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『The day before 』
木陰 黎夜aa0061


 「それ」がいつ始まったのか、正確には覚えていない。
 ただ気付けば、「それ」は木陰 黎夜(aa0061)の日常茶飯事になっていた。

「なんで俺の言う事を聞けないんだ!」
「お前の顔を見てるとムカつくんだよ! 出来損ないが! 人を苛つかせるしか能のないゴミクズが!」
 虐待。言葉にすればたった漢字二文字の、それが実の父親と実の兄から黎夜にもたらされるものだった。
 父親は言うまでもなく成人。兄は高校生になって久しい。そんな二人に殴られ蹴られ、当時幼稚園児だった黎夜に抵抗出来る筈もない。
 時に頭を抱えてうずくまり、時に諦めたように手足を投げ出し、時に謝り、時に涙し、時に全てのものを諦め……それが、幼い黎夜を取り巻く当たり前の環境だった。
「お前いつもきたないよな。お前みたいなの、ビョウゲンキンって言うんだぜ」
「ビョウゲンキンはショウドクしないといけないんだって。ほら、ショウドクしてやるからおとなしくしろよ!」
 また黎夜を虐げるのは、父と兄だけではなかった。名前はよく覚えていない。思い出したくもない、同級生の男の子。同じ幼稚園児で、幼稚園児だからこそ、父や兄とはまた違う方法で黎夜を傷付けた。
 時に泥水を頭から掛けられ、時に積み木で額を切り、時に叫び、時に蹲り、時に全ての終わりを願い……それが、幼い黎夜にもたらされる当たり前の日々だった。
 手を差し伸べてくれる誰かはいた。それが幼稚園の先生だったか、近所のおばさんだったのか、施設の人間だったか、幼い黎夜の記憶にはあまり残ってないけれど。
 だが、そこに意味はなかった。少なくとも黎夜の環境が変わるような事はなかった。表向きは良き家族だった。父も兄も。表向きは良き父であり、表向きは良き兄であり。
 だから引き戻された。
 そして一層虐げられた。
 誰かが手を差し伸べてくれた、ただそれだけの事が、黎夜を責め立てる理由となって黎夜の元へとやってきた。
「なんで殴られているのか分かるか? お前が悪い子だからだろう」
「何度俺達に迷惑を掛ければ気が済むんだ、お前は!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ゆるして、おとうさん、おにいちゃん」
 何度もごめんなさいと言った。
 数えきれない程口にした。
 逃げられないと思った。
 逃げても無駄だと悟った。
 どんなに逃げても、誰かに助けを求めても、連れ戻される。引き戻される。全部元に戻ってしまう。
 だから、良い子を演じよう。おとうさんの望む良い子をせめて演じ続けよう。
 それでこの日々が終わる事はなかったとしても、でも、自分の出来る事なんて、それ以外にはないのだから。
 痛みと不快さを与え続ける恐ろしい「男性」に、黎夜が出来る事なんて、それぐらいしかないのだから。
 母は見て見ぬフリをした。それが黎夜を嫌って故か、父や兄を恐れて故か、黎夜に興味を持たぬ故か、それは分からなかったけど。
 でも、何もされないから。おかあさんは助けてはくれないけど、おとうさんやおにいちゃんみたいにたたいたりはしないから。
 それが救いでもあった。
 そんなものだけが救いだった。


 「それ」がいつ終わるのか、想像さえ出来なかった。
 だが、気付けば家族の命ごと、「それ」は唐突に終わっていた。
 
 目が覚めた時、黎夜は見知らぬ白いベッドの上にいた。覚えているのは押し寄せる水。遠ざかる光。水中を漂う家族の姿。
 ここはどこ。黎夜は視線を彷徨わせ、病院という言葉を脳裏に浮かべた。そして気が付いた。父とも兄とも誰とも違う、見知らぬ一人の青年が自分を見つめている事に。
「目が覚めたか」
 低い声が耳を打った。大きな手が伸ばされた。男の声。男の手。それは黎夜を痛めつける。
 暴力の塊。
「来ないで……いやだ、来ないで!」
 黎夜は叫んだ。逃げようとしてベッドから落ち、それでも声と手から遠ざかるべく必死の思いで駆け出した。こないで、ごめんなさい、ゆるしてと、繰り返しながら震えていた。
 ひどい事をされるという恐怖で思い切り拒絶した。
 

 「それ」が終わった後も、きっと自分は傷付いていた。
 あたたかさというものが、存在する事さえ忘れていた。

「これ、良かったらどうだ」
 水難事故で家族を失い、少ししたある日の事、青年はおじやを作って黎夜の前へ差し出した。
 名前も知らない男。兄や父や同級生と同じ、自分を痛め付ける「男性」。そんな目で青年を見続ける黎夜に、青年はぎこちなく笑う。
「初めて作ったから、あまり自信はないんだが」
 青年の言葉に、黎夜は震える手でさじを取った。青年の気持ちに応えよう、などと思った訳ではない。
 ご飯をおいしいと思えなかった。義務として食べるものだった。
 ご飯が与えられない事も珍しくなかったけれど、その癖たまに出された時、残したらひどく怒られた。
 だから、黎夜はただの義務で、おじやを口の中に入れた。水と、米と、卵と、だし、そんなもので構成されたシンプルな食べ物は、でも、今まで食べたご飯と違ってあったかくて、今まで食べたご飯のような不快さはなぜか無くて。
「おいしい」
 癖で、そう言った。そう言わないとおとうさんが怒鳴るから。おにいちゃんに叩かれるから。その言葉は心からのものではなくて、ただの癖。そのはずだった。
 でも、それを聞いた青年は、「そうか」と目元を和ませた。ほっとしたような、嬉しそうな、そんな感じで微笑んでいた。
「多かったら残していい」
 そう言って、青年は病室を出て行った。病院のベッドには黎夜とおじやが残された。
 黎夜はおじやをさじで掬い、そしてまた、口へと入れる。
 「多かったら残していい」なんて、言われたのは初めてだった。自分からご飯を食べたいと、思ったのも初めてだった。
 おじやはあったかくて、なぜか不快さがなくて、舌の上に、胸の中に、じんわりと広がっていくようで。
「おいしい」
 今度の言葉は癖じゃなかった。
 心から、そう思った。
 8歳になって少しの頃、黎夜は初めてそう思えた。


 「それ」が黎夜に与えた傷が、全部消えた訳じゃない。
 それでも、立ち向かおうと思う。少しずつでいい。
 少しずつでも歩いていけば、いつか、そこに辿り着けるだろう。
 
「おかわり」
 お椀によそわれた白米を、黎夜は受け取りおかずと共にもくもく食べる。
 あの日、青年が初めておじやを作ってくれたあの日から、黎夜は彼の作るご飯を進んで食べるようになった。
 ご飯がおいしいと思ったから。
 そのまま食事という行為が好きになっていったから。
 だから、食べる。相変わらず細いままの身体に見合わぬ大量のご飯を。それを咎める者はいないから。そんな黎夜の様子を、見守る人がいるだけだから。
「本当に、よく食べるわね」
 青年が女性のような口調で喋る。彼は英雄という存在で、今は黎夜と誓約を交わし、黎夜の男性恐怖症を理解して女性の口調で喋ってくれる。
 この後二人の関係は少しずつ変わっていくけれど、それはまだ、少し先の話。
「ダメ?」
「いいえ。いっぱい食べなさい」
 青年の言葉を受け、黎夜はもくもくと食べ続ける。舌の上に広がる味を、胸に広がるあたたかさを、噛み締める。青年はそんな黎夜を、ただ優しく見つめている。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【木陰 黎夜(aa0061)/外見性別:?/外見年齢:14歳/能力者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、雪虫です。この度はご指名下さり誠にありがとうございました。
 黎夜さんの過去のお話という事で、精一杯書かせて頂きました。幼い時の黎夜さんの口調等、イメージと違う所がありましたらお手数ですがリテイクお願い致します。
 黎夜さんにはこれからも、おいしくいっぱいご飯食べて頂きたいです……(涙)。今後ともどうぞよろしくお願い致します。
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2017年11月24日

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