▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『木枯らしの午后 』
リュンルース・アウインka1694)&ソレル・ユークレースka1693


 夏が終わり、秋が去り、街には今年も冬が訪れていた。


 葉を落とした街路樹の脇を、ゆったりとした歩調で歩くふたり連れ。
 片や、夏にさぞ映えたろう小麦色の肌をした長身の青年。深く澄んだ紫水晶の瞳、切れ上がった眦にはらりと落ちる銀の髪から、そこはかとなく醸される大人の男の色香。手にはぱんぱんに膨らんだ買い物袋を提げているが、少しも重そうにしないあたり頼もしさと逞しさを感じさせる。けれどその唇は、少年のようにへの字に結ばれていた。
 片や、胡粉をはたいたように白くきめ細かい肌と、豊かな黒髪のコントラストが艶やかな青年――中性的で性別を超越したような美しさを秘めているが、彼は『彼』だ。温かそうな冬の装いの上からでも、均等のとれたほっそりとした肢体であることが窺える。長い髪を北風に遊ばせながら、むくれてしまった連れを苦笑しながら見上げていた。

 ソレル・ユークレース(ka1693)とリュンルース・アウイン(ka1694)だ。

 ルースは宥めるように声をかける。

「もう、仕方ないでしょう? 今週の分に買い置いてあったエールを、依頼帰りに気持ちよく全部開けてしまったのはソルだよ?」
「あー……、そうなんだが。エールの2、3本くらい買い足しても良いんじゃねぇかと……」
「だーめ。自分で決めた事だよね?」

 銀の瞳に上目遣いに仰がれて、広い肩ががくりと落ちる。

「ごもっとも」

 頷きながらもまだ未練が残っている様子のソルに、ルースはくすりと笑みを零した。

(普段はしっかりしてるのに、たまに子供っぽい所あるんだよね……そんな所も可愛いんだけれど)

 けれどそれを見咎められて、肘で軽く小突かれる。

「なぁに笑ってんだよ? ……でもま、ルースが財布管理してくれて助かる。俺が持ってたらあれこれ買っちまいそうだからな」
「エールとか、エールとか、ね?」
「そんなにエールばっかりか、俺?」

 悪戯っぽく笑って仰げば、ソルは釈然としない顔で眉を跳ね上げる。けれどすぐにふたり一緒に吹き出し、くすくす笑い合いながら園芸用品店へやって来た。
 ルースはソルが提げた買い物袋を見、小首を傾げる。

「荷物、重くない? 一度帰って置いてくる?」

 ソルは何でもない顔で首を横に振り、さり気なくルースの手に触れた。

「このままでいい。ほら、こんなに手が冷たくなっちまって……早い所買い物終わらせて帰るぞ」
「う、うん」

 子供っぽく拗ねたかと思ったら、こうして気遣ってくれたり、重い荷物を当然のように引き受けてくれたり。店の扉を潜っていく広い背中を、ルースは密かな溜息を零し見つめた。

 店に入るや、ソルは迷うことなく目当ての棚へ向かう。そもそも、買い物帰りにどうしてもこの店に寄りたいと言ったのはソルの方だった。慣れた手つきで液体肥料入りの小瓶を手に取ると、丹念にラベルを確認していく。
 その顔は真剣そのもの。手伝おうかと声をかけるのも躊躇われて、少々手持ち無沙汰になったルースは店内に飾られた植物を眺めた。ポインセチアやヒイラギ、鉢植えを飾り付けたミニツリーなど、聖輝節ムード一色だ。

「もうそんな時期なんだ」

 早いな、なんて小さくひとりごちる。
 去年の聖輝節には、カップルを襲う不届き者達をおびき出すべく、ドレスで着飾りソルと共に依頼に臨んだ。あの時、ドレス姿の自分を見たソルの顔と言ったら。思い出すとひとりでにルースの頬が綻ぶ。
 その後で一緒に雪深い街へ出かけ、窓から眺める銀世界を楽しんだりもした。
 去年の冬に限ってみても楽しい思い出がたくさんある。ソルと過ごす時間は、ルースにとってとても温かで、嬉しいもので。それだけに、過ぎるのが随分早く感じてしまう。
 だらしない顔になってないかなと頬を擦ったルースの目に、ふとある物が留まった。
 それは鮮やかな色みの、赤と青の小さなシャベル。

「わあ、」

 手に取ってみると、滑らかな木製の柄がぴたりと手に吸いついた。ひとつでも充分可愛いけれど、ふたつ並ぶとますます愛らしい。そういえば、今使っているシャベルが大分錆びてきていたなと思い出す。

(これがあったら、庭いじりがもっと楽しくなるかもしれない)

 色違いのスコップを手に並んで作業するソルと自分を思い浮かべ、ルースの口許は再び笑みを刻んだ。

「ねえ、ソル」

 シャベルを見せようと振り返ったルースは、続く言葉を飲み込んだ。
 さっきまで懸命に肥料を吟味していたソルの眼差しが、新たにやって来た女性客に向けられていたのだ。


 ――ああ。

 今の今まであったルースの高揚感が、冷たく縮こまってコトリと胸の底に落ちる。
 ソルの視線の先にいたのは、豊かな黒髪が美しい華奢な女性。彼女の細い指が飾られたリースに触れる。聖輝節は恋人達の季節でもある。

 ――ソルも恋人……彼女とか、やっぱり欲しいんじゃないかな。

 聖輝祭の飾り達が、何だかいっぺんに輝きを失ってしまったようだった。それどころか心に重く圧し掛かってくるようで。

 ――彼女、ソルの好みなのかな……

 ソルも年頃の男性だ。それも、贔屓目なしに見ても余裕で良い男の部類に入る。
 聖輝祭を前に、恋人を欲したとしても不思議はないし、むしろ今いないのが不思議なくらいだ。
 物思いに沈みかけた時、ソルがこちらを向いた。

「悪い、何か言ったか?」

 ルースは咄嗟にスコップを後ろ手に隠す。

「ううん、何でもないよ」
「そっか? なら何でそんな顔してんだよ」
「そんな顔って?」

 素っ気なく尋ねると、ソルの手が伸びて来て唇をツンとつつかれた。

「口、尖がってるぞ? どうした?」
「そ、そんなこと……」

 言って視線を逸らした途端、一瞬彼女が視界に入り、思わず顔を背けてしまう。

「ふーん?」

 目敏いソルはルースの一瞬の視線の先を追うと、何故かにやにやと笑みを浮かべる。下がった眦はどこか嬉しそうでもあり、愉し気でもあり、それが無性に口惜しくて。

「……もうっ、何でもないったら」

 更に顔を背けて目を瞑ると、瞼の裏がさっと翳った。不思議に思い薄眼を開けて窺えば、ソルがすぐ傍に迫っている。そしてルースがこっそり窺っているのをお見通しとばかりに、顔を覗き込んできた。

「そうか? 嫉妬してるなら可愛いなと思ったんだが」
「……!」

 そんなんじゃないよと言えばいい所なのだろうけれど、ルースはうまい返しが思いつかず、代わりに身振りで否定しようと両腕を前に突き出す。が、手には色違いのシャベルが握られたままだった。

「お、良い色のシャベルだな。家のシャベルが傷んでたの覚えててくれたのか。丁度良い、これも買ってくか」

 ソルはルースの手からシャベルを取ると、当たり前のように2本とも籠に入れた。それを見て少しだけルースの気持ちが上を向く。
 籠の中にはすでに、液体肥料入りの茶色い小瓶が入っていた。どうやらソルはこれを真剣に選んでいたようだ。あとはルースも見覚えのある腐葉土や石灰の袋を次々籠に放り込んでいく。
 すると、件の女性が店を出ていく後ろ姿が見えた。再び胸をもやもやに塞がれかけたルースの耳に、ソルの声が届く。

「……やっぱ似てるな」
「え?」
「いや、」

 ソルは肩越しに振り返り、彼女を目で示す。

「線が細くて、長い黒髪で……何となくルースに似てるだろ? だからさっきもつい、な」
「……私に似てたから見ていたの?」

 驚くあまりずばっと訊いてしまうと、ソルは曖昧にはぐらかし、早足に会計へ行ってしまった。耳まで真っ赤にしたルースを残して。




 店を出ると、冬の短い陽が傾き始めていた。さっきよりも長くなった影を路上に並べ家路に着く。
 ソルもあれきり口を噤んだままだ。けれど、土などの重い物は相変わらず持ってくれ、ルースには気に入りのスコップと、例の茶色い小瓶を入れた小さな袋だけを寄越した。何も任せないと自分が気にすると思って、あえて軽い袋を持たせるのもソルなりの気遣いだった。
 その優しさをしみじみ噛みしめながら、ルースは静かな彼の横で再び物思いに耽った。

 ――ソルといる時間は温かくて、本当に過ぎるのが早くて……困る。

 共に過ごすふたりでも、時間の流れ方は異なっている。ソルは人間、ルースはエルフ。寿命はエルフであるルースの方がずっと長い。いずれ種の違いから来る命の期限の差が、ふたりを分かつことになる。

 ――ソルがいなくなったら……私はどうするのだろう。
   彼の子どもを見守りながら生きるというのも良いかもしれない。

 ソルの血を受け継ぐ子供ならきっと、男の子でも女の子でも可愛いはずだ。その子の顔立ちに、仕草に、声に、あるいは優しく高潔な魂の中に、ソルの面影を探してしまうだろうけれど。
 親友としても相棒としても――それ以上の想いを込めて見ても――これだけ慕わしく思える相手と、こうして穏やかな時間を共有できる幸せを味わってしまったのだ。その一切を失って耐えられるとはとても思えない。けれどソルがこの世に遺した欠片、その一片でもこの世界に残されているのなら、明日を迎える為、ひとり寝る夜も安らかな気持ちで目を閉じられる。

 ――それもないなら、きっと、一緒に――。

(……なんて。こんなこと思ってるのは、ソルには言えないかな。呆れられたら嫌だし)

 苦笑を漏らし我に返った時、ルースは相変わらず無言のままのソルが、じっと自分を見下ろしていることに気付いた。アメジストの瞳に、今にも消え入りそうな自分の姿が映っていてハッとなる。我ながら随分思いつめた顔をしていたようだ。心配させてしまったかと急いで笑顔を作る。

「風が冷たくなってきたね」

 自然に笑えたつもりだったのに、ソルの真っ直ぐな視線は離れてくれなくて。戸惑っていると、ソルはいつもより真面目な顔で告げた。

「何考えてたのかは分からないが……俺にとっては、お前が一番いて欲しい相手だ」
「!」

 瞳に映る自分がみるみる内に赤くなっていく。堪らずルースは顔を伏せた。

「……もう、恥ずかしいこと、外で言わないでよ」

 熱くなった頬を両手で押さえ、これ以上人前で恥ずかしい顔を見せないよう、懸命に別の話題を探す。

「そ、そうだ。さっき、何をあんなに一生懸命選んでいたの?」

 尋ねられ、ソルはルースの袋に入っていた小瓶を取り出した。

「カモミールにやる肥料だ。ここ何日か元気がなかったんで気になっちゃいたんだが、元々あまり追肥の必要がない種だから、どれが良いか悩んじまって」
「カモミール?」

 きょとんと目を瞬くルースに、ソルはもっともらしく頷く。

「秋口に、ルースと一緒に種まきしただろ? それが育った大事な株だからな」
「それで、あんなに一生懸命選んで……?」

 思ってもみなかったソルの言葉に、またじわじわと頬が熱くなってきてしまう。また俯いてそれを隠したルースの手を、ソルの手が包んだ。そしてそのままコートのポケットに招き入れる。

「ほら、またこんなに冷たくなっちまって。さ、とっとと帰ろうぜ?」
「……うん」


 木枯らし吹き抜ける通りに、揃って鳴らす足音ふたつ。赤や黄色の落ち葉を踏んで、ふたりは小走りに家路をたどって行った。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【ka1694/リュンルース・アウイン/男性/21歳/きみとともに】
【ka1693/ソレル・ユークレース/男性/25歳/おまえのそばに】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
夏のお話に引き続き、おふたりの冬の物語、お届けします。
お届けにお時間頂き申し訳ありません。またおふたりにお目に掛かれてとても嬉しかったです。
夏がソレルさん視点でしたので、今回はリュンルースさんの視点で書かせていただきました。
どうか幸せな時間を、と願わずにはいられない、そんな素敵なおふたりですね。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
パーティノベル この商品を注文する
鮎川 渓 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2017年11月30日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.