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『魔王の追憶』
イアル・ミラール7523


 英雄とは、侵略者であり、虐殺者である。
 他国を侵略し、収奪・搾取を行って、自国の民を富ませる。それが出来る者は英雄であり、名君であり、暴君でもあるのだ。
 私の父は、その典型のような人物であった。
 自国の民からは英雄王と讃えられ、周辺国からは最凶の侵略者として恐れられた。
 そんな父親に、私は男として育てられた。過酷に鍛え抜かれてきた。弱い姫君など、政略の道具にしかならぬ。それが嫌なら強くなれ、と言われながらだ。
 私は父を恐れ、憎み、だが間違いなく尊敬してもいた。強い男である事に、違いはなかったからだ。
 私だけではなく大勢の人間に、敬われ、憎まれ、恐れられてきた男が、今は石畳の上で這いつくばっている。
「た、たたたた頼む命だけは! 裁きは受け入れる、罪人としていかなる処遇も甘んじて受ける。だから、どうか命だけは助けて欲しいのだ。頼む姫よ、我々は親子ではないか!」
「親子であるからこそ、示しはつけねばなりません」
 私は剣を抜いた。
「民衆は、もはや貴方の首を城頭に晒さねば許してはくれませんよ。いかなる裁きも甘んじて受けるとおっしゃるなら、どうかお覚悟を」
「助けて……どうか私を助けておくれ、聖なる姫巫女よ……」
 父がそう呼ぶのは、私の事ではない。
 石像。
 美しく出来てはいるが、取り立てて珍しくもない石の女人像に、父はそんな呼びかけをしながら泣きすがっているのだ。
「聖なる、鏡幻龍の戦巫女よ……どうか私を助けて……」
「父上……貴方は……ッッ!」
 この父が昔、どこぞの国を攻め滅ぼした際に、戦利品として持ち帰った石像である。
 その日から、父は変わった。
 石の女人像に、王宮よりも豪奢な邸宅を与え、そこに入り浸るようになったのだ。
 若い女にうつつを抜かすのならば、まだ話はわかる。だが父は、女どころか生き物ですらない相手に寵愛を注ぎ、国政を顧みる事がなくなった。
 王国は腐敗し、民は窮乏した。侵略・虐殺・搾取によって築き上げてきた国の富を、父は自ら台無しにしてしまったのだ。
 血生臭い占領政策への報復とばかりに、王国全土で叛乱が頻発した。生身の女を相手に出来なくなった王を、もはや誰も恐れなかった。
 石像に与えた妾宅に引きこもってしまった父王に代わって、私が叛乱鎮圧に奔走しなければならなかったのだ。
 救国の姫騎士などと呼ばれ、それなりに声望も高まった。もはや、やる事は1つしかない。
 母は、とうの昔に父に愛想を尽かしている。母の実家である某国が、私の後ろ盾になってくれた。
 あとは私が、己の手を汚すだけである。
「剣をお執り下さい父上。昔、私に稽古をつけて下さった時のように……あの頃の貴方ならば、私に斬られる事などないでしょう」
 父は応えず、石像にすがって泣き喚くばかりである。
 溜め息をつきながら、私は剣を一閃させるしかなかった。
 石像が、血に染まった。
 赤く汚れた女人像に、私は剣を突きつけた。
「よくも……よくも、父上を腐らせてくれた……!」
 戦場で、私は敵を鋼の鎧もろとも叩き斬った事がある。動かぬ石像を切り刻むなど、容易い。
 私の身体は、しかし動かなかった。
 取り立てて珍しくもない石の女人像が、しかし惨たらしく血で汚れた今……何と、美しく見える事か。
 私は後退りをした。
「……貴様などに、関わっていられるか!」
 そのまま、私は逃げだした。
 これから、いろいろと忙しい。こんな石像は放置しておくしかないのだ。
 苔むし、植物にまみれ、その植物が腐り果てて悪臭を発しても、放置しておくしかない。


 イアル・ミラールの石化した身体が、ガタゴトと揺れた。
 生臭いものが大量に噴出する。が、それにも勝る悪臭を発する苔が、イアルの全身を覆っていた。
 まるで何十年、数百年も、時を進められてしまったかのように。魔本の中でもないのに、だ。
「こ、これは一体……賢者さん?」
「これは、イアルの……肉体に刻まれた記憶の、1つじゃなあ」
 少女が言った。
「こういうものがの、何かの拍子に蘇ってしまうんじゃろう。ふふん、興味深いのう」
 その愛らしい手が、石像と化したイアルの唯一、生身である部分を、嫌らしく弄り回す。
「快楽がの、肉体の記憶を呼び覚ますんじゃ……これ、このようにのう」
 腐敗した植物が、イアルの全身にまとわりつく。
 苔むし、植物にまみれ、その植物が腐り果てて悪臭を発しても、なお放置され続ける。
 そのような目に遭い続けてきたのが、このイアル・ミラールなのだ。
「イアル……」
 響カスミは、イアルの石の肢体に身を寄せて行った。植物の腐臭に、まみれながらだ。
「わしも、それにおぬしも知らぬイアルが、まだ何人もおるという事じゃよ……よしよし、創作意欲が燃えてきたぞい。わしは次の魔本の構想に取り掛かるからのうカスミ先生や。おぬしは、イアルを」
 言われるまでもなくカスミは身を屈め、イアルの、生臭いものを噴射し続ける部分に唇を触れて行った。
「私の、知らない……イアル……」
 錯覚、幻覚、であろうか。
 イアルの過去の1つが見えてきた、ような気がした。


 救国の姫騎士、と讃えられた私も、今や魔王である。
 血に飢えた女魔王として、今やかつての父以上に恐れられ、憎まれている私を、イアル・ミラールが静かに見下ろしている。
 静かな、声なき悲鳴を発しながら、ぬるぬると植物にまみれている。
 腐りかけの植物に絡みつかれた、石の女人像。かつて鏡幻龍の戦巫女、と呼ばれた存在。
「お前なら……私を倒す事が出来るかな? イアル・ミラールよ」
 石畳に転がるものの1つを踏みにじりながら、私は石像に微笑みかけた。
 勇者、女戦士、魔法使い、僧侶の4人組だった。
 魔法使いはなかなかの強敵で、私はいくらか本気を出さなければならなかった。
 女戦士と僧侶は恋仲のようだったので、2人まとめて爆炎魔法で火葬してやった。炎の中で愛おしげに口づけを交わしながら、2人ともサラサラと灰に変わっていった。美しいものを見た、と私は思った。
 なのに勇者が無様にも命乞いを始めたものだから、私の良い気分は台無しになってしまった。
 その勇者が、今は床一面にぶちまけられている。
 殺戮の興奮。その余韻に浸っている私を、イアル・ミラールの石の瞳がじっと見つめている。
「私なら、お前を生身に戻してやる事も……出来る、かも知れん」
 見つめ返しながら、私は酒杯を掲げた。乾杯の形にだ。
「だが……何故だろう、生身のお前など見た事もないのに確信出来てしまうのだよ。裸足の王女よ、お前はこうして石となり、汚れにまみれている時の方が美しい……とな」


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登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/外見20歳/裸足の王女】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年12月01日

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