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『怠け者の一分 』
ゾファル・G・初火ka4407
 ゾファル・G・初火は自他共に認める怠け者である。
 仕事するのはめんどくさい。
 生活するのもめんどくさい。
 怠け8に喧嘩2くらいこなしていければ本望……いや、喧嘩は5でも悪くないか。
「あー、生きてんのめんどくせーじゃーん」
 などと言ってみるのだが、でも。森のナマケモノになるのはごめんだ。ああ見えてナマケモノ、過酷な毎日を必死で生きているらしいから。もっとこう、安楽に怠けながら、なぜか腹がふくれるような毎日を送りたいわけだ。
 もちろん、めんどくささをがまんしてどれだけ祈ったところで夢は叶う気配なく。ゆえに彼女はタスカービレという田舎の村に引っ込み、青竜紅刃流なるマイナー剣術の師範代などやっているんだった。

 道場の奥に寝転がったゾファルが、土からぶっこ抜いたばかりの大根みたいな子どもたち……弟子に言い放つ。
「よしゃ、適当に素振り始めー」
 思い思いに木刀を振り始める子どもたち。
 気楽なものだ。こうやって鍛錬を見ているふりで寝に入ってしまえば――
「いちっ! にっ! さんっ!」
「俺は強くなるんだ!! 強くなってあいつのこと守る!!」
「てぇー!! きぇー!! ちぇー!!」
 超うるさくて、寝ているどころじゃなかった。
「弟子ちゃんたちさぁ、気合外に出しちまったら力も漏れっちまうじゃん? 振り込むときゃ息止めて、声出さねーようにしてさー」
 よし。これでゆっくり寝られる――
「……っ! ……っ! ……っ!」
「……………………!! …………………………………!!」
「………!! ………!! ………!!」
 気合の圧がすごくて、やっぱり寝ているどころじゃない。
 しかたなく起き出したゾファルは弟子たちに語りかけた。
「いいじゃんいいじゃん。いいんだけどさー、なんつーかなー、気合って入れっぱじゃダメなわけよ。呼吸法憶えてっか? 息吸うじゃん? 絞って吐くじゃん? これって息整えながら体の余計な力抜くのにやってんだよ」
 呼吸法を大げさに再現してみせながら、木刀を大上段に構える。無駄な力も過ぎる気合もない、“脱力”の型がぴたりと決まる。
「力入ってっと振り出しが遅くなんだ。だから、力抜いたまま振り下ろして、剣の重さに力乗っけて、当たる瞬間に力入れんじゃーん」
 ふぉん。振り下ろした木刀が止まる瞬間、空気を裂く太い音をあげた。
 素人目にもわかる、剣客の技。
 息を飲む子どもたちにゾファルはうんうんうなずいて。
「いいかー、マジメにやるばっかじゃなくて、手ぇ抜くことで抜くっつーのが大事だから。今日はみんなで力抜いて振り下ろす練習な」
 よし、これならうるさくないし圧も来ない。今度こそ邪魔されずに寝れる!
 受け身を取りつつ倒れ込んだ彼女が目を閉じた瞬間。
「姐さん大変だぁ〜!! 流れもんが暴れてやがるぅ〜!! ちょっとイカサマしかけただけなのにもぉ〜!!」
 村の端にある賭場の若い衆が駆け込んできた。
 賭け事の好きなゾファルはこの辺りの賭場ではちょっとした顔で、ときにはサクラや用心棒を務めもしている。そんな縁もあり、こうして厄介事を持ち込まれることもめずらしくなかった。
「もぉ〜、じゃねーよ。イカサマはここぞってときだけにしとけって言ってんジャン」
 めんどくさそうに言いながらもゾファルは迅速に起き上がり、木刀をつかんで駆け出している。
「すぐ戻ってくっから練習してろよ!」
 起きているより怠けたい。三度の飯より喧嘩が大事。相反するふたつがごく自然に両立するのがゾファルという少女のゾファルたるところなのだった。


 まっすぐ突っ込み、ズバっと斬る。それがゾファルの兵法だ。
 勝利の代償は大量の生傷。気分は晴れたが、体はなかなかに辛い。
 しかし、だからこそ。
「湯が染みるってもんだよなー」
 村から少し離れた場所にある山、その中腹にごろごろ転がった岩の隙間から湧く温泉につかり、ゾファルは息をつく。
 ここまでの道のりは険しいというほどではないのだが、とにかく岩が多くて進みづらく、足が細かな石に取られるので歩きづらい。ゆえに誰も近づく者はなく、ゾファルが独占できるわけだ。マテリアルに目覚めていてよかったと思える数少ないひとつである。
 ただ、この温泉場を整えるのは大変だった。
 浴槽を作るため、何本もシャベルをへし折りながら固い土壌を掘り拡げた。
 何度も下から見えないようにするため、大岩を全力で押し運び、何度も転げ落ちさせながらなんとか壁状に配置した。
 熱すぎる源泉の温度を調整するため、山の裏側に湧く鉱泉から水路を掘って冷水を導き、程よい温度を成すまで幾度となく自分の体で実験を繰り返した。
 おかげで近隣では「岩山を駆け巡る裸体の女型歪虚が」などと噂されているようだが……いちいち服を着たり脱いだりするのが面倒で、脱ぎっぱなしであれこれやっていたのが悪かったか。いや、噂のおかげでさらに人が近寄らなくなったので、結果的にはいいのか。
 ともあれ、そんなあれこれの果てにこの至福はある。
 ゆっくりと湯の中で体を伸ばしてくつろぎながら、ゾファルはしみじみつぶやいた。
「なんつーか、なまけんのも楽じゃねーよなー。楽じゃねーから、寝るか」
 ゴウン。唐突に山が揺れ、湯にさざ波がはしる。
 ゴウン、ゴウン、ゴウン。
 ゆっくりと一定の間隔で刻まれる振動。
「まーたアイツかよ」
 振動の主は噂の女歪虚ならぬ、本物の歪虚だ。
 CAM――人型機動兵器に劣らぬ岩の巨体を持つ怪物は力が強く、重くて硬い。その分動きは鈍くてやかましいので発見は容易、逃げるのにも苦労はないのだが。
 やっとの思いで造り上げた温泉場が振動で壊れそうだし、先にぶちのめしたような流れ者や、度胸試しに興じる若者などがこの山に踏み入ってきたら大変なことになる。それだけではない。奴がいつ村まで降りてこないとも限らないのだ。
 だらだらできる温泉を奪われるのは困る。
 生活の場である村々を戦場にされるのはもっと困る。
 人間は独りで生きていけなどしない。他者がいてこそ、自分の場所を確保できるものなのだ。もっともこれは森の獣とて同じこと。たとえ個別に行動していたとて、食物連鎖という関係性で他の命と繋がっているのだから。
「なまけんのもほんと、楽じゃねージャン」
 ため息をついて、ゾファルは湯から体を引き抜いた。
 せめて愛機のガルガリンがあればとも思うが、あれの重さではここまで登ってくるのは困難だし、目立ちすぎる。
 この体ひとつで、あの怪物を倒す。実に難しそうだし面倒臭いが、まあ、昼寝の合間に考えついた手がないこともない。あとは通用するかどうかを問うだけだ。
 手早く服を着込み、機甲拳鎚「無窮なるミザル」を携えたゾファルは振動の源へと急いだ。


「なぁ、揺らしてんじゃねーよ。俺様ちゃんの温泉壊れちまうじゃーん? あんまハデに騒がれたら下で騒ぎになるかもだしよ」
 一応の気づかいに気づいてか気づかずか、歪虚は盛大に地響きをたてて近づいてきて、そしてゾファルの姿を見とがめた。
 ものも言わずに拳を振り上げ、思いっきり彼女へ振り下ろす。予備動作は大きいが、振りだしてしまえば出力の大きさもあって超加速、あっという間にゾファルへ届く。
「ぬあぁっと!!」
 彼女はステップワークで横に回り込みつつ、ばかでかい拳にフルスイングでミザルを打ちつけた。
 ――やはり硬い! そして、やはり重い!! 攻撃したのはこちらなのに、跳ね飛ばされたのはこちらのほうだ。昔、道の曲がり角で重量級の剣闘士とぶつかったことがあるのだが、あのときも体重差のせいでかなりの距離をぶっ飛ばされた。
 それも当然。相手は岩の塊だ。マテリアルをどれだけ溜め込んだとしても、重さで対することはできやしない。
 もちろん、策を弄するなんて面倒臭いことはごめんだ。彼女が為すべきは、最短距離で突っ込んで、最少労力でぶった斬る。
 とすれば、重さを覆すだけのなにかを、この60キロの体に足してやらなければならない。とはいえ足せるものはひとつ……速さしかないのだから、ここで悩む必要はなかった。
「ま、わざわざコイツ持ってきたわけ、思い知らせたろーじゃん?」
 ゾファルがミザルを装着した右腕で弾みをつけ、全力でまっすぐ歪虚から駆け離れていく。
 するとまっすぐ追ってくる歪虚。ゆっくり着実に、左右の足を踏みしめて。
 三十歩分確認し、歪虚が足を踏み出し、踏み下ろすタイミングを計った。そして。
「転進ジャン!?」
 くるりと振り向いたゾファルが、今度は歪虚へと突撃する。
 虚を突いた彼女の転進に、歪虚はそれでも反応、拳を振り回す。
 甘ぇって。歪虚の拳が通り過ぎるよりも迅く、ゾファルは間合に突っ込んでいた。息はすでに止めている。張り詰めた筋肉に力が、マテリアルが漲り、彼女を強く突き上げた。
 その力を漏らすことなく、ゾファルは前に出した左足を思いきり踏み止め、右に構えたミザルに遠心力だけを乗せて横薙いだ。
 こういうとき戦士は跳んでしまいがちだが、これだけ身長差のある相手に、地に足を踏んばれるメリットを捨ててまで跳ぶのは愚策。第一めんどくさいし。
 果たして。ふわりと舞ったミザルが歪虚の膝を横から打ちつける、その瞬間。
「ふっ!!」
 ゾファルが右拳を握り込んだ。
 前進力、慣性力、反動力、遠心力、膂力――すべてがミザルの一点に集約し。
 その速度に為す術なく立ち尽くす歪虚の膝を粉砕した。
「名づけてクリムゾンウエスタンラリアットじゃーん?」
 片脚を半ばから失った歪虚が前のめりに倒れ込んだ。
 その轟音を背で聞き終えたゾファルがゆっくり振り返る。
「で、こうなったら顔にも楽々届くってもんだぜ」


 その後、歪虚の抵抗を受けながらもきっちり仕留めたゾファルは温泉で傷と疲れを癒やす。
「やっとだらだらできんじゃーん」
 怠けるためにはそれ相応の苦労がつきものだ。
 そして彼女は、怠けるためにこそ苦労を乗り越える努力を惜しまない。
 実は勤勉な気もしるが、彼女にその自覚はないようなので、まあ怠け者ということでいいのだろう。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ゾファル・G・初火(ka4407) / 女性 / 16歳 / 喧嘩上等!】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 事、すべからく結果論。
  
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2017年12月18日

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