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『石白の縁 』
美空aa4136)&ウルカグアリーaz0088
 H.O.P.E.に休日は存在しない。会長生誕日が祝日になっているわけでもないし、ましてや半ドンなんてありえない。
 が。
 今日は休むとエージェントが決めたなら、その日はすなわち休日となる。あとは休み抜くことに対して、どれだけの覚悟をもっているかが関わるわけだ。
 緊急出動要請を聞かずにすむよう、ライヴス通信機は置いてきた。
 東京海上支部の元ヤンオペレーターはスマホにも同時連絡してくるから、スマホもふとんの中に突っ込んでおいた。
 セーラー服に上に羽織った軍コートのポケットに入っているのは財布とハンカチ、あとは思いつきで作った小さな白旗のみ。
 美空は自分の英断に満足しつつ、甘いもの屋さんを目ざして初冬の街を行く。
 ちなみに彼女、知識が実に偏っていることもあって、具体的に「甘いもの屋さん」がどういう場所なのかはわかっていない。
「美空が思うに、MRE(米軍の携帯用調理済レーション)のチョコレートバーをお皿に入れてくれるお店では?」
 美空の推理を聞いた第一英雄は実にげんなりした顔(代わりの前立)を見せたものだが――なにせMREは薬臭くてクソまずいから――いいのだ。気分というものは転換することで、新たな思考を閃くものなのだから。
 正直、美空は煮詰まっていた。
 原因は彼女が「おねェさま」と慕う少女にある。
 少女は今、リュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチというヴィランを追いかけていた。目的は、リュミドラを彼女が帰属する人狼群から救いあげ、人の世で共に生きること。
 しかし。一年以上の時間を費やしながら、少女の願いは達成されていなかった。
「アプローチに問題ありなのではないかと推察するのであります」
 人の流れにそのちんまい体を埋没させた美空は独り言ちる。
 リュミドラはすでに救われているからだ。邪英となって契約者を喰らい、ついには愚神へと堕ちた人狼の群れの手で。そこへいくら手を伸べたとて届くはずがないではないか。
 いや、少女のやりかたを責めているのではない。少女の覚悟と決意を、誰よりも知るがゆえに。そしてその手に、ほかならぬ美空が救われたがゆえに。
「逆に、だから美空にはリュミドラさんの気持ちもわかるのでありますが」
 救われたからこそ、救ってくれた者に応えたい。
 美空が少女のためにこうして考え続けているのも、すべてはそのためだ。
「おねェさまが行く先こそが美空にとっての約束の地であります。ならばそこへ行き着くまでの道筋を探すことが斥候兼参謀の美空なのでありますよ」
「軽っこくてちんまいくせに、ずいぶん重たいこと考えてんのねぇ」
 はた。美空が声音の端をたぐってその出所を見れば。
 褐色の肌のラテン系女性を模してはいたが、まぎれもない等級不明愚神ウルカグアリーの顔が待ち受けていた。
「はにゃ! ウルカグアリーさん! で、あります、よね?」
「そぉよぉ。ま、近いうちに名前変えるかもだけどねぇ」
 愚神がまとうふわふわした白いコートの素材はファーだろうか? いや、多分ちがうのだろう。地中にある鉱石を自在に操り、依代として行動するウルカグアリーが、鉱石以外の素材を使うはずがない。
「あ、これ? オケナイトのコートよぉ。なんかそれっぽく見えるでしょ? で、ちんまりちゃんはエージェントよねぇ? 偵察かなんか? んー、だったらこんなライヴスだだ漏らしてないか。ってことはただの偶然?」
 こくこく。うなずきながら美空ははたはたと白旗を振った。
「なにそれ?」
「非戦闘区域での遭遇でありますから、ジュネーヴ条約とか第9条とかあれとかそれとか」
 ウルカグアリーは顔をしかめ、かがめていた体を立ち上がらせた。
「別にこんなとこで殺し合う気なんかないわよ。連れを待ってるだけ。まあ、街に出るのも久しぶりだし? もうしばらくかかるんだろうけどねぇ」
 そのまま雑踏へ姿を消そうとしたウルカグアリーのコートの端を、美空がはっしとつかむ。
「触ると抜けるでしょぉ? あんたオケナイトのことなんにも知らな」
「あ、甘いもの! 甘いものとか、しばきませんかであります!」
 口について出たのは、なにかで見たナンパのセリフ。
 ウルカグアリーは見開いた目をしばたたき、苦笑した。


 黒檀をふんだんに使った、クラシカルな純喫茶。
 深赤の革を張ったソファに背を預けたウルカグアリーは、細身のパイプ――チャーチワーデンと呼ばれる、長い吸い口を備えたパイプだ――に詰めた煙草に火をつけた。
「狼どもの前で吸うと嫌がるからねぇ」
 煙草にはベリーの香りがつけられているようで、酸味の利いた甘い匂いが漂う。
「美空も煙たいのであります……」
「うるっさいわねぇ。それよりアンタ、なに食いたいわけ? アタシがおごったげるわよぉ」
「お金持ち……貴金属を換金してるのでありますか?」
「カネがなきゃ煙草も買えやしないからねぇ」
 やわらかく目元をゆるめるウルカグアリー。
 ああ、きっと今、リュミドラのことを考えているのだろうと知れたが。
 それよりもなによりも、美空は本能のままに「タワークリームふわふわパンケーキであります!」と叫んでいた。悩みは悩みとしてあれど、そこは10歳女子。生クリームの量は正義なのである。
「この店、なんでそんなのあんのよ?」
 顔をしかめたウルカグアリーは、メニューに記された豆の名を見てほろりと笑んだ。
「へぇ、ベロニカとか置いてんのねぇ。じゃ、アタシはこれで」
 それにしても不可思議な愚神だ。人を殺してライヴスを喰らう愚神でありながら、敵との茶飲み話に付き合いもする。そういえば最初に姿を現わした【神月】ではエージェント相手に謎かけをしていたともいうし……うん、不可思議だ。
「で、アタシとなにしゃべりたいの? さすがにお茶だけってわけじゃないんでしょ?」
「リュミドラさんのことであります」
 先に運ばれてきたコーヒーをひとすすり、ウルカグアリーが笑った。
「考えこむタイプかって思ったら、考えなしに来たもんね」
「時と場合によるのであります。次の機会は、なかなかないかと判断しましたので」
「確かに。ま、聞かれたら答えられる範疇でお返事するわよぉ」
 甘い煙を吐き散らし、ウルカグアリーは美空の次の言葉を待つ。
 美空はウルカグアリーが頼んでくれたらしいホットミルクをありがたくいただきつつ、言葉の選別作業にかかった。
 勢いで突撃に成功はした。ただ、ここから突貫を遂行するには戦術が必要であり、戦略が必要だ。
 とはいえ徒手空拳でありますから、選択肢自体乏しいのでありますが。
 なので結局、探り探りやっていくしかないわけだ。
「美空のおねェさまがリュミドラさんを救うには、いったいなにが必要と思われますか?」
 内角高めに、思いっきりのストレートを投げ込んだ。
「それアタシに訊くこと?」
 どのような鉱石を“アバタ”として使っているものか、褐色の面の内で桃色の唇を歪めてみせるウルカグアリー。
 外角に逃げるスローカーブから入るべきだったか? いや、これで合っているはず。
 規約だの盟約だのにこだわる気質はあれど、ウルカグアリーは基本的にゲーム好きで、その採点はどうやら加点方式だ。四国で放射性物質による汚染テロをしかけておきながら起動しなかったのは、エージェントの攻略が彼女にとって合格ラインを越えたから。
「……逆に訊くけど、アンタのとこの聖女ちゃんはいったいどこの誰を救いたいわけ?」
 よし、食いついた。
 美空はぴくりと跳ねた口の端をカップの縁で隠し、表情を整える。がっついちゃだめだ。リールはただ巻けばいいわけではなく、緩急をつけることが重要だから。
「それはもちろんリュミドラさんであります」
 言い切っておいて、少しだけ間を置いた。続く言葉があることをにおわせてウルカグアリーの興味を引っぱる。そうしておいて、言葉を継いだ。
「でも、美空は思うのであります。リュミドラさんを救いたいなら、その心にあるもの全部を救わなければだめなのではないかと」
「へぇ。その全部ってなに?」
「人狼群であります」
 ど真ん中に、ずどん。
 インパクトは充分。次はただの思いつきではなく、推論を重ねたうえでの結論であることを示す。
「美空はリュミドラさんのことも人狼さんたちのこともよく知りません。でも、人狼さんたちがリュミドラさんの心を救ったこと、リュミドラさんが人狼さんたちを家族だと思ってなにより大切にしてること――狼になって群れといっしょに死んじゃおうとするくらい――だけはわかるのであります。ですので」
 美空はウルカグアリーの眼をまっすぐ見上げ、決め球を放り込んだ。
「リュミドラさんを救うには、家族である人狼群を救う必要があると愚考するのであります」
 ウルカグアリーは眼をすがめ、しばし黙考する。
 採点、されているのだろうか。運ばれてきたパンケーキの生クリームタワーをひとかじり、思わず「マジ甘いのであります!」と声をあげた美空はあわわと口をつぐみ、評価が下されるときを待つ。
「人狼のことは人狼に……ネウロイじゃだめねぇ。狼姫も、なんにも言わないか。ヒョルドかジェーニャ、ニキータに訊くのねぇ。あの三人は特に狼姫と因縁あるし、あんな形で存在してるのは不本意だろうしね」
 及第点は取れたか。
 しかし、それによって新たな謎が浮かび上がる。
“アバタ”という器を与えられてはいるが、現在の人狼は幽霊のようなものだ。それが不本意なのはわかる。兵士にとって戦場で死ぬことは必然。それをねじ曲げて存在し続けることは誇りに障るものであろう。それでも彼らが戦い続けているのはリュミドラと、英雄化したネウロイを生かすために他ならない。そして、パナマ地峡でリュミドラが語ったウルカグアリーとの「契約」もまた、そのことに関わっているはずだ。
 訊いてしまいたくなる衝動をパンケーキといっしょに飲み込んで、美空は考え続けた。
 ネウロイおよび人狼群とウルカグアリーの契約は、リュミドラを守ること。
 リュミドラとウルカグアリーの契約は――
「――人狼さんたちを、この世界に存在させ続けること」
 アマゾンでニキータが見せた行動を思えば、リュミドラがなんらかの形で自分の命を代償にしていることはまちがいあるまい。
 だとしたら、まるで賢者の贈り物ではないか。互いに互いのため、必要のないものを贈りあって……その矛盾する願いを聞き遂げたウルカグアリーは、いったい。
「ウルカグアリーさんは、リュミドラさんや人狼さんたちにどうなってほしいのでありますか?」
 美空に応えず、ウルカグアリーはパイプに詰めなおした煙草を吹かす。
 燻製煙草葉であるラタキア、煙草葉の漬物であるペリクを混ぜた煙草の煙は、さながらウルカグアリーの心情を物語るかのように辛かった。


「あんた、あの聖女ちゃんのことほんとに好きなのねぇ」
 喫茶店を出たウルカグアリーが、ちょこちょこついてくる美空に苦笑を投げた。
「美空におねェさまをくれた人ですから。おねェさま、マジ聖女(物理)であります」
 ぴしりと敬礼した美空が手を下ろし。
「ウルカねェさんはリュミドラさんたちのこと好きでありますよね」
「ま、はぐれもん同士だしね……って、しれっとアンタのファミリーに入れてくれてんじゃないわよ」
 歩き出すウルカグアリー。
 その横にふと、白い人影が並ぶ。
「あいつに言っておけ。あたしは目の前に立つ敵を撃つだけだって」
 蝋さながらの白肌に白髪、そして赤い眼を持つ少女が美空へ冷めた声音を突きつけた。
 リュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチ。人狼群の中心に立つ、狼のふりをした白アヒルであった。
「おねェさまは美空が守るのであります。それが美空にとって、なによりも優先されるべき作戦でありますから」
 リュミドラは薄笑みを閃かせ、美空に背を向けた。
「なら、おまえごと撃つだけだ。顔は憶えた。そのときには見誤らない」
 ウルカグアリーとリュミドラ、この国においてはあまりにも異質すぎるはずのふたりが、人波に紛れて消え失せる。このあたりはさすが形なき愚神とスナイパーだ。
「縁は繋がったのでありますね。あとはこの縁を切らずにもっと強く結ぶ方法であります」
 聖女と、リュミドラと、ウルカグアリーと、美空。もつれあった縁の糸を整理し、最適な形で繋ぎ合わせる。
 だが、その方策を考えるには、種となる情報も燃料たる糖分も足りなさすぎた。
「とりあえず、補給だけでもすませておくのであります」
 美空はさらなる甘いものを求め、街へと駆け出した。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【美空(aa4136) / 女性 / 10歳 / 志?J】
【ウルカグアリー(az0088) / 女性 / 22歳 / 石の使い手】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ちんまき者、石の女神との会合を終えて甘味へ駆ける。
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2017年11月28日

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