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『キャンディー・ドラゴン・ガール』
ファルス・ティレイラ3733


 スライムにも似た半液体状のガラスを、バーナーで炙りながら回転させたりこね回したりしている様は、キャンディーを作っているようであり、餅を焼いているようでもあって、ファルス・ティレイラは思わずよだれを垂らしてしまった。
「ああ食べちゃ駄目よ? お口を火傷くらいじゃ済まないからね……竜族の子なら、平気かな?」
「いえ……そんな事、ないと思いまふ」
 よだれを啜りながらもティレは、軟体状のガラスがとろりと引き伸ばされてゆく様を見守った。
(ああん、ますます飴ちゃんみたい……)
 ティレがそんな事を思っている間にも、まるで蕩けたソフトキャンディーのようであったガラスが、ちぎれる事なく捻れたり重なったりしながら、何輪もの薔薇の花を形作ってゆく。この工房の主である、女性ガラス職人の手によって。
 やがて、ガラス製の花束が出現した。ティレは手を叩き、叫んでいた。
「すごーい!」
「ふふっ、ありがとう。でもね、これだけ手間をかけて作った物でも……1つとか2つじゃ、大してお金にならないのよね」
 女職人が、寂しげに言った。芸術を職業にしてしまった場合、必ず直面する問題なのであろう。
「やっぱり商売をしようと思ったらね、どこかで大量生産方式に舵を切らなきゃいけないわけで……作ったのが、これなんだけど」
 真鍮製と思われる、悪魔の像であった。
 醜悪だがどこか愛嬌のある、カエルに似た真鍮製の悪魔が、ゆったりとくつろぎながら煙管を咥えている。
 女職人がその悪魔の頭を撫でると、煙管の先端から煙、ではなくシャボン玉が現れ、浮かんだ。一見、シャボン玉である。
 近くに置いてあった花籠の中から薔薇を一輪、女職人は手に取って、そのシャボン玉の中に放り込んだ。
 シャボン玉に似た、恐らく何かしらの魔法的な物質が、縮んでゆく。そして、内包された薔薇に密着してゆく。
「……と、いう感じにね」
 女職人が、魔法物質にピッタリと包み込まれた薔薇を片手で受け止める。
 それは、ガラス細工の薔薇であった。
「これは魔法の物質変換装置……私の工芸技術を全て入力してあるから、こんなふうに簡単に、生花をガラスの造花に変える事が出来る。工芸品とは言えないけれど、こんなものにお金を払ってくれる人もいるからね」
 ガラス細工の製作と展示レンタル。それが、彼女の収入源なのだ。
「と言うわけでティレさん。この花籠の中にあるもの全部、ガラスに変えちゃって欲しいのよ。こいつの頭を撫でてやれば、物質変換の魔法球膜が出て来るから……私ちょっと、クライアントとの打ち合わせに行かなきゃなんないのよね」
「わかりました、お任せ下さい!」
 ティレは敬礼をした。
 近年、魔法芸術界で時の人となりつつある女職人である。
 比べてちっぽけなものであるにせよ自分ファルス・ティレイラも、何でも屋として名前が売れつつある。時の人から、こうして仕事をもらえるようになった。
(誰でも出来るような仕事しか出来ない……何でも屋さん、だけどね)
 自嘲しつつティレは、真鍮の悪魔像をさわさわと撫でた。
 女職人は、すでに出かけた。
「手に職持ってる女の人って、かっこいいなあ……」
 ぼんやりと呟きながらティレは、次々と発生するシャボン玉状の魔法球膜の中に、花籠の中の薔薇をことごとく放り込んでいった。
「あの人みたいに、それに……お姉様みたいに、私もなりたい。どうすれば、なれるんだろ……」
 空中で生じたガラスの薔薇を、落下が始まる前に手に取って卓上に安置する。ひたすら、それを繰り返すだけの作業である。
 それだけで見事なガラスの花束を造り出せる装置を、あの女職人は発明したのだ。
 これの特許か何かで大金を稼げるのではないか、とティレは思わない事もない。
 それほどの技芸を、自分が今から身につける事は出来るのだろうか、とも。
「同じ事やったって、駄目なのよね……」
 貴女自身にしか出来ない事を見つけなさい。
 師匠と仰ぐ、とある女性に、そう言われた事がある。
「私にしか出来ない事……今は、この何でも屋さんをしっかり勤めるしかないのよね。きっと」
 悪魔の煙管が一際、巨大な球膜を膨らませている。
 考え事をしながら、悪魔像を撫でていた。撫でる回数が、いささか多過ぎたのかも知れない。
「っと……こ、これ、どうしたら……きゃあっ」
 翼を生やし、逃げようとするティレであったが、その翼がぱたぱたと空しく羽ばたくだけで身体が前にも上にも進んで行かない。
 尻尾の先端に、ひんやりとした妙な感触があり、それが尻尾全体に広がってゆく。尻尾のみならず、両足をも包み込む。
 巨大な球膜が、ティレの下半身を呑み込んでいた。
 まるで大蛇に足から丸呑みされるが如くティレは、やがて上半身、じたばたと暴れる両手の、可愛らしい指先に至るまで、魔法球膜に包まれていった。
(お姉様……!)
 悲鳴を上げようとするが、声が出ない。いや出たのかも知れないが、聞いている者などいない。
 球状の魔法膜が、やがて急速に縮み萎んでくる。
 魔力の薄膜がティレの、艶やかな尻尾を包み込む。白桃を思わせる尻に、柔らかく引き締まった左右の太股に、密着する。健やかにくびれた胴をさらに引き締め、愛らしい胸の膨らみをピッタリと圧迫する。
 膜を成していた魔力が、ティレの全身各所に溶け込んで来る。
 痛みはない、苦しみもない。むしろ、それは快楽ですらある。
 おかしな声が漏れてしまうのを、ティレは止められなかった。
 先程あの女職人によって鮮やかに加工されていたガラスと、今の自分は、同じようなものだ。ティレは、そう思った。
(私、今……こね回されてる、キャンディーみたい……)
 出来立ての菓子にも勝る甘美さが、ティレの心を蕩かしていった。


「……ごめんね。こういう展開、全然期待してなかったわけじゃあないのよ」
 工房の中央に出現していた大型のガラス細工を、女職人はそっと撫でた。
 竜族の少女の、等身大のガラス像。
 二の腕や脇腹の、瑞々しい曲線もさる事ながら。尻尾の、跳ね方とうねり具合が実に素晴らしい。
「貴女しょっちゅう、こういう目に遭っているドジっ娘ちゃんだって聞いてたから……うふふ、大丈夫。もちろん元に戻してあげるし、お支払いも割増してあげる。その前に、ちょっとしたパーティーに出てもらうね」
 今の自分の技術では、このガラス像を一から作り上げる事は不可能だ、と女職人は思った。


 いわゆるセレブと呼ばれる人々の集まるパーティー、であるようだ。
 会場の中心に配置されたオブジェに、出席者たちが歓声を上げて群がっている。
 ガラスの女人像であった。じたばたと可愛らしく暴れる竜族の少女の姿が、実に見事に造形されている。
 美術品の類は見慣れているはずの人々が、まるで初めて恐竜化石を見学する小学生のように注目してしまうほどの出来栄えである。
 そんなガラスの少女像を、いくらか離れた所から見つめている、1人の女性がいた。
「ティレを勝手に……まあ、誰の仕業なのかは見当がつくわ」
 重要な取引先の1人、ではあるのだが。
「ビジネス抜きの……ちょっと私的なお話し合いをする必要が、ありそうね」
 女性の優美な背中から魔力が噴出し、竜の翼の形に燃え上がった。 


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登場人物一覧
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15歳/配達屋さん(何でも屋さん)】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年12月22日

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