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『自由と妄想の勝利』
イアル・ミラール7523


 魔本はある。執筆する作家も、こうして生存している。
 魔本政策を禁じた政権は、すでにこの世に存在していない。
 勝ち負けで言えば自分たちの負けではないか、とイアル・ミラールは思う。
 その政権の側にいた自分が、しかもこんなふうに、魔本執筆者のためにお茶など淹れている。
 勝者に尽くす敗者の屈辱だ、と思わない事もない。そのような目には、いくらでも遭ってきたのだが。
「わしは勝った。権力者の横暴から、創作と表現の自由を守り抜いたのじゃあ」
 幼い可愛らしい女の子、の姿をした賢者の老婆が、世迷言を垂れ流しながら手際良くペンツールを操作している。
「わし大体、禁止しなきゃいかんようなものは書いておらんぞい。政権批判もやっておらんし、幼い子供がアレコレされるような内容でもなし」
「王国全土の魔本作家を片っ端から捕縛してでも、貴女を捜し出して捕えて処刑しなければ……私、そんな気分にさせられたのよ。あの魔本を読んで」
 女賢者の傍らに茶を置きながら、イアルは言った。
「想いを寄せていた勇者様が、目の前であんな事になって……心が壊れてしまう女騎士。私、そんな役をやらされたのよ? ねえ、わかっているの」
「人の心の奥底に潜むNTR属性をのう、目覚めさせてみようと思ったんじゃよ」
「殺意しか目覚めなかったわ。読者を嫌な気分にさせて悦に入る、作者のそんな表情が透けて見えるような作品は……魔本でなくとも禁止・弾圧したいところね」
「そういう考え方は良くないわイアル。創作物というものは、どんな内容であっても守られるべきよ」
 デジタルトーンの絵柄を選びながら、響カスミが言った。
「エログロなだけで内容のない作品は、最初のインパクトはあっても必ず忘れ去られていくもの。規制する必要なんてないと思うの」
「ねえカスミ、どうでもいいけど何で貴女が……魔本作りを、手伝っているの?」
 今更ながらの疑問を、イアルは口にした。
「そして、何で私がお茶汲みを!?」
「おぬし、デジタルお絵描きとか全然ダメじゃろ」
 温泉の中で、女賢者はぽつりと言った。魔本作りを手伝ってくれんか、と。
 断らなかったのは何故か。カスミが承諾してしまったから、それもある。
 女賢者が、その時だけは何故か、外見通りの幼い子供に見えてしまったから、でもあった。
 親とはぐれてしまった、寄る辺のない小さな女の子。イアルには、そう見えてしまったのである。
「アナログお絵描きもアレじゃものなあ。いや本当、傑作じゃった」
「失礼な事を言わないで下さい賢者さん。イアルがあんなに上手に、ピカソのゲルニカを模写したのに」
「あのねカスミ。私あれ、お花畑と妖精たちを描いたつもり……なんだけど」
「……賢者さん、ここの背景は繁華街のBで?」
「いや、おぬしが作ってくれた雑踏のCで行ってみようぞ」
 沈黙が訪れた。マウスのクリック音だけが、静かに軽やかに鳴り続ける。
 おかしい、とイアルは思った。
 お茶を淹れるだけ、とは言え、魔本作りに加担するなど生まれて初めての経験である。そのはずである。
「なのに……以前にも、こんな事があったような……気がするわ」
 ぽつりと、イアルは言った。
「まあ、気のせいでしょうけど」
「気のせい、と言うか夢じゃな」
 女賢者が、微笑んだようだ。
「幸せな、夢じゃよ……それで良かろ?」


 少女が、原稿のデータを保存している。
 イアルが、疑わしげに言った。
「……パソコンで魔本作りなんて。たちの悪い魔法のウイルスなんかが、ネットに流れ出したりする事はないんでしょうね絶対に?」
「なぁに、そうなったらIO2あたりが何とかしてくれるじゃろ」
「貴女がIO2に拘束されても私、助けてなんてあげないわよ」
 何故だろう、とカスミは思った。2人の、そんなやりとりを、以前どこかで見た事があるように思えてしまう。
 数年前、学生時代、いやそれ以前。カスミが子供の頃、物心つく前……生まれるよりも、ずっと昔。
(まさか……前世? なんて……信じないわよ私っ。前世、お化け、宇宙人、そんなのあるわけないんだからっ)
 カスミは、ぶんぶんと頭を振った。
「どうした。何か、いけない妄想でもしとったんかの」
 そんな事を言いながら、少女がマグカップを差し出して来た。
「ほい、今度はわしがお茶を淹れたぞい。イアルも、お疲れ様じゃ。おかしなハーブではなく普通の紅茶であるから安心して飲むと良いぞ」
「……また獣になったら、貴女を真っ先に噛み殺すわよ」
 イアルは紅茶を啜った。カスミも飲んだ。ほっとするような温かさが、全身に広がってゆく。
「2人のおかげで、思うたよりも早く仕上がりそうじゃ。というわけで次の魔本の構想に取り掛からんとのう」
「もう少し無難なものを作りなさい。今時お金を払って他人の創作物を読もうという人たちはね、みんな疲れているのよ。誰も傷つかないお話を求めているの」
「そういうのはまあ、わし以外のクリエイターに任せとるよ」
 イアルの言葉にそう応えながら、少女はお茶受けの洋菓子を出してくれた。
「わしは、わしにしか書けんものをじゃな」
「独創性、以外に評価するところのない作品には、ならないようにね」
 言いつつイアルが菓子を食らい、茶を飲み、そして石化した。
 飲んでいたのは本当に、単なる紅茶である。だが、菓子の方は。
「賢者さん? ……ちょっと、貴女は!」
「まあまあ、しばらくすれば元に戻る。その間、一緒に楽しもうではないかカスミ先生」
 相変わらずイアルは、石像と化しながらも一部分だけが生身である。
「裸足の王女はのう、生身の時よりも……下手すると、石像やら氷像やらになった時の方が美しかったりするんじゃよ。この魅力には、あの虚無の境界の盟主さえ無様に屈したものじゃ」
 そんな事を言いながら少女が、イアルのその部分を、愛らしい両手で嫌らしく弄り始める。
「ああん、この娘は本当に……わしの創作意欲を、バリバリ刺激してくれおるのう。あやつ以上じゃて。あやつは、このようなもの生やすところまでは行き着いておらなんだ」
 少女は何かを、割り切って……あるいは、吹っ切れてしまったかのようである。
「イアル……」
 カスミは呼びかけた。イアルは当然、応えない。
 人を、物として扱う。イアルが、何よりも嫌悪する行いである。
 だが今、物として扱われるイアル・ミラールの……何と、魅惑的である事か。
「ごめんね、イアル……」
 隆々と屹立する、イアルのその部分に、カスミを手を伸ばしていった。


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登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/外見20歳/裸足の王女】
【NPCA026/響・カスミ/女/27歳/音楽教師】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月27日

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