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『にのみつ道中記 〜狂骨の片〜 』
ニノマエaa4381)&ミツルギ サヤaa4381hero001
 ツツン、ツツルン、ドン。「葬々」の銘を刻まれた細棹の三味、その一の糸が低く唄う。
「辛気くせぇな」
 蓬髪をなでつけ、男はすがめた三白眼を投げる。
 そのへんのガキならもれなく漏らして泣き叫ぶだろう眼を飄々と受け止めた女はしれっと。
「しょうもねぇ。てめぇのツラが辛気くせぇんだもの」
 六方詞(ろっぽうことば)と呼ばれる、江戸初期の旗本奴や町奴どもが好んで使い、後には歌舞伎役者や吉原女郎に引き継がれることとなる粗野な言葉を返した。
「女の吐く台詞じゃねぇぜ」
 風雨に褪せた黒の袷、その袂にしまい込んでいた両腕を伸ばし、男は左に佩いた剣を掴んだ。
「しけったツラに細けぇ気。しょうもねぇは甲斐性(かいしょ)もねぇは」
 この国のものならぬ紗に身を包んだ異国の女が三味の糸を絞り、音を研ぎ上げる。
 ふたりの間に緊張が張り詰められ、引き絞られて、チン! 切れた。
 男が駆ける。
 女が駆ける。
 いつかの昔に戦場となり、今は荒れた地肌を月の明かりに白く照らされるばかりとなった野のただ中へ、肩を並べて前へ、前へ、前へ。
 悲。
 苦。
 怨。
 怨。
 怨。
 ぞろり。ぞろりぞろりぞろりぞろり、ぞろり。野に怪しの気配が沸き立ち、土色に汚れた髏をよすがに人形を成す。
 戦場には死者の残した念がわだかまる。風に吹かれ、雨に打たれ、雑多な念が削ぎ落とされ……それをしてかき消えぬ重い念ばかりが残されるのだ。
「占いも莫迦にしたもんじゃねぇやな」
 骨兵どもが突き出す芯金まで錆びた長槍を蹴り払い、女が男の征くべき道を拓く。
「残さず還すぜ、ミツルギ!」
 足裏の前部のみを守る草鞋――足半(あしなか)を履いた足で地をにじった男が女を呼び。
「ほじゃく暇にぶっかけやがれ、ニノマエ!」
 女が男に応えた。
 男の名は一(ニノマエ)。士農工商、どの身分にも属さず、金で剣の腕――というよりも我が身を厄介事への人柱として売る、流しの剣客である。
 そして女の名はミツルギ サヤ。この島国ならず熱砂の国を生国とする彼女に元より身分はなし。ニノマエと共連れるに至った理由もまた、ここで語るものならず。
 云うなれば野非人、江戸をのし歩かばただちに追い立てられようふたりは今、その江戸のさる筋よりの頼みで怨霊退治へと踏み出すのだった。

 骨兵どもが払われた槍をあっさりと手放し、短刀を引き抜きにかかった。
 生者であったころには如何様だったものか知れぬが、己が命を守らんとする執着を失くした奴原に動揺を期待するのは無駄というものだろう。
 しかし。
「今度も遅かったぜ?」
 骨兵どもの眼前でニノマエの右足が強く地に突き立ち、その踏み込みを踏み止めていた。
 彼の足半は戦国時代、足軽が好んで履いたものである。常につま先立ちを強いられるがゆえ機敏に動くことができ、接地面が少なるがゆえ踏ん張りが利く。
「しぃっ!」
 ニノマエが裂気と共に、左へ履いた剣を抜き打った。
 天竺より伝えられし梵字を刻んだこの剣に銘はなく、ただ「死出ノ御剣」と呼び習わされるばかり。そしてこの国にはめずらしい両刃の造りながら、肝心の鈍金の刃はなまくらであったが。
 カツン。かろやかな硬音を響かせて骨を断ち、そこに吹き込まれた邪なる念を霧散させるのだ。
「使い手の生気を刃にする法剣だ。……次の世で会ったら、戦の話を肴に酒でも飲もうぜ」
 断ち斬った骨の狭間より三白眼を巡らせ、ニノマエは次なる獲物を探す。
 一方、サヤ。
「かるぅく鳴る、いい拍じゃねいか」
 鋼糸の組紐で肩がけた三味の糸を鼈甲の撥ですくい、ルルリン。刹那を置いて激しくかき鳴らした。
「ねんねんよいこだ ねんねしな」
 それはなんとも他愛のない江戸子守歌。しかしサヤの低い唄声を物寂しい三味の音が下支え、得も言われぬ情感を醸し出す。
 猫ならぬ人の皮を張ったとも云われる「葬々」の音は、質を同じくする死人にこそよく響くのだ。
 かくて骨兵どもは音色で念を断たれ、よすがの端からどろどろこぼれ落ちては朽ちていった。
「ぼうやはよいこだ ねんねしな」
 滅しゆく念を緑眼の端で見送り、サヤは静かに唄いあげる。
「もうちょい盛り上がるやつにしてくれねぇか? 長唄とか」
 しかめ面を振り向かせたニノマエへ、サヤは薄笑みを返し。
「この細棹はよ、なにを演っても同じこんだ。でもよ、おまえの気が乗らねぇってならいっそ、わらい本でもかっかじるかい?」
 わらい本とはすなわち、艶めかしい男女の交合を描いた物語であるが……
「そいつで演ったら湿っぽくなるんだろ。それこそ笑えねぇ」
 げんなりと骨兵を斬り払ったニノマエの応えに、サヤはまた薄笑んで。
「まぁなぁ」
 テンテン。

 どれほど祓おうとも新たに立ち上がりくる怨霊。その包囲を抜けたニノマエとサヤは今、戦いをしばし避けて道祖神の祠に身を寄せていた。
 苔生し、伸び放題の露草に覆われていながらなお守護力を損なわぬ聖域で息をつく。
「大将格がいるな」
「ああ。それがこの古戦場を支配し、怨念を繋ぐ獄としているのだろう」
 三味を収めたことで普段の固い物言いに戻ったサヤの声を聞きながら、ニノマエは自らが負った傷へ焼酎を吹きつける。錆びた鉄は肉を引き攣らせ、息を奪う毒だ。酒精で立ち向かえるものかは知れないが、まじないよりは効いてくれるだろう。
 サヤはニノマエの処置が済むのを待ち、言葉を継いだ。
「大将がいるなら、当然まわりにはそれを守る兵がいる。これまでの雑兵とは格のちがう敵がな」
「関係ねぇさ」
 ニノマエは和三盆を練り固めた干菓子を口に放り込み、焼酎で溶かして飲み下す。甘党というわけではないが、疲れにはやはり甘いものが効くものだ。
 そして同じ菓子をサヤへと放り、立ち上がった。
「やらなきゃ終わんねぇならやるだけだ」
 洗練された剣技を備えているわけではない。前を向いて敵へ突っ込むだけの、絵に描いたような無手勝流だ。されども。
 ニノマエはその剣で生き抜いてきた。
 恐れず、くじけず、逃げず、ただ前へ踏み出し続け、ここまで来た。
 サヤには、そんな彼のさだめがなによりも尊い。この身は使い手の生を拓く刃なれば、いずれ折れ砕けるそのときまで、ただひたむきに使い手を導かん。
「急ぐぞ」
 祠を出るニノマエに続き、三味の棹を握って。
「朝んなりゃ怨霊どもは地べたに溶けっちまう。突ん抜くべい」

 サヤの子守歌がニノマエを導く。
「あの山こえて 里へ行った」
 しんみりと心を塞ぐ音色に三白眼をすがめ、ニノマエは骨兵の腰骨へ前蹴りを喰らわせた。体を崩して後じさる兵の肋骨の隙間に御剣をねじ入れ、ひねる。刀身に灯った生気の光が亡者の虚ろを爆ぜさせ、夜気へ吹き散らした。
「来るべいぞ」
 ルン。棹を押さえたサヤの三味が一の糸を弾き、警句を飛ばした直後。
 カロカロカロカロ……骨馬にまたがる骨武者どもが槍を携え、ニノマエへ押し寄せる。
「大将が近ぇな。回ってくか?」
 サヤの問いにニノマエは犬歯を剥き。
「踏んぞって突ん抜く、だろうが!?」
 耐えて突き抜ける。サヤに合わせた六方詞で言い置いて、ニノマエがまっすぐに骨武者へ駆けた。
 踏み出したつま先で地を強く踏みしめて蹴り返し、腰を据えて肩から骨馬へぶち当たる。
 血肉の抜けた骨馬は軽い。生身の肩に押されて容易くつんのめり、差し込まれた御剣で上に乗る武者ごと断ち斬られて転がった。
 されどもそこまでだ。残る骨馬がニノマエを取り囲み、武者どもの槍がその体に降りそそぐ。
 ざん。刹那、夜闇へ噴き上げた鮮血が黒を赤に染めて、落ちた。
「大事ねぇか?」
 ロロレンテテン、サヤの三味が音刃で武者の朽ちた鎧を斬り飛ばしながら問うた。心配も恐れもない、ただ確かめるために発したさらりとした声音。
「痛ぇ……でもよ、踏んぞるって言ったからな」
 御剣の光刃が夜闇に円を描き、武者どもを微塵に割り砕く。
 足の速い相手に散られては厄介だ。だからその身を囮に集めた。馬上からの槍で脚を貫くことは難しいから、当然上体に穂先は集まることになる。心の臓と腸だけ守れれば、あとはなんとかなるだろう。
 ようは我慢を前提に無茶をやらかしただけのことであるが、ニノマエはそれをやり通した。
「あとは、突ん抜くだけだ」
 ニノマエは傷口から折れた穂先を抜き捨てて綿晒で縛って血止めし、怨念の中心を指して進む。

 と。
 ひゅおうひゅおう、低いうなりがニノマエとサヤの耳を揺らした。
「風、じゃあねぇやな」
 眉をひそめたサヤにニノマエが仏頂面で答える。
「法螺貝だな。下手な奴が吹くと息が漏れてこんな調子になる」
 サヤは「はん」、息をついて肩をすくめ。
「吹いてるヤツが骨じゃあ、息も漏れちまおってもんだあな。……こいつぁ陣触れってぇやつかね」
「望むとこだぜ。そいつに臨むのが稼業だぜ」
「シャレなんぞほじゃいてる場合じゃねえやい」
 果たして。
 カラカラと顎骨打ち鳴らせた号令が戦場をはしり、骨兵本陣が動き出す。
「こいつぁまた、きょうこつねえ」
 サヤのうそぶき。「きょうこつない」とは神奈川宿のあたりで使われる方言で、けたたましい、素っ頓狂の意を持つ。しかし、彼女の言葉に込められたものがそればかりでないことは明白である。
「きょうこつねぇ、狂骨か。おまえもシャレてんじゃねぇか」
 棲処とされる井戸ならず、戦場から這い出してきた骨兵の大将は、三間(約54メートル)の向こうにあってはっきりとその当世具足の形を見定められるほどに“濃い”。
「後立ては腐ってて読めねえが、あの仏胴の漆……負け戦の大将かね。馬にも乗ってねえようだが、なんとも哀れなこんだ」
 サヤが三味の糸に撥をあてがい、口の端を吊り上げた。いつでも始めろ、言外にニノマエを促す。
「長っ引けばよってたかってぶっ殺されるだけだ。一曲の内に終わらせるぜ」
 ニノマエが御剣の鞘をサヤへと投げた。途中で兵の骨にでも引っかかれば足を止められ、押し潰される。
「鞘を捨てるのは不吉なんじゃねえのかい?」
 薄笑みを含めて言うサヤを返り見ることなく、ニノマエは言い放った。
「預けとくだけだ。全部終わったら返してもらうさ」
 サヤもまたそれ以上の言葉を重ねることなく、後ろ腰に鞘を差して三味を構えなおした。
 鞘という、すべてが終わった後のことを預かることで互いの命を繋ぐ――そんな思いを胸に押し込めて。

 ニノマエの戦いかたはあいかわらずである。まっすぐ突っ込み、当たるを幸いに刃を振り回す。
 しかしながら、策を弄すことなくひたむきに押し込むばかりのその猪突猛進は、着実に彼を大将へと近づけていった。
 そして。
「里のみやげに なにもろうた」
 サヤの子守歌はあるときには刃、またあるときには壁となって骨兵どもの陣容を崩し、ニノマエの次なる一歩の先を作りだすのだ。
「見えたぜ――ミツルギぃ!!」
 こすりつけられた錆刃を流した血にすべらせて抜け、ニノマエが骨兵の大将へ向かった。
「でんでん太鼓に 笙の笛」
 皮の破れた陣太鼓の音なき音、に割れた法螺貝から漏れ出す虚ろな唸りを、ニノマエを追おうとした骨兵ごとサヤの歌声が押し退ける。
 ニノマエと大将の間に邪魔者はない。
 ニノマエは低く吼え、御剣を掲げて跳んだ。
 ギヂッ、朽ちた軍配がニノマエの一閃を受け止め、その奥から夜闇よりも深き眼孔の黒がのぞく。
「恨めしやってのはわかるけどよ、今はもう戦国じゃねぇ。おまえさんの恨めしい相手はとっくの昔にあの世に逝ってるぜ」
 軍配から瘴気が噴き、ニノマエの御剣を押し返して肉を焦す。火ぶくれが毒々しい紫に染まり、爆ぜては新たな肉を侵していくが。
 ニノマエはあろうことかその軍配へ噛みついた。
 途端に口内が灼かれて爆ぜ、血と毒膿があふれ出す。
 そして大将が軍配を取り戻そうとあがく中、ニノマエは剣を振りかざした。
 手放せねぇよな、生きてたときに握ってたもんは。残ってるのはそれしかねぇんだもんな。おかげでこうして、おまえを釘づけられるぜ。
 彼の肚から押し上げられた生気が御剣を輝かせ、ついには純然たる白を成す。
 悪いが今だけすがらせてもらうぜ、仏さんよ。
 唐竹割りが大将の兜鉢を断ち割り、その骨に残された無念を斬り祓った。
「――南無三、ってな」

 朽骨散らばる夜明けの荒れ野にニノマエとサヤが立つ。
「終いだな」
 ニノマエがサヤから返された鞘に御剣を収め、痛そうに顔をしかめた。怨霊が消えても傷は消えない。報酬の多くは治療に消えることとなるのだろう。
 サヤはふと、地に落ちた大将の具足を見やり、三味をかき鳴らした。
「つわものどもが ゆめのあと」
 これにて幕引き。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ニノマエ(aa4381) / 男性 / 20歳 / 不撓不屈】
【ミツルギ サヤ(aa4381hero001) / 女性 / 20歳 / 堅忍不抜】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 此は史に語られじ者どもの奮闘を綴る小話、その一片なり。
   
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2017年11月27日

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