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『音を重ねて 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001)&氷鏡 六花aa4969)&アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001)&ナイチンゲールaa4840)&迫間 央aa1445)&墓場鳥aa4840hero001)&マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001)&藤咲 仁菜aa3237)&リオン クロフォードaa3237hero001
「じゃあ、行くよ!」
 木通花の簪でまとめた紫髪を弾ませて、不知火あけびは腰を据える。
「……そんな気合、いらないだろ」
 ツッコんだのは彼女のパートナー、日暮仙寿だ。
「えー、だってクリスマス商戦だよ!? 負けてらんないってば!」
 日暮邸より徒歩20分の向こうにある大型スーパー。繰り返しクリスマスソングが流れる店内は今、かなり深刻に殺気だっているのだった。
 ちなみに今日、日暮邸ではエージェントが集ってのクリスマスパーティーが開催される。ここに来たのは食材の仕入れのためである。ゆえに、負けられない。
「とりあえず俺は飲み物を仕入れてこようか。大人用と未成年用……そういえばリオン君とあけびさんはお酒、興味あるの?」
 一同の最後尾から迫間 央が訊く。いつになく口調がくだけているのは、道行きを共にする全員が顔見知りであるからだ。
「俺はっ! それはまあ、いくらでも飲めるよ? えっと、多分」
 幼さの丸みを残す顔を引き攣らせ、リオン クロフォードがごにょごにょ。男子としてのプライドは疼きつつも、意地を張り通せるほどの自信はないといったところか。
「私は嗜むくらい? 忍もサムライも禅に通じますし。般若湯はまあ、ありますよねー」
 対してあけびは余裕である。前の世界にそのほとんどを置いてきた記憶によるものなのか、それとも単純に酒豪なのか……。
 酒の弱さを自覚する仙寿はどこか悔しげに目を逸らす。
「飲むにしても量は考えろよ」
 固い声で言い置き、人波に踏み入った。
「あ、仙寿様待ってってば!」
「うわ、埋まる埋まる! もうちょっとゆっくり!」
 あけびとリオンがあわてて駆け出す様を見やり、墓場鳥は静かに息をついた。
「諸人こぞりて、か。さて、そちらの手は足りるか?」
 その玲瓏さに加えて薄手のコートからのぞく肌の青白さ、人目を惹かずにはいられない。ちらちらと向けられる視線は小首を傾げてやり過ごし、彼女は央に問う。
「せいぜい大人の甲斐性を見せるさ。こちらは気にしなくていい、サポートしてやってくれ」
「心得た」
 墓場鳥が未成年組を追って歩き出す。
 その身を包む冴えた気は、けして人好きのするものではなかったが……人々の熱気にあてられ、やわらかく溶け出していくように思えた。
 このように景色へ紛れ、歓喜の一部を為す。悪くはないな。

 墓場鳥を見送った央は視線を巡らせて人の流れを読み、その身をすべり込ませた。
『さっきのも、甲斐性?』
 幻想蝶の内よりマイヤ サーアが細く問いかけた。
 彼女はしっかりと見ていたのだ。央が仙寿の財布をすり取り、少なくない枚数の札をねじ込んだのを。
「偉そうに「このカネを使いたまえ」ってのは野暮だろう? まあ、俺はボーナスが出る身分だし、多少はな」
 なんでもない口調で言い、冷蔵庫に収められたスパークリングワインを物色していく。大人用には普通のものを、未成年用にはノンアルコールのものを。
「ぬるくならないうちに帰れるかだが……外はともかく店内にいる間が問題だな」
『幻想蝶に入れておけばいいじゃない。倒れないように押さえておくわ。飲み物は少し余るくらい……ワタシの座れる場所が残ればいいから』

 未成年組は姦しい。
「薄力粉とバニラエッセンス、あとバターの無塩ってこれでいいんだよな!?」
 喧噪に負けないよう声を張るリオン。前世界ではやんごとなき身の上であったらしい彼は、武技や各種マナーについては十全に修めていたが、生活能力は皆無なのだった。
 とはいえ渡された買い物リストをいちいちスマホで検索し、自分が手にとったそれが正しいかどうかを確認しながらカゴに収めてきたあたり、意外に生真面目でもあるようだ。それはパートナーである仁菜への気づかいを考えても、間違ってはいないのだろう。
「野菜は俺のほうで確保した! あとはあけびか――」
 背の低いリオンをかばい、人混みをかきわけて仙寿は鮮魚コーナーへ向かう。
 と、後ろから押し寄せる人を墓場鳥という名の盾でしのぎつつ、鮪の横顔と向き合うあけびの背が見えた。
「あけび」
「ちょっと待って! 魚の善し悪しは眼で決まるんだから……」
 墓場鳥は小さく肩をすくめてみせる。
 大抵のことはそつなくこなす彼女だが、鮭の眼の善し悪しにまでは通じていない。
「一本買いするつもりか? さすがに量が多すぎるだろう」
 仙寿の苦い声を、あけびが背中で弾き飛ばした。
「余ったら焼いたり煮たりすればいいんだよ。明日も明後日も鮭づくしになっちゃうけど」
 仙寿は目をしばたたき、ふと笑んだ。
 ああ、そうか。そうだな。今日、世界が終わるわけじゃない。明日もおまえは俺と同じ食卓を囲んで……その次の日も、また次の日も。
 そんなふたりから、リオンは礼儀正しく目を逸らし、墓場鳥はやわらかく目を伏せた。


 一方、日暮邸では飾りつけと料理の下準備が進められていた。
「……ん、オーブンの、余熱、したほうが、いいかな」
 古式ゆかしくありながらもモダンに整えられたキッチンからひょこっと顔を出し、氷鏡 六花がパートナーであるアルヴィナ・ヴェラスネーシュカへ声をかけた。
「連絡が来てからでいいわよ。熱くなるし」
 アルヴィナは氷雪を司る冬の女神。熱と火は天敵だ。
 眉根をしかめてかぶりを振り振り、彼女はリビングの一角に置かれたクリスマスツリーに息を吹きかけた。するとそれはたちまち結晶となり、ツリーを飾りたてる。女神の気を宿した白雪、そうそう簡単に溶けたりはしない。
「今日が終わったら森に送り届けるからね」
 このツリーは作り物ではない。シルバーファーと呼ばれる針葉樹の幼木で、アルヴィナが今朝方北欧から連れてきた。
「ちょっと、だけでも、準備、しておかなくちゃ」
 わたわた六花がキッチンに引っ込んでいった。
 表情も行動も、楽しいことを待ちきれない子どもそのもので、アルヴィナは思わず笑みをこぼす。
 六花は今、いろいろな人と出逢い、世界を大きく拡げつつあった。アルヴィナとしては少し寂しいけれど、それ以上にうれしくて。
「お礼を言わなくちゃね。みんなに」
 と。キッチンから藤咲 仁菜のかわいらしい声が飛びだしてきた。
「六花ちゃん、作業台に新聞紙敷こう! 粉ふるい使うと小麦粉飛んじゃうかも!」

 仁菜は六花とふたりで個人宅とは思えないほど広い作業台に新聞紙を敷き、ひとつずつボウルを置いて確認。これはケーキの生地用、それはクリーム用、あれはハンバーグ用。
「よし、完璧――って、忘れてた」
 キッチンの入り口にぺしりと『リオン立ち入り禁止』と書きつけた紙を貼り、今度こそ息をついた。
「あとは焼き物。あ、でも丸焼きとかだとケーキに臭いついちゃう?」
「仙寿さん、帰ってきたら、訊きますか?」
「うん。……まだ準備してるだけなのに、なんだかそわそわしちゃうね」
「六花も、です」
 ふたりで笑い合う。
 今もこんなに楽しいのに、これからもっと楽しくなる。だからそわそわするしかない!
「なにかありましたらすぐお申し付けください。すぐにご用意を」
 ふたりにそっと声をかけたのは、日暮邸の使用人だという女だ。とはいえ目が、身のこなしが、気配が鋭すぎる。
 日暮邸へ着いた六花が大正テイストあふれる屋敷の様子に浮かされ、つい地下へ迷い込みかけた際、どこからともなく現われて止めたのも彼女である。
「ありがとうございます! でも大丈夫だと思います」
「……ん、さっきは、ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げる仁菜と六花へ女は笑みを返し。
「最近、若はよく笑われるようになりました。皆様のおかげさまです妬ましい」
「え?」
「ん?」
「おかげさまですねーと、申し上げただけですそれでは!」
 さかさか去って行く女を見送って、しばし沈黙。
 とりなすように六花が、弱火で保温されている鍋へ鼻先を向けた。
「ん、肉じゃが、いい匂い」
「もっとクリスマスっぽくておしゃれなのがいいかなって思ったんだけど、いちばんおいしいの、食べてほしくて」
 家庭料理が得意な仁菜だから、迷わずこのメニューを選んだ。特別な日になんでもない、でも最高においしいひと品を。
 ここで仁菜のスマホが着信を告げて。
「リオンたち帰ってくるって!」
 こくりとうなずく六花とエプロンの紐を締めなおして、仁菜は戦闘準備を整える。


「仁菜たちが待ってる。急いで戻ろう!」
 リオンが買いだし組を急かして足を速めた。
『央、やっぱり狭いわ』
 幻想蝶の中でボトルを押さえているマイヤの声。
「荷物、外に出して。俺が持つよ」
『一度約束したことは守らなきゃ』
 そして。
「だからワタシが出る。簡単な話よね?」
 突如現われた白いドレス姿の美女に、まわりから視線が殺到する。
 それをあわてて自分の体で遮って、央は困った顔でマイヤを見下ろした。
「みんなが見てる」
「なにか困る?」
「……他の連中に見せたくなくて、俺が困る」
 マイヤはくすりと喉の奥を笑みで鳴らし、央の左腕に腕をからめた。
「買い物袋より軽いでしょう?」
 央はため息を飲み込んで苦笑する。重いのは俺の思いだよ。でも。
 こうしていっしょに歩いてくれるのが、うれしい。
「仙寿様、こういうときはそっと見ないふりが礼儀だよ?」
「そんなのわかってるけどな。合図するにしてももう少しさりげなくしろよ」
 あけびと仙寿が言い合い、リオンと墓場鳥は央とマイヤから逸らした目をそちらからも逸らして、見合ってしまった。
「今日は互いに気疲れする命運にあるようだな」
 墓場鳥の言葉にしみじみうなずき、リオンは礼儀正しく背を伸ばすのだった。


 帰り着いた買いだし組を交え、パーティーの準備が加速した。
「モールをかけるわよ。そこを持って……背伸びできる?」
 アルヴィナに問われたリオンが不敵な笑みを浮かべてサムズアップ。
「ごめん、もうしてるんだ。こうしてみると結構な差だよなぁ」
 リオンはアルヴィナより5センチ低い。そして幼木とはいえシルバーファーは2メートル以上あって……微妙に天辺まで手が届かないのだ。
 まあ、それはともあれなぜだろう。帰ってきてからすぐに鼻メガネを装着しっぱなしなのは。
「すぐに伸びるだろう。私たちを置き去ってな」
 まったく動じる様子なく、モールの端をリオンから受け取って木の上にかける墓場鳥。そのすらりと伸びた手の先を見て、リオンはため息をついた。
「墓場鳥さんを追い越すにはまだまだかかるよ」
 墓場鳥はリオンの男子らしい焦りに薄笑み、台所を差しかけて、手を止めた。
「なんだったら向こうを、と思ったのだが、禁止されているのか」
「あれひどくないか!?」
 くわっとリオンが声をあげた。
 買いだしに行く直前、仁菜から申し渡されたキッチンへの立ち入り禁止令。
『なんで!?』
 抗議したリオンに仁菜は渋い顔で言ったものだ。
『聖夜にケアレイとかクリアレイが活躍しちゃ大変でしょ』
『大丈夫だよ! 俺だって鍋かきまぜたりボウルかきまぜたりくらいできるしー』
『大丈夫じゃないよ』
 他する仁菜の声音は、恐ろしいほど冷たかった。
『私が生命適性じゃなかったら……逝ってたよ?』
 ただでさえ生活能力のないリオンだが、その中でも料理技能は特にひどい。皆無ならまだいい、害悪レベルなのだ。
 おおよその説明を聞いたアルヴィナは、無言を貫く墓場鳥に代わってそっとかぶりを振り、リオンに告げた。
「モールから手を離さないで。あなたに泡立て器を装備する適性、ないみたいだから」

「薄力粉120グラムに砂糖120グラム、無塩バター40グラム、卵はMサイズを4つ……これでいい」
 慎重な仙寿にしてはざっくり計量を終えたスポンジケーキの材料が並べられた。
「混ぜるよー」
 あけびが電動泡立て器で卵と砂糖を混ぜ、湯煎で温めた後に常温で泡立てた。
 そしていい感じに固まったところで六花にボウルを渡す。
「ん、ふるいます」
 薄力粉をふるいにかけながらそのボウルに加え、木べらで切るように混ぜていく。
 混ざりきったところで、仁菜が湯煎して溶かしたバターをたらり。
「六花ちゃん、よろしくね」
 六花がバターを混ぜ込んだ生地を今度は仙寿がボウルごと受け取って型に流し込み、余熱したオーブンへ。
「生クリームは俺がやろう。六花はオーブンの時間を計ってくれるか?」
「……はい」
 心なしか赤らんだ顔をうなずかせる六花。
 仁菜は胸の内で六花ちゃんってもしかして……などとつぶやきつつ、食べやすくミニサイズにまとめたハンバーグ生地を、消毒して油を塗った両手の間を行き来させる。
 その向こうであけびは小振りな鮭の頭を落とし、万能包丁で三枚におろしていた。迷いなく脂の乗った身へ刃をすべらせ、薄切りを量産する。
「あけびさん、ソースってオリーブオイルとレモンと塩?」
 仁菜の問いにあけびが背中で返事をした。
「あと黒胡椒粗挽きでっ!」

 皆の奮戦をそっとのぞきこんだりながめたりしていた央が、マイヤの待つソファに戻ってきた。
「手伝うんじゃなかったの?」
「隙がない。だから甘えることにするさ」
 帰り道、仙寿とあけびに言われたのだ。足してもらった分で分担は充分果たしてもらった。準備ができるまで、マイヤと休んでてくれと。
 買いだし組もそれにうなずいたし、待っていた組も央の負担分で豪華になった食材を見て賛同した。
「後からとはいえ気づくんだから、成長してるな」
 シャドウルーカーとしてずいぶん先輩のつもりではあったが、仙寿たちもまた驚くほどの勢いで追いかけてきている。
「追いつかれそう?」
「引退した後にな」
 後輩の成長を見守る大人気と、後輩に追いつかせないまま現役を終えると言い切る意外な子供っぽさ。マイヤは央の矛盾に笑みを向け、炭酸水を満たしたグラスを傾けた。このままほろ酔ってしまうのもいいが、どうせなら央と自分を囲む皆の顔がそろうまで、楽しみは取っておきたい。
「ふぅ、私にも冷たいのをちょうだい」
 ツリーの飾りつけを終えたアルヴィナがソファに腰を下ろす。少しでもキッチンの暖気から遠ざかりたいようだ。
 その一方、リオンは未練がましくキッチンの中をのぞきこんでは仁菜の目線を食らって顔を引っ込めを繰り返す。
 そして墓場鳥はスマホを取り出し、未だ姿を見せないパートナー、ナイチンゲールからの着信がないかを確かめていた。
「いったいどこに隠れているのやら」
 パートナーが遅れてくることは皆へ伝えてある。
 しかし、彼女にもナイチンゲールがどこにいるものかは知れなかった。

 ナイチンゲールは冬の街にひとり、ゆっくりと歩を進めていた。
 思いもしなかったのだ。こんな自分が、友人に誘われて同じ時間を過ごすなんて。それがどうにも信じられなくて……信じられないのは友人の心ではなく、喜びにとまどい、背を向けてしまいたくなる自分の心だとわかっていて……でも。
 とまどいも弱さも全部ここに置き去って、うれしい気持ちだけを連れて行こう。
 目元に迫り上がる揺らぎを指先で払い、彼女は次の一歩を強く踏み出した。


「僭越ですが音頭を取らせていただきますっ。メリークリスマスー」
 あけびが中央に差し出したグラスへ、皆のグラスが集まり、チリチリと高い音をたてた。
「メリー、クリスマス」
 遅れて到着したナイチンゲールがはにかみながら応える。
「気分だけだけど、乾杯だね」
 仁菜があらためてリオンとグラスを合わせ、ノンアルコールスパークリングワインを舌の上で転がした。甘く弾ける炭酸の感触が心地いい。
「乾杯は乾杯だろ。酒じゃなくてもさ」
 リオンは大きくグラスを傾け、思わぬ刺激に顔をしかめた。
「っていうか、リオンその鼻メガネ……」
 あけびを途中で止めたのは仁菜。あけびさんの言いたいことはわかってるけど、っていうかわかりすぎてるけど。宴会はこれだって思い込んでて言ってもムダだから、そっとしておいてあげて。
 そんなリオンの背をなでてやりつつ、仙寿はグラスを見下ろした。
「あと3年で、少しは強くなるものかな」
 こちらは普通のスパークリングワインをマイヤと味わっていた央がかぶりを振ってみせ。
「飲める歳になったら、おいしいと思えるものを飲めばいいさ。酒が飲めるから偉いわけじゃないし、大人が全員酒好きなわけでもない」
 それはわかっている。でも。酒はひとつの象徴だと仙寿は思うのだ。一人前の大人になったことを示す証明書のようなものだと。
 ひとつ歳上の少女は自分よりも一年早く大人になる。それを飲み込んで進んでいるつもりだったが、考え違いだったのかもしれない。
 あけびを見ないようにため息をつく仙寿の姿に、六花は同じようにため息をついた。
 六花が大人になるにはあと十年かかる。絶対追いつけない差が仙寿と自分の間にはあって、そもそも追いつこうと思うことすら自分に許すつもりはない。
 言わないと決めた言葉を炭酸で飲み下し、六花はカルパッチョを自分の口に押し込んだ。
「ん、おいしい」
 あけびの作ってくれた魚料理は最高の味わいだった。少し目に染みるのは、きっと黒胡椒のせい。
 アルヴィナは笑んだまま、そっと六花に寄り添った。その痛みはきっとあなたを大きくしてくれるから。
 と。アルヴィナの反対側から仁菜が六花にぎゅっと身を寄せる。
「たまにはあったかいのもいいよね?」
 リオンがやさしくうなずき、あけびが勢いよくサムズアップ。央、マイヤ、墓場鳥は静かにグラスを傾け、ナイチンゲールはなぜか仁菜の背に抱きついた。
「あ、その、ニーナちゃんが寒いかなって」
「なっちゃんはあったかいよ。うん、すっごく、あったかい」
 そして。あたたかい光景の中で仙寿が笑っていて。
 ……ん、メリークリスマス、です。みなさん。……仙寿さん。

 料理は全員で苦しくなるほど食べても尽きないだけの量があった。
「張り切って仕込み過ぎちゃったかな」
 苦笑するあけびに仙寿が笑みを返し。
「何日かは今日って日を忘れずにすみそうだな」
「だね」
 その横で、マイヤが仁菜に話しかけていた。
「肉じゃが? とてもおいしかったわ。ワタシにも作れるかしら?」
「リオンのこと知ってるから絶対って言えないんですけど……マイヤさん手先起用だから行けると思います!」
 そのときのことを思い、ひっそりと息絶えようとしている央にリオンがブランケットをかけた。
「なんて言えばいいのかわかんないんだけど……央さんだったら回避できるんじゃないかな」
 まあ、仁菜は溢れんばかりの生命力でリオンの料理に耐えきったらしいので、なんとかなるのかもしれない。
「私、おかたづけするね。遅れてきちゃったからそれくらいは……」
「付き合おうか」
 ナイチンゲールと墓場鳥が空いた皿やグラスをキッチンへ運んでいく。
「ん、六花も」
 立ち上がった六花を見送ったアルヴィナはクリスマスツリーを務めてくれているシルバーファーに声をかけた。
「おつかれさま。もう少しだけがんばってね」
 そして。
「プレゼント交換会ーっ」
 あけびの号令で一斉にクラッカーが引き鳴らされ、拍手が弾けた。
「誰になにが当たるかはお楽しみだよ」
 央がシャッフルしたカードを一同へ配る。プレゼントを回してストップ、というのも考えたのだが、なにが当たるかわからないほうがおもしろいだろう。
 果たして全員が、テーブルの上に央が並べたカードを一枚ずつ引いた。
「じゃあ、行くよ」
 リオンの声に合わせ、全員がカードをめくった結果。
「私、マイヤさんのだ!」
 マイヤがあけびへ手渡したのは包丁。
「ワタシが研いだの。切れ味だけは保証するわ」
「角が立ったお刺身、お返ししますね!」
 拳を握るあけびのプレゼントを受け取ったのは六花だ。
「アロマキャンドルだよ。いい匂いするの」
「……ん。うれしい、です」
 火がついていないキャンドルの香りを吸い込む六花。サンダルウッド――白檀の甘い香りはなんとも大人っぽくて、六花はうっとり微笑んでしまう。
「六花のは、ペンギンさん」
 小さな手がナイチンゲールへガラスのドームを乗せる。半球の内に小さなペンギンが立っていて、そのまわりには尽きぬ雪が降り落ちていた。
「ありがとう。大事にするね」
 ドームを胸にそっと抱き、ナイチンゲールが目を閉じた。
 そんなナイチンゲールからのプレゼントはアンティークのオルゴールだった。
「すごい! ほんとにこんな素敵なオルゴールもらっちゃっていいの!?」
 高い声をあげる仁菜にナイチンゲールは微笑みかけて。
「プレートを差し替えるといろんな国の民謡が聞けるんだよ。ニーナちゃんが楽しんでくれたら、うれしい」
 仁菜の大きな包みはアルヴィナへ。
「抱き枕なんです。ぎゅーってすると安心します!」
 ウサギを象ったもこもこの抱き枕に頬を埋めるアルヴィナ。この感触、確かに安心する。彼女はしっとり笑んで。
「南極で凍らないように、寝室を少しだけあたたかくするわ。この抱き心地を損ないたくないものね」
 そしてアルヴィナがリオンに手渡したのは一冊の本。
「いろいろな国のクリスマスにまつわる神話と物語を集めた本よ。よければ寝物語にでも」
「ありがとう! この世界のこともっと知りたいと思ってたから、ほんとにうれしいよ」
 うきうきとページを繰り、見入ってしまいそうになる目を引き剥がして。リオンはお菓子の詰め合わせを墓場鳥へ。
「クリスマスって言えばお菓子とケーキ食べ放題だよな! って、思ったんだけど……」
「いや、ありがたくいただくよ。こう見えてクレ――甘いものも嗜むのでな」
 礼を告げ、包みを幻想蝶へしまい込む。大切なお菓子を欠けさせたり潰したりしてしまわないように、細心の注意を払って。
「つまらないものだが」
 墓場鳥がマイヤに第15のルーンたるエオローを刻んだ守り石を渡す。
「綺麗ね。力を感じる」
 灯にかざせば、その光をしとやかに照り返す。
「友情を象徴するルーンだ。呪歌を聞かせながら磨き上げた。持つ者を――友を救うようにと」
「頼りにさせてもらうわ」
 そして。
「俺と央は交換になるのか」
 仙寿が央に渡したのは茶に染めた革のペンケース。シンプルながらデザインシブルで、選んだ仙寿のセンスを感じさせる。
「職場で使えるものは本当にありがたい。……それからひとつあやまっておくよ。俺のプレゼントは仙寿君専用だったからな。カードに細工をさせてもらった」
 そして仙寿の手に、6個のいちごを詰めた箱が収まった。
「中に練乳が入ってる。いちごミルクならぬミルクいちごだな。この日のために取り寄せたんだ」
「俺は別に――ありがとう。大事に食べさせてもらう」
 あけびの笑顔から気まずそうに目を逸らし、仙寿は央に一礼した。
「歌。友情を、象徴する」
 と。墓場鳥の言葉を繰り返したナイチンゲールが立ち上がり、リビングから庭を見やる。
 察した一同がその後へ続き、いつしか全員、庭へ。
「今日、私はみんなに囲まれて幸せで――その気持ち、どうしても伝えたくて」
 噛み締めるように言い募るナイチンゲールへ応える代わり、央はFantomV1を構えてその音色で彼女の言葉を飾る。
「もともと楽器を演る人間じゃないが、合わせるくらいはね」
 皆がナイチンゲールにやわらかな目を向けていた。
 その視線を背ではなく、正面から受け止めて胸に抱きしめ、少女は音を綴る。
「星と陽と雪と銀と 今宵集う妙」
 仁菜の背をリオンが包む。あいかわらずの鼻メガネで、まるで決まらなかったけれど……仁菜はそっとリオンの腕に抱きついた。
 リオンがいてくれたから私、ここでこんなふうに笑えるんだよ。
「聖の枢に紛れる夢路 こころ温もれば息白く 歌さえ見目に巷遍く」
 アルヴィナが指先を高く掲げると――粉雪がしずしず舞い落ち始めた。
 このパウダースノウは友の歌への彩り。そして、六花と出逢えたあの日の思い出を映した、白。
 六花はアルヴィナを見上げて笑んだ。あのときの雪みたいだね。
「注げ 積れ 饒舌に輝け 瞬く幽く 円に具に」
 粉雪を手に受けたあけび。
 その手に仙寿の手が重なって。
 雪が仙寿の温度で溶けて、冷たさもいつしかぬくもりへと変わっていった。
 あったかいよ、仙寿様。
「刹那の永久の 調の粋の 謐なる由に結ぶ祈りを」
 墓場鳥がナイチンゲールの傍らに立った。いつしかふたりは共鳴し、ひとつの音を成す。
 いっしょに伝えよう/共に告げよう。
 私の思いを/私の思いを。
「今日を迎える喜びを
 ささやかに胸に」
 伴奏を終えた央のとなりにはマイヤがいた。
 過去を失くしたワタシには今しかなくて。でも、この瞬間にも今は積み重なって過去になって、あなたといる時間が未来に繋がっていく。……それがなによりうれしいから、あなたの隣は誰にも譲れないのよ、央。

 マイヤに微笑みかけ、央は不思議な急行列車に乗ってサンタへ逢いに行く少年のお話を元にした映画のテーマ曲を奏で始めた。
 年代物のヴァイオリンを構えた仙寿が、その音色に自らの音色を合わせていく。
「なんだか懐かしいわね」
 冬の情景を感じさせる曲に、アルヴィナがメロディーを後追いで口ずさんだ。
 その音に六花が、仁菜が、リオンが、あけびが、マイヤが音を重ね。ナイチンゲールと墓場鳥が主旋律を担って歌いあげた。
 かくて重なる十の音が星空をやさしく揺らし。
 すべてを包み込んだ夜は静やかに暮れていくのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 17歳 / 守護刀を継ぐ少年】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 18歳 / 闇夜もいつか明ける】
【氷鏡 六花(aa4969) / 女性 / 10歳 / 絶対零度の氷雪華】
【アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001) / 女性 / 18歳 / シベリアの女神】
【ナイチンゲール(aa4840) / 女性 / 20歳 / 殻の中の小夜啼鳥】
【墓場鳥(aa4840hero001) / 女性 / 20歳 / 殻を敲く小夜啼鳥】
【迫間 央(aa1445) / 男性 / 25歳 / 素戔嗚尊】
【マイヤ サーア(aa1445hero001) / 女性 / 26歳 / 奇稲田姫】
【藤咲 仁菜(aa3237) / 女性 / 14歳 / 我ら凍りの嵐を越え】
【リオン クロフォード(aa3237hero001) / 男性 / 14歳 / 共に春光の下へ辿り着く】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 人集いて音重ね、音集いて人を成す。
イベントノベル(パーティ) -
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リンクブレイブ
2017年12月25日

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