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『巣立ってもなお―― 』
ka1140

 カーテン越しに射し込む朝日。室内を見渡し都は大きく深呼吸をした。
 消毒薬と薬草の混ざった懐かしい匂い。
 窓際の机、所々塗料の禿げた戸棚、医学書の並ぶ書架、子供が落書きをした待合室の長椅子――都が九つのとき、義母と共にやってきたころから変わらない。
 医療の道を志した都が少女時代の多くの時間を過ごした医院。
 よし、小さく気合を入れて着物の袖を絡げ上げる。
 まずは空気の入れ替え、次は薬品の確認――体は覚えているものだ。
 窓からの風に宿る冬の気配に鼻を鳴らす。
 喉に良い薬湯や体を温める薬草の在庫はどうか、とカルテに目を通している師に向き直る。
「先生……」
「久しぶりに戻ってきたのだからゆっくりしていればいいのに」
 実は都はつい先ほど着いたばかりだ。旅路で疲れているだろうに、子供のころから変わらない生真面目さで開院準備を始めた弟子に師は聊か呆れを含んだ笑みを零す。
「西方の医療はどう?」
 手を止め師が問う。少し白髪が増えたが伸びた背筋は記憶にあるまま。
「リアルブルーで医師をしていた同僚がいて……」
 西方だけではなく共に働く人物からリアルブルーの医療についても学んでいることを話す。こうしていると修業時代に戻ったようだ。
 朝、学んだことを都なりの言葉で師に説明をするのが日課だった。
 時折鋭い質問が飛び、答えにつまると「明日までに調べておきなさい」と言われる。決してその場で答えを教えてくれない。でも都が書物を広げながら苦戦しているとヒントを教えてくれた。
 答えが誤っていても怒ったりはしない。都なりに調べ考えたことをまず褒め、その後何が違うのか説明してくれる。
 先生の意地悪、と思ったこともある。最初から答えを教えてくれれば調べるための時間を他の勉強に充てることができるのに……と。幼い都にとって医療の世界は果てなく広く――それは今も同じだが――いくら時間があっても足りないと焦っていたのだ。
「今とある女の子に医学を教えているんです」
 だが自分で調べ、考えることがいかに重要か今になりわかる。人に教えるようになりなおこのこと。
「あら、都ちゃんもとうとうお弟子さんを取るようになったのね」
 からかうような師に「私の方が教えられることばかりです」と都。本当にそうだ。教えるというのは同じくらい自分も学ぶこと。
 何もできなかったと泣いた少女が歩み始めた道。その手助けになればと思う。かつて己の無力さを嘆き医者を志した自分にとって導となってくれた師のように。

 風邪の老婆、腰痛の男性、久々に戻って来た都に顔見知り達は驚きながらも会えたことを喜んでくれた。
「せんせい、せんせい!!」
 倒れた材木に足を挟まれ怪我を負った職人の治療が終えた頃、泣きじゃくる幼子を抱えた少女が必死の形相で飛び込んできた。
 妹が転んで頭を打ってしまったらしい。
 都は手早く幼子の状態を確認する。たん瘤以外は手足に擦り傷。都は消毒を済ませると、たん瘤に冷水で浸した布を宛がう。
 中々泣き止まない妹に少女が不安気な表情を浮かべた。
「泣いている子どこかな? ここかな? そこかな?」
 古い人形を手に取って机の下を覗いたり、引き出しを開けてみたり。泣きながらも目で追い始める幼子の顔のまえに人形を持って行く。
「あぁ、こんなところにいたわ。まあ、大きなたん瘤。痛いの、痛いの飛んでけ〜……」
 くるくる回り、目を回してコミカルな仕草で倒れた人形に幼子が笑い声を上げた。姉も強張っている表情を崩す。
 「今度お母さんに頼んでお友達つくってもらうねー」と手を振る終いを見送った後、師が二人の母の名を教えてくれた。
 その名に都は人形を見つめる。この人形はその人と作ったものだ。

 都が漸く治療器具の消毒を任された頃。歪虚に襲われた同じ年頃の少女が運び込まれた。
 歪虚の毒で腫れ上がった少女の利き腕。毒のどす黒い紫が徐々に広がって行く。
 腕を切断する――師の判断は早い。
 両親は解毒の呪文を使える誰かを探せばと食い下がる。大人顔負けの裁縫上手な少女だった。そんな子が利き腕を失えば――都ですらそう思ったのだから両親の嘆きは当然のことだったのだろう。
 だが……。時間が無い、娘さんの命を第一に考えて欲しい――毅然とした態度で師は重ねて両親に告げた。躊躇う素振りも揺らぐ様子も見せずに。
 少女は一命を取り留めたが腕を失った悲しみはとても深く、苦しそうに悔しそうに涙を流す前に都はかける言葉を失ってしまう。胸の奥が痛くなり一緒に泣いてしまいそうになったのだ。
 その時だ。しゃんと背筋を伸ばしなさい――都の背を師が軽く叩く。医師が不安や動揺をみせてはならない、と。
 その後、もう一度縫物がしたいという少女と都は向き合った。拙くはあったが道具を工夫してみたり。最初は以前のように縫う事ができないことに癇癪を起していた少女も都の頑張りに応え少しずつ練習を重ね、そして二人で人形を作り上げた。
 可哀想だと共に泣く優しさだけでは医師は務まらないこと、医師として患者に寄り添う事――そう言った事も師の元で学んだ。 師が見せてくれた医師としての姿勢は心の内で都をいつも支えてくれる。患者にとっても自分にとっても辛い判断を下さなくてはいけなくなった時も。

「休憩にしましょう」
 お茶を淹れるという弟子を制した師は給湯室へと向かう。
 棚から取り出したティーカップは修行することとなった都のために購入したものだ。
「あんなに幼かった子がねぇ……」
 職人の足に刺さった材木の破片を取り除き縫合する手際は見事なものだった。どれだけ場数をこなしてきたことか。
 それはハンターとして危険な戦場にも赴いているということだろう。
 弟子が医師として活躍するのは誇らしくもある。だが……。
 カップに注がれる茶に幼い都の顔が浮かぶ。
 危険な事をしてほしくない、と思ってしまう自分もいる。
「都ちゃんには言えないけど……ね」
 漏れる苦笑。
 養母に連れられやって来た小さな少女。医師になりたいと小さな手をぎゅっと握り一生懸命言葉を紡ぐ。
 最初は断るつもりだった。医療の道は険しい。もう少し大人になりそれでもと思うなら、と。
 「お願いします」此方を見つめる双眸に浮かぶ不安や緊張。それでも決して逸らさない、まっすぐで真摯な視線。
 お姫様に、お菓子屋さんに――幼い憧れとは違う確固たる意志。
 あどけない少女の内に宿る想いの強さに引き受けることにした。
 後にも先にもたった一人の弟子――毎日が試行錯誤の連続。
 診察室で薬品を片付けている都をみやる。
(そういえば……)
 弟子が旅立った後、此処がとても広く見えたことを思い出した。

 翌日、別れ際都は師からノートを渡される。
「都ちゃんの業務日誌よ」
 実際は一日の出来事をまとめた日記のようなものであったが。
「教えているという女の子に見せてあげて。貴女の先生も最初の内はこんなにたくさん失敗したのよって」
 茶目っ気たっぷりに笑う師に都は「先生!」と困ったように眉を寄せた。
「今度その子も、同僚さんも連れていらっしゃいな」
「子供時代の失敗談は内緒にしてくださいね」
「さあ、どうしようかしら?」
 歩き出した都は十字路に至って振り返る。まだ師が立っていた。
 二年前、西方へ旅立つ時も師はずっと都を見送ってくれていた。
 自分の背を見守ってくれる温かな視線。思えば常にそうだ。振り返ると師が見守ってくれている。

「西方へ行き新たな医療を学びたいと思います。そして故郷へ戻り、より多くの人を救いたいと」
 自身の決意を告げた都に師は「都ちゃんならできるわ」そう言って背を押してくれたのだ。
 優しい声だった。厳しい師ではなく慈しむ母のような……。

 私は先生の教え子として――……

 多くの人を救える医師になります。
 渡されたノートを胸に抱いて心の中で師に誓う。

「行ってきます」
 大きく手を振れば師も振り返してくれた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1140 / 志鷹 都 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます、桐崎です。

師と弟子のお話しいかがだったでしょうか?
都さんが師から受け継いだものはきっと都さんの教え子に受け継がれ、
そうして続いていくのだろうなぁと思いながら執筆いたしました。

気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
WTアナザーストーリーノベル(特別編) -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2017年12月19日

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