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『閃雷 』
白鳥・瑞科8402
 教会――世界の狭間に存在し続け、人類の敵たる人外のものどもと対し続ける組織。
 武装審問官は教会の内でも人外の“狩り”に特化した能力者だが、彼らに「代表するものをひとり挙げよ」と問えば、そろってこの名を告げることだろう。

 白鳥・瑞科。


 教会では今、邪教徒の巣窟より押収した物品及び重軽傷者の受け入れ作業が行われていた。
 ごくマイナーな邪教を相手に五十の武装審問官のすべてが傷を負う事態に陥ったのは、けして相手が強者だったからではない。
 教祖が抱えていた旧世界の遺物たる短剣。
 命を魔力へ換え、手にした者を強大な魔術師と化すその刃は、信徒の殉教によって大いなる力を発現し、武装審問官を打ち据えた。
 それでも彼らが勝利をもぎ取り、こうして生還できたのは、まさに教祖が小物であってくれたおかげである。
 過ぎるほどに厳重な封が為された短剣が武装審問官の警備体制下、無垢なるシスターらの手で開かれた封印庫へ運び込まれていく……
「ああ、少し待ってもらっていいだろうか?」
 ふと沸き立つ声。深く老いていながらも太い張りのある音がシスターらを呼び止め。
 その背から胸までを貫いた。
 一秒とかけずに十のシスターは十の骸へ成り果て、床に転がった。皆一様にわけのわからない顔をしたまま、天国あるいは虚無へと蹴り落とされる。
「喰らう気にもなれないね。純正培養された命には深みがない」
 鼻をひとつ鳴らした声の主はゆっくりと、唐突な惨劇の向こうにある武装審問官の一群へその目を向けた。
 白い前髪をオールバックになでつけた、ダークスーツ姿の老人であった。
 もちろん、それだけのものではありえないことを、この場にある誰もが思い知っていた。ただの老人が魔力の刃を伸ばし、一挙動で十人の心臓を刺し貫くなどできようはずがないから。
 いや、それ以前に、教会最深部にあるこの封印庫の前まであっさり侵入してみせた老人が、ただの人間であるものか。
「スマートなやりかたでないことは詫びておくよ。でも、鍵をかけられてしまうといささか面倒なのでね。その程度には君たちを評価している、というのはせめてもの慰めになるかな?」
 老人は無造作に一歩を踏み出した。
 傷ついているとはいえ、武装審問官が五十人。しかも老人の手に規格外の呪具があるわけでもない。たとえ老人が魔神であろうとも、けして遅れを取りはしない。


「帰還命令、ですの?」
 白鳥・瑞科は聖製された杖の先を地についたまま、通信機に問いを返した。
 今、彼女は山中におり、目の前では彼女にとどめを刺された魔神が、ゆっくりとその骸を土へ溶け込ませつつある。
 今日は彼女と別に、チーム編成された武装審問官が邪教の巣窟へ向かったはずだ。かなり厄介な呪具が介在していることは聞き及んでいたが、加勢に行けではなく、すぐに戻ってこいとはいったいどうしたものか。
 教会からの通信はすでに切れている。ならばこの目で確かめるよりあるまい。
 瑞科は踵を返し。
 そして、目を合わせた。
 三体の異形の、命なき眼と。
「ガーゴイル。番人であるはずのあなたがたがこんなところへ迷い出てきた理由、いったいなんですの?」
『挨拶、あるいは試験かな?』
 佇むガーゴイルの一体が開き放した嘴の奥より語った。
 これはどこかにいる術者の声か。なるほど、音圧だけでかなりの力の持ち主と知れる。
「試験問題についてうかがいましょうか?」
『ごくシンプルなものさ。生き延びることができれば合格だよ』
 かくてガーゴイルどもは青銅の翼を拡げ、跳んだ。翼に塗り込まれた魔力が力強く空気をつかみ、その重い体を中空へと押し上げていく。
「あなたへ至る道の番人というわけですね」
 正直、先の戦いは瑞科にとって物足りないものだった。図体をいや増すことにばかり力を注いできたのだろう魔神は、彼女の剣技と魔法に抗うこともできぬまま滅んだのだ。強者を相手取るつもりでこんなところまで出張ってきたというのに――
「あなたがたの主を失望させずにすむよう努めましょう。ですから、わたくしを失望させることのないよう努めてくださいましね」
 伸べた左掌から舞い上がった重力弾が、魔力をたどってガーゴイルへ食らいついたが。
 青銅の翼のひと振りでかき消された。
 理由を探る必要もない。あの翼には重力操作の魔術が練り込まれており、それによって青銅の塊を空へ舞わせているわけだ。
「重力が効かないなら」
 右手に握り込んだ魔力を雷へ変え、瑞科は投げつける。
 これも狙い過たずにガーゴイルを直撃したが、動きを損なうことはなかった。
 生物ならぬものを生物さながらに動かすためには、形代をより生物に近づけるのがセオリーだ。ゆえに術者は金属の体内に臓器を配置し、動力たるものを埋め込んで“動かす”のだが。
 それだけの業(わざ)をもって精製されている、ということですね。
 弱点となる繊細な模作を行うことなく、ただの青銅塊を自在に挙動させる。それはまさに人外の業だ。相手は少なくとも、高位の魔術師か、魔神。
 並の武装審問官では、それこそ束になってかかったところで相手になるまい。
 だからこそ。
「悪くありませんわね」
 瑞科は口の端を吊り上げる。強者との戦いこそが彼女の望みであるがゆえに。
 早くお逢いしたいですわ。この技と業とを尽くして死合えるあなたと。
 ギギギ。関節を鈍く鳴らし、ガーゴイルが飛来した。
 降り落ちる爪を柄頭で払い、瑞科が踏み出した。行く手に待ち受ける二体めのガーゴイルの拳をすり抜け、その膝を蹴って上へ。空から急降下してきた三体めを杖の先より伸ばした雷刃で斬り払うが、弾かれる。
 硬い。強化されていますわね。そして三体がそれぞれをカバーして畳みかけてくる。
 攻めであれ守りであれ、一挙動で実現できることはひとつ。対して敵は三位一体。うまく合わせられれば手痛い傷を負わされることになるだろう。
 地へ降り立ち、杖を構えた瑞科は、包囲を狭めるガーゴイルどもを視線で撫で切り、引き結んでいた唇をゆるめた。
 かくて流れ出す、旋律。それは教会に口伝えられる神への賛歌だ。
 歌に引き寄せられるようにガーゴイルどもが正面、左、上から押し寄せる。右を開けているのは誘導。それを読み取っていながら、瑞科はためらいもなく右へと体をすべらせる。彼女の豊麗なボディラインをそのままに映した上着、そこに刻まれた教会を象徴する装飾が銀の軌道を描き、共に流れゆく長い髪の茶を映してガーゴイルを幻惑した。
 正面から迫る一体めの長く伸び出した爪が空を切った。
 とはいえ瑞科はわずか一歩ずれたばかりである。上からかぶさってきた二体めが、すぐにその脳天目がけて蹴りを落とす。
 瑞科は踏み止めた足を軸に上体をスイングさせて蹴りをやり過ごし、なお歌う。
 しかし、その足が上体を支えている以上、動くことはできない。三体めが満を持して四本の爪を撃ち出した。
 これこそがガーゴイルどもの意図。獲物が逃げる先を限定して追い詰め、確実に狩る戦術――そのはずだった。
 賛歌のメロディが、飛ばされた爪をかいくぐって高く響き、止まった。
「たとえ内まで青銅を詰め込んだとて、その均衡を保つため、人を模さずにいられませんわね」
 右に動かば左、左に動かば右、人体がバランスをとるためには、かならず左右の“振れ”を生じさせることとなる。“振れ”とは言い換えるならばリズムであり、リズムとは繋ぐことでメロディを成す。
 瑞科の歌声は、ガーゴイルのリズムをメロディで計るがためのメトロノームだったのだ。
 追い詰めるために駆けたはずのガーゴイルどもが、宙にある一体を追って空へ跳んだ。このまま攻めても機先を読まれるだけ。それならば翼持たぬ瑞科を空より一方的に攻め、疲れを誘う。
 次々と降りそそぐ青銅の爪を瑞科はかろやかなステップワークでかわす。その唇に歌はなかったが、読み解いたリズムはその足を確実に行くべき先へと導いていく。
 そして。
 瑞科の手が装飾を凝らした黒いミニのプリーツスカートをたくし上げ、ニーソックスを繋ぐガーターベルトに吊されたナイフを抜き取った。
 放られたナイフを、ガーゴイルどもは旋回してかわす。雷が乗せられていることは帯電した刃を見れば容易に知れる。子供だましの策ではないか。
 ……その青銅の脳を巡らせるべきだったのだ。瑞科の行動の無意味について。その裏に潜められた意味について。
 ナイフから電流が迸り、電界が発生。その中心に在るナイフは、自らを取り巻く力場に固定される。
「あえて空に立つ必要もありませんでしたけれど、この程度は思いつくことをあなたがたの主に示しておかなければなりませんからね」
 そのナイフの上に降り立った瑞科が艶然と笑む。
 ナイフに重力弾を含められていたなら、瑞科の意図をガーゴイルどもは読み取れたかもしれない。しかしあえて雷撃を含めた刃を見て、ガーゴイルはナイフを攻撃だと判断してしまった。ゆえに旋回し、無防備な背を瑞科に晒すこととなったのだ。
 杖から溢れだした雷撃がナイフを取り巻く電界を吸い込み、灼熱を成してガーゴイルどもへ叩きつけられた。
 翼を溶かされ、青銅を引き裂かれたガーゴイルどもは落ちることすらもゆるされず、宙に霧散した。


「逢いに行きますわ。もう少しだけお待ちくださいましね」
 応える者のないことを知りながら、瑞科は空に語りかけた。
 出逢いはいつだって待ち遠しいものだ。
 編み上げブーツのヒールを鳴らし、瑞科は教会への帰路を疾く駆け抜ける。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【白鳥・瑞科(8402) / 女性 / 21歳 / 武装審問官(戦闘シスター)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて彼女は駆ける。会合の予感胸に抱き、疾く、疾く、疾く。
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年01月09日

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