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『転進なきSEN★JOU 』
サーラ・アートネットaa4973)&迫間 央aa1445)&ソーニャ・デグチャレフaa4829)&テレサ・バートレットaz0030)&リリア・クラウンaa3674)&不知火あけびaa4519hero001)&リィェン・ユーaa0208)&礼元堂深澪az0016
「というわけで、さーらんソロライブ企画〜転進なきSEN★JOU〜、開会します」
 カルハリニャタン共和国統合軍“ミリドル(ミリタリーアイドル)”推進企画室の企画協力担当者であるところのK県K市市役所キャラクター管理課NYA-RA担当プロデューサー、迫間 央がにこやかに手を打った。
「ボクってばこの日が楽しみすぎて超寝不足だよ〜」
 しょぼしょぼの目をぱちぱち、リリア・クラウンがへろへろと拳を握ってみせ。
「不安しかないのである……同志サーラは……小官狙われて……」
 顔いっぱいに縦線を浮かべた“NYA-RA”の“NYA”、にゃーたんことソーニャ・デグチャレフがぶつぶつ垂れ流し。
「サーラじゃなかった、さーらんはあれだよね! にゃーたん大好きなだけだよね!」
 不知火あけびがソーニャをさらなる地獄へ蹴り落とす。
 そんな中。
 猿轡と目隠しを外され、巻かれていた簀から開放された当のさーらん――サーラ・アートネットが高く右手を突き上げた。
「はい! はい! 迫間殿はい!!」
「はい、さーらん」
 央の許可が出た瞬間、サーラは彼の胸ぐら引っつかんでゆっさゆさ。
「自分っ! なんにも聞いてないんでありますけどぉ!?」
 央はいい笑顔をがっくんがっくん前後に振りながら。
「はっはっは、伝統芸ですよ。その始まりは2017年7月半ばに遡り」
「伝統って、半年前じゃねーでありますか!!」
 ぜぃぜぃ。予定外な運動のせいであっさり息切れするサーラ。虚弱。圧倒的虚弱であった。
 その隙に見事なステップワークでサーラの手をすり抜けた央はスーツの襟を正し、言葉を継いだ。
「伝統とは重ねていくものです。その一枚が今日だった――なにか問題でも?」
 ないでーす。リリアとあけびが声をそろえて応え、ただそれだけで問題は消えた。当事者たるサーラと、ついでにソーニャには命令が与えられていないから。
「代表兼大将――!」
 サーラは自分へ「貴官の一切の自由を本日に限り剥奪する」と命を下したおっさんの虚像をにらみつけた。くそー、だったら自分は閣下の発毛の自由を剥奪してやる! ……まあ、剥奪するまでもないんだが。
「迫間殿」
 控えめに挙げられたソーニャの手に、央は「はい、ソーニャさん」。
「企画にある“暴露大会”なのだが、同志サーラのなにが暴露されるのだ?」
「すべてです」
「おいーっ!!」
 サーラの悲鳴はもちろん無視。
「内容によって小官、百合地獄へ引きずり込まれるかストーキング地獄へ追い込まれるか決まるのだが――」
 ソーニャの写真流出騒動が起きたとき、彼女は見てしまった。サーラの私室に貼り巡らされた自分の盗撮写真と捏造写真の数々を。
 性別不明のサーラ。その性別が確定したとき、ソーニャが逝くべき地獄もまた確定するのだ。
「どっちなんだろ……?」
 妙に生真面目な顔でつぶやくあけび。その静やかさがたまらなく不穏であった。
「ボク眠気さめた! やばい! 楽しみすぎて寝ちゃいそう!」
 リリアがわくわく目を輝かせた次の瞬間、ぐう。しかし心配はいらない。そのときが来れば彼女はかならず目を覚ますだろう。
 と。央のスマホが着信を告げ、彼は発信者の名前を確かめて通話を開始した。
「はい、迫間です。スペシャルゲストが到着――わかりました。礼元堂さんがついている以上、問題はないでしょう。そのまま任務を遂行してください。ええ、なんでもありです。今日、さーらんに一切の拒否権はありませんからね」
 まったく自分に知らされないまま、自分を中心に据えたなにかが始まってしまったことを感じ取り、サーラは震え上がった。だめだ、ここにいたら自分、やばいことになっちまう!!
「同志サーラ、転進は認められていないはずだが……?」
 脚にしがみついたソーニャが薄暗い笑みを浮かべてサーラを見上げていた。
 400キロの重石がサーラの逃げ足をがっちり封じ、縫い止める。
「上官殿、後生であります! なんだかこう、苦界に蹴り落とされるのは」
「アイドル業界など苦界となんら変わりはない……そして小官、もう同志に蹴り落とされているのでな……共に祖国のため、深淵を渡る踏み石となろうではないか」
「あああああ、上官殿が重くて怖いぃぃぃぃい!!」

 サーラの絶叫木霊する控え室の外……廊下を渡ってロビーを抜けたシンフォニーホールの正面玄関前。
 通話を切ったリィェン・ユーはスマホをしまい込み、偽装用のコートのフードを深くかぶりなおした。
「さて、本当なら俺が出迎えて護衛につきたいところなんだがな……」
 ホールの前に横づけされたリムジンから降り立った女性が、集まった人々に手を振ってみせる。
「ジーニアスヒロイン――本物!?」
「テレサ! テレサぁあぁあぁ!!」
「サインいいっすか!? あと写真、ツーショットで!!」
 どっと群がる人々の奥に立つその女性こそはテレサ・バートレット。H.O.P.E.が誇る特務エージェントであり、広告塔でもある“ジーニアスヒロイン”だ。
 そして。
「テレさんプライベートなんで写真とかはちょっとぉ〜っつってんだろぉよ娑婆僧がぁ!!」
 すごい勢いで宙を舞う人々。これがコメディという名の不条理でなければ、普通に事案となっているところだが。
「ボクのこと倒したらテレさんと写真撮らしてやんよぉ? っと、天国に飛んでくか地獄に落っこちるか選んでからなぁ〜?」
 礼元堂深澪。H.O.P.E.東京海上支部のオペレーターにして、影で“バイオレンスジャクリーン”と呼ばれる暴力の権化である。正直、そんな少女がなぜオペレーターなのかはH.O.P.E.七不思議のひとつなわけだが、ともあれ。
 彼女が護衛についている限り、テレサに危害が及ぶことはまずあるまい。
 リィェンは息をつき、テレサの困った笑顔から視線をもぎ離した。
 今日は適当にサーラのソロライブの手伝いをするつもりだったのだが、テレサの来訪によって予定は大幅に変更された。いや、手伝いはする。思いきり盛り上げて、サーラを間接的にいじり倒す。そしてその上で、あるものをいただく。
 そのためにも今、テレサに自分の姿を見せるわけにいかないのだ。
『ご来場のみなさまにお知らせいたします。【転進なきSEN★JOU】、まもなく開場となります。前売り券をお持ちの方は会場入口へお集まりください。当日券をお求めの方は入口脇の臨時販売所でお求めくださいますようお願いいたします』
 人目につかない場所でボイスチェンジャーを仕込んだマイクへ語りかけるリィェン。スピーカーからは落ち着いたメゾアルトが流れ出しているはずだ。
 ああ、こんな姿もテレサには見せられないな……。


『みんなボクの単独半日貸し切りライブ“まな板の上の鯉は逃げらんないよね?”に来てくれてありがと〜!』
 ステージの真ん中でリリアが手を振ると、観客席から「ええーっ!?」と、実にわかっているレス。
 ホールの1997席は完売、そして8640円(税込)のさーイエロー法被でいっぱいだ。
「……いつの間にこんな人気?」
 舞台袖から、あけびがびっくりした顔を巡らせる。
 このソロライブの前売りチケットは“NYA-RA”の会員でなければ入手できないし、300用意された当日券も抽選漏れした会員用のものだ。会場の外にはそれも買い損ねたファンが数百人はうろうろしているようだし。
「にゃーたんデビューイベント“KAIKOKU”のブルーレイディスクが話題になったおかげだ。セット販売のドキュメンタリーも含めていい餌になってくれたよ」
 パイプイスにゆったりと腰を下ろす央が口の端を吊り上げる。
 販売をかけると共に、ネットで巧妙なステルスマーケティングを展開したのは彼だ。情報の裾をちらつかせ、知的飢餓感を煽る……その戦略と行動はすでに公務員を超えていた。
「でも、さーらんってそのときいなかったんですよね? ――あ、そっか。さーらんが“KAIKOKU”するって言えばいいのか」
 あけびは忍。情報操作はその職分の内にある。
 伝えたいもののすべてを見せず、一部だけを投げ込む。それはかえしのついた釣り針だ。食いついてしまえばもう、吐き出すことはできない。身動きを封じておいて、ささやくのだ。あのときの衝撃が、ある意味それ以上の規模で引き起こされるよと。
「今日のプログラムが単独ライブ、グルメリポート、暴露。この最後のとこが鍵ですね」
 あけびにうなずいてみせた央が言う。
「今日はダイレクトマーケティングの日だからね。リィェンさんのお手並みを拝見だ」
「私、さーらんになに聞こっかなー」
「え?」

 ロビーの物販ブースでは、スタッフの裏でリィェンがとんでもない売り文句を唱えている。
『さーイエロー法被をお買い求めくださった方の中から抽選で、さーらんとデュエットできる権利をプレゼントさせていただきます。すでにお持ちの方も、どうぞあらためましてお買い求めください』
 もちろんサーラは知らない。知るわけがない。
 そしてリィェンの真の狙いは、彼以外に知る者はないのだった。

 舞台はステージに戻る。
『大丈夫だよ! 今日の主役はボクじゃないから! じゃあ、お待ちかねのあの人、呼んじゃおっか? せぇので呼ぶよ〜、せぇのっ』
 さーらーんっ!!
 果たしてステージへ蹴り出されたものは。
『さーらんの衣装がボクとおそろいなのはね、ボクがリクエストしたからだよ〜! かわいいよね〜?』
 そう。リリアと色ちがいの……胸が思いっきり強調されるドレスを着せられたサーラだった。そう、強調である。平らかな胸が、強調、強調、強調……
『リリア殿』
 サーラがリリアを澄んだ瞳で見上げ。
『自分のこと、殺せ?』
 リリアはぷいっと視線を逸らし。
『殺さないよぉ。まあ、うん、ね、えっと。がんばれ?』
 がんばれー!! さーらんがんばれー!! 負けるなぁああああ!! むしろそれがいい。さーらんらんらん!! さーらんらんらん!!
 ごく一部に不審な声が混じってはいたが、とにかくファンが声を合わせてサーラを応援する。
 リリアは鋼鉄の笑みの奥で思う。うーん、生き地獄ぅっ♪

「やはり同志サーラはお――」
 観客席の最前列、ファン避けの鉄檻に押し込まれたソーニャが喉の奥を高く鳴らす。
 いや待て。まだサーラの性別がお――で、ストーカーと決まったわけではない。だってサーラはいい匂いがするし、身長だって154センチだし、いやいや、でもそれだと結局は百合地獄……
 ちなみに檻の外ではにゃーたん推しのストライクゾーン低めな紳士どもがひしめき、檻に貼りついている。
「にゃーたんが30センチの距離にぃ!」
「にゃーたんにゃっにゃっ、にゃーたんにゃっにゃっ」
「にゃーたんが困る必要などなにひとつありはせぬぅ! 生まれたときから幼女スキーな小生がそばにいるぞぉ!」
「はいはいお客さん〜、踊り子さんに触ろうとしてんじゃねぇぞぉ? 死ぬか殺されるか選んじゃう〜? むしろボクが殺すか死なすか選んじゃう?」
 警備兼サクラの深澪とどこかで見たようなおっさんが一方的な死闘を演じ始めたことにも気づかないまま、ソーニャは右手と左手に乗せたふたつの地獄を見比べ、おののくばかりであった。

 そしてサーラはファンが織り成す痛すぎる声援に心ぼっきぼきであった。
『転進ぅー! 転進の許可をおおおおおお』
「迫間Pから連絡だよ。転進は不可! だって。しょうがないよね、【転進なきSEN★JOU】だもんね」
 音を別の場所に移す忍術“山彦”で伝えてきたのはあけび。なんという忍者の無駄遣い!
 と、ここでリィェン(女声)のアナウンスが入る。
『法被ナンバー244番の方、おめでとうございます。さーらんとデュエットできる権利、ご当選です。そのままステージへどうぞ』
『聞いてねぇ(ブツッ)』
 サーラの抗議は央の手で強制カットされ、さーイエロー法被を10枚重ね着したがちむちがステージに這い上ってきた。
『おめでと〜。さーらんとなに歌いたい?』
 リリアの問いに、がちむちは無駄にいいバリトンで答える。
『俺っちにゃーたんの新曲【繋魂歌(仮題)】歌いたいっす』
 ひとり祖国へ帰ったソーニャが作詞作曲し、先行ダウンロード販売を開始した新曲中の新曲である。
『なんで一曲めからデュエット――しかも上官殿のソロきょ(ブツッ)』
「抗議は一切受け付けませんよーってPから伝ご」
「もう直接言えよおおああああ!!」
 あけびの山彦を吹き飛ばしてサーラは吼えるが、転進不可の戦場なのでどうにもならず。
 そして始まる単独ならぬ単独ライブ。
 この会場に来るファンは濃い。ゆえに四曲しかない歌は完全に把握している。そうなるといっしょに歌いたくなるのが人情で。
「さーらんの声、ぜんぜん聞こえないですね」
 轟音に負けないよう、あけびが山彦で央に語りかけた。
「アーティストのライブではありがちな現象だな……さーらんは声が細いからなおさらだ」
 もっともらしくうなずく央。まあ、ファンが楽しいなら正義だ。たとえさーらん単独ライブだろうとなんだろうと。
「本末転倒な気もするが、それはそれで」
 さーらんを単独でクローズアップし、先行して話題を作ったにゃーたんとの差を埋める。
 元がかわいらしいさーらんだ。このイベントは、凜々しい幼女なにゃーたんとはちがう客層にアピールするいい機会となるだろう。
「にゃーたんの心の負担を減らすためにも、ある程度以上の紳士を引っぱっていってもらわないとだしな」
 ああ、考えなければならないことが多すぎる。Pとは本当に、因果な役職だ。
「央さんすっごく悪い顔になってますけど……」
 あけびの指摘はあえて聞かない敏腕Pだった。

 ライブの予定時間は12時間。
 半日と言われた以上は半日行う。アイドルはファンに嘘をついてはいけないのだ。
 会場には絶望だけが残された。
 打ち続けたファンの手はもれなく三倍にまで膨れ上がり、喉は潰れ、目はしょぼつき、冬だというのに汗は乾いて塩と化した。
 それでもファンたちは1本1080円(税込)のさーらん炭酸水と、ひとつ540円(税込)のさーらん二色パンを頼りに戦い続けた。
 そしてサーラもまた、あけびの操糸で操られて不思議な踊りを舞ってかっすかすな声で今日142回めの【繋魂歌(仮題)】を歌い上げて。
 ソーニャは檻の中で独り、暴露される予定なサーラの性別と、何度深澪に叩き潰されても起き上がり、檻へ殺到してくる紳士の不屈とにおののき続けた。


「11時間55分――そろそろか」
 舞台袖にしつらえた仮眠スペースから起き上がり、リィェンがフードをかぶりなおした。
「すまないが、スペシャルゲストを迎えに行ってくれ。あちらもそろそろ仕上がってるはずだ」
 司会するのを最初の17分で放棄したリリアに言い残し、足音も立てずに客席へ回り込んでいく。
「ユーさん、なにするんだろ?」
 小首を傾げるリリアに、一応ステージを見守り続ける央は肩をすくめてみせた。
「なにも聞いていませんが、スペシャルゲストが誰かを考えれば見当はつきますよ」
 悪いほうに。央はため息をつきかけて、はたと思いとどまった。こちらの考えが当たっているなら、むしろいいんじゃないか? 誰も損をしない、トゥルーエンドがやってくるはずだから。
「あけびさん、さーらんを少し休ませて」
 リリアを見送り、あけびの操糸で体育座りさせられたサーラを見やって、央は始まるときを待つ。

『さて。次のプログラムは、さーらんの“世界の珍味を丸かじり”グルメリポートです。12時間歌って踊り続けたさーらんを潤すグルメにご期待くださいね』
 ぁーぁー。リリアと司会を替わった央の言葉に、ファンはかすかすの声を張り上げた。
『んー、なにも聞こえませんねぇー?』
 ぁーぁー。
『いやいや、みなさんはまだできるはずです。Do it!』
 ぁーぁー。
「央さんが戦ってるときみたいにサディスティック!」
 おののくあけびだったが、すまない。それもこれも、報告官が守銭奴キャラじゃない迫間さんのキャラを模索中だからだ!
『最初は、リリアさんでしょうか?』
『は〜い!』
 リリアが冷蔵庫から持ってきた箱をぱかーっと開ける。
『ボクの旦那が作ってくれたナポレオンパイだよ〜!』
 ナポレオンパイといえば、サクサクのパイ生地にカスタードクリームを挟み、苺や生ムリームをトッピングしたスイーツである。
 つまり。
 12時間耐久ライブで乾ききった喉へ猛烈に貼りつく。
『こ、これ、窒息(ブツッ)』
 サーラの言葉は当然カット。しかも、しかもである。
『ミックスジュースもあるんだけどぉ、さーらんはさーらん炭酸水しか飲んじゃダメなんだって!』
 な、なら炭酸水をおおおお!
『炭酸水はファンのみんなのものだから、さーらんにはあげられないって! だからこれはボクがいただくうまいっ!』
 一気に命のジュースを飲み干したリリアがサーラへパイを差し出した。
『パイおいしいよ? もしまずかったらボク、旦那といっしょに逝くね? さーらんに恥、かかせらんないもんね?』
 目が本気だった。
『お、おいしいであります……』
『まだ食べてないよね? ボクと旦那のこと、憶えててね?』
 ひぃぃぃ! パイをあーんで押し込まれたサーラはパイも酸素も吸い込めず、秒単位で死んでいく。ああ、でも、これで楽に――
『これを飲んで! あたしの控え室にあったさーらん炭酸水よ!』
 凜とした声がスピーカーから弾け、サーラの口に炭酸水が流し込まれた。
 げぼぶべぼぼば。水気でパイ生地が膨らみ、しかも炭酸の刺激をまとってひどいことになるサーラ。しかし、サーラは生き延びた。いや、生き延びてしまった。
『みんなお待たせ。ライブの間に用意できたわ!』
 満を持しての、テレサ登場である。
 ファンに右手で応える彼女。その左手には大きな銀のトレイが乗せられていて、ご丁寧に蓋がかかっていて。
『そ、その、お盆は?』
 サーラは冬の別荘で行われたテレサ来日歓迎会の参加者だ。そして、命を丸っと削り落とされ――
 いやいや。まさかあの惨劇が、こんな衆目の集まる場所で再現されるはずがない。大丈夫大丈夫。
『ほんとはクリスマスに食べるんだけど、さーらん? さんには特別な日だものね。施設を借りて作ったの、ミンスパイ!』
 大丈夫じゃねぇーっ!
 ドライフルーツのミンス(ミンチ)を詰めた甘いパイは、イギリスのクリスマスに欠かせない一品だ。なのになんだろう。この、目を突き抜けて脳に刺さる凄絶なにおいは。
 いやそもそも今ナポレオンパイ食べたのに、また甘いパイか! 組み合わせおかしすぐごっ!!
 心の内であれこれ垂れ流していたサーラの口に、ミンスパイがイン! 歯が溶け出し、舌が朽ち、意識が地獄に侵されていく。
 生き延びてしまったがゆえに、サーラはテレサの手料理ことテ料理に死すのだった。
『魂溶ける味わぃぃぃぃぃ! なにも見えないでありますがああああ、ここは(ブツッ)の何丁目ぇぇぇええええ!?』
 ばたり。
「あの、さーらん? 鮭のカルパッチョあるんだけど、食べる?」
 あけびの料理はスタッフ(央)がおいしくいただきました。

 ――今だ!
『整理番号1997番のお客様にさーらんの「あーん」権が贈られる予定でしたが、さーらんが感動と美味で意識不明となりましたので、代役としてテレサ・バートレット様に「あーん」をお願いいたします。1997番のお客様、ステージへどうぞ』
 マイクをしまい込んだリィェンがステージへと駆け上がった。
 そこそこあからさまにリィェンなのだが、テ料理絡むとぽんこつ化するテレサは気づかない。
『さーらんさんじゃなくてごめんなさいね』
『いや、俺はきみがいい――イートインだぜ?』
 声色はともかく、ごまかしかたがアレだった。まあ、今のテレサに気づかれるはずはなかったけれども。
『? 時期は過ぎちゃったけど、メリークリスマス』
 手のひら大のパイを差し出すテレサ。
 計画どおり、テレサの「あーん」は俺のものだ! リィェンはがっぷりひと口。
『メリっ』
 ふた口め。
『ぃク』
 三口め。
『リスぅ』
 四口め。
『マはぁ』
 五口め。
『スぶっ!!』
 糸が切れたようにぶつりとまっすぐ崩れ落ち、二度と動かなくなった。

「あけびさん!」
 央に言われるより早く、あけびがリィェンの後ろへ貼りつき、その体に結びつけた操糸で無理矢理動かして。
「実に臨兵な味で、俺は闘者で皆陣して列在前なのぜ?」
 ひっくい声を作ってぎくしゃく、リィェンにカニ歩きさせつつ退場していった。
 ふぅ、武道家のリィェンさんっぽく、でも忍びっぽい和テイストも出したりして、完璧にごまかしたよね!

「あけび殿の演技はともかく、正体を知っていてなぜ五口も食うのだ……あけび殿の演技はともかく」
 夫君は祖国と言ってはばからないソーニャには理解できないわけだが、それが愛というものなのだ。
『えーと、アナウンス役が急病でいなくなっちゃったんで、ボクが言うね。次のプログラムはお待ちかね、“自分の全部を丸裸♪”さーらん大暴露会で〜す』
 リリアのアナウンスに、ひぃぃぃ! とうとう来てしまったそのときに、今度はソーニャが悲鳴をあげるのだった。

 などなど、すべてを客席から見ていた深澪は思う。
 ステージに上がらないですんで超ラッキ〜。文字数様のおかげさまだねぇ。つるかめつるかめ。


『さーらんに聞きたいことある人〜?』
 リリアの言葉へ、客席から突き上げられた手がもりもり噛みついた。
『じゃあそこの人!』
「カルハリニャタン共和国で第三次産業に就いた場合、どの程度の生活水準が期待できますか? 具体的には統合軍特別情報幕僚に釣り合うだけの収入は得られるのでしょうか?」
 不幸にして蘇生したサーラは渋い顔で。
『そういうのは収入よりお互いの気持ちではないでしょうか? と言いますか、特別情報幕僚ってひとりしかいな』
『はい、じゃあそっちの人!』
「さーらんの身長、180センチからいきなり縮みましたよね? どういうことですか?」
『そういうメタな……軍機でありますからそれ以上ツッコんだら軍の総力(ふたり)あげて消すのでありま』
「さーらんを見てると僕のゲージが溜まってくるんですけどなんでですか?」
『なんのゲージでありますか……いえ言わんでいいであります』
「それはフリってやつですよね。僕のゲージはずばり」
『言わんでいいっつってんだろがあああああ!!』

「すごい。まともな質問がいっこもない」
 息を飲むあけび。
 その横には倒れ臥したままのリィェンと、ついでにパイの余りを食わされて海老反りで横たわる深澪がいる。テレサは謎の呼び出しを受けて去って行ったが、呼び出した相手のことは、あえて考えないほうがいいのだろう。
「いや、リリアさんがうまく振ってくれるはず」
 央が祈りを込めてリリアへ視線を送る。

『さーらんって戦車好きそうだよね〜。あ、でも、かわいいお人形とかもありそう?』
 会場の空気が――ソーニャを中心として――凍りついた。
 これぞ、フリ。
 今日の核心を突く質問の引き金だ。
 すなわち、サーラ・アートネットは女の子なのか、それとも男の娘なのか。
「同志サーラは、どっちなのだ? 答えよ、小官の目の前で、きっぱりと」
 ソーニャが据わった目で言い放った。どちらに転んでも地獄なら、選んだところで意味はなし。
 深澪という抑止力を失った会場が一気に爆ぜる。
「さーらんはちっちゃな雄っぱいの男の娘だよ!?」
「あんなにかわいい子が女の子なわけが」
「子作り絡まぬ真実の恋情、それこそが衆道なり!」
『おいいいい! なんでもれなく男の娘推しなんだよおおおおおお!?』
 あまりにも偏った紳士の願いに、サーラは慟哭するしかなかった……。
『えっと、じゃあ、さーらん男の娘ってことで?』
『リリア殿もあきらめないでくださいでありますぅ!!』
 ぎこちないリリアの笑顔にサーラ絶叫。
「央さんもここはひとつ男の娘にしとこうって伝ご」
『フロントも大事なとこなんだからもっと粘れよぉ!!』
 あけびの山彦の向こうでサムズアップする央にも絶叫。
「小官、せめてGLよりはTLのほうがあきらめつきそうである……たとえ同志がストーキング野郎だとしても」
『ですからあれはちがうんでありますいやちがわないでありますけど上官殿ぉぉぉあああ!!』
 果たして。
『さーらんの、大発表、だよ?』
 薄暗いリリアの声。
 サーラは息を吸い、マイクに向けて。
『小官っ!! 生まれも育ちもカルハリニャタン共和国!! これまでずーっと、女の子でありますたとえこの胸まな板であろうともお!! ってゆうか顔見りゃわかんだろが顔見りゃよおっ!!』
 ファンが一斉に動きを止め。
 次の瞬間、ステージへ殺到した。
 嘘だ!! さーらんは男の娘じゃなきゃダメなんだああああああ!!
「まずい、緊急撤収!!」
 ステージへ駆け出した央が、あけびと共にファンの先陣へ煙玉を叩きつけ。
 催涙ガスを吸って七転八倒するファンを置き去り、一同は会場を脱出した。


 後日。炎上まっただ中な匿名掲示板の“NYA-RA”スレに「さーらんはああ言ったけど照れ隠しだよ★」とのレスが書き込まれ、妙な安心とさーらん新グッズの爆売れを呼ぶわけだが、それはまた、別のお話。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【サーラ・アートネット(aa4973) / 女性 / 16歳 / さーイエロー】
【ソーニャ・デグチャレフ(aa4829) / 女性 / 13歳 / にゃーピンク】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 19歳 / 闇夜もいつか明ける】
【迫間 央(aa1445) / 男性 / 25歳 / 素戔嗚尊】
【リリア・クラウン(aa3674) / 女性 / 18歳 / 甘いのは正義!】
【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【礼元堂深澪(az0016) / 女性 / 15歳 / ぶっこみ屋さん】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 22歳 / ジーニアスヒロイン】
 
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 進むは裏切りの道。あはれなるが興なればこそ。
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2018年01月09日

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