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『真実はつめたい土のなかに 』
満月・美華8686


 月のうつくしい、深夜。
 美華は取材のため、とある教会墓地へとやってきていた。
 雑誌社から依頼されていた、心霊コラムの執筆を行うためだ。
 世にオカルト好きは多くいるものの、恐怖や呪い、なんらかの事故に巻きこまれるリスクを恐れ、現地まで足を運ぶ者はほとんど居ない。
 それでも、心霊に興味を持つ人間たちの心理は、じつに複雑で。
 ――怖いけれど、知りたい。
 彼らはどこまでも、リアリティのある記事を求め続ける。
 そのためには、やはり、現地取材は欠かせない。
 読者目線の文章に、見栄えのする写真を添えれば、読者の興味はそれなりに満たすことができる。
 魔女を生業とする美華にとっては、願ったり叶ったりの仕事だ。
 そんなわけで、よほどの無茶振りでない限りは、喜んで執筆依頼を引き受けている。

 さて、眼前の教会墓地である。
 中に入ろうにも、敷地周りは背の高い壁でぐるりと囲まれていた。
 見あげれば、壁の上には鉄条網。
 唯一の入口である正面門はというと、赤ペンキで殴り書きされた『立ち入り禁止』の立て看板が添えられている。
 門越しに敷地内を覗き見れば、建物の壁はあちこちがはがれ、朽ちかけていた。
 死者を弔う十字が刻まれた墓標も、そのほとんどが伸び放題の雑草に埋もれているようだ。
 ――長年放棄された、廃墟。
「噂には聞いていたけれど、実に『それっぽい』ところね」
 曰く、かつて教会の神父が邪法に手をだし、生きる屍と化した。
 曰く、屍は今なお、夜な夜な墓地を歩きまわっている。
 曰く、屍に捕まった者はその場で殺され、墓地に埋められる――などなど。
 コラムのネタとして、実に申し分ない取材対象だった。
「それじゃ、お邪魔しようかしら」
 美華は、ふくらんだ腹をひと撫で。
 発動させた浮遊魔法で軽々と鉄条網を越えると、悠々と墓地内を歩きだした。


 持ちこんだカメラを手に、見栄えのする構図を探る。
 扉の朽ちた教会。
 砕けた墓石。
 痩せ細った庭木。
 まるで、この世の果てにも感じられる情景。
 それを、次々と写真におさめていく。
 シャッターをきる音。
 虫の音。
 砂利の鳴る音。
 風の音。
 ――そして、嘆息。
 美華はファインダーから眼を離し、周囲に視線を巡らせた。
 腹のなかに抱く『よくないもの』が、場を刺激してしまったのだろうか。
 誘蛾灯に誘いだされた羽虫のように、この世のものならざる亡者や悪霊たちが、魔女を取り囲むように蠢いている。
「よくもまあ、これだけ集まったものね」
 その言葉を挑発ととったのか、亡者たちは間合いを詰め、一斉に襲いかかった。
 数体の悪霊も怨嗟の声をあげ、『よくないもの』ごと女を喰らおうと迫る。
 しかし――。
「間合いには、お気をつけなさい」
 魔女が呟くよりも早く、地面から伸びた「なにか」が悪霊を貫いた。
 続いて、そばにいた亡者が一瞬にして両断される。
 淡い月光に照らされ、天に手を伸べるかの如く立つそれらは樹木だった。
 それが、美華に近づこうとするものたちの足元から瞬時に生え伸び、腐肉や霊体ごと貫いていく。
 悠然と見守る魔女の頭上には、一冊の本が旋回している。
 ――古の魔道書『ガイアの書』。
 緑の燐光をはなちながら浮遊するそれは、かつて、美華と契約を交わしていた。
 契約者を害するものは、己を害するも同じ。
 書は襲いくるものたちを敵と判断し、次から次へと駆逐していく。
 樹木の狙いは決して違えることなく、回避しようとするものも追従し、捕縛しては確実に仕留めていった。

 やがて、視界内から蠢くものたちが一掃され。
 蛍の如く飛びまわっていた『ガイアの書』が、美華の手に戻った。
 魔女はその間、一歩も動かず様子を見守っていたのだが。
 あたりを見渡し、様変わりした墓地を認め、思わず、呟いた。
「……やりすぎたわね」
 雑草に埋まっていた墓石は林立する樹木に薙ぎ倒され、地殻変動もかくやといった有様である。
 いくらうち捨てられた墓地とはいえ、急に林が出現したとあれば一般市民も不審がるに違いない。
 美華は手にしていたカメラを荷物にしまいこむと、浮遊魔法を使い、急ぎその場を後にした。


 数日後。
 インターネットの大手ニュース配信サイトをチェックしていると、先日訪れた教会墓地の記事が掲載されていた。
 どこかの新聞社の記者が執筆したらしく、内容はオカルトに寄らない現実的な記述でまとめられている。
 画面をスクロールさせ、ページ下のコメント欄を確認したところで、思わず苦笑い。
 曰く、この教会は神父が不審死を遂げた、呪いの地である。
 曰く、放棄された後は、産業廃棄物の不法投棄が継続的に行われていた。
 曰く、出現した林は、死した神父からの警告である――などなど。
 美華は付いていたコメントにざっと眼を通し、己に該当するであろう記述がないことを確認。
 そっとウィンドウを閉じると、パソコンの前で大きく、伸びをした。









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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8686/満月・美華/女/28歳/魔術師(無職)】



東京怪談ノベル(シングル) -
西尾遊戯 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年12月18日

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