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『意志の在処 』
マルチナ・マンチコフaa5406)&ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
東京都内某所。閑静な住宅街の片隅にひっそり佇む元カルハリニャタン共和国大使館にして現亡命政府臨時本部。
 以前は共和国の自然を映した庭園であった場に建ち並ぶプレハブ住宅、そののひとつから大股に駆け出してきた少女はわずか十歩で本部の通用口へたどりつき、スマホを耳に当てたまま内へと入り込んでいく。
 誰に邪魔されることなく――そもそも職員がいないのだから当然なのだが――たどりついたのは【大使執務室】。
「言い値でええですよ。そんかわり出世払いでよろし? ウチの予算は承知したはりますやん? ない袖は振れまへんやんかいさー。ま、そのへんはお会いしてからっちゅうこってひとつ。よろしゅう頼んますー」
 通話を切ったスマホを無機質な事務机に投げだし、彼女はデスクトップパソコンの電源を入れた。表示された【もうかりまっか?】へ「ぼちぼちやったらええよねー」と答えれば、パソコンは全機能を立ち上げて彼女を受け入れる。
「カネがないんはめんどうやんなー。正月やっちゅうんに国民に餅も買うてやれへんわ」
 正月に限らず、国庫はいつだって空っぽだ。統合軍の将校と下士官が微妙に外貨を稼いではいるが、数十人の国民へ十全な配給を行うにはあまりにも足りない。
「そもそもんとこ国民おらんし、売れる人材がおらんもんなー。日本のお人ら金髪好きやし、子どもらーにジュニアアイドルでもやってもらおか? あー、そんなんより先におじいおばあの伝統工芸、ネットショップで売るか? どっちでもええけど、ウケる浪花節考えたらんとあかんなー」
 ぶつぶつ言いながら、彼女は延髄から引き出したファイバーケーブルをパソコンに繋ぐ。
「ほな、やろか」
 すさまじい勢いでモニターを埋め尽くすデジタルコード。人の目ではそれがなにを意味するか読み取ることはできないが、それらの数列は世界を覆うネットワークの隅々へ少女が情報を送り込んだ“翻訳済み”の言葉である。
「めんどくさいねんけど、しゃあないわ」
 少女の延髄から伸びるもう一本のケーブルが繋がる先は、外装型の量子コンピュータだ。脳幹と直接接続されたそれは少女の演算能力を爆発的に高め、思考をすら計算してアルゴリズム化してブーストする。問題は、それによって生み出される情報が世界基準を大きく超えていることで、落とし込むにはわざわざ“翻訳”してやらなければならないこと。
「こしさタかか」
 小麦、塩、砂糖、タングステン、火薬、加工機械……一音を発するごとに世界中から集められた情報が磨き上げられ、最安値と高品質の兼ね合いを取った最適解として少女に伝えられていった。
 そして2分余り。
「だーっ! 脳みそちぎれるわーっ!」
 コードを首筋から引き抜き、少女はデスクの上で悶絶した。
「脳みそも全部機械にしてまうかぁ……」
 無意味とは知りつつ、両手で頭を揉みしだく。医者によれば、ブーストの代償に急膨張した血管がもたらす激しい痛みは、脳梗塞のそれと酷似しているらしい。
 いつだって足を引っぱるのは生体部品なのだ。兵器にしても、人間というやわらかすぎる精密部品を省くことさえできれば、そのパフォーマンスは数十倍に跳ね上がるだろう。ただし。
「意志っちゅうんだけは省いちゃあかんねんもんな」
 引き金を引くのは自動でもできるが、その結果を理解し、責任を果たすには、人の意志が必要不可欠。「効率は善なれど自動は悪。結果とはおしなべて人の意志なる過程を経て弾き出さなければならない」。今は亡き父――共和国最高の頭脳マキシム・マンチコフ博士のその言葉は、少女の軸として心の芯を成している。
 だから、脳だけは生身を保つ。それは彼女自身が定めたただひとつの規約であり、父と交わしたただひとつの約束であった。
「――マンチコフ事務官、入るぞ」
 控えめなノックと同時、鋼の塊が室へ踏み入ってきた。たった三名で構成される亡命政府統合軍の士官ソーニャ・デグチャレフの契約英雄、ラストシルバーバタリオンである。
「おー、シバタはん毎度」
 少女は青ざめた顔をぐいぐいと手で押し拭い、口の端を引き上げた。
「いつもながらその略はあれだな」
 こちらは顔にあたる部分から12.7mmカノン砲2A82改2型「ディエス・イレ」を突き出させたラストシルバーバタリオンが、苦笑するように鋼の肩を揺らす。
「なんぞ用でも? 残念やけど、儲かるハナシはさっぱりやなー。あ、上官殿寝たはるんか? 手伝ってほしいことも今ないんやよなー」
 この執務室に応接用の調度品は存在しない。ゆえに、ふたりとも立ち話となる。それでも少女とラストシルバーバタリオンでは身長が1メートルほどもちがうため、互いにその標高差を越えて声を届かせるには相応の苦労が伴うわけだが。
「少佐は確かに仮眠をとられているが……まあ、それはそれとしてだ。その、今はなにを?」
 ラストシルバーバタリオンは歯切れ悪く問うた。
「ああ、先物取引やね。足らんくなるとこ予想して、持ってくアテ作ってカネ中抜きっちゅうケチな商売や。データはぱぱっとそろうんやけど、元手ない分ちっさい稼ぎにしかならんのよ。ま、今んとこそれかて皮算なんやけどな!」
「そうか。苦労をかける」
 ラストシルバーバタリオンはうなずくことしかできなかった。
 正直、この少女は現亡命政府における最重要人物であろう。名ばかりの統合軍のロジスティックを始め整備、開発、維持。それどころか亡命政府の外政内政、国民の日常生活の保持等々、あらゆる分野での支援を一手に担っているのだから。
 マルチナ・マンチコフ。
 ライヴスリンカーでありながらその力を振るうことなく共和国を支え続ける少女である。
「しかし無理だけはせんでくれ。無論これは命令ではないが」
 首筋のジャックを指し、控えめに告げるラストシルバーバタリオン。
 マルチナは屈託なく笑んで。
「そろそろうちも記憶とかバックアップとっとかなかんね。ぶっ壊れてもうてもシャキっと修復、再起動や」
 ラストシルバーバタリオンは笑い返せない。マルチナがその小さな背に負うものの大きさを知るがゆえに。
「あー、そういやシバタはんの補給、目処ついたで。業者はんともうちょい交渉せなかんけど」
 ラストシルバーバタリオンはかすかに折りたたまれた砲身を揺らがせた。
 彼が撃ち出す砲弾はライヴス鉱石でコーティングされた特殊仕様である。その開発と製造はマルチナが引き受けており、それ自体に秘密もなにもありはしないのだが。
 問題は採掘量が限られ、流通に厳しい制限がかけられているはずのライヴス鉱石を、マルチナがどこから調達しているのか。
 それだけの条件が課せられた鉱石は当然、非常に高額である。そしてそれを得られるのは、対愚神兵器の開発を引き受ける一部の企業に限られるのだ。
「弾頭に細工する工具がクソたっかいねん! ライヴス削るんはライヴスやないとあかんからねぇ。ま、出世払い押しつけて踏み倒したろー思てんねんけど」
「そうか。うまく行くことを我々も願っているが」
 へらへらと語り続けるマルチナへ、ラストシルバーバタリオンはかがみこんで目線を合わせた。折りたたんである砲身を伸ばせば、まっすぐに砲口を突きつけることとなる――それを自覚しながら、それでも彼はためらわなかった。
「我々は疑問に思っているのだ。事務官の能力は十二分に知っているが、ゆえにこそ」
 笑みを引っ込めたマルチナがラストシルバーバタリオンの視線を正面から受け止める。
「あんたの上官殿のスリーサイズくらいやったら教えたんで?」
 ラストシルバーバタリオンはかぶりすら振らず、マルチナを見据えて離さない。少しでも意識を反らせば、マルチナに逃げる隙を与えることになる。彼は生粋の叩き上げで、口も頭脳の巡りもマルチナにはかなわないと知っている。勝てる要素があるとするなら、それは戦場で研ぎ上げた胆力だけ。
「祖国で発見されたライヴス鉱石の鉱脈は愚神共々奈落の底だ。我々の手に届くものではない。ならば事務官は、どこからそれを調達している?」
 本来、訊くべきことではないのだろう。
 ロジスティックひとつ取ってみても、戦闘員がそれを意識する必要があろうはずはない。与えられるままに受け取り、十全に士気を保ちさえすればいいのだ。
 それをして問うてしまったのは……その十全さに影を感じずにいられないからこそ。共和国の現状においてありえないはずの十全をもたらされていることへの不安がゆえのことだった。
 だとしても、我々が多くの兵士の一員であったなら首を傾げるのみで終わっただろうな。しかし不幸にして我々は、事務官を含めても数名の統合軍だ。見晴らしが過ぎるゆえに見るべきならぬものを見、邪魔するものがないがゆえに確かめに向かうこととなる。
 漏れかけたため息を飲み下し、ラストシルバーバタリオンは返答を待った。
 と。
「さっき言うた業者はんな、そりゃもうやっすいお値段で売ってくれるんよ。向こうさんが世間知らずなうちに底値でふっかけといたおかげやね」
 世間知らず? ライヴス鉱石の採掘に関わっているのはその辺りの鉱夫などではない。海千山千の大企業で、実際祖国のライヴス鉱脈も危うく乗っ取られかけたと聞く。契約という剣を振るい、国際条約という盾を掲げる企業は、誰よりも世間を知る者であるはずなのに。
「向こうさんは煙草代あったらええっちゅうし、それにしちゃ大金はろてんねやからお互いええ関係やで」
 ラストシルバーバタリオンの頭の内に予感がはしる。いい予感などではない。最高に最悪な、予感を越えた確信が。
「事務官、まさかその相手とは」
「統合軍はもう何度か顔合わせてんやったっけか? 石の」
「愚神、か!」
 ラストシルバーバタリオンは反射的にマルチナの胸ぐらをつかみ、吊り上げていた。
 まさか、自国の取引相手が愚神だと!?
 討つべき仇敵と「いい関係」だと!?
 いつ接触した!? どこまで繋がっている!? よもやこちらの情報をも商材にしているのでは……!? 許せるものか! そんな独断と背信を、見過ごせるはずが――
「眠たいこと言うてんなや、なぁ」
 吊り下げられたままマルチナが鼻を鳴らした。
「物は物や。どっから持ってきたって、誰がどうつこたって物の意味は変わらんよ。大事なんは物をどうつこたるかってとこや」
 マルチナの拳がラストシルバーバタリオンの鋼の頬を打つ。鈍い音が鳴るばかりで、ダメージはゼロ。
「あんた『私が掘りました』ーって写真ついた弾やないと撃たれへん機能付きか? そんなん付けたった覚えないんやけどな」
 再びマルチナの拳が打ち、ラストシルバーバタリオンを鈍く鳴らす。
「物は物や」
 もう一度繰り返し、マルチナがまた鈍い音を鳴らした。
「物は効率よう集めたらんとならん。物の量は力やからな。そんでそろえた物がくれるんは結果や。でもな」
 赤く腫れ上がった拳を振り上げ、マルチナは犬歯を剥き出し。
「そいつを使うんは意志や。正義も悪も、意志に宿るもんやで。あんたの意志はどこにあんねや? かったくて重たい体のどこにあんねんな? 弾か? 人からもろた弾にあんのか?」
 ちがう。我々の意志は。
「うちはあんたが要るだけのもん、愚神から買い叩いたる。そんで弾ぁこさえて渡したる。撃つんは愚神やない。あんたのどっかにある、あんたの意志や。――いいかげん肚据えぇや、ラストシルバーバタリオン中尉殿ぉ!!」
 カツン。拳の芯が鋼を打ち抜く高い音が響き。
 ラストシルバーバタリオンはマルチナをつかんでいた手の力を奪われ、彼女を離した。
 ダメージなどあろうはずがない。しかし、確かに打ち抜かれたのだ。鋼ならぬ意志を。47の意志宿りし心を。
「我々は、撃つべきを撃つ。それだけだ」
 鋼の内に在る意志がささやくまま、ラストシルバーバタリオンは言い。
 マルチナは満足げに胸を張って背を向けた。
「やったら口開けて待っとき! 腹いっぱい弾ぁ食わしたるさかい!」
 これがマルチナ・マンチコフという少女。
 戦場ならぬ戦場の最前線をひとり支え続ける背であった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【マルチナ・マンチコフ(aa5406) / 女性 / 15歳 / 数多の手管】
【ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002) / ?性 / 27歳 / 鋼の覚悟】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 意志こそは答を為す式。
 
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2018年01月05日

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