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『こころ 』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194
 青空の広がる昼下がり。庭に出した床几の左に腰を下ろした不知火藤忠は、右に腰かける日暮仙寿之介を見やり、次に互いの間に置かれた皿を見やり。
「大福だな」
 仙寿之介はかるくうなずき、「苺大福だ」と付け足し、ひとつ手に取った。
「悪くない。いつものように餡を詰めすぎることもなく、苺の酸味を楽しめる」
 切れ長の両眼を細め、甘味を楽しむ友の横顔からすべてを察した藤忠は、自分も苺大福をひとつ取ってしみじみとながめやる。
「“あれ”が作ったのか。仙寿のために」
「ああ、まあ、そういうことに、なる、か?」
 いつになく落ち着かない友の声。人の何倍もの時を生きた天使が、この程度のことで……いや、ちがう。人に添って生きることを選んだこの男の生は、ある意味で始まったばかりなのだ。悩みがあるだろう。とまどいもするだろう。
 しかし、だからこそ。仙寿之介の葛藤が藤忠にはうれしい。天を飛ぶことよりも地を歩むことを選んでくれた友の心が。
 藤忠は噛み締めるように、仙寿之介にそれを決意させた不知火家次代当主にして大切な妹分を思い、笑んだ。
「そうか、仙寿はあけびに応えるか」
「今はまだ、互いに添えるかを試そうというだけの仲ではあるが」
「そうか。そうかそうか。ふふ、そうか」
 決まり悪げに大福を食らい終えた仙寿之介が、うなずき続ける藤忠へ向き直った。
「おまえは許してくれるか? 俺が、あけびと共連れることを」
 藤忠は息を正し、仙寿之介に真っ向から向き合った。
「おまえの友としては、これほど喜ばしいことはない。不知火の者としては保留だな。そしてその前に、あれの保護者としてやっておくべきことがある」
 藤忠がすらりと立ち上がる。重心のブレのない、見事な体捌きだ。
 ただそれだけで、仙寿之介は友がなにをするつもりかを悟る。
「立ち合うか」
 仙寿之介もまた立ち上がった。ただ立っているように見えて、いつでも“抜ける”自然体。
 仙寿の抜き打ちが当たりづらい左へさりげなく体を移し、「おまえの意図はわかっている」ことを言外に告げながら、藤忠は人の悪い笑みを見せ。
「どこの馬の骨とも知れん天使崩れに、大切な妹分をタダでくれてやるわけにいかん。どうしてもというなら俺の屍とは言わないが、背中を踏み越えていくんだな」
「……後の禍根を断つ意味でも、小うるさい小舅は屍に変えておくか」
「おまえのは冗談に聞こえないから質が悪い」
「冗談? ああ、そうだな、せめてそのときまではそう言っておくべきだった」
「おまえは性(しょう)が悪い!」


「……苺大福がおいしかったのはよかったけど、それがどうしてこうなったわけ?」
 それまで藤忠と仙之助が座していた床几に座り、ため息をつく不知火あけび。
 なにも知らされぬまま、台所からここへ連れてこられた。だからまったくわけがわからない。
「仙寿がおまえのこともらう、ついては俺を斬り捨てると言うからな」
「おまえの姫叔父殿は、俺がおまえを娶るのが気に入らず、俺を斬るそうだ」
 あけびは即答した。
「私、姫叔父のこと忘れないからね!」
 もちろんこれは冗談だ。
 まあ、親友同士のことだし、どちらからも殺気は感じられなかったから、このくらいのノリは邪魔になるまい。
 ――いざとなったらこれもあるし、大丈夫。
 袖に収めた包みの重さを確かめ、あけびはふむと息をつく。
 一方、仙寿之介と藤忠である。
「だ、そうだ」
 仙寿之介が口の端を薄く吊り上げ、左に佩いた守護刀「小烏丸」の柄頭に右手を置いた。
「姉越しの縁は儚いな……」
 ため息をついた藤忠が龍姫の銘持つ薙刀を中段に構え、ゆるく足を開く。
「不知火藤忠、推して参る」
「日暮仙寿之介、受けて立とう」
 あけびはなにも言わない。ただ、ふたりの“応酬”に見入るばかりである。
 ――すごい。ふたりとももう、何回打ち合ってるんだろう。
 アウルで互いに斬り込み、その機先を読んでかわし、斬り返す。もちろん肉が斬られ、骨を断たれることはないのだが、そのイメージの刃は互いの気力を削り、めまぐるしくアドバンテージを奪い合う。
 と。
 仙寿之介と藤忠、両者の腰が落ち、据えられた刹那。
「しぃっ!」
 仙寿之介の噛みしめた気合が裂帛の息吹と化して空を裂き。
「っ!」
 藤忠が薙刀の石突で地を突いた。ガギン! 脚に沿わせた柄に鈍い衝撃が弾けた。
「脛斬りか!」
 脚で押し出すように跳ね上げた石突で仙寿之介の顎を狙う。薙刀の石突は、地に立てて支えとする槍のそれとはちがい、半月を描いた「研がれておらぬ刃」である。当たれば細い骨程度、容易く割り砕くのだ。
 仙寿之介は顔を振ってこれを避けて身を前へ投げ、一転して立ち上がった。
 藤忠が空をきった柄頭を引き戻し、構えなおしたときにはもう、仙寿之介は間合を外して正眼に刃を据えている。
「脛斬りが薙刀だけのものと思うな」
 そも、古流剣術において脛斬りは常道であったが、仙寿之介が見せた技はその流れをくむものではない。ただ抜き打つと見せて踏み出し、さらにはその右膝を深く折って間合を詰めつつ刃に自重を乗せた一閃。
 仙寿之介が小烏丸という刃渡り一尺五寸程度の小刀を得物としていればこその奇襲ではあったが、それゆえに彼は深く踏み込まざるをえず、いらぬ時をかけることになった。
 仙寿之介が得物に大刀を選んでいたら……藤忠の防御は間に合わなかっただろう。
 いや、間に合わされたのだ。薙刀の真骨頂である脛斬りを牽制するために。
 剣術において脛斬りが嫌われるのは、切っ先が下を向くことで次の防御が困難になるからだ。それをあえて小刀でしてみせたのは技量差を見せつけると同時、本来藤忠が守る必要のない脛を意識させ、意識的に同じ手を繰り出しにくくさせるため。
 藤忠は息をつき、姿勢を整えた。
 兵法(この場合は剣術)では仙寿之介に遙か及ばない。気概や意志だけならあけびのほうが自分を大きく上回るだろうが、しかし。
 背筋を伸ばし、右構えで薙刀を直ぐに保つ。湾曲した巴型の刃を上向けているので、敵から見れば刃が下を向いているように見えるだろう。
 先ほどと同じ、中段構え。
「ここからは本気か」
 仙寿之介が言う。
 藤忠は聞かない。これは自分の気を乱し、十全ならぬ状態で踏み出させるための誘いだから。
 ふと、横からあけびの清冽な気配が舞い飛んできた。
 止めないんだな。なにがあっても受け止めるつもりか。あれもずいぶんと成長した。次期当主を意識することで肚が座ったこともあるだろうが、自分が突っ込んでいくだけじゃなく、人を信じて任せることを覚えた。問題は俺だ。あけびに俺を姫叔父と呼ばせることになった俺の――いつまでもおまえに、仙寿之介に追いつけない俺の、弱さ。
 俺は俺の弱さから目を逸らしたことはない。それを見据えたまま、なんとか越えようともがいてきたんだよ。なにせ弱い俺は、強いおまえとあけびを守ると誓ったんだから。
 仙寿、おまえという刃をもって、この俺を計らせてもらうぞ。
 藤忠の決意の端に、愛しい人の影がよぎる。
 ああ、明日に五体満足の俺をおまえに届けられるか知れないが。今日を損なった俺を見ても、おまえはきっと苦笑してすませてくれるだろう。
 信じているから俺は踏み出せる――いや、ちがう。ちがうな。「信じている」はただの甘えだ。
 俺は、剣の高みを極めた男に挑みたいだけなんだ。
 不器用な手で研ぎ上げた俺という切っ先が届くや否やを試したい。
 弱者にあるまじき身勝手を、俺は友に甘えて押しつける。推して参るとはよく言ったものだが。
 俺はここで、その身勝手をも、捨てる。そうなれば、残るのは甘えだけだが。いいだろう? 存分に甘えさせてもらう。それだけの縁が、俺とおまえにはあるはずだから。
 ……呼気すらも吐かず、藤忠の右足がすべり出す。肚に据えられた重心は小揺るぎもせず、彼をそのままの“形”で前へと運ぶ。
 人間は基本的に“二拍”で縛られている。鼓動や呼吸しかり、動作ひとつ取ってみても心なり体なりを構えた後でなければ動けない。
 藤忠の踏み込みにはその、あるべき拍がなかった。動を殺し、気を殺し、思を、考を、己すらも殺した果てに成る、無拍子。弱さを知る男が弱いままに己を踏み越えるためにたどり着いた最適解であった。
 藤忠は視ることをやめた半眼に映る仙寿之介へ、言葉ならぬ刃を突き込んだ。
 手首を返して刃を一寸引き、一寸繰り出してまた一寸引き戻す。
 藤忠の連続突き、仙寿之介は十を越えたところで数えるのをやめた。
 いつかおまえは俺に言ったな。自分はただ俺とあけびを守りたいだけだと。おまえに才がないことは、おまえがもっとも知るところだろう。それを推してここまでの域に……藤忠、俺はおまえの友であることが誇らしい。そしておまえの友として、おまえに応えたい。おまえがおまえを越えるために選んだ無心へ、俺が俺を為すために受け入れた有心で。
 藤忠の突きを鍔元で受け、いなす。続く突きを同じ鍔元で受け、弾く。弾く。弾く。
 無心となった藤忠は気づかない。彼が捨てたはずの拍――リズムが、仙寿之介によって一定のリズムへと変じさせられたことに。
「姫叔父」
 思わずあけびが藤忠を呼んだ、そのとき。
 カチン。藤忠の突きを弾いた仙寿之介が、その切っ先を巻き取るように刃をからめた。
 藤忠は下がり、薙刀を刃の渦より抜き取った。そのまま刃を下へ巡らせ、斬り上げる。
 遡る流水がごとき刃を仙寿は上体を反らしてやり過ごし。
 藤忠の薙刀が、その体から遠ざかる軌道で薙がれた。前に出されたままの仙寿の右脚へ銀刃が吸い込まれていく。
 離れ際の、脛斬り! あけびが息を飲んだ。
 その中で、仙寿之介は迫り来る友の刃を見ていた。
「無心では」
 この胸に有る心は越えられん。いや、越えさせんよ。あけびが、そしておまえがくれた有情を、他ならぬおまえに貶めさせたくない。
 わかるか、藤忠。
 俺は今、おまえのためだけにこの剣を振るうぞ。
 だから戻ってこい。おまえを捨てたおまえではなく、おまえであるがゆえのおまえで、俺の心を乗せた剣を受けろ。これは俺の甘えだ。孤高の高みへと押し上げられ、見上げられるばかりとなった俺が、おまえにだからこそねだることのできる稚気だ。
 上からまっすぐに薙刀の長い刃の腹を踏み、仙寿之介が藤忠の右手の甲を小烏丸で裂く。
 ――藤忠の目が覚めた。
 斬られた。斬られたのか? ……そうか。仙寿、おまえも存外欲深いな。その目、まるで駄々っ子だ。俺の剣を見ろ、俺を見ろと、俺にそう言いたいだけなんだろう?
 ならば、最後くらいは背伸びをやめて、俺でしかない俺をもってぶつかろうか。本当ならもっと間合を取りたいところだが、俺の技ではおまえを突き放すことはできないからな。それでも薙刀使いの意地を張ってがむしゃらに、推して参る!
 藤忠が傷ついた右手で思いきり薙刀の柄を払い、仙寿之介の足裏から刃を取り戻した。次の瞬間、左足で取り戻した柄を蹴りつけ、仙寿之介の脛を払うが。
 当然、読まれるだろうな。
 果たして。振り込まれた刃を跳び越えた仙寿之介の切っ先が藤忠の左手を浅く突いて薙刀を取り落とさせた。
「――仙寿、あけびは任せた」
 始める前に言うと決めていた言葉を藤忠が語り。
「その信に背きはしないさ、藤忠」
 当然のごとくにすべてを悟っていた仙寿之介が応えた。


「……両手が使えないわけだが」
 包帯でぐるぐる巻きにされた左右の手を情けない顔で見下ろし、藤忠がため息をついた。これでは目の前に置かれた南瓜餡の月餅が食べられない。
「口でどうぞ」
 つんと顎の先を上げたあけびが冷めた声音で言う。
 怒っているのは明白だが、なにに対して怒っているのかが藤忠にはわからない。
「なにを怒っている? 俺たちがおまえの意向を汲まずに立ち合ったからか?」
 友よりは自分が言い出すほうが傷は浅いと判断したか、仙寿之介があけびに問うた。
「ずるい!」
 藤忠と仙寿之介が思わず顔を見合わせた。なにが、ずるい?
「男同士で、勝手に斬り合って勝手にわかりあって勝手に満足して……そういうの、私じゃできないし」
 妬んでしまうほどに、立ち合った男たちが交わした言葉ならぬ言葉は濃密で、交わした刃は美しかった。たとえあけびの剣がどれほどの鋭さを備えていたとしても、あれほど饒舌に語らうことはできないだろう。あけびが女だから、ただそれだけの理由でだ。
「男はずるい!」
 もう一度繰り返し、あけびは月餅を藤忠の口へ押しつけた。
 なんとかそれを噛み砕いて飲み下し、ほろりとした甘さを味わった藤忠は妹分へと目線を向ける。
「ずるいはともかくとしてだ。次期当主が外の者と添うとなればひどく揉めることになるぞ。俺の姉は女だったからこそまだ押し切れたが、婿を入れるとなれば本家の血に響く。ましてや仙寿は人ですらないしな」
 藤忠の語る「血」はしきたりの話ではなく、遺伝子の問題だ。女当主を迎え、さらに外からの血を入れるということは、一族が繋いできたY遺伝子――男だけが持つ遺伝子の流れを断ち切ることになるのだから。しかも人外たる天使の血をもってだ。
「あけび、おまえにそれを推しきるだけの覚悟があるのか?」
 藤忠の言葉を、仙寿之介はただ黙って聞いている。
 そしてあけびは――
「私にはこの人しかいない」
 言い切って。
「みんなにわかってもらえるまで何度だって話す。そのための月餅だもん」
 またもや男たちは顔を見合わせた。
 その解せぬ顔を交互に見やり、あけびは薄笑んで言葉を継いだ。
「月餅ってね、中国だとお月見のときに食べるんだけど、そのとき喧嘩しちゃいけないって決まりがあるの。月餅は丸い円だからってことらしいけど、円を分け合って食べれば縁が結べるんじゃないかなって」
 円満ということか。それはただの言葉遊びに過ぎなかったが、貫き通せば遊びもまたひとつの勝負ともなろう。先に藤忠と仙寿之介が立ち合い、互いに思いを交わしたように。
「ここからは私の戦いだよ。絶対負けないから」
 月餅の円をもって縁繋ぐ戦へ臨む。
 強くうなずいたあけびの横に仙寿之介が立った。
「共に戦おう。なにができるかは知れないが、ここから先を共連れていくおまえを独りで向かわせはしない」
 あけびと仙寿之介の背を支えるように、藤忠がその身を添え。
「及ばずながら助太刀するよ。俺の妹分のため、俺の友のため、そして俺自身のために」
 かくて三者は歩みを進める。刃なき戦場を抜け、同じ明日へと至るために。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【不知火あけび(jc1857) / 女性 / 16歳 / 明ける陽の花】
【不知火藤忠(jc2194) / 男性 / 22歳 / 月紐に想ひ結びて】
【日暮仙寿之介(NPC) / 男性 / ?歳 / 天使】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 円は縁。
 
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エリュシオン
2017年12月05日

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