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『画映 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)
 冬は唐突に訪れる。
 一月前まで暑いくらいだったのに、今はもう、外套なしには出歩けない。
「お姉様ぁ! 寒いですぅ!」
 降りしきる冷たい雨を傘で押し退け、駆けてくるファルス・ティレイラ。一歩ごとに長い黒髪が大きくはずみ、雨の中へ投げ出されて――
「傘があるのに解せぬーっ!?」
 びしょびしょになった髪先を涙目で抱え込むティレイラに、彼女の魔法の師にして魔法薬屋の雇い主、さらには姉のような存在でもあるシリューナ・リュクテイアは苦笑した。
「むしろ摂理よ」
 もこもこしたダッフルコートを着込んだティレイラに対し、シリューナはすらりと薄いトレンチコート姿である。
 全身を巡る魔力で体温を調整しているだけなのだが……火の魔法を得意とするはずのティレイラにはこれが難しいらしい。未熟だからと言ってしまえばそれまでなのだが、足りないのは業(わざ)よりもむしろ落ち着きのほうだろう。
 今日、魔法薬屋を臨時休店にして出てきたのは、知り合いの魔女からSNS越しのSOSを受け取ったためだ。
 彼女のページには世間から隠れ住むのが常なはずの魔女らしからぬ多数の写真があげられており、七ケタのフォロワーの支持を受けているわけだが、問題は今日の投稿内容だ。
 部屋中が色とりどりの粘液に覆われ、その中央で肩をすくめる彼女の自撮りに続き。
『ねばねばとバトルなう』
 襲い来る粘液と竹箒で戦う魔女の自撮りが。
 遠話で確認したところ、醸造に失敗した魔法薬が擬似的な命を得て動き出したとのことで、シリューナは秘密裏に仕末する手伝いを頼まれたわけだ。
「……あげた時点で秘密もなにもないでしょうにね」
 シリューナは眉をひそめ、ティレイラを見る。
「ティレは置いてくるべきだったかしら」
 湿気が多ければそれだけ火力も上げなければならない。しかも相手が粘液となれば、この湿気がどのように作用するかもわからない。かといって高火力で対抗すれば火事を引き起こす心配があるし、魔女の部屋に置かれたなにかに反応して大惨事を起こす危険性もある。
「大丈夫ですよ! だって相手、粘液なんですよね? 私の火魔法でじゅわっと解決です!」
 置いて行かれまいと足を速め、ティレイラがかわいらしく拳を握り締める。
 その気合が怖いのよ。シリューナは言葉を飲み下し、重いため息を返すのであった。


 丘の上にぽつりと建つ魔女の家の玄関口は、驚くほどに静かだった。
 シリューナがノッカーを叩くと二秒でドアが開き、中からふんわりとした雰囲気をまとう魔女が顔を突き出して。
「ヘイ、シリちゃん待ってたわぁ!」
 どこぞのアプリを起動させるような呼び声にシリューナは眉をひそめ、内へ踏み込んだ。
「状況は?」
 魔女は丸っこい目をしばたたき、なぜか不敵な笑みを作って親指で奥を指す。
「玄関は死守したんだけど、あとは全部占拠されちゃったぁ」
 魔女が「てへっ」。
 さすがにこみ上げる苛立ちを飲み下し、シリューナがティレイラを返り見た。
「とりあえず全部燃やしましょう。被害は最小限で抑えられるから」
「了解ですお姉様!」
「だめだめぇ!! 大事なあれとかそれとかあるからぁ!」
 などとひと騒動を経て、三人はあらためて第一の戦場となる応接間へ向かう。

「わ、いい匂い!」
 ティレイラが思わずため息を漏らした。
 応接間は床から壁、調度品に至るまでもれなく粘液で覆われており、その中をスライム状の固まりが這いずっている。
「ティレ、なるべく吸い込まないで。麻痺毒のにおいがする……それにオレンジと、白檀?」
「アロマオイルの匂いねぇ。副交感神経に効く魔法薬と混ぜてるの。シリちゃんのお見せにも卸してるリラックス用のアレよぉ」
 魔女のコメントに、シリューナはため息をついた。
 アロマオイル自体に毒性はないが、問題はその奥に隠された魔法薬の量と種類だ。対抗術式を編むにしても、このにおいに紛れたすべてを嗅ぎ取ることは難しいし、混成された魔法薬がどのような効力を併せ持つかは、それこそ接触してみなければわからない。
「ひとつひとつ試していくしかないわね。ティレ、まずは炙ってみて。揮発させないようにね」
「はい!」
 ティレイラが小さな火球を展開し、スライムへ撃ち込んだ。
 じゅっ。濁音があがり、わずかにスライムの一体がびっくりしたように体を縮こまらせ、そしてぶるぶる震えたかと思いきや、伸び上がって襲いかかってきた。
「えー!?」
「攻撃性の高さはカフェインの効果? まったく、なにを吸い込んでいるのかしら」
 ティレイラの前に防御魔法を展開したシリューナは続けて麻痺毒とカフェインへの対抗術式を編み、触手へ向かわせる。
 触手から力が失せ、ぼとりと床に落ちた次の瞬間。
 部屋を包んでいた粘液が速やかに、スライムごと奥へ続くドアの隙間から逃げていった。
「情報を持ち帰られたってところかしら。あまりいい予感がしないわね」
「ちょっとだけくらくらしますー」
 麻痺毒とカフェインに酔ったらしいティレイラの体にも対抗術式をかけ、シリューナは湿度を確かめた。現在の湿度、94パーセント。スライムの毒は揮発せずともこの水分を伝ってくる。予想以上に厳しい戦いになりそうだ。
 と、気を引き締めるシリューナは気配を感じて振り向いた。
「映えるわぁ。シリちゃん、すっごくSNS映えするわぁ」
 いつの間にかスマホで動画を撮っていた魔女が、レンズ越しにほんわりと笑んでいた。
「……ネットにあげたら燃やすわよ?」
「んー、最悪パソコン以外なら燃えちゃっても我慢するわぁ?」
「……」

「ティレ、加熱」
「はい!」
 魔女の家が燃えてもかまわない。そう思い切ったおかげでダイニングキッチンでの戦いは優位に進めることができた。
 ティレイラが火魔法で自らを過熱して水分を多量に含んだ空気を乾燥させ、シリューナがIHヒーターの電流を利して編んだ雷で、スライムとその本体である粘液へ全方位攻撃を浴びせかけていく。
 ここまでに判明したいくつかの毒と精神刺激物質への対抗術式を編み込んだ魔法が水を伝って浸透し、スライムはたまらずその身を爆ぜさせ、粘液もまた己の多くを損なって逃げ出した。
「フェネチルアミン――元はチョコレートかしら」
 粘液の残したにおいから新たな混合物を分析し、シリューナが顔をしかめる。
「どうしたんですか、お姉様?」
 ティレイラの問いにシリューナは小さく息をつき。
「あの粘液は向精神物質ばかりを選んで精製しているのよ」
 後ろで動画を撮影していた魔女がふんわり笑顔で。
「なんだかいやらしいわねぇ。エロス!」
 確かにそんな感じではあるが、原因が言うことじゃあない。
「それより、醸造を失敗した理由に思い当たることはないの?」
「んー、いつもどおりよぉ。みんながなかよくらぶらぶできますようにって思いながらまぜまぜしててぇ、気がついたらでろでろぉって」
 追求しても答にたどりつけそうになかった。
 シリューナはしかんだ眉根を指先で揉み、次の戦場へと向かう。

「客室、確保です!」
「トイレもこれで大丈夫ね」
「お風呂場も大丈夫みたいよぉ」
「作業場の制圧が完了しました!」
「階段も開放できたけど」
「残るはぁ」
 魔女の寝室のみ。
「……いちばん重要そうな作業場をあっさり放棄した理由がわからないわね」
 シリューナが首を傾げた。
 命あるものに限らず、魔法生物にとっても自身が生まれた場所とは特別なものだ。彼らはそこを守るために死力を尽くすし、当然スライムもそうするだろうと思われていた。
 それなのになぜ、そこを捨てて寝室などという場所へ逃げ込んだのか?
「お姉様、考えてても始まりません。行きましょう!」
 ティレイラの強い声が響く。
 確かにそうだ。考えてみたところでわかるはずはない。それを知る唯一の存在であるはずの魔女が「あらあらまあまあ」な有様なのだから。

「3、2、1――私チーム、ゴーゴー!」
 特殊部隊を意識しているのだろうティレイラが寝室のドアを押し開け、踏み込んだ。まあ、チームと言いつつ彼女ひとりであるのは置いておいて。
 部屋は壁も床も見えないほど分厚いスライムの層で覆い尽くされており、鼻を痺れさせるほどの甘ったるいにおいが押し詰められていた。
 そして。ティレイラの足がずぶりとスライムの内に沈み、内へ引きずり込まれていく。
「っ!?」
「ティレ、最大火力!」
 シリューナの指示に従い、ティレイラがセーブなしの火魔法を発動させたがしかし。
「――火が!」
 燃え立たない。こうして建っているだけで衣服が、肌が濡れるほどの過剰な湿度、そしてそこに含ませられた魔力とが、火魔法の発動を邪魔しているのだ。
「そのまま術を発動させ続けなさい!」
 シリューナは対抗術式を編み、スライムへ浴びせかけるが、勢いを止められない。粘液を成す重要な原料の正体が知れていないためか。
「っ!」
 粘液から伸び出した触手がティレイラとシリューナを捕らえ、引きずり込んだ。その先に待ち受けるものは天蓋つきのベッド。
「お、おねえさま――」
 ティレイラの抗う力が弱まっていく。息が荒くなり、肌に赤みがさした。
「ティレ、あなた」
 昂ぶっているの、こんな状況で?
 しかし、シリューナの思考もまた甘やかな痺れに溶かされていく。疑問が維持できない。これはまさか……
「媚薬」
 向精神物質の中には当然、媚薬効果を持つものも多く存在する。
 そしてここでシリューナは魔女の言葉を思い出した。「みんながなかよくらぶらぶできますようにって思いながらまぜまぜ」。そうか、この粘液は、その思いを吸い込んでこんなことを。寝室を巣に選んだのも、らぶらぶのせい。
「あ、ん。おねえ、さ、まぁ」
 焦点を失くしたティレイラの目が、シリューナへを求めてさまよう。粘液に含まれる媚薬で心を溶かされ、A10神経に快楽を擦り込まれた体がさらなる刺激を求めて勝手に開いていく。
 シリューナもまた同じだ。神経に直接挿入された快楽の太さに意識が途切れ、なんとか取り戻した途端、また飛ばされる。人型を模していることが災いしたと悔やむことすらできはしない。
「っ、はぁ」
 あえぐシリューナがベッドに引き倒された。
 壁や床に拡がっていたスライムが寄り集まり、のしかかってきた。
 身動きがとれない。すぐとなりでティレイラが高い声をあげていて、その音がさらにシリューナを蕩かせる。
「ああっ」
 粘液に押し包まれたシリューナの上体が、体内に噴き上げた快楽に大きく跳ねた。
 粘液の波を押し上げ、立ち上がるシリューナの上体。
 たまらず天井へ差し伸べられた手――なにかが握られている。
「ベッドに、引きずりこんだのは、あなたの本体が、そこにあるから――でしょう?」
 絶え絶えに語る彼女の手にあるもの、それはスライムの核だ。
 対抗術式を編まず、ここまで引きずり込まれたのはそれを探り当てるため。そしてその企みを悟らせないためだった。
 それにようやく気づいたスライムが、さらなる刺激と物量をもって核を取り戻そうと騒ぐ。
「っ」
 シリューナは意識を消し飛ばされる中で核を強く握り潰した。


「あらあらまあまあ」
 被害を避けるため、戸口から離れていた魔女が寝室をのぞきこみ、声をあげた。
 粘性を失い、凝固したスライムの中、なんとも甘やかな表情で押し固まるシリューナとティレイラの姿がそこにあったからだ。
 魔女はしばし考え込み、スマホを取り出した。
「これ、すっごくSNS映えするわぁ」
 ……後日、彼女の住居は凄絶な“嵐”に巻き込まれて全壊し、なぜかネット上でシリューナの魔法薬屋が叩かれて大炎上することとなるのだが、それはまた別の話である。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【シリューナ・リュクテイア(3785) / 女性 / 212歳 / 魔法薬屋】
【ファルス・ティレイラ(3733) / 女性 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 騒動とは、解決した後にこそ巻き起こるものなれば。
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東京怪談
2017年11月27日

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