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『再会・滅びの世界で』
イアル・ミラール7523


 汚れを、洗い落とすと言うより剥ぎ取った。まるで皮膚が1枚、剥け落ちたかのようであった。
「うふふ……ママ、綺麗になった」
 湯の中で、ヒミコが身を擦り寄せて来る。
「すっごい汚れだったね。垢だけで、ママがもう1人作れそうなくらい」
「……お願いだから、それはやめてね」
 イアルは、ヒミコの頭を撫でた。
「本当に、頭洗うのも身体洗うのも一苦労だったわ……手伝ってくれて、ありがとうね」
「いくら汚れても、ママは私が綺麗にしてあげる!」
「……何、かしらね。前にも1度、こんな事があったわ」
 周囲を、イアルはちらりと見回した。
 東西南北どこ見ても、巨石で出来たイアル・ミラールが苔にまみれながら苦しみ悶えている。
 廃墟の一角に、どういうわけか温泉が湧き出しているのだ。
「こんなふうに……悪趣味な物品で満たされた、個人的な異空間を持っている女性がいたのよね。そんな場所でも、何故だか温泉が湧き出していて」
「あやつのな、あのような趣味と一緒にしてもらっては困るぞい」
 一緒に湯に浸かっている、もう1人の少女が、反論した。
「わしのこれはのう、魔本という高尚な」
「魔本を禁止、どころではないわね。魔本作家は1人残らず、しょっぴいて処刑しておけば良かったと今、思ってるところ」
 幼い少女、の姿をした賢者の老婆を、イアルは睨み据えた。
「……今からでも、遅くはないかしらね」
「お、温泉はの、人の心を平和にするためにあるんじゃぞい」
 女賢者が、愛想笑いを浮かべた。
「元に戻った記念じゃ、一杯やろうではないか。お約束通り、湯に燗酒でも浮かべてのう」
「やめておきなさい、未成年の子がいるのよ。それに貴女だって、肉体的には小学生の女の子でしょう。中身はいくら老いぼれ腐りきってはいても」
 隣で湯に沈みかけている石像を、イアルはそっと撫でた。
 船首像である。海神に捧げられた生贄を思わせる、石の女人像。
「冗談抜きで……処刑されたくなかったら、カスミを元に戻しなさい」
「ふむ。その響カスミは、おぬしにとって何じゃ?」
「家族よ」
 イアルは即答した。
「大切な、家族……カスミは私を、居候させてくれているわ。もちろん出て行けと言われれば出て行くけれど、それでもカスミは私の家族。ヒミコもね」
「カスミ先生はね、ママにとっては、お姉さんかお母さん。私にとっては、オバさんか……お婆ちゃん、みたいなものよ」
 石像と化しているカスミを、ヒミコがぺしぺしと叩く。
「お年寄りは、大切にしてあげないとね……だから、早く元に戻しなさい。脳みそを、お豆腐か何かと入れ替えられたくなかったらね」
「ふふっ、家族……家族のう」
 女賢者が、遠くを見つめた。
「あやつらは、家族であったのか……恋人か、姉妹か、友達か……わし、あやつらを見ておるのが大好きじゃった。同じもの求めたところで、おぬしら迷惑なだけよのう」
「あれだけの事をしておいて今更、迷惑も何もないわ。全部許して欲しかったら、わけのわからない事を言っていないでカスミを元に戻しなさい」
「そのために、何かしてみる気はあるかの?」
 女賢者は言った。
「無論わしに丸投げでも良い。じゃがのう、家族を救うため己たちにも出来る事があるとしたら……どうじゃ?」


 どのように指を遣えば、どれだけの快楽がイアルにもたらされるのか。日々、ヒミコは研鑽を怠っていないようであった。
 凄まじい、恐くなるほどの上達ぶりである。イアルは何度も、快楽の絶頂に達した。
 研鑽に研鑽を重ねた技術で、ヒミコは今、イアルを洗ってくれている。イアルの、1度洗ったくらいでは悪臭の落ちない部分を、特に念入りに。
 入念な指遣いに導かれて、イアルは何度も噴射した。
 噴出したものが、美しい船首像の唇に、胸に、ぶちまけられる。
 石化しているカスミの身体が、湯の中でゴトゴトと振動した。
 大量の波紋を広げながらカスミは、自身に付着したイアルの臭いを、どうやら感じているようだ。
「……い……ある……」
 船首像が、言葉を発した。石の唇が、柔らかく動き始めている。
 ヒミコが、楽しげな言葉を発した。
「あ……ママ見て。カスミ先生、元に戻るわよ? ふふっ、残念。元に戻らなかったら、そのままお婆ちゃんの墓石にしてあげるつもりだったのに」
「カスミ……」
 快楽に疲れ果てたイアルが、呼びかける。
 石像が応えた。いや、それはもう石像ではなかった。
「イアル……なのね……」
 生身に戻ったカスミを、イアルはそっと抱き締めた。


 根拠など必要ない、と少女は思った。言葉で説明出来る理由など、必要ないのだ。
(おぬしら、やはり……こんな所に、生まれ変わっておったんじゃのう)
 疲れ果て、微笑み、湯の中で抱き合うイアルとカスミ。
 心が蕩け、完全に『物』と化していたカスミが、イアルの最も濃厚な臭いだけで心を取り戻してしまったのだ。
 そんな2人を見つめながら、少女は確信、と言うより納得をしていた。
 心のどこかで、すんなりと理解してしまったのである。
(会えて、しまったんじゃのう……おぬしらに……もちろん、わしの事など覚えとらんよな……)
 思い出させる事に、意味はあるのか。
 カスミもイアルも、あの2人の生まれ変わりではあっても同一人物というわけではない。
 響カスミという個人、イアル・ミラールという1人の人間として、今の時代を生きているのだ。
 そんな2人に出会った後の事など、何度も転生しながら全く考えてはいなかった。
(会えて、しまったのう……)
 湯に浸かったまま、少女は廃墟の空を見上げた。
(わし……これから、どうすれば良い……?)


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登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/外見20歳/裸足の王女】
【NPCA021/影沼・ヒミコ/女/17歳/神聖都学園生徒】
【NPCA026/響・カスミ/女/27歳/音楽教師】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月22日

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