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『戦う人形たち』
セレシュ・ウィーラー8538


 差出人の住所氏名が記されていない手紙である。
 差出人が、しかし手紙の受取人を、どこへ導いたのかはわかる。
 何故なら、招待状であるからだ。この洋館への道順は、明記されていた。
 扉には、鍵がかかっている。構わずに、少女は押し開けた。
 壊れた扉が左右にちぎれ、豪奢なエントランスホール内の光景が視界に広がった。
「何とも乱暴な……でも、許して差し上げますわね」
 声がした。
 洋館の主、なのであろう優美な人影が1つ、しずしずと階段を降りて来る。
「招かれざる御客様にも、最高のおもてなしを。それが当人形館の方針ですわ」
「人形館……」
 少女は見回した。
 まさしくエントランスホール内のあちこちに、不気味なほど精巧な人形たちが配置されている。
 まるで何人もの若い女性が、生きたまま人形に変えられてしまったかのようだ。
「貴女もね、この子たちの仲間入りをさせて……あげたいところですけど駄目。お前をこの世から消さない限り、私の未来はないから」
 主もまた、人形だった。ゴシックロリータ風の衣装をまとい、顔にヴェールを巻き付けた、自動人形。
 たおやかな手が滑らかに動いて、そのヴェールを脱ぎ捨てた。
 少女は息を飲んだ。露わになったのは、まさしく自分の顔であったからだ。
「貴女は何者……なぁんて訊いたところで、素直に答えていただける気がいたしませんわね」
 少女は、ポキポキと拳を鳴らした。
「なので別の質問を。セレシュ・ウィーラーが、こちらで御厄介になっているはず……今どこにおりますの? これはちょっと素直に答えていただかないと私、貴女の首をもがずにいられる自信がありませんわ」
「セレシュ・ウィーラー……ふふっ、これの事ですの?」
 まるで犬のような四つん這いの姿勢で放置されている人形が、1体ある。
 洋館の主がパチッと指を鳴らすと、その人形は立ち上がった。見えざる糸で、引き起こされたかのように。
 少女は小さく溜め息をつき、呼びかけた。
「……帰りますわよ、お姉様。お人形遊びはもうおしまい」
 人形は答えない。
 洋館の主は、嘲笑う。
「セレシュ・ウィーラーという存在は失われ、今は抜け殻の人形が残るのみ……あの女の、無様な痕跡としてね」
 嘲笑いながら、人形の衣服を荒々しく捲り上げる。
 丸み豊かな、だが柔らかさのない人形の胸部が露わになった。
 大き過ぎる、やはりセレシュではない。
 そんな事を思いながら、少女は踏み込んだ。
 洋館の主が、眼光を向けてくる。呪詛の言葉と共に。
「私が何者であるかはともかく……お前が何者であるのかは教えてあげられますわ。お前は私の、出来損ないの分身体。この世にこびりついた、汚らしい沈殿物!」
 叫びを合図として、人形たちが一斉に動いた。
 痛覚を失って怪力を獲得した細腕が無数、あらゆる方向から少女を襲う。
「貴女は……!?」
 先頭で掴み掛かって来る人形に、少女は見覚えがあった。かつて教室で散々、色々と絡んできたクラスメイトである。
「……失望いたしましたわよ。最低限のプライドだけはある人だと思っておりましたのにッ!」
 かつて女王として君臨していたクラスメイトを、少女は掴んで投げ飛ばした。群がる人形たちの、真っただ中へと向かってだ。
 粉砕してしまわぬよう、力加減はした。
 だから人形たちが、すぐさま起き上がって来る。襲いかかって来る。
 ストーンゴーレム並みの剛力を秘めた細腕で、少女は人形たちを払いのけた。本気で払いのけたら壊れてしまうものたちを、細心の注意でだ。
「ふふっ、無理をせずに破壊してしまってはいかが? 何しろ……お前の本質は、僵尸よりも残忍凶暴な怪物なのだから」
 洋館の主が、冷笑しながら片手を動かす。優美な五指から、目に見えない糸が伸びている、と少女は思った。
 その糸が、かつてセレシュであった人形を、ぐるりと引っくり返した。本来、無数の蛇であるはずの金髪が、弱々しく床に広がる。
「無様……ですわねえぇセレシュ・ウィーラー。これほど無様なる者が……私を、あのような目に……ッッ!」
 セレシュの身体が、逆さまのまま歪みねじれ、髪で床を掃きながら両脚を広げた。
 球体関節で繋がった、固く滑らかな左右の美脚が、限界可動域まで開いて今にもちぎれてしまいそうだ。
 露わになった人形の下腹部を、少女は見つめ観察した。
 つるりとしていて何もない、単なる人形の一部分でしかない。
「一体……何が楽しいのやら」
 少女は右足を離陸させ、左脚を軸に身体を捻った。豊麗なボディラインが竜巻のように捻転し、形良い太股が超高速でスカートを撥ね除ける。折り畳まれていた膝が開いた。まるでジャックナイフのようにだ。
 斬撃のような回し蹴りが、群れる人形たちを薙ぎ払っていた。
 生身に戻ったら全員、手足あるいは肋骨の1本2本は折れているかも知れないが、耐えてもらうしかない。
 とにかく少女は、蹴り終えた足で床を蹴り、踏み込んで行った。
「そのような事なさるのなら、生身のお姉様に対してですわ……無反応の人形を弄り回して一体、何が面白いんですの!?」
「安心なさい、お前を人形にはしない。元々が、出来損ないの人形……っ!」
 洋館の主が、片手を振るう。
 人形化した繊手から、暗黒が生じた。闇そのものが黒色の鞭と化し、一閃する。
 少女は直撃を喰らい、吹っ飛んだ。
「ぐうっ……!」
 床に激突し、衝撃に痺れながら、少女は即座に身を起こした。
 だが動く暇もなく、全身に衝撃が巻き付いて来る。
 暗黒の鞭が、黒い大蛇と化し、少女の身体を締め上げていた。
「お前は……セレシュ・ウィーラーから、何も聞いておりませんのね。己の正体に関して」
 洋館の主が、その冷たい美貌をニヤリと歪める。
「おぞましい魔獣の牝が……出来損ないの人形相手に、良好な人間関係を作ろうとでも? お笑い種と言いたいところですけど、滑稽すぎて笑えもしませんわね」
「……長く生きておられる方、ですもの。後ろ暗いところの、百や二百……ない方が、不健全ですわ」
 内臓が、ミシミシと潰れてゆく。血を吐きながら、少女は呻いた。
「それよりも、滑稽なのは貴女の方……そんな歳で、お人形遊びしか出来ないなんて……」
「何をッ……この、人形ですらない! 出来損ないの、擬似生命体が……っ!」
「お姉様! いつまで1人プロレスごっこをしておられますの!」
 少女は叫んだ。
「恥ずかし固めなら今度、私が掛けて差し上げますわ。今はお仕事! 異能犯罪者を仕留めて、IO2から大金をゲットするチャンスですのよ!」
「戯言はそこまで、お前は殺す! いえ、もともと生き物ですらない物体を、ただ破壊するだけ!」
 叫びに合わせて、少女の全身を締め上げる力が、しかしそこで止まった。
 洋館の主が、止まっている。人形化した細身の肢体が、硬直しながら震えている。
「なっ……何……これは……ッ」
 目に見えぬ力が、洋館の主を拘束していた。
 誰の力であるのかは、考えるまでもない。
 それ以上、強まる事のなくなった暗黒の束縛を、少女は振りちぎった。ストーンゴーレム以上の怪力が、闇の鞭を引きちぎって飛散させる。
 暗黒の飛沫を蹴散らして、少女は踏み込んだ。
「お前はっ!」
「お願い……もう、口をおききにならないで」
 洋館の主の口を、少女は片手で塞いだ。
「自分の声をね、おかしな感じに歪められて聞かされる……あまり良い気分ではありませんわ」
 優美な五指が、主の美貌の下半分をがっちりと掴む。猛禽の爪のようにだ。
 不味い、と少女は思った。
 吐き気を催すほど不快な生気を、少女はしかし全て吸収した。
「もはや魂しか残っておられない方には……このやり方が、一番ですわね」
 少女は手を離し、残心の構えを取った。
 洋館の主が、崩れ落ちるように倒れて行く。否、それはもはや単なる人形であった。人形の中にあったものは今、少女が吸引し尽くしたのだ。
 毒々しいほどの不味さを全身で感じながら少女は、もう1体の人形に駆け寄って行った。
「お姉様!」
 セレシュは応えず、床の上でぐったりと曲がったまま、股間の球体関節を晒し続けている。
「今、助けて下さったのはお姉様でしょう? まさか、あれが最後の力だったなどと……ご冗談は、おやめになって……」
 少女は、セレシュの身体を揺さぶった。力加減など、出来なかった。
「お姉様の冗談! あまり面白くありませんのよ基本的にッ!」


 全身の骨が、まだ悲鳴を上げている。
「あー、しんど……生身っちゅうんは、コレがあるさかいなぁ」
 ぼやきつつセレシュは、卓上に料理を並べていった。ご飯と味噌汁と焼き鮭。なんの変哲もない、2人分の朝食である。
 同居人の少女が起きてきて、ダイニングに入ってくるなり目を丸くした。
「お……お姉様、ですの……?」
「おはようさんや。自分、ゆうべも遅うまで勉強しとったやろ。うちの蔵書とか引っ張り出して」
 セレシュは、にこりと微笑みかけた。
「感心やけどな、睡眠時間はきっちり取らなあかんで」
「だって私、お姉様を元に戻さなければ……な、なのに……」
 少女が無礼にも、セレシュを指差している。
「お姉様……な、生身に戻っていらっしゃる……」
「自分、アレから吸い取った生気やら魔力やら、うちに注入してくれたやろ。それで元に戻れたんや」
 人形にされていた女性たちも、同じ手段で元に戻る事が出来た。全員、骨折程度の負傷はしていたようであるが。
「まったく、馬鹿力でうちの身体ガクガク揺さぶってくれおってからに。まだ身体じゅう悲鳴上げとるんやで」
「……生きておられるだけ、マシだと思っていただきませんと」
 少女が席に座った。
 セレシュも向かい合って座り、2人で手を合わせる。朝食が始まった。
「一件落着……とは行きませんわよ。ねえお姉様、あれは結局、何者でしたの?」
「自分のモデルみたいなもんや。性悪なところとか、そっくりやろ」
「そう……いう事に、しておきますわね今は」
 疑わしげな目をしたまま、少女は白米と焼き鮭を頬張った。
 今日からは、また日常が始まるのだ。


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登場人物一覧
【8538/セレシュ・ウィーラー/女/外見21歳/鍼灸マッサージ師】
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年11月29日

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