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『水面の星、暗澹の穹 』
砂原・ジェンティアン・竜胆jb7192


「んん‥‥まぶし‥‥」
 目蓋の端をちらちらと照らす陽の光に、ジェンティアンは眉根を寄せた。
 学園を出て以降、彼の目覚ましはもっぱらこれ。なんせアラームが鳴る前に起こされてしまう。
 風に揺らぐカーテンを手繰って開けば、雲海の果てまでを照らすような慈光が細い髪に纏って煌めいた。
「――あ、また寝癖ついてる。切ってからよく跳ねるようになったなぁ」
 ふわ、と欠伸。大きく伸びをして、スマホのアラームを秒速で止めて。
 今日も、新しい日常が回り始める。




「お、兄さんおはよっすー。今日もお頭とデートっすか?」
 船内を歩いていると、通りすがりの一室から少年の元気な声がする。
「ああ、今日はカーナ・トゥリノって所らしいけど」
「まぁトゥリノ! まるで女神の泉が如き聖水が滔々と降る、清麗にして艶美な麗しの『水の街』ね! ああもう、こいつが傷作って帰ってさえこなけりゃあたしだって‥‥ほら、動いたら永遠の闇に葬るわよ!」
 むくれてぐりぐりっと傷を押す少女。悲鳴を上げる少年。
 ジェンティアンは思わず吹き出し、『お大事に』と手を振った。
「あ、リンドウ」
 少し歩けば、また他方から名を呼ぶ声。
 今度はちょっと涙まじりで、どこか力ないそれ。
「聞いてよ。トゥリノは美しい所だって有名だから、僕も一緒に――っていうかリンドウの代わりに僕が行くって言ったんだ。そしたら『うざいから却下』って――」
「あらら、ご愁傷様。またお頭のお土産話してあげるから元気だしてよ」
「ううー‥‥絶対だからね‥‥」
 そのまま廊下の端に座り込んだ黒羽の肩をぽんと叩いて、ジェンティアンは更に階段を登った。

 壁に掲げられた炎翼のグリフォン旗。
 その脇の花台には、細目で笑む黒猫の置物と刃こぼれのある日本刀――そして、一輪の花。
 どれもすっかり見慣れた風景になった。
 それらに軽く会釈をしてから、ジェンティアンは更に奥へ。


「お、来たかい!」
 船長室の扉を開いたと同時、ふわ、と漂う花の香り。
 しかし声の主はそこにはなく。
「おはようござ「隙あり!」ぃぅおぁっ!?」
 本日の挨拶はヘッドロックでした。
「ちょ、お頭っ、そりゃホームなんだから隙しかないって!」
「あっはっはっ、まぁそう言うな! 良きお頭としては日々船員とのふれあい(物理)は欠かせないからね! ただしウザいのは除く!
 早速トゥリノに出るよ、チキチキお宝土産発掘鑑定団だ!」
 ベリアルは朗笑すると、ジェンティアンをヘッドロックしたまま引きずるように歩き出した。
「首しま‥‥っ、てかギブギブギブ、僕カオスレートプラスだからぁ! あとネーミングセンスがひどい!」
「ほーうこの状況で口が減らないたぁ根性あるね、まぁホラ、おまえ自分で治せるだろ? 大丈夫大丈夫」
「良きお頭とは!」




「観光名所として名高いカーナ・トゥリノ。
 街の周囲を流れる水路と大公爵の加護により、街自体が天水膜に覆われている。
 年に1回1週間程度、熱暑が続く時期に膜が割れて雫が降りる《玻璃霞》と呼ばれる雨期があり、
 青空から雫が舞い落ちるその美しい光景を見ようと訪れる観光客が多い。
 ――と。」

 お土産を見繕う主の隣で、ジェンティアンは観光パンフレットをつらつらと読み上げた。
「水の都、雅霞の城‥‥ってね。地球で言えば桜吹雪に似てるかねぇ。不変の美と刹那の美が共存するような――さ」
 手慣れた調子で購入した葡萄酒が、木造の荷台に積まれていく。
 その中からベリアルは《METEOR》とラベルされた1本を手に取り、コルクを抜いた。
 お土産なのでは、と言いたげなジェンティアンの視線を感じたか、『こいつは私のお気に入りでね』と笑みを返す。
「荷台、僕が引きましょうか」
「あたしのお宝だからねぇ、あたしが運んで当然だろ? それに、この街で荷を引くのは慣れてるんだ」
 片手で荷台を引き、酒瓶を呷って。
 ゴロゴロ、ゴトゴト、石畳の上を荷が通る心地よい音が、ベリアルには懐かしく少し面映い。
「ここは大公爵《あいつ》の加護のおかげで、平和な街でねぇ。堕天してすぐの頃は、死にかけてはここで傷を治してたもんだ。
 だから出生の故郷は天界だが、第二の故郷はここ。そして、あたしの血はこいつってわけさ」
 ニッと微笑うベリアルに応えるように、酒瓶がとぷんと鳴った。
「お頭が昔話なんて珍しいね」
「あん?そうだっけ」
「大将になってからの話はたまに聞くけど、そんな昔の話はなかなかね。ケッツァーの皆もあんま知らないんじゃない?」
「‥‥んじゃついでにイイ物見せてやる。寄り道するよ!」


 街門とは逆方向に荷を引くことしばらく。
 連れて来られたのは街の最奥に構えた大公爵の館――の、裏手であった。
「さーて、邪魔するよー」
 おもむろに生け垣をかき分ける主の姿を二度見。明らかな不審人物ぶりにジェンティアンは思わず周囲を警戒(という名の生命探知)する。
「え、え!? 明らかに正規の入り口じゃなくない!?」
「トゥリノに住んでた頃にちっとね、いわゆる秘密の抜け道ってーの? 不法侵入《こういうの》って楽しいじゃん?」
 すんだひとみ。
 だめだ、このお頭はやくなんとかしなきゃ。

 in館。
「確かここを降りて右だったかねぇ‥‥‥‥で、この扉は‥‥オッケー解錠♪ いくよリンドウ!」
「めっちゃ楽しそうですね!?」(小声)
「昔よくやったイタズラさ。――ああ、ここだ!」
 複雑な道の先に目的のものを見つけ、ベリアルは紫銀の目を輝かせる。
 地下へと続く石階段。その先に見えたものは、暗い部屋の中央を貫く水晶のオベリスクだった。
 光る文字が刻まれた床は殆どが地下水に浸っており、冥い水底で光がゆらりと乱反射する。その様はまるで。
「まるで――」
 ベリアルの姿を標に。そうっと、ジェンティアンは黯澹の路に足を踏み入れた。
 高い天井が石階段を降りる僅かな靴音をことさらに響かせ、自分がごく小さな体になってしまったかのよう。
「星空が足元にあるみたいだろ? あたしはここで初めて――『空を手に入れたい』と思った」
「それでエンハンブレを?」
「ああ。空を駆け、空を支配し、空で生きる。そう生きようってね」
「ダーリンと離れても?」
「それ! 最初はダーリンも乗ってたんだって! ‥‥降りるって言われた時は寂しかったもんさ。
 おかげで長い金髪の男が船に居ると一瞬見間違――って、そういえば」
 不意に。ベリアルの指先がジェンティアンの金糸に触れた。
 学園を出るに伴って短くなったそれは、細い指を容易にすり抜けふわりと舞った。
「リンドウの髪も綺麗だったのに、勿体無いねぇ」
 かつての姿を思い起こし、惜しむように。あるいは、ちょっと拗ねるように。
「金髪ロン毛イケメン枠はお頭のダーリンで足りてるし、眼鏡は横浜の白い天使と被るでしょ」
 ジェンティアンはくすぐったそうにしながらも撫でられるまま、とぼけるように笑った。
 ぶっと吹き出す主を見、少し目を細め。
「――なんてね。伸ばしてたのは願掛け。いつかの宴会で絵を描いた、あの子の幸せを――だけど、彼女にはいいパートナーが見つかったし。
 眼鏡は‥‥僕の内側に踏み込むなっていう壁‥‥だったのかも」
 護らねばならなかったもの。
 護るために造ったもの。 
 そのどちらも、自ら望んで選んだもの。
 でも。
「どっちも――今の僕にはもう必要ないんです、我が主」
 真っ直ぐに主の紫銀を捉える。
 『そうか』と、短い返事。『ええ』と、満足げに。
 曇りのない蛍石の瞳が一瞬き、優しくベリアルの手を取った。



「――ところで。そろそろ出ないと怒られません?」
「おっと、そうさね。さて‥‥」
 オベリスクに触れた白い指が、文字を描く。
 光の筋が描き出したその言葉は。
「Lluvia de meteoros《流星群》‥‥? うわっ」
 水面が、啼く。ゆらぎ、波立ち、飛沫となり。
 光を孕んだ雫が昇る。昇る。昇る。
「さぁて、荷台を回収して船に跳ぶぞリンドウ!」
「えええ!? ちょ、急展開すぎない!?」









「――って経緯でして」
「ふーーーん」
「故意じゃないんだってば」
「ふーーーーーーーーーーん。別に何も言ってないけどね」
「兄さん役得っすねぇ♪」

 エンハンブレ・甲板にて。
 集まって主を出迎えるクルー達に、ジェンティアンはばつが悪そうに目をそらした。
 葡萄酒1本空けた後に大脱走、からの六分儀《ポラリス》による跳躍――。
 急激にかかった負荷で悪酔いした主を背負って運んでいただけなのだが、『彼』はまぁ、後で日記に何かを書きなぐるのだろう。
 呪いの言葉でも書かれたら怖いので、胸が柔らかかった事は内緒。うん。
「うぇぷ‥‥っ。ぁー、悪いねリンドウ‥‥」
「いえいえ、でも部屋じゃなくて甲板で良かったんです?」
「ああ。一番見せたかったのは――ん、始まった」

 ――ぱぁんっ

「ねーさま、これ‥‥《玻璃霞》? 冬なのに‥‥!?」
 きらきら。しゃらしゃら。
 弾けた天幕が氷の粒となってカーナ・トゥリノの街々へと降り注ぐ。
「ありゃぁそもそも夏の渇水対策の魔術機構なんだがねぇ、冬にやると霞が凍ってごらんの通り。
 昔よくやったイタズラだから、まーあたしの仕業って一発でバレるだろうけど。この氷の星屑を皆に見せたくなったのさ」
 空中から見るそれは、宝石を散りばめたように美しくて。
 けれど、ものの数秒もするとその輝きは色あせ、融けて消えてゆく。
「特別な冬の玻璃霞を、特等席で見る。ふふ、どうだいい思い出になっただろ?」

 うっとりと儚い輝きを見つめる娘。
 花火を見るように楽しむ青年。
 瞬きを惜しむほどに目に焼き付けんとする男。
 そして――ジェンティアンはスマホで眼下を1枚。そして、それを眺めている仲間の姿を1枚。
 まだ重ねた時間は短く、また、主の従僕となれなければ重なる未来も短いかもしれない。
 いや、諦めてはいないけれども。もしも、そうであっても。

「――さーて、我が愛すべき馬鹿で愉快な野郎ども! 冷えてきたしリビングで酒でも飲むよ!」

 それでも、後悔はない。
 これが初めて抱いた“夢”、なのだから。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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[> 砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)  /男/24歳/アストラルヴァンガード
  ベリアル・エル・ヴォスターニャ(jz0395)/女/?歳/悪魔

  友情出演 ケッツァーの愉快な仲間たち
  尻拭い   やれやれ系魔界大公爵

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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あれ?ベリアルのほうが出番おおくね??などと慄いている由貴です。

船での様子を‥‥って発注でしたが、船メインにしちゃうと筆は進むんですが
友情出演の面々の出番が多すぎて怒られそうなので、デートメインとなりました。
だって船にいて連中が出てこないとかありえなくないですか!?(力説)

ともあれ。
今回は星とか星屑とかってワードが多かったですね。
実は船の名前のエンハンブレ(enjambre)も、スペイン語で星屑の意味でした。
‥‥という話を、きっとスマホに辞書が入ってるであろう砂原君に言ってもらう予定だったのに
字数的に入れられなかったので後書きでネタバラシをする次第(くやしみ)

なお、この事件は案の定速攻でベリアルの仕業だと特定され
謝罪会見的なさむしんぐで、大公爵様より『いつまでも大人にならない悪餓鬼のイタズラ』と言われたとか。
尻拭いお疲れ様です公爵!


ヴァニタスになれるかどうか――。
まぁ、彼女は来るもの拒まずなので、多分、いずれはきっと。


ドタバタ感が薄い感じがやや心残りではございますが‥‥!
ご発注ありがとうございました!

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由貴 珪花 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年01月09日

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