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『かけはし〜神託蒼記録〜 』
エアルドフリスka1856



 違和感というほどではないけれど、どこか、小さな引っ掛かり。それがいつから二人の間に存在していたのか、子規はその境界を思い出すことができない。
(気づいたら、当たり前だった?)
 それを認めてしまうのは、自分にとって非常に良くないものを選び取ったことになってしまう気がするけれど。
 人生の壁とも言える受験を早々と終えて、他に煩わされることがなくなった今、ふと立ち止まり見回して……気付けたのは、きっと悪いことではない。
(それだけ巧妙だったってことだよね)
 その手腕はもっと別のところへ向けてくれればいいのにと思いもするが、だからこそ、子規の想う彼なのだろう。
 巻き返すにも、きっとその手順は重要で。子規は次の予定を思い返し、自室で一人、思考を巡らせる。

 子規が受験生ではなくなったことを知ったのは、当人を除けば自分が一番早い。それは予想でもなく断言出来る事実で。それだけ自分の存在が子規にとって多くの部分を占めているのだろうとわかってしまう。
(……だからこそ)
 その事実を思い返すことが増えた。それは子規が勉学に割く時間を増やした頃から顕著になったとも言えるし、そもそもはじめからそうなるものだったと予想も出来ていた。
 自然と、自制が効くようにもなっていたのは喜ぶべきなのだろうか。
 揺らぐことも少なくはなかったし、自ら望む状況に身を投じたこともある。けれど、決定的な言葉も、行為も。本能的と呼べるほどに避けて、今この時に辿り着いている。
「いっそ、」
 言葉としては続けない。零れかけた声は音にならず、燐太郎の胸の中を転がり落ちていく。
 潤む瞳に微かに混じる怯えの気配。それを育てることがどうしても出来なかったのは、紛れもなく自分自身なのだから。



「センセ」
 今日はどこに行くの、と助手席から声をかければ、どこか気のない相槌。運転中だといえばそれまでだけれど。
「……ねぇ、燐?」
 停車中でさえ返事がおざなりのように見せてくるとは。これは悪戯を仕掛けても構わない、そう受け取ることにして。特別な時だけの声色で、口の中で転がすように告げる。どんなに小さな声でも、こう呼べば気付いてくれるから。
「ッ……運転中はやめなさい」
 これだけ近い距離で聞き逃すなんて無理だ。小さくとも息を飲んだ気配に笑みを浮かべたくなる、けれど続く先生の言葉に、あがりかけた口角が止まった。
 口調に距離を感じる。否。距離を感じさせようとしている?
(それを尋ねたらどう、答えるんだろう)
 思うと同時に、考えるまでもなかった。
(先生らしく答えるんだろうな)
 きっと今日だって、合格祝いだからと、先生と生徒の距離感を保とうとするはずだ。
 受験勉強が終わってから時間は十分にあった。子規はこれまでの燐太郎を振り返ったから、わかる。どれだけ自分の人生の為に時間を割いたとしても、燐太郎と過ごす時間は忘れない。
 少しずつ、燐と子規としての関係が、先生と生徒の関係に寄せられていた事に気付くのは容易だった。
 どうして。
 想いは重ねた筈で、今もなくなったようには見えない。はじめの頃とはまた違う、よそよそしさを感じる。
(また近付けばいいだけなのだけど)
 気持ちが自分に向いていると分かった上でなら、強気に出るのも簡単だ。
(多分?)
 抱えている想いが同じままなら、きっと。

 窘めた結果、得られたのは潤みかけた視線。これまで何度も崩されて、都度積み上げてきた理性の敵。繰り返されてきたいつもの攻防は、燐太郎の中で今もなお慌ただしさを極めている。
(慣らされている)
 良い意味でも、悪い意味でも。表情にはあまり出ないように鍛えられたが、1人で落ち着ける時間の反動は強くなった。
 これまで耐えること、抑えることは得意だと思っていたのだが。そうではなかったのだと思い知らされたといえるだろう。



 これだけ店があれば気に入るものの一つや二つみつかるだろうと、ショッピングモールを選んだのは間違いではなかった筈だ。
 品揃の多さに目移りさせながらはしゃぐ子規を見て、本人に気付かれないならばと目元を和ませ警戒が緩んでしまったのだと思う。それがこの事態を招いてしまったのだとするならば、ずいぶんと大きな失態だ。
 偶然出会った高校時代の友人は、妙な空気を読み取ることなく引っ掻き回していったのだ。拒まず追わずの燐太郎という、過去の女性遍歴を暴露することによって。

 もてるだろうとは思っていた。今だって騒ぐ女生徒達がいるのだから、当たり前だと思っていた。だから、ちょっとした過去の思い出話が聞ければいいなと思っただけだったのだ。高校生活ならなおさらだ。今の自分と同じ頃の燐太郎を知る、丁度いい切欠。幸運な出会いだと思ったのだ。
(拒まずって、なに)
 今の燐太郎は先生で、生徒と近づきすぎずに居たことは知っていた。自分だけが特別で、迎えられているはずだった。慣れているようには思ったけれど、それは大人だから、時間がもたらしてくれる落ち着きなのだと信じていた。経験があったとしても、そう多いものではないと。
 まさか無双状態だったとは。あしらい方が上手なのも当たり前である。
 それでも。今の場所を手に入れた自分は特別なのだと思えるので、それはまだ、問題は……ないとは言えないけれど、まあ、いい。……そう思っておく。
(追わずって、なに)
 それまで燐太郎の傍に居場所を得た女性たちは皆、去って行ったという事だ。それはいい。彼女達に見る目がなかったということだろうし。燐太郎に手を出された1人に加わるのが良い女の証みたいに流行っていたということは、彼をステータスのランクアップアイテムとして扱うような女性もいたのだろうし。そんな相手に執着しないのは当然だ。
(じゃあ、今の、俺は)
 離れようとしたつもりはない。けれど、同じように離れても構わないのだと、思われて居たら?
 いつか、どうでもいいと思われる程度の想いしかないから。だから今、距離が?

「……俺の事も、追わないんだ?」
 気付けば子規は、燐太郎に手を引かれて歩いていた。人の流れはちょうど途切れた瞬間で。浮かんだ言葉がそのまま零れる。
「何を言ってるのかね」
 ほら、今も声が平静だ。
「身に覚え、あるよね?」
 動揺してくれたらいいのに。
「し……九条、話を」
「ほら、また」
「ッ!」
「俺がわからないと思ってたんだ?」
 2人なのに。どうして呼びなおしたの。まだ誤魔化そうとしてるから?
「そうじゃない」
「話なんていらない」
「!」
「今日は帰るね」
 1人で帰れるからと言い捨てて子規は走り出す。人の多い方へ行ってしまえば、簡単に紛れられた。

 寄ってくる女性達や、やっかみで難癖をつけてくる男性達のあしらいには慣れている。どちらも自分に対するものだからやりやすい。子規に寄ってくる所謂恋敵相当も、難なく対処できていたのだから、そこは自信のようなものがあった。
「……盲点過ぎる」
 子規の方から、他の誰かに近づく可能性を忘れていた。ずっと縛り付けることを恐れていた自分は、離れた後、子規が別の誰かを選ぶ可能性を思いつかなかった。子規はずっと自分を選ぶと驕っていたのか。
(そう思いたかったから、なんてなあ)
 子規の為を思うなら認めてはいけない感情なのだろう。いや、子規の為ではなく自分の精神の安寧の為で……そう、纏まらない思考のまま、まだ自分から離せると思ったまま九条と呼んだ。
 本当な距離を開けることを望んでいないと気づいていながら、更に広げた愚かな選択。
 微かな怯えには期待も添えられていたのに。
 向けられたばかりの視線には拒絶があった。
 いつでも解放できるように、なんて思うようになったのは自分だというのに。
 去る可能性が存在する事実を突きつけられて、思考が止まったなんて。
 そうなってはじめて覚悟が決まるなんて。



 クリスマスの約束はしなかった。
「できなかった、が正解だよねぇ……」
 三年生は自由登校となっているおかげで、アリバイ作りに協力してくれる後輩達には会っていない。ただメールで、いつも通りの口裏合わせをやっておくと連絡が来ただけだ。
 今の自分を見たら何があったのかときっと心配してくれるだろうけれど、会っていないからこそ気付かれずに済んでいる。勿論メールには感謝の言葉で応えておいた。
「無駄になっちゃうんだろうけど」
 手の中の包みを見下ろしてひとりごちる。アリバイの都合上、家を出るしかなかった。このプレゼントも、自室に置いたままにしておけず持ち歩くしかなかった。見た目より重さのあるそれは、自分の胸の中の気持ちのように、ずしりとくるものがある。
 彼等の好意は無にしたくなかったからというのは言い訳で。もしかして、という希望に縋りたかっただけなのだと思う。
 意地を張っている自覚はある。連絡は来なかったし、自分からもしなかった。学校にも、神社にも近付いていない。でも。
 天気予報が雪だと知ったその時から、子規はずっと、気配を感じ取っていた。
「……未練がましいかもしれないけどさ」
 声にはしないで、想うままを伝えて、それで届けばいいのだけれど。
(待ってる)

 ちらつく雪に誘われるようにして、神社を後にする。濡れるのも構わずに、ただ音の強くなる方へ。
 どうしてかはわからないが、それが正解だと理解できた。音の続く限り歩き続ければ、求める先に出られるのだと。
 覚悟は決めたけれど、後押しが欲しかった。伸ばした手が届く自信はなくなっていた。驕っていたと気づいたその時に、それまで積み重ねたものを全て崩された気がした。
 望むものを思い浮かべて、プレゼントまで用意したのに。会う約束をとりつけることはできなかった。手を伸ばし続けてくれていた事実を思い返して、自分から伸ばしたことがないことに気付いてしまった。
(怖がっている……ということかね)
 煙草の空き箱が増える。想いも同じで、散らかって、纏まらない。
 腰をあげたのはクリスマスイブで、いつもならもっとスマートに計画を立てて、エスコートだって余裕をもっていたはずの自分が。無計画に、なりふり構わず1人、街を歩いているなんて。
「らしくないが、らしくなる、か」

 雨音の隙間に、橋がかかる。

「遅いんじゃない?」
 振り返りもせずに届けられた言葉は、拗ねた甘え声。待ってくれていたのだとわかる一言に、喉が鳴る。
「埋め合わせ以上の用意はあるつもりだがね」
 冗談めかしたつもりだけれど、声が震えた。思っていた以上に余裕はなかった。
「ふぅん? じゃあ、期待しちゃおうかな」
 緊張が混ざってしまったけれど、仕方がないと思う。望む言葉が得られるかは、本当は自信がなくて。
「……いつでも使えるようにと思ってね」
 目線で問うて、差し出された包みを開ける。出てきたのはキーチェーンで、確かに状況を選ばない。優しい色合いのオレンジゴールド。太陽を模したチャームは眩しいよりも穏やかな、和やかな雰囲気を纏っている。
「ずっと使うよ?」
「望むところだ」
「……本当に?」
「冗談だと言って欲しいのかね」
「そんなこと!」
「なら、ポケットのそれは貰っても?」
「……どうぞ」
 慣れた重みに、オイルライターとの予想は当てた。けれど自分では選ばないような、彩り鮮やかな外観。取り立てて飾りは施されていないものの、光を全て揃えた輝き。見る角度が変われば、示す色も変わった。
「ずっと傍に置くとするよ……子規」
「! 約束できる?」
「こちらから頼みたいくらいだね」
「じゃあ、おまけ……あの、ね」
 俺の部屋、前より近くなるんだよ?

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1856/雨塚 燐太郎(エアルドフリス)/男/化学教諭/橋にかける一歩】
【ka0410/九条 子規(ジュード・エアハート)/男/三年/照らすぬくもり】
■イベントシチュエーションノベル■ -
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2018年01月15日

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