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『鬼が笑うは過去と未来と 』
覇巌jb5417

 長年野ざらしにされた、人の寄りつかぬ廃墟。端から見ればただそれだけの寂れた場所が、覇巌にとっては思い出の場所であった。──少なくとも、因縁の相手との再戦の場所としてわざわざ選ぶくらいには。

「ここは変わってないな」

 天魔の侵略によって被害を受けた地域は各地にあり、戦争が終わった今も復興の手は十分に行き渡ってはいない。半分崩れた家屋の奥を覗き込んだ覇巌は、どこか懐かしそうに呟く。
「それで?」
 背中に声がかけられた。
「再戦したいっていう要件は承知したが、理由を聞いていないな」
 数メートルの距離を置き、細身の青年が背後に立っていた。巨躯の覇巌と比べると余計に細く見える。吹けば飛びそう、とはこのことだ。
 だが現実は逆である。覇巌はゆっくりと振り向いた。
「何年前だったかな? 俺はお前に負けて、お前に命を救われた」
 青年は腕組みしたまま、覇巌の言葉を聞いている。
「あの時、俺の人生はへし折れて、全く別の方向へ進み出したんだ──」



 山のように大きな体と、赤茶けた肌。額に突き出た二本の角に、大きな口から伸びる牙。
 覇巌は、『赤鬼』と称するのがぴったりくる男である。
 無論、人間ではない。彼は悪魔だ。豪快な体格にも悪魔としての御多分にも洩れず、豪放磊落、勝手気ままな男だった。
 彼はこの世界でも自由に振る舞っていた。といってもとりわけ人間を害そうと思っていたわけではないようで、人をさらったり殺したりといった凄惨な事件は彼の周りでは起こらなかった。腹が減ったら畑の作物や家畜をちょっとばかり失敬したり、腹ごなしに農具置きの小屋を殴って壊したり──。

 だが住民を恐怖させるには十分だった。時には畑を荒らす猪を住民の目の前で退治してやったこともあったが、それさえも余計に彼らを怯えさせたようだった。
 何しろ彼らには防ぐ手だてがないのだ。罠を張ろうにも銃で撃とうにも、天魔の特殊能力『透過』によってすり抜けてしまう。まかり間違って弾丸が当たったところで、猟銃の散弾ごときでは傷も付かないのであった。

「ガハハハハ! なんだそのひょろ弾は! 俺と喧嘩をしたいなら殴っても壊れないくらいには頑丈なヤツを連れてこい!」
 覇巌が民家の石塀を殴りつけると、砂城の如く粉々に吹き飛んだ。住民たちは震え上がり、我先にと逃げていった。

   *

 ある日、覇巌はいつものように食べ物を得に畑へと姿を現した。
「あ‥‥あいつです! お願いします!」
 怯え半分の声が風に乗って聞こえてきた。首を巡らせると、住民の隣に見覚えのない細身の青年がいる。
 青年は覇巌を真っ直ぐ見据えると、一歩を踏み出してきた。
「おう、やるのか?」
 覇巌はニヤリと笑い、両拳を一度、バシンと打ち合わせた。背後から一羽の鳥が、慌てて飛び去っていく。
「しかし細いな。一発殴ったら終わってしまいそうだ、ガハハ!」
 青年を見下ろすようにして、のっしと右足を前に出したその時、青年の体が光を纏った。
 右手が動き、瞬きのような光を放ったと思った次の瞬間には、覇巌の右肩が焼けるような痛みを訴えていた。
「殴れるのなら殴ってみろよ」
 青年の手にはいつの間にか銃が握られている。アウルの弾丸を受けた覇巌の右肩からは血が流れ出していた。
 覇巌は右肩を見やると、今度こそ嬉しそうに笑い声をあげた。巨躯を丸めてファイティングスタイルをとり、青年を睨めつける。
「その言葉‥‥後悔するなよ!」
 そして、腕を振りかぶりながら青年に突進したのだった。

   *

   *

 覇巌が目を覚ましたとき、青年の姿は周囲になかった。数人の住民が遠巻きに彼を見張っていた。
 呻き声をあげながらやっとのことで体を起こす。鬼が目を覚ました、と周囲の住民がどよめいた。撃退士さんを呼んでこい、という声も聞こえた。
 覇巌は住民たちを睨みつけながら立ち上がると、彼らがいるのとは反対方向に向かって駆けだした。

「鬼が逃げるぞ!」

 屈辱的な声が追いかけてきたが、構わず駆けた。実際のところ肉体はすでに限界で、気を張っていなければ今すぐにでも再び倒れてしまいそうだったのだ。撃退士が戻ってくる前に逃げるほかに、選択肢はなかった。

 小さな林を一つ抜けると廃墟となっている一角があって、そこが覇巌のねぐらであった。彼が現れる以前にこの一帯では戦いがあったらしかった。覇巌は崩れかけの家屋に飛びこむと、床の上に体を投げ出してぜいぜいと荒く息を吐いた。
 内蔵が傷ついているのか、呼吸が辛い。思った以上にダメージは深刻なようだ。
「これは‥‥ちょっとマズい、な‥‥」

 外から物音が聞こえた。見つかったのだろうか。体中の気力を総動員して、入り口の向こうへ意識を集中する。
 やがて姿を見せたのは、あの撃退士の青年ではなく──ひとりの女性だった。
「あ‥‥」
 険しい顔で睨みつける覇巌をみて、女は小さく声をあげた。ほかの人間の姿はない。
「どうした。あんたにこの俺が捕まえられるのか」
 覇巌は精一杯の迫力で睨んだ。覇巌からしたら柳の枝のような、儚げな女。だが、彼女は逃げ出さず、人を呼ぶこともしなかった。胸の前で右手をぎゅっと握ると、覚悟を決めたように一歩一歩、近づいてくる。
「おい」
「あの‥‥動かないで」
 澄んだ声でそう言われ、覇巌は戸惑った。しかしどのみち体はほとんど動かない。
 言うことを聞いてくれたと思ったのか、女は小さく微笑むと、ハンカチを取り出した。ペットボトルの水を含ませると、血に汚れた覇巌の体を、優しく拭きはじめた。
(そうだこの女、あの時‥‥)
 確か、猪を退治したとき見ていた中にいたはずだ。その時は言葉も交わさなかったが‥‥。

 優しい手つきに緊張を解きほぐされ、いつしか覇巌は眠りに落ちていった。

   *

 それから毎日、女は食事を持って覇巌の元を訪れた。彼女の看護のもと、覇巌自身の生命力の強さもあって危機的な状況は脱していた。
「なぜ、俺を助ける?」
 女はあまり多くのことを語らなかったが、そう問うと花がほころぶような笑顔をみせた。その表情を見ると、覇巌は不思議な気持ちになって、それ以上追求しようとは思わなくなるのだった。

   *

 廃墟にこもって五日目の午後。
 覇巌の体は、だいぶ回復しつつあった。明日には動けるようになるだろうか。
(今日は遅いな‥‥)
 昨日までならこの時間には女が来ていたが、今日は姿が見えない。
「ふん、愛想をつかされたか」
 呟いたのを待っていたかのように、外から物音がした。だが、ただ女が来たにしては騒がしい。
 覇巌は表情を引き締め、集中する。足音は複数ある。
 やがて姿を見せたのは、やはりあの女だった。覇巌と目が合うと、女は何かを口にしようとする。
 だが、直後に横から現れた別の何かに突き飛ばされ、横倒しになった。
 それは鎧兜に身を包んだ怪物だった。それが時代錯誤な格好だという事は覇巌にもわかったし、何より覗き見える顔は緑色で、生気が全くない。
「サーバントか」
 天界の眷属の名を呼ぶ。怪物は覇巌には興味がないのか、女の元へ向かうとその細い腕を乱暴に掴みあげた。
 女が小さく悲鳴を上げる。何かを求めるようにその目が覇巌を見たが、覇巌は応えず、目を閉じた。

(人間と天使の争いなど、知ったことか)

 それは胸の内に確かにあった感情だった。しがらみなく暴力に明け暮れていられれば、俺はそれでいい──。

 だが覇巌は、もう一度目を開いた。

 そのときどんな光景を期待して目を開いたのか、覚えていない。しかし目を開いたことは事実。
 その目に映ったのは、怪物に腕を掴まれ引きずられていく、女の遠くなる姿だった。

 次にはもう、彼は飛び出していた。

 瞬きほどの間に女と怪物の傍まで辿り着くと、怪物の頭を思い切り殴りつけた。頭は兜ごとあえなくひしゃげて、怪物はふらふらとよろめき、倒れた。
 つられて倒れそうになる女の腕を、覇巌は掴み取った。
「‥‥」
 なんと言葉をかけていいかわからず、無言で見つめる。
 すると女は、あの花がほころぶような笑顔を、もう一度見せてくれたのだった。


 風切り音がして、矢が飛んできた。咄嗟の反応で叩き落としたが、向こうから新手が二体迫ってきている。

 実のところ、直前の動きは何かの間違いだったと思えるほど、すでに体は重かった。それでも、覇巌は女を背中にかばうように前にでた。

「あ‥‥」
「心配するな、俺が守ってやる」
 不安げな女と己を鼓舞するように声に出す。
 すると‥‥意外な方向から返事がきた。
「そうだな。そっちは無理せず、防衛に専念してろ」

 立ちどころに響く銃声。怪物が慌てたように右往左往する。

「あんたが人を守るなら、あんたのことも守ってやるよ」

 覇巌に背中を向けて、撃退士の青年がそこに立っていた──。



「そして命を救われた俺は、お前の勧めに従って久遠ヶ原へやってきたわけだ」
 あの時と同じ場所に、いま二人は向かい合って立っている。
「そうだな‥‥それで結局、何で再戦なんだ?」
 青年は口をへの字にした。覇巌は胸を張って、豪快に笑う。
「ガッハハハハ! なんでってそりゃあ、負けっぱなしでは男が廃るだろうが!」
「なんだそりゃ」
「人間を‥‥あいつを守り続ける存在であるために、俺は強くあらねばならんのだ」
「はあ‥‥やれやれ」
 青年は肩をすくめたが、その顔は笑顔であった。
「あんた、やっぱり撃退士向きだったみたいだな」

 撃退士の本質はその攻撃的な名称とは異なり、守護にある──そんな言葉が残されている。

「いいぜ。ただしやるからには、俺も本気だ」
「もちろんだ! 積年の壁、全力で打ち払って見せよう!」

 青年が体に光を纏う。同時に両手に銃を顕した。
 そして覇巌も光を纏った。両手を覆うナックルダスターを、一度ガチンと打ち合わせる。

 二人は笑い合い──そして戦いが始まった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5417/覇巌/男/30/剛力の赤鬼】
【NPC/撃退士の青年/赤鬼へ道を示す】
【NPC/女/赤鬼を導く】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました!
魅力的なキャラクターを描写する機会を頂きまして、楽しく執筆させていただきました。
しかし撃退士の設定などは、性別から使用武器から一から作ったので、果たして好みにあいますかどうか‥‥?
敢えて遠距離系にしたのは、PCさんとコンビを組ませたときにこの方が映えるかな、と思ったからなのですが。
ご期待に沿う出来になっていましたら幸いです。


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嶋本圭太郎 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年12月18日

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