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『サイコ・モンスター』
フェイト・−8636


 私の父が殺された。何年も前の事だ。
 刑事で、良くも悪くも体育会系の人物だった。警察柔道選手権で優勝経験があり、薬物中毒者を思いきり路面に叩き付けて問題になった事もある。
 家でも、しょっちゅう酔っ払っては下ネタを披露し、娘の私を辟易させてくれたものだ。
 そんな父が、殺された。
 片腕のサイクロプス。
 未だに捕まっていない犯人が、ネット上ではそう呼ばれている。私の父親以外にも、大勢の人を殺しているという。
 ホームレスの男性が、公園で殺されていた事もある。
 都内の交差点に、女性の生首が転がっていた事もある。
 小学生の女の子が行方不明となり、一部分ずつホルマリン漬けとなって家族に送りつけられた事もある。
 そんな事件が起こる度に、片腕のサイクロプスが芝居がかった犯行声明を出し、世間を大いに騒がせた。
 捕まっていない犯人ではあるが、その容姿に関しては何故だか、ある程度の情報が噂として流れている。
 まず、30歳前後の男である事。右目と右腕が無く、そのために『片腕のサイクロプス』と呼ばれている事。
 殺人鬼を英雄視する輩が、世の中には一定数いる。
 そういった連中に崇拝されている男が今、私の眼の前で笑っている。
「あん時のメスガキがよぉ、今は食べ頃のJK? たまんねーなぁあ」
 年齢は20代後半。右目にはアイパッチが被さり、右腕は金属製の義手。
 噂通りの姿をした『片腕のサイクロプス』が、私に迫り寄って来る。
 父がこの男に殺された時、私も実は現場に居合わせた。
 幼かった私には、犯人の姿が、得体の知れぬ怪物にしか見えなかったものだ。
 長らく、悪夢のような幻影であった怪物が今、私の目の前で醜悪な実体となっている。
「小学生のメスをよぉ、バラして漬けた事もあるけどよォー。今日はもうちっと美味しそーにぃ育ったカラダをよおぉギへへへへ、ああああオメーの親父も手足ちょん切るくれえで生かしときゃ良かったぜえ! 動けねえ親父の目の前でよ、おめえをよおおおお!」
「嫌……やめて……」
 私は怯えるしかなかった。手足を縛られ、動けない。弱々しく罵るのが精一杯だ。
「悪魔……ひ、人殺し……」
「殺すだけで済むわきゃあねーだろぉがあああああ!?」
 殺人鬼の絶叫と、私の悲鳴とが、ビルの中に寒々しく反響した。


 念動力で、空を飛ぶ事は出来ない。落下速度を軽減するのが関の山だ。
 15階建のビルの屋上から、4階建の雑居ビルの屋上へと、フェイトは飛び降りて着地していた。冬の夜風が黒のコートをはためかせ、まるでカラスかコウモリの翼のようではある。
 雑居ビルと言っても、今は誰も入っていない。ほぼ廃屋だ。
 連続殺人犯『片腕のサイクロプス』が、ここを根城にしているらしいという事を突き止めたのは、フェイトの上司である1人の『探偵』だ。この探偵というのは『片腕のサイクロプス』と同じく、呼び名でしかない。それは『フェイト』も同様ではあるが。
 屋上からの侵入は、その探偵の指示である。ビル正面からの突入は殺人犯に気付かれる、というのが理由だ。
「だからって、屋上からか……」
 フェイトは苦笑したが、笑っている場合でもない。高校生の女の子が1人、このビルの近辺で行方不明になった、という情報もある。
 殺人鬼『片腕のサイクロプス』が、このビル内のどこに潜んでいるのか。まずは、それを探り出す必要があった。
 サングラスの内側で、フェイトは両眼を緑色に発光させた。この目は、精神あるものの存在を見抜く事が出来る。
 サイコネクション。本来は、対象と精神を同調させる能力だ。使い方次第では、洗脳に近い事も不可能ではない。
 だが直後。フェイトの方が、洗脳に近い状態に陥っていた。
「ぐっ……な、何だ……これは……ッ!」
 ビルの屋上が、ビル街の夜景が、ぐにゃりと変化してゆく。
 そこは砂漠、深海、宇宙空間のようでもあった。宗教画に描かれる地獄の光景、にも見える。
 恐ろしい怪物が、いつの間にかフェイトの傍にいた。囁きかけてくる。
「俺の心の中なんざぁ……うっかり覗き見るから、こうなるんだぜ?」
 恐ろしい、おぞましい、禍々しい。そんなふうにしか表現出来ない、よくわからぬ姿をした怪物が、襲いかかって来た。
 鉤爪か、牙か、触手か、あるいは手持ちの刃物か。判然としないものを、フェイトは辛うじてかわした。
 かわしながら、左右2丁の拳銃を構える。
「あんたが……片腕の、サイクロプス……?」
「さぁてなあ!」
 名乗りもせずに怪物が、フェイトに斬りかかる。あるいは食らいつこうとする。
 触手による殴打のようでもある一撃を、フェイトは拳銃で受け流した。
 左右の拳銃を粉砕してしまいかねない、凄まじく重い手応えが、立て続けにフェイトの両手を襲う。
「このっ……」
 それに耐えて、フェイトは引き金を引いた。
 銃弾の嵐が、怪物のおぞましい姿を粉砕した。
 粉砕されたはずの怪物がしかし次の瞬間、フェイトの背後にいた。いや右か、それとも左か。
 目視・判別し難い攻撃が、あらゆる方向から襲いかかって来る。
「ほらぁこっちこっち! 手の鳴る方へってヤツだあ!」
 愉しげな怪物の声に合わせて、フェイトの全身が裂けた。黒いスーツがちぎれ、血飛沫が舞い散る。
 致命傷を、フェイトは辛うじて避けていた。血まみれの身体が、暴風に煽られる木の葉のように頼りなく翻り続ける。弱々しい、回避の舞い。
「……やるなぁ、てめえ。身体が勝手に動くレベルに達してやがる」
 牙か爪か触手か武器か、よくわからぬものでフェイトを切り刻みにかかりながら、怪物が笑う。
「殺し合いの中で、生きてきた奴の動きだ。おめえよぉ、今まで一体何人殺してきた?」
「数えちゃいない……あんたほどじゃないと思うよ」
 フェイトの顔面で、サングラスが砕け散った。眉間の辺りが薄く裂け、微量の鮮血が散った。
「一体……どれだけ人を殺せば、心が……こんなふうに……ッ!」
 もはや表記・形容の不可能な光景が、周囲に広がっている。
 そんな世界でフェイトは今、よくわからぬ姿をした怪物と戦っているのだ。
 悲鳴が、聞こえた。
「やめて……やめて! やめてええええええっ!」
 女の子の悲鳴だった。いや、悲鳴と言うより。
「助けてくれたの! その人は、私を助けてくれたのよ!」
「何を……うっ」
 サイコネクションが、ようやく解除されつつある。
 よくわからぬ世界が、ビル街の夜景に戻ってゆく。
 屋上の出入り口に半ば身を隠したまま、その少女は叫んでいた。怪物に向かってだ。
「あなたは、私を助けてくれた……でも、だけど……」
「……おめえの親父は強かったぜ。あんなクソゴミに、殺せるワケがねえだろ」
 フェイトの目に、血が流れ込んだ。いまや謎めいた怪物ではない『片腕のサイクロプス』の姿が、よく見えない。
「IO2の坊や、おめえも……強ぇな。だから俺が殺す。それまで死ぬなよ? じゃあな!」
「おい、待て……」
「そうはいかねえ。実は俺も今、おめえに撃たれて死にかけてるからよ……」
 フェイトが流血を拭った時、『片腕のサイクロプス』の姿は、そこにはなかった。
 屋上フェンスの近くに、血痕が残っている。
 死にかけているはずの男がしかし屋上から飛び降り、逃げ去ったようであった。


 ビルの2階の一室で、その男は死んでいた。腹を裂かれ、中身を引きずり出されている。
 別に潰れているわけでもない右目をアイパッチで覆い、右腕には針金やら金属片やらを巻き付けて義手に見せかけた男。
「あの男は、私を助けてくれました……だけど、私の父を殺したんです……」
 少女が呻く。
「私……やっぱり、許せません……! でも、私を助けてくれて……」
「……あいつは、あんたを助けたわけじゃあないよ」
 フェイトは言った。軽々しい仇討ちの約束など出来るわけはないが、はっきり言える事はある。
「片腕のサイクロプスは、ただ偽物が許せなかっただけだ」

 
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登場人物一覧
【8636/フェイト/男/22歳/IO2エージェント】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年12月21日

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