失われている。
 朦朧とした何かが、頭の中に残っているだけだ。
「さて後は……私の、出来損ないも甚だしい分身体が残るのみ。この世にこびりついた、僵尸よりも醜く汚らしい沈殿物を……どう綺麗に片付けて差し上げましょうか、ねえ。うっふふふふ」
 魔女が笑う。
 人形と化したまま、彼女はもはや聞いてはいない。
 自分の名前すら思い出せなくなった頭の中で、曖昧なものが虚しく渦巻くだけだ。
 何もわからない。何も出来ない。
 人形に出来るのは、ただ虚空を見つめる事だけであった。


ORDERMADECOM EVENT DATA

登場人物一覧
【8538/セレシュ・ウィーラー/女/外見21歳/鍼灸マッサージ師】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.