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『ひとつの道程 』
ミハイル・エッカートjb0544

 エレベーターから出てレストランの敷地に入り、広々とした店構えに足を踏み入れる。すると数歩も行かないうちに店員が声をかけてきた。一言もしゃべる必要もないまま、奥の個室へ通される。
 大きな窓から夜景が見通せる一等席だ。人気店らしく一般フロアは今日も賑わっていたようだが、ここならその喧噪も届かない。
 待ち人はまだ来ていなかった。
「先に、何かお持ちいたしますか」
「‥‥いや、いい。少し待つさ」
 コートを預け、ミハイルは店員を下がらせた。
「そういえば、俺の方が待つっていうのは初めてなんじゃないか?」

 サングラス越しに町並みの光が明滅するのを眺めることしばし──。

「‥‥遅いな、あいつ。まさかすっぽかしたりは──」
「心外だな。俺は約束は守る方だぞ」
 まるで待っていたかのように、背後から声が響いた。
「これだけ遅刻しておいてよく言うぜ」
 振り返ったミハイルの前に、まったく悪びれもせず堂々と姿を現した男──かつて恵ヴィヴァルディの一人だったものに、ミハイルは肩をすくめてみせるのだった。

   *

 二人が席に着くと、程なくして食前酒が運ばれてきた。
「再会を祝して乾杯でもするか?」
 ミハイルの記憶にあるよりも、少し頬の肉が落ち、精悍さを増したように見える恵に向けてグラスを持ち上げてみせる。恵はふん、と鼻で笑った。
「ずいぶんと羽振りが良さそうじゃないか」
 代わりに、個室の内装を見回してそう聞いた。
「まあな! と言っても今日は会社の金だぜ」
 ミハイルは正直に答える。
「接待費を好きに使えるようになる程度には出世したって事だ。学園から会社に戻って数年にしては、十分なスピードだろう」
「そのくらいの才覚がなくては困るが‥‥まずは順調なようで何よりだ」
 恵は満足げに言い、グラスに口を付けた。ミハイルも合わせてグラスを軽くあおる。
「そっちはどうなんだ。商会を離れてからは何をしている?」
「もっぱら挨拶周りだな」
 恵は涼しい顔で言った。
「今の『終戦状態』に納得のいっていない輩はごまんといる。そういう連中のところへ出向いていって、顔をつないでおく。必要であれば煽ってやる」
「新たな『戦争』を起こすために‥‥か」
「放っておいても戦争は起こるさ。コントロールできれば理想ということだ」
 扉が開き、前菜が運ばれてきた。店員が出て行くのを待って、ミハイルは尋ねた。
「コントロールと言えば‥‥アクラシエルと横浜の変化、あれは恵が望んだ結果だったか?」
「今更だな」
「気になっていたんだ。雑談ついでに教えてくれないか」

 目の前の男が『学園の恵』であった頃の最後の顧客‥‥それが横浜ゲートの主・アクラシエルであった。

 恵は皿に乗ったパテをゆったりとした仕草で切り出し、口に運んで咀嚼した。ミハイルはじっと待つ。

「最低限の結果、というところだろうな」
「そうか‥‥」
 ミハイルは椅子の背もたれに深く体重をかけ、ふむと唸る。
「逆に、最上の結果は何だと考えていたんだ?」
「あの時点で考えていたことは三界同盟の瓦解だ。横浜というピースはそれを為し得る大きさがあった」
「具体的には?」
「簡単だ。アクラシエルがゲートをひっさげて魔界に寝返ればいい」
 こともなげな口調だった。
「ベリンガムの出現によって天界と冥魔界がいい具合に荒らされ、双方の戦力は目減りした上で拮抗していた。だからこその同盟だ。横浜は数少ない、温存された戦力でありエネルギー補給源だ。それがひっくり返れば、悪魔側に同盟を維持する理由がなくなる」
「だが‥‥アクラシエルはそうそう寝返るようなタイプには見えなかったな」
 ミハイルもアクラシエルには会ったことがある。その時の事を思い出しつつ口にすると、恵は笑って頷いた。
「その通りだ。あいつにあった瞬間そのプランは放棄したさ。あれは頭が固すぎる」
 恵は続けて、いくつかの展開を口にした。アクラシエルが単独で天界に反旗を翻す、『ネメシス』を使い堕天使ではなく天界上層部の暗殺に動く──等。
「そのために散々揺さぶってやったんだが‥‥結局は撃退士のところへ行ったというわけだ。まあそれも、決戦が終わって気が緩みかけたところにはいい刺激になったんじゃないか」
「こっちはとんだとばっちりだったがな!」
 軽く言ってくれるぜ、とミハイルは非難がましい目を向けた。が、案の定相手は全く取り合わなかったので、諦めて窓の外へと目をやった。
 夜景の向こう──だいぶ離れてはいるが、横浜の地がある。かつてはここからでも容易に視認できた結界の姿は、もはや存在しない。
「だが‥‥上手くいってよかったぜ」
 その地の明かりは、ほかの場所に比べるとまだだいぶ乏しい。だがきっとこれから増えていくはずだ。

   *

 メイン料理が運ばれてきた。高級店らしく、器も盛りつけも洗練されていて、食べる前から一流の腕前が知れる皿だ。だが恵も、もちろんミハイルも目を奪われたりはしない。

 今日は商談だ。

「本題と行こう」

 ミハイルが取り出したファイルを、恵は片手を伸ばして受け取った。料理の皿を脇へやって資料をめくる。
「ウォーシミュレーター?」
 ざっと確認して顔を上げた、その目は否定的な色で塗られていた。
「まあ聞け」
 話はこれからだ。ミハイルは一度ぐんと息を吸い込む。
「戦いが人を強くする、これは俺も賛成だ。三界同盟に胡坐かかず、人間は常に戦える牙を研ぐべきだ」
 それはかつて恵が語った持論である。恵は無言で続きを促した。
「だが戦争ってのはどうにも高コストで高リスクだ。コストとリスクは抑え、リターンは最大限に。商売の基本だろう?」
「‥‥それで?」
「これはシミュレーターと銘打ってはいるが、本気で戦える機会を作り出すことを目的としている。場所は砂漠でも廃墟でもいい。敵の姿は専用ゴーグル越しに視界に入る」
「VR?」
「それだけじゃないぞ。物理的な破壊力はない武器を使うが、衝撃なんかはばっちりフィードバックさせる。痛覚とも連携させて、負傷の具合によって痛みを感じるし、負傷箇所は動かせなくもなる。
 死ぬ思いも出来るぞ──というか、一般人が使ったらショック死するレベルで調整するから、覚醒者専用だな」
 恵は話を聞きながら、再び資料を繰っている。
「データさえ揃えば、俺たちが戦った実際の戦争の再現も可能だ」

 恵の鋭い視線が、ミハイルを刺した。
「だがどこまで行っても、訓練は訓練だ。実戦の重みには届かない」

 ミハイルは頷いた。
 これは想定通りの質問だ。彼にとっての理想的な展開である。

「そのために、記憶を操作して訓練であることを忘れさせる。ゴーグルをつけた瞬間から、装着者にとってそこが本当の戦場になるんだ」
 恵はふん、と唸った。
「それが俺に話を持ちかけた理由か」
「記憶や精神の操作については、そっちにノウハウがあるだろう?」

 ミハイルは、この装置を共同開発しないか、と恵を誘っているのだ。
 想定通りのものが出来れば、撃退士を抱える企業や、官公庁などに需要を見込めるだろう。
 それだけではない。戦いの数が減り、己の力を持て余すような覚醒者たちが力を発散させる機会を作ることが出来れば、彼の今の部署『アウルテロ対策室』にとっても大きな成果となるはずだ。

 恵はしばらくの間、無言で資料をめくっていたが──やがてそれをテーブルの上に放り出すと、立ち上がった。
「おい──」
「まずは試作機を持ってこい。どの程度現実に近づけられるのか、実際に見なければ判断できん」
 ミハイルにぴしゃりと言い放ったその言葉は、拒絶ではなかった。
「ってことは‥‥!」
「さっきも言ったが、人が人である限り戦争はなくならない。俺の理想はその状況をコントロールすることだ。機械ではその代わりにはならないだろうさ。
 だが‥‥手段は大いに越したことはない。商売になるならなおさらな」
 恵の口元は、微かに微笑んでいるようであった。

「見せられるものが出来たら連絡しろ」
「わかった。超特急で仕上げてみせるさ」

 この装置は、ミハイルにとっても恵にとっても、技術的な課題は多く残る。
 完成させるには相応の時間が必要だろう。

 それはすなわち──彼らの長い道のりが始まったことを示してもいた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb0544/ミハイル・エッカート/男/裏の道も知る会社員】
【jz0015(?)/恵ヴィヴァルディ/男/裏の道を進む男】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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横浜の状況については、公式に公開されている内容をもとに、ライターが想像したもので公式の設定というわけではありません。
その点はなにとぞご了承ください。
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嶋本圭太郎 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年11月22日

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