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『爆重 』
白鳥・瑞科8402
 言葉なくとも互いの隙をカバーし合い、剣と魔法とを折り重ねた連携を成す。武装審問官とはただのシスターではない。聖性を捨てて業を背負い、自らを滅魔の刃と化した殉教の聖女たちなのだ。
 しかし。
「心のどこかで思っているのではないかね? 罪をもって神に尽くした自分は、天国への門をくぐることができるのではないかと」
 老人の指で描かれた魔法陣から伸び出した黒き顎が審問官へ食らいつき、その体を、命を噛み砕いた。
 散開する審問官を見やり、老人は肩をすくめてみせる。
「そのように戦うことを学んできたのだね。だが、互いのために己を尽くさない君たちに、天国の門をくぐる資格はないだろうさ」
 審問官たちの攻撃魔法が老人へ集中する。
 そのすべてにカウンターマジックを発動させて弾き返しておきながら、老人がため息をついた。
「……待ち人が来たようだ。君たちは邪魔になるからね。死してどこへ行くものかを問うてみたかったが、それもかなわない」
 老人の体から溢れだした“黒”が武装審問官のすべてを押し包み、咀嚼し、その血を、命を飲み尽くした。
「そのままそのまま――いいよ、吸いなさい」
 いつの間にか老人の手に握られていた金の短剣に、武装審問官だったものがどろりとそそがれる。
「いくつかの命を無駄にしてしまったが、試すくらいなら問題ない。そう思うだろう?」
 老人の足元に薄く浮かび上がった魔法陣から“黒”の散弾が飛び散った。
「おっしゃる意味はわかりかねますが、歓迎にしてはいささか無粋ですわね」
 来訪者が肩に留めていた丈の短いマントを散弾に投げつける。人造聖骸布製のマントは魔法弾に込められた邪悪な魔力を打ち祓い、床に落ちて激しく跳ね回る。
「すでにあなたの結界の内、ですか。この場は聖性に満たされているはずなのですけれど」
 聖地に生えるレバノン杉――箱船の建材として使われ、おそらくは人の子であった主を磔にした十字架にも使われたであろう木を圧縮、鍛え上げた杖を手に来訪者が小首を傾げた。
 白鳥・瑞科。
 歴代を含めた武装審問官の内でも最強と謳われる女である。
「これだけの死を重ねれば穢れもするさ。君がもう少し早く来ていれば、死なずにすんだ命もあっただろうにね」
 老人の揺さぶりに、麗佳は不動。
「祈りを護る刃となることこそ我らが願い。過ぎた感傷は無用ですわ」
 老人は鼻をひとつ鳴らし。
「さすが、と言っておこうか」
 召喚した魔腕を瑞科へ襲いかからせた。
「あなたの目的はなんですの? 逢いにきてくださっただけではないのでしょう?」
 白の編み上げブーツで鎧われた脚で魔腕をブロックし、瑞科はその腕にヒールを突き込んだ。このヒールは聖別した銀を研いだ杭。使いようによっては吸血鬼の真祖をもひと突きで屠る力を持つ。
 魔腕が銀の聖性を打ち込まれて溶ける。溶けきる前に瑞科はヒールを足がかりに腕の上を駆け、老人へと迫った。
「おっと」
 突き込まれたヒールをかわし、老人が飛びすさった。
「なにも聞いていないのかい? この封印庫へ、今日、なにが運び込まれたのか」
 彼が踏んだ跡に浮かぶ魔法陣。そこから刃が、弾丸が、触手が吹き出し、瑞科を襲う。
「それを聞く前に来ましたので。でも、どうでもいいことですわね」
 杖に込めた白き魔力で老人の攻めを薙ぎ払い、瑞科はさらに踏み出した。
 正体こそ知れずとも、老人が魔導師であることは明白だ。間合の幅を与えることはすなわち、攻撃の幅を与えることに繋がる。
「ダンスは嫌いじゃない。躍るのではなく、躍らせるのが、だがね」
 老人の言の葉が陣を描き、その内を埋めていく。武装審問官を容易く喰らい尽くす業を備えていることは承知していたが、音そのものを魔法に換えるとは……
「想像以上ですわ」
 紅で飾った瑞科の口の端が吊り上がる。
 敵は強い。それをあらためて確かめることができたことを、主に感謝した。獄へ落ちるこの身へ、それまでの時を十全に満たす敵をお与えくださったこと、感謝いたしますわ。
 かくて黒炎噴き上がり、瑞科の身を押し包む。
 いかな人造聖骸布の衣とて数秒と保つまい、まさに地獄の業火である。
「焼かれたくなければ躍るのだな。右へ左へ」
 瑞科は老人の言葉を遮るように目を閉ざした。
「どうした、そのまま友の後を追うか? まだ私は君たちから譲り受けたものを抜いてすらいないのだが」
 老人が語り終えたとき。
 瑞科は炎を抜けてその眼前に踏み込んでいた。
 祈ったところで奇蹟など起こらない。だから、彼女は必然を成したのだ。
「音で魔法を為すなら、鳴らし続ける必要がありますわね」
 老人の饒舌はまさに呪文。その言葉が発せられることで魔法は繰られる。
 瑞科は老人の刻むリズムを計り、その音の傾きを読んでその逆へ進んだ。
「ガーゴイルがしてやられたように、私もしてやられたわけだ」
 瑞科の杖の一閃を掌で止めた老人は、スーツの内ポケットからそれを抜き出した。
「これが私の得たものだ。人の命を魔力に変換するそうだが、今さら増幅に頼る必要もないのでね」
 足音で描いた魔法陣より顎を呼び出して瑞科を牽制し、老人が距離を取る。
 あえて追わなかったのは、その不穏な気配を察したがゆえだ。
「それを得るため、神の子らを殺めたのですか」
「得るためではないよ。使うためだ」
 果たして老人の手が金の刃持つ短剣をかざし。
 あっさりと割り砕いた。
 弾け飛んだ欠片は次々と床に落ちて硬い音をたて。
 その音のひとつひとつが小さな、しかし恐ろしい密度を持った魔法陣を描く。
 魔法陣から火水土雷……あらゆる高位魔法を呼び出し、瑞科へ殺到した。
「リズムを読んだところで無意味だ。これはリズムなにもない、ただの乱打なのだからね。雨粒すべてを避けられる者はいないだろう?」
 しかし。
 瑞科は杖の先に灯した重力弾を突き出した。その重さが、彼女の体に食い込もうとした魔法を弾き、奔流の内に獣道を拓く。
「すべてをかわせずとも、降りかかる雨粒を払うことは可能ですわ」
 魔法乱れ飛ぶ場を一気に駆け抜け、間合を詰めた瑞科が老人の胸に杖を突き立てた――と、杖が弾かれ、瑞科はその突進をいなされる。
「さすがに刃なら貫かれたかもしれないが、杖で幸いだったよ。それに魔法は別に音だけで為すものではないからね」
 スーツの下から浮き上がる、魔法陣。老人は肌に直接魔法陣を刻みつけている。いや、この発動の速さからして、体そのものが魔法殻なのか。
「魔導師どころか、魔法そのものですか」
 老人は応えず、その身から魔力をあふれさせる。
 散らばっていた短剣の欠片がそのまわりに吸い寄せられ、金の砂場を成した。
「さあ、踏み込んでみるかね?」
 魔力を増幅する短剣の欠片。老人が支配する場において、音を鳴らせばそのすべては強力な攻撃魔法となって瑞科を襲うだろう。
 老人が魔法に対して凄まじいまでの抵抗力を備えていることは知れていた。彼を屠るには踏み込んで間合を詰め、強撃を叩き込むよりない。
「増幅する必要がないと言いながら、その恩恵に預かっている。矛盾ではありませんの?」
「別に矛盾とは思わないよ。なぜなら使うために得たのだからね」
 老人の体に浮いた魔法陣が黒き圧を放つ。それは大魔法を撃ち放つため、陣が蠢きだした証。
 瑞科は刹那、思考を巡らせる。
 老人の音はすなわち魔法。
 人の身をもって音を超える迅さを為すことは不可能。
 しかし。
 音には特性がある。
 それを突けば。
 刹那の最中、瑞科の手から重力弾がこぼれ落ちた。
 その重力弾を踏みしだき、瑞科が進み出る。
 ヒールににじられた金砂が固い音を弾けさせ、それはもれなく魔法となって。
 瑞科の周囲を穿ち、引き裂き、爆ぜさせる。
「!?」
 老人が皺深いまなじりを吊り上げた。
 すべての魔法が瑞科を避けている……そうではない。重力に押しやられ、逸らされた。
 音には指向性がある。飛ぶ方向をねじ曲げられれば当然、魔法自体もねじ曲げられることになるのだ。
 瑞科は重力弾を踏んで爆ぜさせ、その重さをもって音そのものを外側へ吹き飛ばした――!
「これは……してやられたね。だが」
 魔法は効かない。おそらくはそう言うつもりだったのだろう。あるいは、すでに私の魔法は成っている。か。
 今となっては、どうでもいいことですけれど。
 老人の両足は固定され、前後左右、どこにも動かせはしない。支えとしては充分だ。
 瑞科のヒールが老人の胸を抉る。銀の聖性が老人を構成する魔法陣を押し退け、深い穴を穿つ。
「――っ、しかし!」
 この程度で滅しはしない。そうでしょうね。
 ヒールを引き抜いた瑞科はそれを新たな重力弾を落としておいた床に突き立て、欠片がばらまく魔法を避けると同時、自らを固定した。そして。
 杖の先を今穿った老人の穴へ突き込んだ。
「外へ向かおうとしている魔力を、今さら内へ向けることはできませんわね?」
 攻めに特化すれば守りを損なう。それはまさに必然である。
「これがわたくしを尽くした、今のわたくしに為せる最大の魔法ですわ」
 瑞科はその身に在る魔力のすべてを杖へと流し込み、笑んだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【白鳥・瑞科(8402) / 女性 / 21歳 / 武装審問官(戦闘シスター)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて彼女は自らを奇蹟と成す。
 
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年01月09日

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