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『あたらしい『光』 』
和紗・S・ルフトハイトjb6970

 学園内の小道を、和紗・S・ルフトハイトがゆったりとした歩調で歩いていた。

 二〇一八年が明けて数日のこの日、正月らしく外気はひんやりと引き締まってはいたが、雲は少なく、風もない。散歩には絶好の日和である。
 時折、遠くから学生たちの声がさざめき聞こえる。さすがに年の変わる前後はこの学園もいくらか静かになっていたが、帰省していたものたちも戻る頃であろうし、学園の暦に休みはあっても、撃退士の職務に休みはない。学園はすでに学園らしく、普段の騒々しさを取り戻しつつあった。

 その中を、和紗はゆっくりと──普段の毅然とした彼女からすると少々意外なほど、のんびりとした様子で歩いていた。
 無意識でもあるし、意識してもいる。
 和紗は大学部の敷地の中にある、こぢんまりとした広場までやってきた。普段からあまり人のいない場所である。今日も静けさが心地よい。

「‥‥ふぅ」

 据え付けられているベンチに腰を下ろすと、自然と息が洩れた。歩いてきただけなのに、これまであまり縁のなかった気だるさがある。
 それもそのはず、彼女は──、

「カズサだ」

 不意に名前を呼ばれて、首を巡らせると、和紗が入ってきたのとは別の入り口に、一人の女生徒が立っていた。
 赤いリボンでツーサイドアップにまとめた金髪と、大きめな瞳を覆い隠すサングラス。見慣れた少女の姿に、和紗は自然と、口元を柔らかくほころばせる。
「明けましておめでとうございます、リュミエチカ」

 今年初めての挨拶を、そうして彼女と交わすのだった。

   *

「お正月はゆっくり過ごせましたか?」
「‥‥チカは、いつでもゆっくりしてる」
 リュミエチカは、質問にそう答える(?)と、和紗へと近づいてきた。
 ‥‥が、隣に腰掛けるわけでもなく、微妙な距離を開けてそわそわしている。
「どうかしましたか?」
 敢えてそう聞いてみる。実はなんとなく、その理由の察しは付いているのだが。
「カズサ‥‥」
 リュミエチカは和紗の全身を観察するように見回すと、言った。
「変」
「変、ですか?」
 思わず問い返すと、真顔で頷く。
「服も違うし‥‥」
 確かに、今日の和紗は普段校内で着用している青の儀礼服姿ではなく、締め付ける部分のないゆったりとしたワンピース姿である。
 そして彼女の腹部は、傍目にわかるほどはっきり大きくなっていた。
 リュミエチカはそんな和紗のお腹をびしっと指さした。
「それに、お腹に何かを隠している」
「隠‥‥!?」
 探偵が悪事を暴くかのような仕草に、和紗は思わず吹き出しそうになるのをこらえた。まだまだ世間知らずの彼女のことだから、『太ったか』などとは聞かれるかもと思っていたけれど。
「俺は何も、隠していませんよ」
 そう答えると、リュミエチカは今度は、困ったように眉根を寄せた。
「じゃあ‥‥カズサは、病気?」
「いいえ」
 戸惑う彼女を安心させるために、和紗は微笑んで首を振る。そろそろ答えを教えてあげるべきだろう。
「俺の体には、確かに変化が起きていますが‥‥でもそれは、悪いものではないのです」
 手招きで呼び寄せると、リュミエチカは困り顔のまま近寄った。和紗はそんな彼女の右手をとると、すっかり丸みが目立つお腹へと導く。

「俺は妊娠しています。‥‥ここに、新しい生命が育ちつつあるんですよ」

 サングラスの中のリュミエチカの瞳が大きく見開かれるのがわかった。



 和紗はリュミエチカを隣に座らせた。
「妊娠のことは、分かりますか?」
「ちょっと。‥‥授業で習ったから」
 リュミエチカは、和紗のお腹を凝視しながら答えた。
「母親のお腹の中で胎児が大きくなって、生まれてくる‥‥って言ってた。けど‥‥」
 やはり実際に妊婦の姿を目の当たりにするのは、初めてのことだったのだろう。今も信じられないといった風でまじまじとお腹を見つめている。
「本当に、ここに胎児がいるの?」
「‥‥はい。赤ちゃんがお腹の中ですくすく育っています。ちなみに、男の子です」
「赤ちゃん」
 口になじまない言葉を、リュミエチカは繰り返した。
「いつ生まれるの?」
「もう七ヶ月に入っていますから‥‥予定では四月頃ですね」
「ふうん」
 リュミエチカはぱちぱちと瞬きをしつつも、ずっと和紗のお腹から目を逸らさずにいた。
「‥‥そんなに気になりますか?」
 そう聞くと、やっと少しだけ顔を上げた。どこを見るべきかと少し視線を惑わせてから、逆に問い返してくる。
「お腹に‥‥赤ちゃんっていうのがいるのって‥‥どんな感じ?」
「そうですね‥‥」
 和紗は少し考えて、それからついとお腹を撫でた。
「とても、有り難いという気持ちになります」
「ありがたい」
 リュミエチカの繰り返し言葉に頷きを返す。
「俺のお腹の中で、毎日大きくなっていく生命‥‥俺もかつては母親の中で同じように育ち、そして生まれました。主人も‥‥大切な仲間たちも皆同じです。
 それはとても有り難いことなのだと、実感しています‥‥。このお腹の中の生命も、大切に育んでいかなければならないと」
 和紗の、慈しむような微笑みを見て、リュミエチカは眩しそうに目を細めた。
「皆同じ?」
「はい」
「でも‥‥チカは違うかも」
 そう言ったリュミエチカは、ふいと視線を逸らす。
「何故ですか?」
「‥‥チカは、親とかいなかったから」
 リュミエチカは、魔界ではずっと独りであったという。外見通り、まだ年若い悪魔でありながら、親の記憶すらないというその言葉は、彼女の当時の境遇を和紗にも想起させた。
 でも、そのことが顔を背ける理由になんてならないことも、和紗には分かるのだ。
「俺だって、生まれてきた瞬間のことを覚えているわけではありません」
 リュミエチカの腕をとって引く。
「覚えていなくても、リュミエチカにもちゃんと両親がいたのです‥‥こうしてお腹の中で大きくなって、やがて生まれて‥‥そして、俺たちと出逢ってくれたのだと思います」
「そう、かな‥‥?」
「そうです。だから見知らぬリュミエチカの両親に、俺は感謝しています」
 力を込めて告げると、リュミエチカは逸らしていた顔を、ゆっくりと戻した。
「もちろん、チカにも」
 付け加えると、リュミエチカは恥ずかしそうに視線をさまよわせた。



「カズサは、お正月、どうしてたの?」
「俺も、家族でのんびり‥‥と言ってもお店は正月も営業しているので、主人は夜は仕事でしたけれど」
「カズサは仕事してない」
「俺は休むように皆に仕事を止められているのです‥‥」
 リュミエチカの邪気のない言葉に、和紗は苦笑した。本人からすれば、今は安定期なので妊娠初期に比べれば体も動かせるし、少し手伝うくらい‥‥と思ってもそうさせてもらえないらしい。『皆』ということは過保護なのは旦那ばかりではないようだが。
「学校は来てもいいの?」
「体を動かす授業は無理ですが、ギリギリまで通うつもりです‥‥生まれてしまえば、後は普通に通えると思うのですが」
 さらりと言ってのける和紗。

「赤ちゃん連れてくるの?」

「ええ」←久遠ヶ原だから大丈夫と思っている
「ふうん」←よく分かってない

 この辺り、ツッコミが不在。

「リュミエチカ」
 和紗が名前を呼んだ。微笑みながら、自分のお腹をそっと撫でると、リュミエチカはごく自然にその手の動きを見つめる。
「俺と出逢ってくれたように──リヒトにも、出逢ってやってくださいね。この子の名前です」
「リヒト」
 ドイツ語で『光』を意味するその名を、リュミエチカは眩しそうにつぶやく。
 けれども、目を逸らすことはせずに。

「リヒト」
 お腹の中で芽生え育つ、新しい生命の名をもう一度繰り返して呼ぶ。

「リヒト」
 二人の声が重なった。答えるような我が子の胎動が届き、和紗はくすぐったそうに笑うのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb6970/和紗・S・ルフトハイト/女/20/光を宿す】
【jz0358/リュミエチカ/女/14/光を見つめる──】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました!
身近な人が子供を宿す、ということはリュミエチカにとっても初めての体験です。
どんなことを思うだろう、何を尋ねるだろうと考えるのが私としてもとても楽しかったです。
イメージに沿う内容となっていましたら幸いです。
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嶋本圭太郎 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年01月09日

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