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『「みらい」の話 』
姫路 ほむらja5415)&蓮華 ひむろja5412

 その日、世界は黒に閉ざされた。

 漆黒の絶望。不穏な暗闇。
 それは世界に訪れた黙示録。
 破局にして、終局。

 ――ベリンガムの野望を阻止できなければ、この世界は『終わる』。

 撃退士は命を賭して、この黙示録に立ち向かわなければならなかった。
 人類最期を賭けた日――審判の時。

「……」

 久遠ヶ原島の片隅、小さなありふれた公園。蓮華 ひむろ(ja5412)はブランコに腰かけ、真っ黒な空を真ん丸い瞳で見上げていた。子猫のように円らであどけない双眸だが、そこには『関心』という感情が抜け落ちている――まるで人形のグラスアイのよう。
 きぃこ、きぃこ。そぞろなつま先に、ブランコの鎖が揺れて軋む。
 公園には誰もいない。軋む音だけが、響いている。

 ――何の為、撃退士は命を賭けて戦うのか?

 ひむろは自らと世界に問いかける。ひむろはこの世界への執着がない。
 もしも明日、世界が滅んでしまうのならば、しょうがないことなのかもしれない。
 お別れが寂しい、おしまいが悲しい、そういう常識的な知識はあるけれど、共感まではできていない。
 自暴自棄とか、世界が憎いとか、そういうのじゃない。
 本当に……分からないのだ。カラッポで、ガランドウで、抜け落ちている。
 それは過去、天使に感情を吸われたからか。それとも、ひむろという人間自体が『そういう風』になっているがゆえか。分からない。分からなかった。

(生きる意味。未来の理由。存在の意義……)

 心の中で呟いてみる。
 世界が終わる時、人はどんな行動に出るのだろう。
 悔いのないよう、できる限りを頑張るのだろうか。
 それとも、罰せられる未来はないのだと、倫理に反した行動に出るのだろうか。

(私は……)

 ひむろがやり残したこと。
 それは一人だけではできないこと。
 だから――『彼』は、協力してくれるだろうか?

「ひむろ!」

 姫路 ほむら(ja5415)の声が、無音の世界に響いたのはそんな時。
 ひむろが弾かれたように振り返る。少女の青銀の髪が、その拍子に揺れる。
「ほむら……」
 少女が呟いている間に、少年はひむろのもとへと駆けてきた。その息は弾んでいる。
「急にどうしたんだ?」
 呼吸を整えつつ、ほむらの瞳には心配がある。恋人から唐突に「来て欲しい」と呼び出されたのだ。理由は伏せられていた。何があったのだろう、どうしたのだろう、ひょっとして何かしでかしてしまったかな――湧き上がる不安は噛み殺し、ほむらは想い人を見つめていた。
「うん。あのね、」
 ひむろがうつむく。長い睫毛が影を落とす。
 寸の間の――それでいて永劫のように感じる沈黙。
「私、ね」
 少女は、心の中の本当を口にした。

「私の知らない貴方を知りたい。そして……世界を守る決意になるものが欲しい」

 その言葉に。
 ほむらはまず、目を丸くした。
 終わりが近付く世界の中、ほむらは命を賭ける覚悟を決めていた。
 そんな最中の、ひむろの『お願い』。

「――、」

 ほむらはわずかに口を開いた。
 そして、華奢な彼女を抱きしめる。言葉よりも先に、手が動いていた。
「ひむろ」
 温かい。生きている証拠。今が在るという確証。それを途方もなく愛おしく、そして尊く思える。彼女の名前を呼べること――終わる世界を前にして、それすらも奇跡なのだと思い知る。

「いいよ、分かった。君に『未来』を」

 だからこそ。
 これからも彼女とこうして触れ合っていたい。
 彼女の名前を呼べるという奇跡が続く未来が欲しい。
 ここで終わりたくなんかない。
 迷いなんてない。あるはずない。
 今が世界の分岐点なら、未来に繋がるその手を――離すわけにはいかない。

「俺は君を離さない。君と迎える未来を諦めない。必ずこの世界を守り通してみせる。この、絆が力になる世界を」

 お願いされたから、漫然と頷いたのではない。
 これは確固たるほむらの意志だ。
 ベリンガムにも、どんな者にも、決して侵すことはできない魂の叫びだ。

「俺は、君との未来が欲しい!」

 ほむらは、ひむろをぎゅっと強く抱きしめる。
「……ほむら」
 少年の体に顔を埋めて、ひむろは目を閉じる。
 温かい。心臓の音。そうか、これが生きてるってことか。
 
(ああ……ほむらって、こんなに男らしかったのね)

 出会った時よりたくましくなったほむらの体。ひむろは、彼の体に腕を回して同じぐらいの力で抱き返す。
 おかしいな、とひむろは心の中で苦笑する。自分は元々は遠野先生みたいな、逞しいひとが好みだったのに。
 でも。
 今のひむろにとって。
 今のほむらは、どんなひとよりも、かっこよくって、魅力的に見えた。

 抱き合ったまま、二人は互いを見つめ合う。
 そっと顔を寄せた。
 誓いの口付けを。







 ――そして、『あの』戦いが終わり。
 結論から言うと、人類は未来を勝ち取った。

 青い青い空。澄み渡った色。太陽が輝き、白い雲が穏やかに流れる。
 手を繋いだ二人の指には、シンプルな指輪がキラリと輝く。姫路ほむらと蓮華ひむろが婚約したことを示すもの。
「タクシー、本当に呼ばなくって良かったのか?」
 ほむらは心配そうに、隣を歩くひむろを見やった。
「歩きたい気分だったから」
 ひむろは笑顔でそう言った。その横顔を見ながら、ほむらは口から出かけた「でも……」という言葉をなんとか飲み下す。「心配しすぎ」とひむろが表情を綻ばせ彼を見上げる。

 二人は病院帰りだった。受けたのは産科。医者から貰った言葉は「おめでとうございます」。
 つまり、そういうことである。

(来年には親父もおじいちゃんかぁ)
 ほむらは実父の顔を思い浮かべる。過保護だった父は、意外にもほむらの婚約を歓迎してくれた。祖父になることを伝えたら、父は喜んでくれるだろうか――尤も、報告は安定期に入ってからになるけれど。
「なんだか、不思議だね」
 空いている方の手でお腹を撫でつつ、ひむろが呟く。まだ大きくはないお腹。一見して彼女が妊婦だとは分からない。
「私の中に……小さな小さな命が宿ってるなんて」
 そこにいる生命を見つめ、慈しむように撫でるその表情は母親のそれである。
「……そうだな」
 美しい光景に見えた。ほむらは目を細める。
「そ、だ。……名前、この子のさ」
 ひむろの手を優しく握り直し、ほむらは言う。
「――みらい、ってどうだ? 男の子でも、女の子でも」
「みらい……」
 顔を上げたひむろが瞬きを数度。みらい、と確かめるようにもう一度発音する。
「うん、みらい! 素敵な名前。賛成だよ、この子の名前は……みらい」
 花のように微笑んだ。想いは同じだったようだ。
「みらい……みらい……」
 覚えるように。覚えて貰えるように。ひむろは何度も、自分のお腹に呼びかける。
 ほむらはそれを見守っている。穏やかで、温かくて、幸せな気持ちが無限に心から湧いてくる。これが現実なんだという実感がないが、確かな本当なのだ。天が黒く塗りつぶされたあの日の自分に、今のことを伝えてもきっと信じやしないだろう。それほどの感情だ。
「まだ気が早いかもしれないけど……色々と調べたり、準備したりしないといけないなぁ」
 役所での色々な手続きとか、ベビー用品の取り揃えとか、知識とかノウハウとか……安定期に入れば皆にも報告もしないと。家族に友人に教師と……。ほむらは指折り確認する。これから忙しくなりそうだ。
「ねえ、ほむら」
 最中、ひむろが彼を呼ぶ。「なに?」と尋ねると、顔を上げた彼女はこう言った。
「私……天界へ行きたい。大好きな母さんを探す為に。それと、父さんをぶん殴る為に」
 それは、ひむろが語った未来の夢。あの日――未来に執着を見せなかったひむろの口から、そんな言葉が聞けるなんて。ほむらは「そうだな」と頷いた。「でも、まず何事も安定期に入ってから」と釘を刺されては、ひむろは「は〜い」と苦笑を浮かべる。それから、二人はなんとはなしに揃って空を見上げていた。
「いい天気だな」
「うん。帰ったら、お洗濯物かわいてるかな」
「夕ご飯どうしようか。……俺が作ろうか?」
「却下です私が作ります」
「はい……。俺、料理の修業、本気で始めるべきかなぁ……」
「心配性だねー、ほんとに……」
 ひむろはころころと笑う。けれど――
「ほんとに……本当なんだね」
 空を見上げるその瞳には、いつしか涙が浮かんでいた。幸せで、幸せで、込み上げてきた思いがあったかい涙になる。ひむろはそのまま、ほむらへと抱き着いた。
「みらいが思い出させてくれた。母さんを想う私の気持ちを。父さんに対する言葉にできない気持ちを」
 あの日、自分を抱きしめてくれたように。ぎゅっと、強く。想いを伝える。

「ありがとう。私に未来をくれた……家族への情を思い出させてくれた、私のかぞく」

 ほむらへ。みらいへ。
 私は幸せです。

「ひむろ……」
 彼は彼女を抱き返す。ひむろの涙を見るのは初めてだった。曇っていた彼女の青空は、今ようやく晴れ渡ったのだ――それを込み上げるほど嬉しく思える。ほむらもなんだか目頭が熱くなってきた。
「どういたしまして、俺のかぞく」
 ひむろを撫でる。彼女の中にいる自分の子供ごと抱きしめる。温かい。生きている、ここにいる。
「あ。あんまりギューッとすると、みらいが苦しいかな」
 あはは、と泣き笑いながらひむろが体を離す。笑っているのに、次から次へと大粒の涙がこぼれては、真っ赤な頬を伝うのだ。
「三人で、ギューッとできる日が楽しみだな」
 指先でひむろの目尻を拭ってあげつつ、ほむらは優しく微笑んだ。「うん」とひむろが自分のお腹を撫でる。
「会いたいな、早く……ううん、やっぱり遅くってもいいや。みらいが元気に産まれてくれるなら」
「ふふ。そうだな」
 ほむらも、ひむろのお腹にそっと手を添えた。

 未来への道を繋いでくれたみらい。
 ひむろの心を取り戻してくれたみらい。

「君に会える日を、楽しみにしている」



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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姫路 ほむら(ja5415)/男/16歳/アストラルヴァンガード
蓮華 ひむろ(ja5412)/女/16歳/インフィルトレイター
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エリュシオン
2017年12月08日

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