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『『魔女』の棲み家 』
満月・美華8686


 その日、キジ猫の歌留太(かるた)が暮らす古書店は、朝から閑古鳥が鳴いていた。
 店主に番を任された女は、昼食を食べた後には居眠りをはじめる始末。

 ――遊び相手になってくれれば、きっと目が覚めますよ!

 女のまわりでニャーニャー鳴き続けていたら、うるさいから外へ行っていろと店から放りだされた。
 太陽は中天に在り、陽射しがぽかぽかと暖かい。
 ときおり厚い雲が流れゆくが、今日は散歩には良い日和だろう。
 たまにはあてどなく歩くのも良いかもしれないと、歌留太はぽてぽて、街を歩きはじめた。


 花あれば、前脚でつつき。
 鳥みれば、勢いよく跳ね。
 風ふけば、漂う焼き魚の香りを胸いっぱいに吸いこんで。
 気の向くまま歩いていた矢先、ある屋敷が眼にはいった。
 賑やかにひとが出入りする家とはちがった、どことなく寂れた気配。

 ――ここも、カンコドリが鳴いているようです。

 飼い主に拾われていらい、ひとの傍で暮らしてきた猫には、その空気がどこか恐ろしく感じられて。
 すぐに立ち去ろうとしたその時、屋敷からうめき声のようなものが聞こえた。
 思わずぴんと耳を立て、声のした方角を探る。
 一歩二歩、歩みをすすめ。
 もう一度、確かめるように耳を四方へと向ける。
 声は、屋敷の中から聞こえてきている。
 玄関は閉ざされていた。
 庭をよこぎり入り口を探してみれば、一か所だけ、閉め忘れと思しき窓があった。
 人間であれば腕が通るか通らないかといったすき間だが、小柄な猫である歌留太には十分なすき間だ。
 するりと屋敷へと入りこみ、ふたたび、聞こえくる声に耳を傾ける。
 そうして歌留太はひたすら、声のする方を目指し、歩き続けた。


 やがて行きついた先には、扉の開けはなたれた部屋があった。
 聞こえるのは、身の毛がよだつような、苦しみうめく声ばかりで。
 以前、店番の女に読んでもらった残酷童話が脳裏をよぎった。

 ――もしかして。あれが、ひとをマルカジリする悪い魔女なのでは……。

 おそるおそる、入り口から部屋をのぞきこむ。
 見えたのは、大きな寝台。
 その上に、ひときわ大きな山がそびえたっている。
 よく見ると、山は声にあわせてわずかに上下しているようだ。
 忍び足で部屋に入るも、歩いた拍子に落ちていた本を踏みつけてしまった。
 バサリ、音をたてると同時に、山がびくっと大きく震える。

 ――ひにゃっ!!

 一足飛びに入り口まで戻り、壁に身を寄せ、しばし姿を隠す。
 たっぷり時間がたってから、耳もヒゲもしっぽもぴんと立てた超警戒モードで、そっと部屋をのぞきこむ。
 山はまだ、ゆっくりと上下運動を繰りかえしており。
 よくよく見ると、寝台の端から、女の顔と手が見えているのに気付いた。

「いらっしゃい」

 声とともに、ゆったりとした動きで自分を手招く。
 歌留太の脳裏に、一瞬、『マルカジリ』された己の姿がよぎる。
 このまま帰らなかったら、店番の女は泣くだろうか。
 飼い主は心配してくれるだろうかと想いはせ、眼がうるむものの、女はじっとこちらを見て微笑んでいる。
 女の表情から、邪悪な気配はしない。

 ――捕まらないように、すこしだけなら……。

 たぶん、そんなに悪い魔女ではないと言い聞かせ、足があると思しき寝台の端に飛び乗る。
 改めて寝台の上を見やり、驚いた。
 それまで山と思っていたそれは、どうやら女の腹であるらしい。
 歌留太は、飼い主や店番の女のような、超常を越えた力は持っていない。
 しかしそれをひと目見て、全身の毛が逆立った。
 本能が、これが『よくないもの』であることを告げている。
 歌留太が足元から動かずにいることに気づき、女はふたたび声をかけた。

「そこにいては……見えないわ。こっちへいらっしゃい」

 呼びかけられ、猫はぴょんと腹を飛び越え、女の顔のそばに降りたった。
 まだ警戒を解いていなかったが、女を見やれば、彼女自身が邪悪なのではないことだけは、わかる。

「こんにちは……。私は、満月・美華。あなたは?」

 ――僕は、歌留太といいます。

 しごく真面目に答えはするものの、ひとの耳にはすべてニャーンとしか聞こえない。
 それでも、投げかける声にあわせて反応を返してくれるのが嬉しかったらしい。
 美華と名乗った女は、その後しばらく、傍らの子猫に声を掛け続けた。


 しばしの間一緒にいたものの、歌留太は最後まで、女の腹には近づくことができなかった。
 やがて立ちあがり、帰るそぶりを見せる猫に、

「またおいで」

 と、女が微笑む。
 その手は、弾けんばかりにふくらんだ腹を撫でており。
 歌留太はニャーンとひと声、暇を告げると、寝台から飛び降り、扉をすり抜け走った。
 もと来た廊下を駆けぬけ、開きっぱなしの窓を乗り越える。
 荒れ果てた庭をよこぎり、門まで来ても、猫は一度も屋敷を振り返らなかった。
 そうしたが最後、『なんだかよくわからない恐ろしいもの』に、しっぽを掴まれてしまいそうな気がしたのだ。

 小柄なキジ猫が、一目散に街を走る。
 暮れかけた空には、ぽっかりと、月が透けて見えていた。



 了





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【NPC/歌留太/男/1歳/子猫】

【8686/満月・美華/女/28歳/魔術師(無職)】



東京怪談ノベル(シングル) -
西尾遊戯 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月16日

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