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『真夜中の美術館にて 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

「泥棒を捕まえるって、お姉さまのすべき仕事なんですか?」
 深夜の、静まり返った美術館。普段と違う雰囲気にはしゃいでいたティレイラが、ふと我に返ったように首を傾げてシリューナを見た。
「まあ、適材適所ってことでしょう」
 シリューナは、知り合いの女館長から美術品を盗む魔族の捕獲を依頼された。確かに魔法薬屋の仕事とは言い難いが、賊の手口などの話を聞くに、シリューナがそれなりに向いているのも事実な気がする。
「気になるなら、こんな風に考えてみる? これは何でも屋のティレが引き受けた仕事で、私はその助手、とか」
「え! お姉さまが私の助手……」
 ティレイラは、虚空を見上げて妙にうっとりした表情をした。
「さあ、助手へ指示をどうぞ」
「え、えっと、なら……東棟の見張りをしてください! 私は西棟を見張ります!」
「あ……」
 ティレイラに言われ、シリューナは少しためらう。
 賊のこれまでの犯行などから、今夜ここへ来るとしたらどちらかと言えば西棟を狙うのではと当たりをつけていたのだ。
 ただ、ためらったのはほんの一瞬。
 西棟と東棟、確率的には五分と五分に近い。ここでどちらがどちらを選んでも変わりない。
 それにシリューナはティレイラを当てにしているからこそ連れてきたわけで。この子なら魔族にもそうそう遅れは取らないだろう。
「わかったわ。じゃあ助手は東棟へ行くわね」
 そう言うと、ティレイラと二手に分かれて見張り始めた。

「盗まれないのが一番いいはずなんだけど、捕まえるには盗ませなきゃダメなんだよね」
 極力気配を消して、ごくごく小さな声で呟きながら、ティレイラは独り言を言う。
「どうして盗もうなんて考えるのかな。作るのも大変なのに」
 そんなことを言いながら、角を曲がると。
 美術品を持つ少女に出くわした。
 黒い翼、曲がった角、さらには尖った尻尾まで。典型的な魔族だ。
「あ……泥棒!」
「げっ!」
 ギョッとしたようにお互い見合った一秒後、ティレイラが叫び魔族の少女は逃げ出す。
「待ちなさい!」
「待てと言われて待つバカがいるか!」
 展示されていた小さな壺を片腕に抱え込み、少女は走る。
 魔族の身体能力は高く、普通に走っていては差が広がるばかりだ。ティレイラは竜族の姿を少し解放し、尻尾などとともに翼を生やした。
 強引な飛行。けれど走るよりは速い。抜き去って、相手の前に立ちはだかった。
「逃がさないよ!」
「おまえ、その翼は竜族か!」
 魔族の少女はいったん顔を引きつらせるが、すぐに余裕を取り戻した。
 空いていたもう片方の手をポケットに入れ、一つの球を取り出す。
「魔力があるなら、それならそれで対処法があるってものさ」
(え……?)
 相手が何をしてくるか、予想できなかったせいで、ティレイラの反応はわずかに遅れた。
「どんな可愛い綺麗な像になるのかね!」
 魔族の少女が、手にした球に魔力を込める。
 すると球から魔力の膜が風船のように膨らんだ。
 そのスピードは非常に速く、たちまちティレイラに迫りくる。
「や、やばい?!」
 離れようとして、あたふたと回れ右からの猛ダッシュ。でも少しだけ間に合わず、翼や尻尾の先が巻き込まれた。
 そこから、魔力の膜はティレイラの全身をコーティングするように広がっていく。
「や、やだ、こっち来ないで!」
 膜に包まれた先端部からどんどん広がっていくものは……圧迫感。動かそうにも、どんどん自由に動かせなくなっていく。
 と同時に、感覚も鈍くなっていった。自分の身体なのに、自分のものでなくなっていくようだ。
 どちらも、シリューナにお仕置きされて何度となく味わっていた感触ではある。振り向いて確認すれば、ティレイラの身体は魔力に覆われた部分から金属化しつつあった。
「うう……」
 思うようにならない身体に、思考が乱れる。戦意が萎えていく。像になる経験が豊富だからって、慣れてしまえるわけではない。
 ティレイラの呻きは次第に涙声になっていく。
「魔力に反応して、美しい魔法金属の像に変えて封印する魔法道具よ」
 対照的に魔族の少女は、危難を脱したと思っているのか楽しげだ。
 少しずつ金属になりながら、ティレイラは考える。
 この魔法はシリューナのお仕置きと比べれば大したことはない。だからきっと、騒ぎに気づいた東棟のシリューナがもうすぐ来てくれれば、それで終わる。泥棒は捕まるだろうし、ティレイラは元に戻る。
 ――でも
 ティレイラは何もしてない。
 ただ泥棒に遭遇して、ただ封印されるだけ。
 シリューナはティレイラも役に立つだろうと期待して連れてきてくれただろうに。
 何か、何かできないだろうか?
 頭をフル回転させたティレイラは、とっさに閃いた。
 もう一度回れ右。こちらを見て笑っていた魔族の少女に改めて向かい合う。
 そして、強張りつつある身体を無理矢理に動かして、相手に詰め寄っていった。
「え? 何? どうしてこっち来るのさ!?」
 身体が動かしづらくなっていく。重くなっていく。感覚がなくなってまっすぐ走るのも難しい。
 それでもどうにか少女の目の前に立ち、両腕を広げて抱きつき。
 その腕を相手に回してしっかり抱きしめようとする直前で。
 ティレイラは完全に像と化して、金属質な光を放つ姿で佇むばかりになってしまった。

「あ、危なかった、危なかった……」
 シリューナが騒がしくなった西棟へ来た時には、ティレイラは金属の光沢を放つオブジェに成り果てていた。
 そのティレイラに捕まりかけた魔族の少女が、苦労してその金属の抱擁から抜け出しながら、何やら口走っていた。
「でも、残念でした。あたしは捕まらない。お宝はちょうだいする。あんたのしようとしたことは全部無駄」
 美術品として展示されていたはずの壺を片腕に抱え、泥棒は笑う。
「そうかしら?」
 不意を打てばよかったのだが、シリューナは魔族の少女に声をかけていた。
「え、まだいたの?!」
 うろたえる相手は、だが即座に壺とは反対の手に持っていた球に魔力を込める。そこから泡のように広がった魔力が、シリューナに迫るが……
「甘いわね」
 シリューナが軽く手を振るだけで、魔力の泡はあえなく消えた。
「うえっ!?」
「はい、お返し」
 西棟へ向かいながらあらかじめ準備しておいた石化の呪術を、少女に放つ。
「ううっ、やだ、やめろやめろ!!」
「自力で封印を解いて脱出すればいいのよ。あなたの腕じゃ絶対無理だと思うけど」
「なんだよこの高度すぎる術!? あんた何者――」
「はい、捕獲完了」
 石像と化した魔族の少女は、もうぴくりとも動かない。引き渡すまで、石化が解除される危険性はないだろう。
 シリューナは壺を安全な場所へ置き、魔法道具の球を見てみる。
「魔力が強いほど金属化が進みやすくなるタイプね。この系統だと……」
 シリューナは魔法金属の像にされたティレイラを調べてみる。
「うん、やっぱり解除はたやすいわね。……ティレなら、冷静に対処すればそもそも封印もされなかったんじゃないかしら」
 不甲斐ない弟子に、少しため息。まあ、ティレイラに冷静さを求めるのは、木に登って魚を求めるようなものかもしれないが。
「ともあれ、元に戻すのが簡単なら安心安心」
 シリューナは、ティレイラの変じた像を間近で舐めるように眺め始めた。
「じっくり鑑賞できるってものよね」
 オブジェとしての造形美の良さに、思わず感嘆の声を上げてしまう。
「丸みを帯びたほっぺが素敵!」
 そこから胸や脚など美しい曲線を形作る部分を撫で、柔らかなイメージと滑らかだが硬質な質感の触り心地というギャップを満喫する。
「尻尾も、よくこんな状態で固まったものねえ……」
 不思議な形を保った艶やかな尻尾も面白い。造形の妙と魔法金属の妙なる感触。それらを味わううちにどんどん気持ちは高揚していく。
 目で楽しみ、撫でて味わい、時には爪で軽く弾いて音も聴いてみる。さらにはもっと風変わりな形での「鑑賞」も。
 朝まで時間はたっぷりあるのだ。まずは鑑賞に浸り、元に戻すのはそのうちでいい。
 いつしか時間を忘れて、シリューナは可愛い可愛い弟子の姿を誰はばかることなく五感でしゃぶり尽くしていく。
 そんなシリューナの痴態を、意識のない二人の像だけがうつろな視線で眺めていた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3785/シリューナ・リュクテイア/女性/212歳/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 再びのご依頼ありがとうございます。
 遅刻してしまいましてまことに申し訳ございません。

 ティレイラがただやられてしまうのは少し不憫に感じ、やられる前に一矢とはいかないまでも少し相手を慌てさせてみました。お気に召さない動かし方だった場合は申し訳ございません。
 魔族少女や女館長の掘り下げをすべきか考えましたが、脇役二人に字数を費やし過ぎるのはどうかなと考えてやめることとしました。
 他にもご不満がございましたら、お手数をおかけして申し訳ありませんが、どうぞリテイクをお願いいたします。

東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2017年12月05日

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