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『二〇一八年、冬 』
サラ・マリヤ・エッカートjc1995)&ミハイル・エッカートjb0544

「ふはーーーー」

 白く煙る湯気の中、ミハイル・エッカート(jb0544)の息を吐く声が響いた。
「生き返る〜……」
「ふふ。温泉って素敵ね」
 ぐでんとヒノキの縁に背を預けるミハイル――夫の姿に、サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)は微笑ましげに目を細めた。濡れ髪をまとめ、温泉に火照った体は、まさに女性的なる美の顕現。
「今日は運転、お疲れ様」
 見惚れるミハイルの眼差しには気付かず、サラは穏やかに夫を労う。「どってことないさ」と彼は笑った。

 二人がいる場所は日本某所、とある温泉街の温泉宿。
 朝早くからミハイルが運転する車で出発し、一通りの観光と散策をして……宿泊先の温泉に至る。
 ここの温泉は時間帯によっては貸し切りが可能で、今は夫婦水入らず、二人きりでヒノキ風呂。東屋のような屋根の向こう側に見える山景色は、ちらつく雪に雪化粧を帯びていた。
 温かいお湯の温度と、きりりと冷えた冬の空気と、湯気と共に舞う雪と。まことに風流である。

 ――二〇一八年、冬。
 夫婦は九月に新婚旅行を終えたばかり。
 夫婦だけどまだ恋人のような、そんな焦れるような甘酸っぱさがまだまだ残るひとときである。

「綺麗だなぁ、雪」
 と、最中だ。ミハイルがザバーと湯船から立ち上がる。「もう上がるの?」とサラは問おうとしたが――どうもそうじゃないらしい。ミハイルの目的は、屋根のない場所に積もった雪。腰タオル一枚で、雪の上を「うおおお冷たい」と白い息を吐いて歩いている。
「ミハイルさん、寒くないの?」
 見ているだけでも寒くなってきて、思わず肩まで湯船に浸かりつつ、サラは目を丸くしてそう言った。
「俺は露独ハーフだからな、寒いの得意だ! 半分ロシア人!」
 振り返るミハイルが親指を立てる。
「……あら? でも、アメリカ生まれのアメリカ育ちって言ってなかったかしら」
「ま、まあな!」
 そう、ミハイルはドイツは旅行で一度だけ程度、いずれの国にも住んだことはないのだ。まあそのあたりは気合でカバーするとして、ミハイルは指を真っ赤にしながら雪をせっせと集め始めた。サラが湯船からじっと見守っていると、雪はやがて、小さな雪だるまになってゆく。それも複数の。
「あら、可愛らしい」
 身を乗り出したサラがぱっと微笑む。そこかしこを囲む小さな雪だるま。「だろ?」とミハイルは得意気だったが、ついに寒さの限界が来た。雪の中、タオル一枚は流石に。「うー寒い寒いっ」と彼は逃げるように湯船に帰って来た。
 まるで少年のような夫のはしゃぎ方に、サラはキュンとするような愛らしさを覚えては笑みが込み上げる。ミハイルはタオルを頭に乗せて、ふうと白い息を吐いた。
 さて、温かい水面に浮かべた盆には酒徳利と御猪口。
「風情だなぁ」
「そうねぇ」
 二人で並んで、酒を味わいながら、見やる雪景色。日本の風情だ。
 夫婦という間柄、沈黙が流れても気にはならない。寄り添う二人。穏やかな時間が、ゆるやかな湯気と共に流れてゆく……。







 温泉から上がれば、ロビーは賑やかなもので。
「お待たせ」
 サラがロビーに出れば、既にミハイルがソファーに座って待っていた。「待った?」「待ってないよ」なんて言葉を交わせば、まるでデートの時のようで、無意識的にそんな言葉を交わしていたことに気付いた夫妻ははにかみ笑った。まあ、デートっちゃデートである。
(沙羅は何を着ても可愛い……美しい……)
 ミハイルの視線の先、サラは浴衣姿なのだが、これがまたよく似合う。惚れ直す、とはまさに文字通り。温泉に来てよかったと改めて幸せを噛み締める。

 さて、傍らの売店には、地元の牛乳を使ったと謳うコーヒー牛乳がガラスの冷蔵庫に並んでいる。風呂上がりの浪漫、瓶入りのやつだ。
 折角なので二人分購入する。ロビーのソファーに腰を下ろし、漫然とつけられているバラエティ番組を流し見した。ありきたりなクイズ番組、動物と赤ちゃんとグルメでとりあえずの視聴率。コーヒー牛乳は普通においしかった。風呂上がりの乾いた喉に流し込みつつ、並んで座った夫妻は辺りを眺める。宿はなかなかに繁盛しているようで、子供連れの家族から老夫婦まで実に様々である。

「……、」

 そんな様子に、夫妻は思うところがあるようで。
「子供かぁ」
 空っぽにしたコーヒー牛乳の瓶を手に、ミハイルが呟いた。じっと眺めているのは、小さな子供と赤ん坊連れの家族だ。母親が優しい顔で赤ん坊を抱いており、父親は元気盛りの子供と一緒にお土産コーナーを眺めている。いずれも楽しげで、幸せそうだ。その光景にミハイルは自らと妻、そしてまだ見ぬ子供の姿を重ねていた。
 サラも同じように、ミハイルと同じ方向を見つめている。と、
「子供は何人ほしいかしら?」
 彼の横顔を覗き込みつつ、サラはそう問うた。「そうだなぁ」とミハイルは飲み切った瓶を、妻の分までちゃんと分別して捨てつつ、しばしの思案を見せる。
「男女織り交ぜの三人欲しいな!」
 サラを見やり、そう笑う。サラはニッコリと笑みを返した。
「どんな子が生まれてくるのかしら」
「沙羅に似た女の子なら、きっと美人になるぞ」
「ふふ。じゃあ、ミハイルさんに似た男の子なら、男前さんになりますね」
「んん、そんなに真っ直ぐ見つめられて言われると、流石に照れるな、はは」
 照れ隠しのように肩を竦めてみせるミハイル。なんのかんの、妻には敵わないなぁと思い知る。そして――こんな日々がこれからも続くんだろうな、と老夫婦に目を留めては、そんなことを思った。
 仲良く寄り添い歩く老夫婦の間には、何人たりとも侵し得ぬ絆があった。その指にはシンプルな結婚指輪が煌いている。言葉は少ないが、もはやあれやこれや交わさずともよいほどに、二人は通じ合っているのだろう。その愛の、なんと尊く美しいこと……。
「あんな風に歳をとりたいですね」
 サラは目を細めている。ミハイルはそんな妻の手――結婚指輪が飾る手を、そっと握った。
「俺達も年取ってもラブラブだ!」
「そうですね」
 サラもその手を握り返した。この人と過ごす未来は、きっときっと輝くほどに幸せなんだろう。お互いがそう確信している。新婚間もないがゆえに舞い上がっているからだろうか? 絶対にないと言えば嘘になるだろう。でも……二人でこれから歩んでいく遠い未来を想像するだけで、心に花が咲くような心地がするのだ。
「そういえば、ゲームコーナー」
 と、サラがロビーの一角にある古びたゲームコーナーを見やった。その眼差しには好奇心があった。
「……ちょっと気になります」
「いいな、まだ夕食まで時間もあるし。行ってみよう」

 というわけで――その辺のゲームセンターと比べて、幾つかの時代が過去であるゲームコーナー。
「まあ、ミハイルさん凄い」
 サラはUFOキャッチャーで取ってもらったウサギのぬいぐるみを抱きしめて、ミハイルが向かう格闘ゲームの画面を後ろから覗き込んでいた。「K・O!」とゲーム内メッセージが流れる画面、ミハイルが操作するキャラが相手を鮮やかなコンボで完封したリザルト。
「いやぁ、懐かしいなぁ。これ、一昔前の格ゲーだぞ」
 サラに「凄い」と言われて、ミハイルはちょっと鼻高である。サラは自分がゲームをプレイするよりも、ミハイルがプレイに熱中しているのを見るのが楽しいようである。格闘ゲームの前はコインゲームに年甲斐もなく夢中になっていたミハイルだが、その一喜一憂にサラは目をわくわくに輝かせていた。……なお、コインゲームの方は運が悪いのか上手くいかなかった様子。
 そんな時である。「兄ちゃん上手いな」と、どこぞのオヤジが乱入してきたではないか。「ほほう」とミハイルはオヤジを見やり、ニヤッとして。
「ふ――撃退士の反射神経を舐めるなよ」

 レディ……ファイッ!

 ――……

 K・O!

「俺の勝ち」
 ドヤァ。かっこつけるミハイルと、拍手をするサラと、すごすご去ってゆくオヤジ。
 ……おっと、そろそろ夕食の時間である。「行こうか、沙羅」「ええ、ミハイルさん」と、二人は歩き始めたのである。







 豪華で立派な海鮮料理、ひとときの贅沢。
 雪の夜景を眺める浴衣姿のサラ、宿の看板を前にピースする夫婦二人。
 エトセトラ、エトセトラ。
 そんな数々の幸せ写真が、ミハイルの会社の広報誌に載せられた。
 直球的に言おう、ただのミハイルの自慢である。

(ふふふ……全社員からの羨望の眼差し、俺に刺され!)

 特に独身社員からの視線が容赦なくブスブス刺さるが、それすらもミハイルには心地よかった。
 温泉旅行から帰還したミハイルはずっとこんな調子である。まあ、「妻との生活のために!」とやる気をバリバリだしてガンガン仕事をしてくれるので会社的には良いのだが!

 さて、そんな時であった。ミハイルのスマホが着信を告げる。画面を見れば、妻からだ。珍しい――仕事中に電話をかけてくるなんて。もしや何かあったのだろうか。一抹の不安を抱きつつ、ミハイルは真剣な声で「俺だ」と電話に答えた。
『ミハイルさん!? たいへんっ!!』
 途端、受話器越しにサラの弾んだ声が飛んできた。おっとりした彼女がこんなにも声を張るなんて。唾を飲み込んだミハイルは「どうした?」と冷静に尋ねた。

『私――赤ちゃんができたの!』

 サラ自身も驚いているような、しかしそれ以上に喜びに満ちた、そんな一言。
「   、」
 ミハイルはあまりの衝撃に言葉を失った。スマホも落としそうになった。
『あら? ミハイルさん、聞いてる? 私、赤ちゃんができたのよ。さっき病院で――』
「聴いてるよ、もちろんだ」
 不覚にも泣きそうになった。そして広報誌を見やり、こう思った。

 ああ、次は三人で、あの宿にいこう。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)/女/28歳/アストラルヴァンガード
ミハイル・エッカート(jb0544)/男/32歳/インフィルトレイター
イベントノベル(パーティ) -
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エリュシオン
2018年01月10日

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