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『トリック or サプライズ!』
詠代 涼介jb5343


 空を渡る雲の様子や風の匂い。
 目に映る木々の変化や花の種類。
 美味しい食べ物。
 その昔、人はそんなもので季節の移ろいを感じていたらしい。

 けれど今、季節を感じようと思えば買い物に出かけるのが手っ取り早い。
 商店街のディスプレイには愛嬌のある顔を彫られたカボチャのランタンが登場し、スーパーにはお菓子のコーナーが出来上がる。
 どこもかしこも、オレンジ色。

「ハロウィン、か。もうそんな季節なんだな」
 詠代 涼介(jb5343)は、捲り上げたシャツの袖口で額の汗を拭った。
 十月と言っても、まだまだ日差しの勢いが衰える気配はない。
 家を出る時には丁度良かった上着も、今では腕に抱えたまま持て余していた。
 もう秋だなんて、何かの冗談としか思えない。
 それどころか、ハロウィンが終われば町は一気に赤と緑のクリスマスカラーに変わるのだ。
「気が早すぎだろ……」
 急げ急げと背中を追い立てられるような気分に浸りながら、涼介は商店街を歩く。

 時の流れは速いけれど、それに比べて人や物事の変化の速度は微々たるものだ。
 戦いが終わったからといって、何かが急に変わるわけではない。
 それで全ての決着が付くわけでもない。
 皆が浮かれて騒ぐのは良い、むしろ大いに騒いでほしい。
 だが、自分までそれに呑まれてはいけない。
(「俺にはまだ、やるべきことが山ほどあるんだ」)
 さっさと用事を済ませて帰ろう――そう思いながら脇目もふらずに足を動かす。

 その目の前に、ピンクの風が舞い降りた。

「涼介はっけーん!」
「セーレ……?」
 ピンクの髪に、二本の角。
 真夏のサンタクロースのような格好をした少女。
 はぐれ悪魔のセーレ(jz0183)だ。
「涼介、見て見てコレ! ハロウィンのイベントだよ!」
「見ろと言われてもな……」
 差し出されたのは一枚のチラシ、だがそれは涼介の顔にぺったりと貼り付いていた。
「近すぎるだろ」
「えっ、涼介もうおじーちゃんなの!?」
「どうしてそうなる」
「だって近くのものが見えないのはローガンだって。ローガンはお年寄りがなるんだって教わったよ?」
 ローガン……老眼のことか。
「あのな、どんなに若くてもゼロ距離でものが見える人間はいないんだ」
「そうなんだ? よかった、涼介もう死んじゃうのかと思ったよー」
「こうしたら見えないのは悪魔も天使も同じだろう」
 涼介は顔からチラシを引っぱがすと、お返しとばかりにセーレの顔にくっつける。
「へぶっ、ほんとだ見えない!」
「で、何だって? ハロウィンのイベント?」
 その格好のままで、涼介はチラシの内容を読み進めた。
「商店街で仮装パレード、か」
「うん、前にもやったよね! あれすっごく楽しかったから、またやりたいなって! 今ね、皆にお誘いかけてるんだ! 涼介も行くよね!」
 そう言えば、セーレはハロウィンが一番のお気に入りだと言っていた。
 初めて人間界に来た時には「トリック・オア・ダイ!」などと言って実際に人を殺めていたと、報告書で読んだ記憶がある。
 しかし、次の年――涼介が共に参加したイベントでは、それまでの撃退士達による教育的指導のせいか、まあ「可愛い悪戯」の範囲に収まっていた……はずだ。
 それからも教育的指導は続き、はぐれとなった今では人間界の正しい知識について色々と学んでいる……と、思いたい。
(「正直、全く心配がない……とは言えないな」)
 自分から進んで厄介ごとを起こす心配はなさそうだが、先程の老眼のように知識は正しくても行動や解釈が明後日の方向を向いている可能性はある。
 自覚のないトラブルメーカーになれる素質は充分だろう。
(「お目付け役は必要か」)
 仮装パレードは例年通り、暗くなってからの開催だ。
 昼間にボランティアで他のイベントを手伝ったとしても、夜には間に合うだろう。
「わかった、付き合おう」
「やった! 涼介は何の仮装する? ボクは何がいいかな!」
「いや、まだそこまでは……」
「あー! 時間あると思って油断してるでしょ! そうやって余裕でいると、あっという間に当日になっちゃってレンタルとか全部なくなっちゃってて困ることに――って涼介! なんで笑うの!?」
 頬を膨らませたセーレに抗議されて、涼介は初めて気が付いた。
 自分が笑っていることに。
「いや、悪い……」
 まさかセーレに説教されるとは思わなかった。
 最初の頃は悪戯ばかりで手に負えないと思っていた、あのセーレに。
「わかった、ちゃんと考えて準備しておく」
「うん、絶対だよ! 約束だからね! ウソついたらハリいっせんまんぼんのーます!」
「桁が違うぞ」
 誰だ、いいかげんなことを教えたのは。

 通行人の目を惹くような盛大な指切りをして、セーレは帰って行く。
 その背を見送る涼介には知る由もなかった――この後に、更なる驚きが待ち受けていることを。



「もう明日か……」
 まだ先だと思っていたハロウィンが、翌日に迫っている。
 でも大丈夫、衣装のレンタルも済ませたし、昼間のイベントで配るお菓子も手配した。
 後は明日に備えて、ゆっくり風呂に浸かって早めに寝るだけだ。
 そう思いつつ、涼介は玄関のドアを開ける。
 あれからまだひと月も経っていないのに、陽が沈むのがめっきり早くなった。
 部屋の中は真っ暗で何も見えないが、スイッチの場所に自然と手が動く。
 旧式な蛍光灯がチカチカと瞬き、やがて見慣れた光景が――

 パァン!

 耳元で何かが弾けた。
 爆弾か、それとも銃声か。涼介は咄嗟に身構える――が、違う。
 視界いっぱいに広がる色の洪水と火薬の匂い。頭上に降りかかる紙吹雪。
 クラッカーだ。
「……これは、なんのいたずらだ?」
 涼介は、本来ならそこにいるはずのない人物に話しかける。
 満面の笑みを浮かべていたその人物、カボチャの精霊に扮したセーレは、笑顔を引っ込めて少し不満そうに頬を膨らませた。
「いたずらじゃないよ。今日は何の日だ?」
「ハロウィンは明日だぞ。ちょっと気が早いんじゃないか?」
「だからいたずらじゃないって!?」
「じゃあ何だ?」
 物質透過で不法侵入し、待ち伏せた上でクラッカーを鳴らす。
 これが悪戯でなければ何だと言うのか。
「ほんとになんにも気付かないの?」
 しょうがないなぁと言うように首を振り、気を取り直したセーレは改めて叫んだ。

「涼介、ハッピーバースデー!」

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
 誕生日? 誰の?
 今日はハロウィンの前日――
「十月三十日、か」
「そうだよ! 誕生日おめでとう!」
「誕生日……そうか、そう言えば……そうだったな」
 そんなもの、自分でも忘れていた。
 誕生日なんて何かの書類を提出する時に必要なだけの、電話番号と同じような意味しか持たないものだと思っていた。
 それをセーレが覚えていてくれたなんて。
 しかも、こうして祝ってくれるなんて。
「驚いたな……ありがとう」
 ピンクの頭にぽんと手を置き、涼介は小さく微笑んだ。
「どういたしまして! ほら、ケーキ食べよう! ボクが作ったんだよ!」
「セーレが?」
 再び驚く涼介の目の前で、「じゃーん」というセルフ効果音と共に現れた「ケーキ」は――

 どう見ても大福。

 大きな円柱形に積み上げられた大福の上にピンクの苺大福が並び、中央には小さなロウソクが刺さっている。
 まあ一応、ケーキっぽく見えないこともない。
「ほら涼介、ロウソクつけるよ! 一息で消してね!」
「……ああ、わかった……」
 その人界知識は間違えて覚えているのか、それともわざと間違えたふりをしてウケを狙っているのか。
 セーレの表情からは読み取ることが出来ない。
 けれど、自分の誕生日を心から祝ってくれている、それだけは確かだった。

「これがこしあんでこっちがつぶあん、これがカボチャあんだよ! 他にも色々あるからね!」
 積み上げられた大福を濃いめのお茶で食べながら、セーレは殆ど一方的に話し続ける。
 今までのこと、これからのこと、他愛もない噂話や友達のこと、仲間のこと。
 気が付けば時計の針は零時を回り、すっくと立ち上がったセーレは改めて涼介に声をかけた。

「トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!」

 今のセーレになら悪戯されてもいい……そう思うのは、まだ早いだろうか。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5343/詠代 涼介/男性/外見年齢20歳/見守り隊員】
【jz0183/セーレ/女性/外見年齢15歳/発展途上の悪戯小悪魔】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

他のMSさんのNPCということで、リプレイ等ざっと確認しましたが、口調や行動など気になる点がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
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エリュシオン
2017年12月11日

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