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『パレードの竜妃 』
松本・太一8504

 松本太一は、猛烈な居心地の悪さを感じていた。
 夜宵として街中にいることは、もう慣れつつある。その際に美女として注目を浴びることにすら。
 けれど、目下の難題は、美女になっていることではなくて。

 イチジクの葉は、果たして衣服と言えるのか? という問題だった。



 ハロウィンの夜。都内ではあちこちでパレードが催されている。
 太一が今参加しているのはその一つ。
 平凡な中年男性だった時には遠巻きに眺めるくらいだった、まったく縁のなかったイベント。
 けれどこうして参加してみると、面白おかしく仮装したみんなの浮き立つような気分に釣られ、自然とこちらも愉快になってくる。……自分の現状さえ完全に無視すれば。
『いつの間にか実験台からイベント参加になっていたわね』
 太一と一体化している女悪魔が内心で語りかけてくる。ああ、その問題もあった。
(そこは……まあ措くとして)
 誘ってきた先輩魔女と注意深く距離を置けば、単なる実験台で終われていたかもしれない。けれど、そこはいい。彼女自身も、彼女が経営する美容院のスタッフも、気のいい人たちで、彼女たちと一緒にパレードに参加することは、むしろ楽しみですらあったのだ。……今日、実際にメイクを施されて、あることに気づくまでは。
「すごーい! ドラゴンですかあ?」
「リアルだねえ。ちょっと怖いかも」
「ハロウィンだから怖いぐらいでいいんだよー」
 若い女の子たちが、太一の横を追い抜いていきながら、きゃいきゃいと騒ぐ。
 今、太一は夜宵の姿の上にメイクを施されている。先輩魔女はドラゴンクイーンと呼んでいたが、確かに竜のお妃という言葉が似合いそうな姿である。
 メイクの実験台になっていた時はやり過ぎなまでにドラゴンらしさを付与されていたが、今は歩きやすさなども多少は考慮して、四肢は人型を強めに残している。
 ただし、尻尾は長め、翼も大きめ、そして特に頭部がすごい。
 特撮に登場する怪獣の頭部さながらに、夜宵の面影などどこにもない。メイクのさなかには、美容院のスタッフたちに好奇の視線で眺められたものである。
 でも、それも今となっては却ってありがたかった。
 この仮装なら、まかり間違って夜宵を知る人物に出会っても、夜宵と気づかれる可能性は皆無である。

 真の問題は。
 先輩魔女が無駄なまでに技術の粋を凝らしたメイクに違和感がなさ過ぎて、まるで素っ裸で表を歩いているような気分にさせられることだった。



(裸で街中を歩くなんて……)
『裸じゃないわよ。肝心なところはあの子がきちんと隠しているでしょ』
 メイクの中で赤面する太一に、女悪魔がツッコミを入れる。
(だから、葉っぱで大事なところを隠すのは、果たして服を着ていると言えるのかという話で……)
 別に、煽情的ななりをしているわけではない。股間や胸以外の部分も覆われていて、むしろ他の人が見る分には普通のコスチュームプレイに見えているだろう。晩秋の夜気が時折風となって吹き過ぎるが、それに対する防寒もしっかりしている。
 なのになぜ、こうも裸になった時のように感じてしまうのか。

 恥ずかしさと頼りなさが、メイク完了時点からずっと太一を包んでいる。
 最後にマントでも着せてくれるのかと思っていた先輩魔女は、裸感覚の太一をそのまま外へ放り出して面白げに笑っていた。あれはきっと、わかっててやったに違いない。まあ、魔女が完全無欠の人格者なんてわけもないから、そこは気にしない。
 けど、本当に居心地は悪くて。
 そこに引きずられるせいか、実験台になっていた時には気にならなかった点まで気になって来る。
 例えば、視界。
 下半分は、前へ長く突き出た口吻に遮られ、足元が見られなくなっている。パレードなのだから、前の人が問題なく歩けていれば大丈夫なはずなのだが、気にかけてしまう。
 あるいは、聴覚。
 頭部が覆われる前に補聴器がはめられて、いつもより聞こえないわけではない。でも、逆に聞こえ過ぎて落ち着かない。
 そして、全身のバランス。
 大きな頭部や翼や尻尾が、普通に歩こうとするいつもの感覚と衝突する。実験台になっていた時はこんなものかとその違いを楽しめたのに、パレードとして長く歩いていると、違和感の方が強まっていった。

『楽しめてないわね』
 女悪魔が、つまらなさそうに言った。
(楽しむには、色々と問題が……)
 太一がそう言うと。

『なら、こんな風にしてみる?』
 その一言で。
 太一の意識が切り替わった。



 わらわは竜の女王。
 しかし愚かにも人間などに捕まってしまった。
 人間のけったいな術を受けて、誇り高き竜の姿を大きく損なわれ、飛ぶ力を削がれ、人間のごとき体格を与えられ。
 今はこうして市中をみじめに引き回される虜囚。
 人間どもが嘲るのも無理はない。これまでと違う体格で長く歩かされ、たびたびよろけ、無様をさらしている。

 しかし、それがどうした。
 生きている限り、わらわはまだ負けていない。
 いずれ必ずや、この術を解き、本来の姿を取り戻そう。
 今は隠忍自重の時。まずはゆるりと人間の世界を見物してやろうではないか。



(え――)
 太一が、自意識を取り戻した。
 自分は捕まった竜の女王などではない。元々は中年男性で、女悪魔と一体化して魔女になった、松本太一。
 前方を、先ほど太一へ声をかけた女の子たちが歩いている。今のはごく短い時間のことだったらしい。
『気の持ちようってことよね』
 女悪魔が淡々と言う。
『あまり現状の不快感への設定は変えず、それでもタフな性格を引っ張り出してみたわ』
 説明されるが理解はなかなか追いつかない。「引っ張り出した」とは、どこから? 女悪魔が過去に出会った誰かの記憶? もしかして女悪魔自身の経験? ……それともまさか、太一の中にある何か?
『楽しくやれないなら、パレードの間は今の性格にしてあげる。パレードの間にしたどんな経験も記憶も感覚も、誰かから聞いた他人事のようにつまらない知識になってしまうけれど』
(他人事になるのは……嫌ですね)
 太一は、自分の意志で歩き出した。
 恥ずかしさも頼りなさも動きづらさも、全部自分のものとして受け止めたい。そして、できれば楽しみもしたい。
 そう思うと、踏み出す足はさっきより軽くなった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8504/松本・太一/男性/48歳/会社員・魔女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 今回もご依頼ありがとうございます。
 体調を崩し、原稿完成が非常にギリギリになってしまいました。
 ご不満がございましたら、お手数かけて申し訳ございませんがリテイクをお願いいたします。

東京怪談ノベル(シングル) -
茶務夏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月20日

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