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『一瞬にして永遠の悦楽』
イアル・ミラール7523


 女優としては、取り立てて美人というわけでもない。
 華があるわけでも、その逆に魅惑的な陰があるわけでもなく、演技力はまあ普通。よく言えば無難な女優であった。服を着ている間は。
 ベッドシーンで、彼女は化けた。
 するり、とバスローブを肩脱ぎにした瞬間、その女優は別人になった。さほど美しくもなかった顔が、サキュバスの美貌に変わった。
 イアルの目には、そう見えた。
 相手役の、ハリウッドNo.1と言われる男性俳優の顔も身体も、イアルの視界には全く入らなくなった。
 もちろん、隠すべき部分はきちんと隠れていた。
 恍惚の表情、金髪のうねり、反り返った白い喉。すらりと優美な手足が、シーツ上で悶える様。
 それらだけで、イアルの心は掻き乱された。仮に全て丸見えであったとしたら、ここまで心乱れる事はなかっただろう。もっと容姿の美しい女優が、もっと露骨に演じたとしてもだ。
 ベッドシーンのみを演じるためにハリウッドデビューを果たした、としか思えない女優であった。
「いやはや何とも、駄作だったわねえ」
 響カスミが、明るく笑いながらジョッキを干した。
「ごめんなさいねぇイアル、あんな映画に誘っちゃって。いや本当、前評判はすごく良かったのよ」
「私……けっこう楽しめたわよカスミ。まあ確かに脚本はね、何ともあれだったけど」
 他の部分はともかく、あの女優のベッドシーンだけで金が取れる。そんな映画であった。
 もっとも、金を払ってくれたのは当然カスミである。
 カスミが自腹で、イアルをあちこち引き回した。映画の他、行列の出来るスイーツなども堪能した。
 そして今はこの、飯屋か飲み屋か判然としない店にいる。
 酒よりも、料理の美味い店だった。
 特にこの、里芋とオクラと納豆を恐らく胡麻ダレで味付けたものが絶品である。
「無理をしないでねカスミ。私だって今、IO2から」
「その収入はね、イアルが身体を張って稼いだもの。自分のためだけに使いなさい。私は今日、ただ自分が楽しみたくて貴女を誘ったんだから」
 カスミの声が、小さくなってゆく。
「私が……イアルに、お詫びをしたいと思ったから」
「……どの件に関して? これ、美味しいわね」
「そうでしょうそうでしょう! アレな映画を見て疲れた心も回復しちゃうでしょう。ここはね、そういうお店なの」
 カスミの言葉の意味がわからぬまま、イアルは何となく店内を見回した。
 カップルが多かった。
 見ただけで恋人同士とわかる男女、だけではない。何となくそういう雰囲気を漂わせた、同性のペアも何組かいる。
「あの、イアル……石にしちゃって、ごめんね」
 カスミの口調が、また沈んだ。
「私つい、調子に乗って……」
「そうねえ。カスミじゃなかったら、叩き斬っていたところね。それより、このお店って」
「お待たせいたしましたぁ」
 先程カスミが注文したものを、店員が運んで来た。
 2人前の、鍋料理である。
 得体の知れぬものが、鍋の中で濃密な匂いを発している。
 イアルは息を呑んだ。顔が、ぴしっと音を立てて引きつったような気がした。
「カスミ……ねえ、これって……」
「ふふっ、何だと思う? イアル」
「わからない、よくわからないけど……」
 店員が、料理の名前を言った。
 よく聞き取れなかったが、何やらおぞましい単語が聞こえた、ような気もした。
 何であれ、注文してしまったものは平らげるしかない。
 鍋の中から小鉢によそったものを、イアルは口に放り込んだ。
 独特の歯応えだった。イアルの歯に、舌に、口内粘膜に、妙に馴染んだ感触でもある。
 味は悪くない。酒を流し込んでみても、合う。
 カスミも、美味そうに頬張っていた。
「どう? イアル」
「お……美味しい、けれど……」
 イアルは顔を上げ、壁に掛けられた品書きを端から目で追ってみた。
 前菜的な、オクラと芋と納豆の胡麻和え。揚げニンニク。牡蠣の燻製。レバニラ。すっぽん鍋。蛇のスープ。山羊の睾丸のスライス。
 隣の席では、見るからに肉食系の男女カップルが、目を血走らせながらガツガツと焼肉を食している。何の肉であるのかは不明だが、食べた後で何をするつもりなのかは明白だ。
 通路を挟んで向かい側にある席では、筋骨たくましい男同士のカップルが、マムシの血をワインで割ったもので乾杯をしながら乙女のようにはにかんでいる。
「そう……そういう、お店……なの」
「美味しいでしょ?」
「美味しい、けれど……」
 イアルの、女としては有り得ない部分が、下着の中でムクムクと膨張してゆく。
 これも今、自分が食べているもののように、切り取って料理でも出来れば良いのだが、とイアルは思った。


 結局、2人でホテルに入る事となった。
 カスミが最初からそのつもりであったのは明白だが、あの店の料理を食した時点で……否。あの女優のベッドシーンを目の当たりにした時点で、もはや拒絶するには遅すぎた。
 イアルの情欲は、猛り狂っている。
 あの女優の如く、上品には出来ない。
 カスミの手で、唇で、胸で、イアルは愛でられ尽くし、獣のように喚き叫んだ。
 そしてカスミと一つになり、果てた。
 ただひたすら、カスミの名前を叫びながらだ。


「ごめんなさい……本当にごめんね、イアル……」
 すすり泣くカスミの傍で、イアルは石像となっている。快楽の絶頂に達し、悩ましげに肢体を仰け反らせた、その状態で石化している。
 達した瞬間カスミが、イアルに口移しをしたのだ。あの女賢者にもらった、石化の秘薬を。
「どうして……何で、こんな事をする必要があるの? 私……」
 自分自身を見失いかけながらカスミは、イアルの唯一、石化していない部分を両手で包んだ。
 両手の五指を蠢かせ、イアルを愛でた。
 石像と化しても静まる事のない情欲が、爆発し、迸った。
 それを浴びながらカスミは、石のイアルにぐったりと身を寄せて行った。
「イアル……こんな私の、名前を呼んでくれて……」
 カスミの名を叫びながら、イアルは果てた。
 それだけでいい、とカスミは思った。
 物としてのイアルをこうして愛してしまう自分など、いずれ愛想を尽かされるに違いない。
 自分はイアルを、独り占めなど出来はしない。そんな資格はない。
 いつかイアルが、自分のもとを去ってしまうとしても。今、この時だけは、イアルが自分の名を呼んでくれた。
(本当に……もう、それだけでいい……)
 それ以上の事を望んではならないのだ、とカスミは思った。


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登場人物一覧
【7523/イアル・ミラール/女/外見20歳/裸足の王女】
【NPCA026/響・カスミ/女/27歳/音楽教師】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年12月11日

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