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『女王様と王子様のお話 』
ルーシャンaa0784)&アルセイドaa0784hero001

 むかしむかし、深い深い森の奥に。
 薔薇の蔓が這い茂る、古めかしいお屋敷がございました。
 壁には色とりどりの薔薇が咲き誇り、甘い香りを漂わせております。

 ルーシャン(aa0784)は、お屋敷の一番上のお部屋の窓辺に座っておりました。
 大きな窓はピカピカに磨き上げられていて、キラキラ輝くお日様を透かしています。
 でも、窓には頑丈な鉄格子が嵌められていて、開けることはできません。

「今日も、いいお天気……」

 誰もいない部屋の中、ルーシャンはそっと呟きました。
 じっと見つめる窓の外、きっと風が吹いているのでしょう、お庭の薔薇が揺れています。
 きっと窓を開けることができたなら、爽やかな風がルーシャンの頬を撫でてくれたことでしょう。
 ルーシャンは目を閉じて、空想の中で風を感じることにしました。
 豪奢なドレスを纏った体の膝の上には、古めかしい絵本が広げられています。
 何度何度、この絵本を読んだことでしょう。もう読まずとも、書かれてある物語をすらすら語ることができるほどです。
 やがて、目を開けたルーシャンは溜息と共に絵本を閉じました。それを傍らの机に置けば、代わりにお気に入りのウサギのぬいぐるみを両腕で抱きしめます。
 ルーシャンのいるお部屋には、同じようなぬいぐるみがたくさん、彼女に物言わぬ笑顔を投げかけていました。お部屋の中は、まるで御伽噺のお姫様が住む場所のよう。天蓋つきの大きなベッド、天鵞絨のソファ、華やかな絨毯、芸術家が細かく手描きした薔薇模様の壁紙。机の上には、白磁の皿の上に、一流のパティシエが腕によりをかけて作った甘いお菓子が盛られています。

 それが、ルーシャンの知る世界の全て。

 ルーシャンはこの部屋から出たことがありません。
 外は危ないから出てはいけない、貴方は大切な存在だから、と、部屋にやって来る大人達が言うのです。
 そんな時です。こん、こん、ドアがノックされて、鍵のかかっているドアが開いて、見慣れた大人達がやって来ました。
「レッスンのお時間です」
 大人達が聞き鳴れた言葉を言いました。ルーシャンは毎日そうするように、コクンと小さく頷きました。

 ライヴスとの親和性が高い、と大人達は言います。
 だから、旧き魔術を継承すべき器なのだと、大人達はいつも言います。
 その意味を、ルーシャンは分かりません。
 ただ、教えられるまま、よく分からないまじないのレッスンをし続けました。
 食べきれないほどのランチを挟んで、朝日が夕日に変わるまで。
 夕日が沈めば、晩ご飯。
 やっぱり食べきれないほどの贅沢な料理が、机いっぱいに並びます。
 でも、ご飯は一人きり。お腹いっぱいになったらベルを鳴らせば、女中や執事が恭しく、そして余所余所しく……食事を綺麗さっぱり片付けます。
 そして、鍵がかかっていないドア――大人達が来るドアじゃない方――を開ければ、ルーシャンの為だけの豪華なお風呂。身を清めて、寝間着になれば、空はすっかり夜の色。あとはもう、ベッドの中で寝るだけです。

 これがルーシャンの毎日。
 延々と繰り返される、変わらない日々。


 ルーシャンは今夜も溜息をこぼします。月の光が降り注ぐ窓辺、座った彼女の膝の上には、あの絵本が広げられています。囚われのお姫様を、王子様が助けに来てくれるお話です。
 退屈な日々を癒してくれるのは、甘いお菓子とぬいぐるみ、そして童話の絵本が導いてくれる、少女らしい夢の世界。

 囚われのお姫様は、まるで自分のようだとルーシャンは感じました。
 だとしたら、いつか王子様が助けに来てくれるのでしょうか?

 ルーシャンは、憂いの眼差しで鉄格子の向こうのお月様を見上げました。

 いつか、鉄格子のない空を見てみたい。
 いつか、薔薇の咲き誇る緑の中を駆け回りたい。
 いつか、外の世界に行ってみたい。
 いつか――この鳥籠から解放されたい。

 そんな想いばかりが、心の片隅で育ってゆきます。
 でも、ああ、もう寝る時間。
 許されるならば、ずっとここで王子様を待っていたいけれど。
 眠たい目蓋が、そっと下りてくるのです。
 囚われのお姫様は、ベッドに横になりました。おやすみなさい、と、抱きしめたぬいぐるみの頬にキスをしました。







 むかしむかし、深い深い森の奥に。
 薔薇の蔓が這い茂る、古めかしいお屋敷がございました。
 壁には色とりどりの薔薇が咲き誇り、甘い香りを漂わせております。

 アルセイド(aa0784hero001)は、お屋敷の一番上のお部屋の窓を見上げておりました。
 いつから、どこから――記憶は朧です。
 でも、微かに届いた少女の救いを求める声が、彼をここまで導いたのです。

「往かねば」

 薔薇色の唇で、その美しい青年は呟きました。
 かの御方こそ、待ちわびた己が主となる者か。
 しからば、この屋敷の、なんたる邪悪なこと。
 魔女の呪いのように茨が這い、厳重な鉄格子が全てを拒む。
 まるで、捕らえた姫を逃すまいとするかのごとく。
 この屋敷は、我が女王を縛める鳥籠――邪悪、邪悪、なんたる邪悪。
 許されざることだと、アルセイドはその目に使命感を宿しました。
 救わねばならぬ。お救い申し上げねばならぬ。

「何者だ!」

 夜をつんざく声があります。振り返れば、屋敷を守る者が警戒の目を向けておりました。
 アルセイドは、冬空の月のように微笑みました。その手には、オイルランプが掲げられておりました。

「主の敵ならば、遍く、鏖殺せしめるに是非もなし……焔と共に清められよ」

 そう言って、アルセイドはオイルランプを持つ手を離したのです――。







 ごうごう、ぱちぱち、全て全てが赤い色です。

 燃え広がった焔は、たちまちお屋敷を包みました。踊る焔に、薔薇の花が瞬く間に灰となって、周囲に舞い散ってゆきます。

 焔の海を、アルセイドは悠然と歩きます。
 浄化の焔は、アルセイドを傷つけることはありません。
 その歩みは誉れ高き凱旋のよう。
 その眼差しは柔らかで、あくまでも静謐でした。


 ああ。
 小さな世界の中、ルーシャンは窓辺に蹲っておりました。
 部屋の中には煙が充満しています。目が痛くて、息が出来なくて、少女は何度も咳き込みます。
 その手は傷だらけで、可憐な爪も痛々しく割れて血が出ておりました。煙から逃れようと、鉄格子の窓を叩いたり引っ掻いたり、どうにか開けようとしたのです。でも、窓はとうとう開きませんでした。

(こわい、こわい、こわい、こわい)

 ぜひゅ、ぜひゅ、喉が苦しく呻きます。怖くて怖くて堪らなくて、ルーシャンは大好きなウサギのぬいぐるみを強く強く抱きしめました。煙と苦しさで霞む視界、真ん丸なお月様が二つ、青い色をして輝いておりました。

 なんて美しい月なのだろう――いいえ、それは月ではなかったのです。
 ルーシャンを優しく覗き込む、アルセイドの青い瞳だったのです。

「お助けに参りました」

 輝かんばかりの金の髪に、透き通るような青い瞳。人形のような白い肌に、夜を溶かした黒い外套。月に照らされて輝く姿は、そう、まるで……

「……おうじ、さま……?」

 絵本の中の王子様。お姫様を助けてくれる、正しく理想の王子様。
 アルセイドは、優しい笑みを浮かべました。その美しい笑みに、ルーシャンはドキッと心臓が熱くなるのを感じました。
 王子様は、救うべき少女の小さな身体を夜闇の外套に包み護り、抱き上げますと、鉄格子を壊してひとっとび――焔の及ばぬ安全な場所へ。
 ルーシャンの記憶は、ガラスの割れる音と共に、一度そこで途切れます……。







 遠く、赤い焔が夜を染めております。
 ルーシャンが目を覚ますと、そこは森の中でした。
 そして、優しい腕に抱かれていることに気付きます。見上げれば、美しい王子様が少女をじっと見つめておりました。ああ、そのかんばせの、なんと神秘的なこと――ルーシャンは慕わしさのまま、震える手をそっと、彼の頬に伸ばしていたのです。

「独りにしないで、傍にいて」

 そして夢ならどうか醒めないで。あまりに幼い願いと共に、ルーシャンの頬を涙が伝います。
 アルセイドは、その手に自らの手をそっと重ねました。それから恭しく取ると、ルーシャンの白い手の甲に口付けを落とします。

「是非に。俺の、女王として。女王たるに相応しき方となって下さい」

 絡める小指、交わされる誓い。
 微笑む王子は、指先でそっと、お姫様――否、女王様の涙を拭います。
 ああ、背徳的かもしれぬけれど。我が女王の、涙する姿すらも愛おしく、貴く、美しい。こぼれた涙はさながら水晶。潤む瞳は今にも咲きそうな蕾のよう。アルセイドはそんな感情を抱きます。けれども、彼が抱く至上の愛は、彼女の笑顔を望みました。

「俺の全て全てを懸けて。貴方を必ず、お守りします」

 その言葉に、そして、小指で感じる感触に。
 ルーシャンはこれが夢ではないことを悟ります。

 ――ほら、やっぱり、物語はめでたしめでたし。

 王子様が、来てくれた。
 王子様が、ここにいる。
 ああ、嬉しい。
 ああ、幸せ。

「約束、ね……?」

 お姫様と王子様の物語は、めでたしめでたしなんだもの。
 だから、きっと、彼がいるだけで、未来は幸せに満ちるに違いない!

「ええ、約束です」

 王子様も幸せそうに微笑みました。王子様も心から幸せでした。
 ああ、ああ、我が女王。やっと逢えた。もう離さない。
 我が女王。我が女王。狂おしいほど愛おしき、我が女王。

 王子様の笑顔はどこまでも純粋でした。
 そこに、邪悪や暗さなどひとつたりともありません。
 そこに、主を呪縛するものを屋敷ごと消し去った罪悪感などありません。
 そこに、女王様が何も知らないことに対しての後ろめたさなどありません。
 あまりに、あまりに、王子様――否、魂なき深淵の妖精騎士の愛は、純粋無垢でした。


 めでたし、めでたし。



『了』




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ルーシャン(aa0784)/女/6歳/生命適性
アルセイド(aa0784hero001)/男/25歳/ブレイブナイト
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2017年12月25日

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