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『赤い車を走らせて 』
川内日菜子jb7813

「日菜子ちゃーん」

 やや幼げな明るい声に名前を呼ばれて、川内日菜子は顔をそちらに向けた。
「ああ、春苑。こっちだ」
 微笑みを浮かべつつ片手をあげて、自分を呼んだ少女、春苑佳澄を招き迎える。佳澄の後ろに、二人ほど別の人影が付いてきていた。
「友達というのは、それで全部か?」
「うん。‥‥二人とも、初対面だっけ?」
 佳澄が脇へそれ、二人の姿を日菜子に見せた。一人はツインテールにした金髪の女の子で、サングラスをかけている。もう一人は、何とも形容しがたいが、ごくふつうの二十歳前後の女性、といった外見だった。
 サングラスの子が、ぺこりと頭を下げた。
「‥‥こんにちは」
「ああ。川内だ。今日はよろしくな」
「リュミエチカ。‥‥チカでいい」
 若干おそるおそるといった気配が感じられる。「チカちゃんは人見知りだから、最初は誰でもこんな感じだよ」と佳澄が注釈を入れた。
 一方もう一人。
「どこかで会ったことがあるような‥‥?」
 日菜子は首を傾げた。が、相手は特に取り合わず。
「私は数合わせのモブのようなものですから、お気になさらず」
「モブ子ちゃん(愛称)はコンビニとか斡旋所とか、いろんなところでバイトしてるから、それでじゃないかな?」
 佳澄がここでもフォローした。
「‥‥まあいい。それでは行こうか。車はこっちだ」
 日菜子が先に立って歩き始め、佳澄たちも続いた。

 駐車場に入ると、佳澄がたたっと日菜子の前にでた。きょろきょろと首を動かす。
「あ! あれだよね、日菜子ちゃんの車」
 居並ぶ中で一際目立っている車体を見つけて声をあげる。日菜子は「ああ」と応じた。
 スポーツカーらしい車高が低めのボディは大部分が赤色で、ボンネットの部分だけが黒いツートンカラーになっている。よく手入れされているのだろう、柔らかい午前の日差しを浴びて艶のある輝きを放っていた。

「そうだ、寮母さんからお肉とかもらったんだけど‥‥」
 佳澄が手にしていた袋を持ち上げてみせる。
「トランクとか‥‥あるんだっけ?」
「もちろんあるぞ。荷物は後ろに載せよう」
 佳澄を連れて日菜子が後ろに回る。その間に、リュミエチカはふらふらと後部座席の辺りを漂っていた。
「‥‥取っ手がない」
 ドアは前後に分かれてついているが、後部座席側はつるんとしていてとっかかりがない。
「どうやって開けるの‥‥力づく?」
「断じて違うからな」
 日菜子が飛んできた。今日集まっているのは全員撃退士なので(さらにリュミエチカは悪魔なので)、本当にやられたらドアを破壊されかねない。
「先にフロントドアを開けるとこっちも開けられるんだ、ほら」
「開いた」
 日菜子が開けてやると、リュミエチカは納得したように頷いて後部座席に入っていった。
 モブ子も後ろに乗って、助手席には佳澄が座る。
 最後に日菜子がドライバー席へついた。
「皆、シートベルトはしっかりな」
 そう告げて、エンジンをスタートさせる。計器類に光が入り、日菜子にとっては体に慣れた、心地よい振動が低く伝わる。
 左右を軽く確認しながら、左手でアクセルをローに入れる。
「ドライブにはいい日和だぞ」
 日菜子の言葉に応えるように、愛車はするすると進み出した。

   *

 車は学園島を出て関東に渡る。都市部はすぐに抜け、周囲を田んぼに挟まれた長閑な県道を穏やかに進んでいく。
「乗り心地はどうだ‥‥きつくないか?」
 日菜子が後部座席の二人に声をかけた。
「ごつごつする、けど平気」
「スポーツカーというので時速200キロでぶっ飛ばされたらどうしよう、と思いましたが安全運転なので助かりました」
「サーキットならともかく、公道でそんな走り方はしないさ」
 モブ子の言葉に苦笑混じりで答える。
「この車でレースに出たりするの?」
 サーキットという言葉に反応したのか、佳澄が聞いた。
「いや──というかモータースポーツもスポーツだからな。覚醒者は正式なレースには参加できない」
「あ‥‥そっか」
 覚醒者の数は増加傾向にあるというし、そうした問題もいずれは解決することもあるかも知れないと思いつつ、日菜子は言う。
「走行会になら時々参加しているぞ。競い合う訳じゃないから、覚醒者だろうと関係ないからな」
「車が好きなんだね。‥‥もしかして、卒業したら何かそういう仕事に就いたりするの?」
「ん? ‥‥いや、今のところは撃退士を続けるつもりだぞ」
 日菜子はあっさりと答えた。
 今は大きな戦いが終わったところで、世界は平穏を取り戻したようにも見える。だが目を凝らせばそこここに問題は残っているし、覚醒者が増えれば増えたでまた新たな問題も発生するだろう。
 日菜子の卒業まではまだ数年あるとはいえ、それまでに撃退士という職の需要がなくなってしまうということはないはずだ。
「だが‥‥そうだな」
 人差し指でハンドルをこつん、と叩く。

「クルマや、バイクに関わるような‥‥そんな仕事も、いつか携わる機会があれば、楽しそうだな」

 それはもしかしたら、ずっと先の未来の事かも知れないけれど。



 日菜子の操る赤い車は山道を軽快に駆け上がり、やがて今日の目的地であるとあるキャンプ場に到着した。

「んー、いい空気!」

 助手席を降りた佳澄が、緑に囲まれた風景を一望してお決まりのように背伸びをした。日菜子も軽く腕を回して運転で固まった筋肉をほぐす仕草をすると、後部ドアを開けて後ろの二人も外に出してやる。
「荷物を出したら、受付に行こう。機材の借り出しもあるから、全員で行くぞ」

   *

 四人がバーベキューの準備をしたのは、よく開けた野原のような場所であった。少し風があるが、日差しもあるので寒さはそれほど感じない。
「そう言えば、春苑‥‥」
 炭をコンロにセットしながら、日菜子が問う。
「火の克服は、どうだ? 料理教室に通っていると聞いたが‥‥」
「! え、えーと‥‥」
 佳澄は一瞬だけ体を硬直させた。
「電子レンジとか、オーブンとか、火が直接出ない機械は少し慣れてきたけど‥‥直接火が出るのは、やっぱりまだ、ちょっと‥‥」
「そうか‥‥そう簡単にいくことでもないのだな、やはり」
 日菜子が表情を曇らせると、佳澄は慌てて笑顔を向けた。
「で、でも! ちょっと前のあたしからしたら、すごい進歩だと思うよ。‥‥皆のおかげだよ」
 そう言うと、荷物のそこの方から、プラスチック容器をいくつか取り出していく。
「バーベキューだと、あたしはあんまりお役に立てないから‥‥代わりにおにぎりとサラダ、作ってきたよ!」
 蓋を取ってみせると、きれいな三角形に整えられた塩むすびと、ちぎった葉物野菜に潰したゆで卵やポテトが乗ったサラダが姿を見せた。
「どうかな?」
「ああ、美味しそうじゃないか」
「えへへ、おにぎり握るのは得意技なんだ!」

 その様子に、日菜子は安堵した。トラウマは克服し切れていないけれど、その中で生きていく術を、彼女は身につけつつあるのだ。

 日菜子は佳澄の方を見たまま告げる。
「よし、じゃあ火の管理は私に任せてくれ。春苑は食器の用意なんかを──」
「あっ、日菜子ちゃん、火、火!」
 遮るように、佳澄がこちらを指さし声をあげた。
 何事かと見ると──炭から立ち上がった炎が、日菜子のシャツの裾を炙っていた。
「おっと‥‥」
 火から体を離し、裾の火の粉を左手で払う。
「大丈夫、日菜子ちゃん?」
「ああ──ちょっと裾が焦げたが問題はない」

 撃退士は元々身体が非常に強いので、少々のことでは火傷しないし、してもすぐに回復する。だが日菜子の場合、他者とは少々異なる事情もあるようだ。

「私は元々、熱に強いというか‥‥あまり熱を感じない性質でな」
 それはアウルに覚醒する前から彼女が持っていた性質だった。アウルに目醒めたことでその性質はさらに強化された。彼女の光纏や、多くのスキルが炎に彩られるのも、そうした彼女の先天的な特性に拠るところが大きいのだろう。

「代わりましょうか?」
「いや‥‥大丈夫だ。ここから先は完璧にこなしてみせるさ」
 モブ子の申し出を丁重に断って、日菜子は炭の管理に集中する。
「では、私は野菜を切りましょうか」
「チカは?」
「‥‥では、お肉を串に刺す役で」
「ん。刺す」

 なお、佳澄の寮母さんがくれたお肉はなかなかいい肉だったらしく、肉汁滴るバーベキューは大変に美味だったそうな。



「ふあ‥‥」
 帰り道。赤みが強くなった太陽光を左後ろから浴びて、助手席の佳澄が大きなあくびをした。
「眠かったら、寝てしまってもいいぞ、春苑」
「ん、大丈夫、起きてる‥‥」
 ちなみに後部座席の二人はとっくに夢の中である。

「今日はありがとうね、日菜子ちゃん」
「礼の必要はないぞ。私も楽しかったからな」
 心地よい疲労は、日菜子の体にも確かに宿っていた──が、彼女のやるべきことはまだ残っていた。
 交差点が近づいてくる。左半身で自然とシフトダウンしながら、右手でウインカーを出し、ハンドルを切る。愛車は忠実に彼女の指示に従って車体の向きを変えた。

「また、どこかに行きたいね」
「そうだな‥‥車はまた私が出すから、今度は春苑に弁当を用意してもらうというのもいいかもしれないな」
「う‥‥が、がんばるよ!」


 赤い車は帰りゆく。安全運転で、久遠ヶ原へ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7813/川内 日菜子/女/19/炎のドライバー(安全運転)】
【jz0098/春苑 佳澄/女/13/実年齢は成人済み】
【jz0358/リュミエチカ/女/14/賑やかし要員A】
【NPC/モブ子(愛称)/女/?/賑やかし要員B】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました! みんなでドライブ(&バーベキュー)のお届けです。
二人きりは少々寂しいので、私の女子NPCを動員して女子会っぽく‥‥なってる‥‥?
エリュシオン本編では乗り物がアイテムとして存在しない関係で具体的な描写が出来ませんでしたが、
その分たっぷり書かせていただきました。
お楽しみいただければ幸いです。
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嶋本圭太郎 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2017年12月25日

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