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『声は餌、獲は声 』
海原・みなも1252

 なんでもござれとばかりに広い敷地には教育施設があるのは当然ながら成長の糧となれと様々な分野の施設もそこーー神聖都学園にはあった。滅多に触れることのできない施設もあってか様々な学校が課外授業の一環で学園に出入りをしている。
「『くれぐれも迷わないように』って先生。ここは迷ってもおかしくないですよ」
 そういってキャンパスマップを見つめる少女、海原・みなもも課外授業の一環で学園を訪れた一人だった。一日がかりの課外授業も終盤となり、自由時間が与えられたのだが、どこに行ったものかとみなもは悩む。
「せーんせい、知ってる? 『肖像画の少女』の話」
「知りません! そんなどこにあるかもわからない絵の話なんて」
「えー、知ってるじゃん。あ、音楽室とかにないの?」
「あ、あるわけないじゃないですか、そんな怖いもの」
 ふとみなもの耳に入ってきた会話。ここの音楽教員らしい女性と数人の児童。彼女たち――児童らは楽しそうに話しているが女性はどこか泣きそうな声を発していたが児童たちはそれが愉快らしくて彼女をからかっていた。
「『肖像画の少女』、ですか」
 通り過ぎていった彼女たちの話にみなもはうんと頷くと、校舎内の散策に足を向けた。
 『肖像画の少女』――それは神聖都学園で語られる怪談の一つであった。神聖都学園のどこかに飾られているらしいその絵画。それはまるで生きているようで今にも飛び出してくるのではないかと思わせるらしい。芸術作品であれば、それまででいいのだが、怪談として語られるそれは声が聞こえるのだ。助けを乞う声が。ただ、その声には答えてはいけない。答えようならば、どこかに連れ去られてしまうだの、食べられてしまうだのと結末は色々と派生していた。
 学園の生徒ではないみなももバイトなどを通して知っていた。ただ、連れ去られるにしろ、食べられるにしろ、行方不明者がいない。更には肖像画を実際に見たという話も聞かない。ただただ、怪談だけが不気味なほどに広まっていた。
 こつこつとローファーが誰もいない廊下に響く。
「え?」
 はたと気づき、立ち止まり周りを見渡せば、行き交う人はなく、そこにはみなもただ一人だった。こつこつと響く足音はただ一つ。音はみなものものばかり。
「――――」
 声が聞こえたと振り返れば、先程まではなかったはずの絵画がそこに飾られていた。漆黒の背景にまるで助けてと言わんばかりの目をした少女。それはあまりにも生々しく絵とはとても思えないものだった。
「まさか、『肖像画の少女』」
 みなもはゆっくりと肖像画から距離をとる。肖像画はただじっとそこにあったが、その中の少女の目はうるりと滲んだように見えた。
「――ケテ」
「え、何?」
 あまりにも小さな声にみなもは問い返した。問い返してしまった。
「タスケテ」
 少女の声がはっきり聞こえた時にみなもは「あっ」と自分の失態に気づいた。急いで離れようとしたがすでに彼女に背景の漆黒が覆いかぶさっていた。ずるりと絵の中に取り込まれる最中、青い目は漆黒の中から少女が吐き出されるのを見た。

+++

 冷たい風が頬を撫でる。「ぅん」と小さく呻き、彼女は目を覚ました。
「……ここは」
 冷たい床。暗い場所。みなもはゆっくりと体を起こし、周りに目を向ける。暗いことに目が慣れ、周りが見えるようになった彼女はここは神聖都学園の一校舎の廊下であることがわかった。しかし、どうして、自分がそんなところで寝ていたのかは、もやがかかったように思い出せない。
 カッカッと床を叩く音が誰もいないはずの廊下に響く。思い出そうと考えこんでいたみなもはすぐに考えを拭い去り、音の方へと目を向け、近づくものに警戒をする。
「誰っ!?」
「……ッ」
 鋭い声と共に向けられた光にみなもは声が出せず目を細めた。
「あら、その制服、今日課外授業に来てた学校のね」
「えっと」
「ダメよ、怪談を信じて忍び込んじゃ。ここには怪談なんて実際にないんだから。あるはずなんてないわ」
 みなもが言葉にするよりも早く見回りに来たらしい女性教員は注意をするものの最後の方は自信がないのか、まるで自分に言い聞かせるようだった。
「あら、でも、確か一人いなくなってったって言ってたわね」
 一人でぶつぶつ言い始めた女性にみなもは状況の確認を含め、彼女へ質問を口にする。女性は驚いたように目を丸くしたが、すぐに質問に答えてくれた。
 どうやら、時刻は自分が覚えている自由時間からかなり経ったようだ。引率教員や同級生たちがかなり心配していた。ひとまずはその件に関しては神聖都学園預かりとして、捜索していたらしい。
「とりあえず、親御さんに連絡して迎えに来てもらいなさい。学校には私から連絡しておくわ」
 その教員の言葉にみなもは静かに同意を示した。
「――――」
 歩き出したみなもだったが何かが聞こえたと振り返った。しかし、そこは何もなく、ただ、風が吹き抜けているだけだった。
「海原さん、こっちよ」
「あ、はい」
 先に足を進めていた教員にみなもは駆け寄った。




「タスケテ」
 みなもと教員がいなくなった場所には一枚の肖像画が掛かってあり、その絵からは助けを乞う声が漏れていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1252 / 海原・みなも / 女性 / 13歳 / 女学生】
【女性 / 神聖都学園の音楽教員】
【数人の児童 / 神聖都学園の生徒】
【肖像画の少女 / 神聖都学園の怪談の一つ】
東京怪談ノベル(シングル) -
東川 善通 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月20日

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