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『双槍の戦乙女』
サクラ・エルフリードka2598


「助けて……お願い、助けて下さい!」
 路地裏に足を踏み入れた瞬間、サクラ・エルフリードは声をかけられた。
 少女が1人、涙を飛び散らせながら走り寄って来る。
 こんな所に鏡が置いてある。サクラは一瞬、そう思った。
 10代半ば、であろうが、身体つきは下手をすると12歳くらいに見えてしまう。
 申し訳程度に膨らんだ胸と、未熟な白桃を思わせる小振りな尻周りに、水着あるいは下着のような部分鎧を巻き付けた身体。
 サクラも今、マントの下は、それと同じような装いである。
 マントを固定する肩当てには、エクラ教の聖なる紋章が刻まれている。それを見つめながら、少女が、泣き付いて来る。
「聖堂教会の方、ですよね……どうか、あたしを助けて……それとも、教会に寄附も出来ないような貧乏人を、光はお見捨てになるのですか?」
 赤い瞳は涙に沈み、銀色の髪は不安げに揺れている。
 自分と瓜二つの少女を、サクラはそっと抱きよせた。
「光の御心を、私たちは窺い知る事が出来ません……私はただ、貴女を助けるために力を尽くしましょう」
 この少女が一体、何からの助けを求めているのかは、明らかになりつつある。
 足音と会話が、近付いて来たのだ。
「どこ行きやがった、あのメスガキ……もう試合だってのに」
「くそが、ただじゃ済ませねえぜ!」
「どうせ試合じゃ、あの旦那方の玩具にされちまうんだ。ついでに俺らもよぉ」
 おおよその事情を、サクラは理解した。
「貴女……違法な試合を?」
「恐い男の人たちと、戦えって……こんな格好、させられて……」
 少女が泣きじゃくった。
「あたしの父さんが、いけない所からお金借りちゃって……」
「わかりました。あとは私に任せて、お逃げなさい」
 とある犯罪組織が、この街で違法な戦闘競技を開催し、資金源としている。
 その情報は、どうやら正しかったようだ。
 風体の良くない男たちが、ばらばらと現れてサクラを取り囲んだ。
 彼らが追っていた少女は、すでに逃げ去って姿はない。
「捜したぜぇ嬢ちゃん……おめーよォ、自分の立場ってモン全然わかってねえだろ」
「ちったぁ金になりそうだから生かしといてやってんだぜ?」
「あんまナメた態度だとよぉ、わ、わかってんのかぁあ!?」
 迫り寄ってくる男たちに向かって、サクラは勢いよくマントを開いた。
 細く、しなやかに鍛え込まれた、半裸の甲冑姿が露わになった。左右2本の、槍と共にだ。
 霊槍グングニルと、絶火槍クルヴェナル。
 2つの穂先が、男たちに突き付けられる。たおやかな両の細腕が、2本の長柄をしっかりと保持している。
 怯え固まる男たちに、サクラは凛とした口調で告げた。
「試合でしょう? さあ、案内をして下さい」


 地下闘技場は、ほぼ満席であった。
 金属製の水着、としか言いようのない甲冑を着けた1人の少女と、見るからに凶悪そうな4人の男。
 観客たちは、賭けなど成立するはずのないこの試合を、ただ観て愉しむために、決して安くはない入場料を払っているのだ。
 皆、熱狂し、獣の如く歓声を上げ、そしてサクラに眼光を注ぐ。
 マントの下で、胸甲と腰鎧を巻き付けただけの身体。可愛らしい胸の膨らみを精一杯、強調する感じに引き締まって綺麗な腹筋を浮かべた胴。すらりと形良く露出した左右の太股。
 己の全身あらゆる部分が、劣情そのものの眼差しで舐め回されるのをサクラは感じ、耐えた。
 こんな下劣な見せ物を、資金源としている者たちがいるのだ。
「お客様方が、なぁにを期待してんのかは……わかってるよなぁ嬢ちゃんよ」
 サクラの対戦相手である、4人の男。その1人が、言葉と共に長剣を抜く。禿頭に傷跡を走らせた剣士。
「俺らもプロだからよ。ご期待通りに、仕事せにゃあならねえ」
「……そんなお仕事に、付き合うつもりはないのですよ」
「こーいう生意気なお嬢ちゃんをォ、手足ちょん切って芋虫みたくのたのたさせンのがぁあ」
 1人が、ゆらりと迫り寄って来た。
 痩せ型で背の高い、骸骨のような男。2本の短剣を、左右それぞれの手で握り構えている。
「最ッッッ高の楽しみなワケ! 俺この仕事やってて良かったぁー」
「させねえ! こっ、この娘っ子ぁ俺がもらう!」
 3人目の男が、地響きを立ててサクラに走り寄る。
 大男であった。筋肉と脂肪で膨れ上がった巨体が、大型の戦槌を振りかざし、突進して来る。
「カラダじゅうの骨へし折って大人しくさせてやっからよォオオオオ!」
「俺のモノになりなぁ嬢ちゃん! このバカどもよりは優しくしてやる!」
 禿頭の剣士が、猛然と斬りかかって来た。
 骸骨のような男が、超高速で短剣を繰り出して来る。
 サクラは跳躍した。
 小柄な細身が、翼の如くマントをはためかせて宙を舞い、戦槌をかわす。1本の長剣と2本の短剣を、ひとまとめに回避する。
 同じくらいに高々と跳躍した男が、しかしいた。
「イイ動きするねぇお嬢ちゃん! さぞ元気良く悶えてくれるんだろーねええ」
 蛙に似た、小男である。両手には金属製の鉤爪が装着されており、それがサクラに向かって一閃する。
 目くらましの形にマントを舞わせながら、サクラは空中で身を翻し、槍を振るった。クルヴェナルの柄が、鉤爪の斬撃を弾き返す。
 火花が散った。
 小男とサクラが、距離を隔てて着地する。
 着地したサクラの背後に、骸骨のような男がいた。
 2本の短剣が、暴風の勢いで少女を切り刻みにかかる。
 その暴風を、サクラはかわした。完全には、かわせなかった。
「くっ……!」
 マントが裂け、それを固定していた肩当ても片方がちぎれ飛ぶ。
 綺麗な鎖骨の窪みと、愛らしい右肩の丸みが、露わになった。
 下品な歓声が、闘技場を揺るがした。
 熱狂の中、サクラは旋風の如く細身を回転させていた。裂けたマントがちぎれそうに舞い、しなやかなボディラインが激しく捻れるが胸は揺れない。
 その代わりに、光が飛んだ。
「大人しくしろやぁああ小娘!」
 大男が戦槌を振り上げ、突っ込んで来るが、喚く顔面にその光が突き刺さっていた。
 サクラが全身の力で投擲した、絶火槍クルヴェナル。それが、大男の頭蓋を貫通している。
 ほぼ同時にサクラは、ちぎれかけのマントを完全に脱いで振り回した。
「鎧も! 下着も! 俺が全部ズッタズタに脱がしてやンぜぇええムグぶっ」
 蛙のように跳躍し、襲いかかって来た小男が、そのマントに包み込まれて落下する。
 投網に捕獲された魚のような様を晒す敵に、とどめを刺す暇は、しかしなかった。
「頑張るじゃねえかぁー嬢ちゃんよォオオ!」
 禿頭の剣士が、横合いから踏み込んで来て長剣を一閃させる。
 もう1本の槍……グングニルで、サクラはをそれを辛うじて受け流した。強烈な衝撃が、少女の細身をよろめかせる。
「連携は、厄介……ですがっ!」
 よろめき、歯を食いしばりながら、サクラは身を翻した。
 別方向から、骸骨のような男が斬りかかって来たところである。左右の短剣が、立て続けにサクラを襲う。
 少女の愛らしく引き締まった太股が、超高速で跳ね上がった。スリムな美脚が、回し蹴りの形に一閃する。
 金属製の脛当てが、2本の短剣を叩き落とす。
 回し蹴りの勢いを保ったまま、サクラは全身で槍を振るった。霊槍グングニルが、唸りを立てて弧を描く。
 長柄が、剣士の禿頭を横殴りに直撃し、陥没させた。
 その槍をくるりと構え直しながら、サクラは別方向へと踏み込んで行く。
 骸骨のような男が、短剣の回収を試みながらグングニルに刺し貫かれ、絶命した。
 残る敵は、1人。
「おっ女、おんな、オンナの子のにほいぃぃムングへへへへ」
 小男が、少女の残り香が染みたマントに包まり、悶絶している。
 サクラは歩み寄って槍を突き込み、小男を永遠に黙らせた。
 観客たちも、黙り込んでいる。
 注目を浴びてしまった、とサクラは思った。
「目立つ予定は、なかったのですが……素性がバレるよりは、ましなのでしょうか……」
 少女の身体から、何かが剥離して闘技場に落下し、音を立てた。
 静まりかえっていた観客席が、一瞬の後、大いに沸いた。熱狂が渦を巻いていた。
 少女が、男たちに敗れて無残な見せ物となる。
 それを期待していたはずの観客たちが、今は自分の勝利を素直に讃えてくれているのだ、とサクラは思った。
「そう……人々の、荒んだ心を正し清める。これが私の、聖導士としての戦い……」
 微笑み、片手を上げて歓声に応えながらサクラは、肩当てによる支えを失った胸甲が剥落している事にまだ気付かなかった。


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登場人物一覧
【ka2598/サクラ・エルフリード/女/15歳/聖導士】
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2018年01月05日

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