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『孰れ来たる理想郷の為に 』
地領院 徒歩ja0689

『遠くない未来、最終決戦に勝利し、自分が世界を理想郷へ変革する未来を視た』

 そう、地領院 徒歩(ja0689)はそんな未来を視た。確かに視たのだ。
 人はそれを妄想だの、中二病だのと言ってきたが、それは徒歩にとって妄言にすぎぬ。なぜならば己は確かに『それ』を視たのだ。視たのだから、徒歩にとって『それ』は揺るぎようも疑いようもない真実なのだから。

 しかし――二〇一七年。

 彼が視た未来は、訪れなかった。
 彼が世界を掴むことは、できなかった。

 本来ならば――……
 きっとそこで、『魔眼使い』などという妄想、中二病から目が醒めるはずだった、のだろう。
 少年は、夢が叶わないこともあるのだと知って、大人への道を進むはずだった、のだろう。
 悲しいけれどこれが現実だ……と、夢から現実に目を向けることになるはずだった、のだろう。

 けれど。
 そうは、ならなかった。
 少年は少年のまま、己が崇拝する『夢/妄想』を頑として凝視し続けることを選んだのだ。

 なぜならば、あの最終決戦の時。
 全てが思い通りになる理想郷の片鱗は、確かにあったのだから。
 ではなぜ、己はそのカケラを掴めなかったのか?

(俺の実力が足りなかったからだ。それも、圧倒的に)

 だから手が届かなかった。だから掴めなかった。だから己のものとすることが叶わなかった。
 だったら。どうする? 

「俺の未来視は本物だ。だがその未来を掴む力が足りない。もっと、もっと力を」

 諦めるのはまだ早い。早すぎる。
 力が足りなかった、たったそれだけなのだから。
 だから力を付ければいい。そうすれば、魔眼が見せた理想郷は現実に。

 これは妄想ではない。
 これは夢ではない。
 この目で視たものこそが現実だ。

 ――だからこそ大人になろう。
 子供のままでは、弱いまま。
 雛鳥は空を上手く飛べぬけれど。
 大きな翼に成長すれば、空の彼方まで飛んでいける。
 そう。だから、成長しよう。



 子供でいるのは、もうやめだ。



 ――ばさ。ばさ。がさ。
 ゴミ箱に廃棄する。
 赤いカラーコンタクト。いつも右目につけていたもの。
 特徴的な白衣。ずっと在学中に着ていた、少年のトレードマーク。
 たくさんのノート。預言書としてしたためた夢日記。魔導書という名の自作の呪文集。
 部屋に飾っていたポスター。オカルトチックなシンボルと、魔法陣が描かれたモノ。
 机の上の小物。神秘的な力を高めるマジックアイテム、と彼が名付けた造形達。
 燃えるゴミ。あれもこれもそれも。
 これは決別、そして始まり。
 朽ちた木から新たな芽が伸びるように。
 死した魂が輪廻転生するように。
 砕けた星が新たな星となるように。

「捨てちゃうの?」

 部屋でゴソゴソとやっていたのを不審に思ったのか、母親が様子を見に来たようだ。「大事にしてたのに」とゴミ箱と息子を交互に見る彼女は心配しているようだ。息子に何かあったのだろうか? とでも思っているのだろう。そう思っては、徒歩は苦笑してこう答えた。
「年末だし、大掃除しようかと思ったんだ。それに……もう、俺にこういうのは必要ないかなって」
 それは至極真っ当で、常識的で、模範的だった。母親は徒歩の予想通り、安堵の様子を見せた。同時に、息子が大人になるのだと解釈したのだろう、「大きいゴミ袋と軍手を持ってきてあげるね。ちゃんと分別するのよ」と部屋から出て行った。
 徒歩は模範的な笑みを浮かべていた――ドアが閉じる。徒歩は姿見を見た。ちゃんと、模範的で常識的な笑みを浮かべられている。上出来だ。その両目は、両方とも黒い。カラーコンタクトをつけていない、本来の色。服装も、シンプルで無難で没個性なもの。佇まいだって、決めポーズなんかじゃない、普通の青年のそれ。

 ――目立つ行為はしばらく控えよう。
 これからは、そんなことよりも力をつけることを重要視しなければならない。

 過去の弱い自分に決別を。
 俺は未来を見据えねばならぬ。







 部屋の整理が済んだ頃には、もうすっかり夜だった。
 整理した本棚には、もう『黒魔術大全』だの『オカルトと都市伝説』だの、自作ノートの類はない。
 代わりに並んでいたのは参考書に問題集だ。久遠ヶ原学園教員採用試験に関するものばかり。本屋で買って来たり、姉から譲ってもらったりしたものである。
 机の上にも、子供臭いマジックアイテムなんかない。辞書に、筆記用具、勉強用のノート。集中力が乱れないよう、無駄なものは置いていない。
 もう夕食も風呂も済んでいる。食事中、家族から部屋の整理をしていたことを尋ねられた。母親に言ったことと同じことを答えた。教師を目指すことも合わせて話せば、両親は嬉しそうな顔をしていた。徒歩の夢を応援してくれると言ってくれた。

 ……と、片手に持っていたスマートホンが着信音を鳴らす。久遠ヶ原学園に在学している知り合いが、明日、訓練に付き合ってくれることを了承してくれる旨の内容があった。「ありがとう、よろしく」と返信する。それに既読が付いたのを確認してから、徒歩は勉強机とセットの椅子に腰を下ろし、参考書の一ページ目を開いた。
 さあ、今から寝るまで、勉強の時間である。

 ――自分を鍛えよう。知人との繋がりを厚くしよう。後輩達を育てよう。
 もっともっと強くならねば。
 もっともっと頑張らなくては。

 この眼がまた、次の未来を映すまで。







「雰囲気変わった?」

 翌日の朝。久遠ヶ原学園。運動場で向かい合った友人に、出会って一番にそんなことを尋ねられた。
「これから目立つようなことは、控えようと思って」
 これまでのように気取った口調ではない、普通の青年の物言いで徒歩はそう答えた。友人は何か察したような顔をしたが、「そっかぁ」と言及してくることはなかった。
「急にやる気になって、どうしたの?」
 準備運動をしつつ、今一度友人が尋ねてくる。
「頑張らないといけないな、って」
「へえ?」
「強くなりたいから、さ。もっともっと。頑張らないと」
 目標でもできたの? 質問する友人はなんだか嬉しそうだ。
「目標―― あるぞ、もちろん」
 徒歩は堂々と答える。これまでのような中二臭い堂々さではない、毅然とした大人らしい堂々さで。

「後輩達を育てたいんだ。俺、教師を目指す」

 それは至極真っ当で、常識的で、模範的だった。
 そして極めて現実的。そこに子供臭さはない。

 けれど――徒歩の中の『少年』は死せず。
 心の中の『少年』はまだ、赤い瞳で『夢』を視ている。


 じっと。いずれ来たる理想郷を、見つめている――。



『了』




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地領院 徒歩(ja0689)/男/17歳/アストラルヴァンガード
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2017年11月30日

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