▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 ■ 銀の月2 ■ 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 その魔法道具の名を“銀の月”といった。銀色の球体をつくり、そこに招き入れたものを銀のオブジェに変えるからそう名付けられた……というわけではない。
 少女はだから2つの銀のオブジェを庭へと運んだ。夜闇に月の光がオブジェを優しく照らしだす。朧に輝く銀のオブジェ。
 少女はその神々しさに感嘆の、そして熱い息を吐く。
 まだ熟しきっていない肢体を可愛いクロスで包みこみ、ティレイラの銀像は頬を膨らませて拗ねたようにこちらを睨んでいる。それでも、その表情からはそこまでの怒りを感じさせない妙がそこにあった。長い髪は1本1本がきめ細かく、まるで靡くように広がっている。触れればそのまま束ねられそうな、風が吹けば今にも波打ちそうな髪で、まるで生きているような――いや、実際その中では生きているのだが――オブジェに少女は息を弾ませて誘われるままに抱きついた。同じくらいの体格のティレイラの額に額をあてて目を閉じる。熱伝導率の高い銀は瞬く間に少女の熱を受け取って人肌ほどに心地よく馴染む。
 そうして、たっぷりとその感触と優美さを楽しんで、少女は更に隣のオブジェに手を伸ばした。
 白く細い指がなぞるのはシリューナの肢体が作り出す流麗な曲線美だ。白銀に煌めく柔らかくも暖かな見た目の質感と、それに相反した冷たく硬質な肌触り。それが一層、シリューナという存在を引き立たせているようであった。なかなか見ることの出来ない呆けたようなシリューナの表情。その頬に頬を重ねて少女はうっとり身を委ねる。
 匠の手でもこれほどまでに見事なオブジェは作り出せまい。精緻にして精巧、どれほどの言葉を尽くしても、この2対のオブジェを語ることは出来まい。出てくるのは、ただ素晴らしいと陳腐に陳腐を重ねる惚けた溜息ばかりだ。
 部屋に置かれた状態の2人も素敵であった。
 封じられた銀のオブジェが月明かりに最も美しく映える。それが、かの道具が“銀の月”の名を冠する所以の一つである。
 そしてもう一つ。
 シリューナは知らないだろう。自身のオブジェがこんなにも艶やかに佇みその美しい姿態を惜しげもなく晒している事を。とはいえ、自身のオブジェを自ら愛でるというのはどういったものか。実はそれが銀の月の真骨頂でもあった。たとえば、封印された日が仮に十六夜の月であったとするなら次の十六夜まで封印した時間を、満ちて欠けてを繰り返す月の如くループさせる事が出来る。
 まぁ“自身を”はともかくとしてシリューナは改めてティレイラのオブジェをティレイラと“一緒に”に堪能する事が出来るのだ。それで許してくれるかどうか。
 いや、許してはくれないだろう…そうでなくては困る。
 少女はその未来を妄想して愉悦にはまった。シリューナが仕返しに銀の月を使ってくれたなら、シリューナが少女のオブジェを堪能している姿を少女自身が見届ける事が出来る…可能性が出てくるのだ。
 そうなればいい。そうなってしまえ。だが、銀の月は魔力をこめた者まで封印してしまうからやっぱり期待は出来なくて。
 どうにも妄想にしからない。
 とはいえ、今しばらくは少女がこの美しい2対のオブジェを独占する時間であったが。


 ▼


 次の同じ月が昇る頃、シリューナとティレイラの時間は再び動き出した。既にひと月も経っていた事に全く思い至らなかったのか少女が、解けた封印に慌てる中、ティレイラは事の発端となった少女に詰め寄っていた。
「酷いですよ!」
 厳密には嘘はないといえなくもない。だが本当の事も話してくれてはいなかったのだ。
「ふふふ。美味しくいただいたのだわ」
 ごめんなさいなのだわ、と少女が丁寧に頭を下げるから、ティレイラはそれ以上言えなくて、なんとなくやり場のない感情を持て余し、握った拳をわなわなと震わせた。納得はいかないけれど言うほど怒り心頭というわけでもないから困る。
 だからティレイラハ一緒にオブジェにされていたとは知らずに矛先を変えた。
「お姉様もぐるだったんですか!」
 しかしシリューナは言い返すでもなく何事か思案中であった。
 シリューナが考えている事。それはもちろん、銀の月に封印される瞬間までずっと考えていたこと……少女の企みについてである。
 少女は自身がシリューナに愛でられる事を想像していた。望んでいたかは定かではないが、こうなったという事はつまりシリューナの報復は想定内なのだろう。
 少女がティレイラの矛先につられるようにシリューナを見ていた。どこか身構えるようにして。
 やり返すのは容易だ。容易なのだが……そう身構えられると面白くない。意表をつかれたのだ。意表をつきたいではないか。急く必要はない。なにしろ少女は逆襲される事まで折り込み済みでいるのだから。
「お茶にしましょうか」
 シリューナはティレイラにそう告げた。
 ティレイラは肩すかしを食らったような収まりの悪い顔をシリューナと少女に向けつつも「わかりました」と不承不承キッチンへ向かう。
「いろいろ聞きたいのだけれど」
 シリューナはソファに座り少女を促した。
 少女は素直にソファに腰を下ろす。
「何をかしら?」
 尋ねた少女にしかしシリューナは首を傾げ意味深に微笑んだ。少女が何を思ってか頬を赤らめる。どこか期待に揺らいでいるように見える目を無視して答えた。
「そうね、銀の月…について」
「もちろん、なのだわ」
 少女は床に転がっていた銀色の丸い球を拾いあげた。いや、球ではない。球状になってはいたが指で触れると形を変える不定形の…液体。銀の月だ。封印が解かれた時に元に戻ったのだろう。
 それをテーブルに置かれたままになっていた小瓶に戻して少女は口を開いた。
 銀の月が作るオブジェは月明かりの下も最も素晴らしいのだと、少女は自らが堪能した経験を交えながら、というよりはほぼシリューナとティレイラのオブジェの素晴らしさで終始したのだが、頬を上気させて熱く語りあげる。
 銀の月。どうも少女はその性能についていろいろ隠しているような気がする。使ってみれば、わかるだろうか。
 そんな事を考えていると程なくお茶が運ばれてきた。
 納得いかなげなティレイラにシリューナが何事か耳打ちする。それでティレイラの機嫌はすぐによくなった。
 お茶を楽しみ、時間を忘れてオブジェの話をしていると西陽が部屋を赤く照らし始めた。
「夕食は何がいいですか?」
 ティレイラが少女に好き嫌いを尋ねる。
「湯豆腐が食べたいのだわ」
 少女は嬉しそうに応えた。しばらく1人でオブジェを堪能する日々だったから鍋料理を食べる機会がなかった、とかそんな事を呟いている。
「今日は泊まっていきますよね! 客間を準備してきます」
 ティレイラは意気揚々とおもてなしを始めた。
 少女は素直に好意を受け取りつつ、時折シリューナの方をチラチラと見ながら何か言いたげな視線を送ってきた。
「いいのよ、ゆっくりしていって」
 シリューナはにこにこと笑みを返す。
「感謝、なのだわ」
 応える少女の笑みに落胆のそれが混じるのを見逃さないシリューナではなかったが。
 敢えて無視。
 それから少女は、毎日シリューナの館に泊まり、シリューナと、これまで堪能してきたオブジェの話をして日々を過ごす事になる。
 その時を今か今かと待ちわびてそわそわしている少女の様子から、彼女がオブジェとなって愛でられる事を期待しているのだと、シリューナの中で確信が得られるのにそう多くの時間は要しなかった。
 だから、シリューナは焦らせた。これもまた仕返しの延長だ。
 して欲しい。でも自分からは言えない。そんな少女の仕草や表情が可愛らし過ぎて。
 少女の方からまだかと声をあげるまで、不安と焦燥に駆られる少女の姿をじっくり楽しんだ。
 やがてシリューナはティレイラにあの時の仕返しをするように促した。
 まさか、ティレイラから逆襲の火蓋を切られるとは思ってなかったのだろう。上手く意表がつけたというものだ。仕返しに銀の月を使うとも思っていなかったのかもしれない。
 ティレイラが銀の月に魔力をこめて準備を整えると少女を呼び寄せた。背後に銀の月が用意されていると知らずティレイラに肩を押された少女はかくてポカンとした顔で銀の月の中に飲み込まれたのである。
 ところで魔力をこめた者までオブジェになる事をティレイラは知らなかった。
「お姉様のいじわるー!!」
 それがティレイラの最後の言葉となった。
 シリューナは夜になるのを待って聞いていた通りにオブジェを庭先へと移動させた。
 月明かりに2つのオブジェ。
 なるほどそこには部屋の中に飾ってオブジェを堪能するのとはまたひと味違った風情があった。
 月明かりに浮かぶ像にうっとりとシリューナは息を吐く。
「素晴らしいわ」
 時間と共に月が傾けば出来上がる陰影も刻一刻と変わっていく。それが織りなすオブジェとの共演に感嘆の息が止まない。
 以前、光の加減で色を変えるアレキサンドライトを愛でた事もあったが、こちらは色が変わっているというわけでもないはずであるのにどういった仕掛けがあるのだろう。
 触れたときは金属の硬質で冷たい感触があるのに、今はもうぬくもりさえ感じてしまう。
 これからはもっと光や場所に拘ってみるのもいいかもしれない。
 新たなオブジェ鑑賞の魅力を発見しつつも。
 銀の月。その名に相応しい魔法道具であった。




■END■


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【3785/シリューナ・リュクテイア/女/212/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 いつもありがとうございます。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
東京怪談ノベル(パーティ) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2017年12月27日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.