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『最後の戦争を越えて 』
水無瀬 文歌jb7507

 猛将との決戦直後、大事をとって1日だけ入院することにした水無瀬 文歌。大部屋に空きがなく2人部屋に通されたのだが、先客がいた。

「涼子さん」

 ヘッドボードに背中を預け、ベッドの上で身を起こしている真宮寺 涼子が、片手で操作していたサイドテーブルのスマホから目を離し文歌を一瞥して「文歌か。怪我を――」と言いかけたが、怪我の様子を一通り見てから視線を下に向ける。

「いや、大事をとって今日1日だけというところか」

 文歌は頷き反対側のベッドに腰掛けて口を開こうとした――その時、病室の引き戸が開いた。

 まず初めにたくさんの花を挿した籠が姿を見せ、そしてそれをぶら下げているキャスター付き歩行器の脚が室内へと踏み込み、遅れて両足の爪先を引きずった10歳くらいの女の子が入っくる。閉じられた両目の周囲に酷い傷はあるものの、髪も肌も艶があり、大事にされてきたのがよく分かる。

 病室内へと入り、すぐ脇のカウンターの上へゆっくりと手を伸ばして花瓶を掴むと、籠から花を1本だけ抜いてそれに挿す。

 そして入ってきた時と同様に苦労しながら出て行こうとするそこへ、涼子が「ありがとう」と告げるも、言葉も返さず行ってしまった。

「……西目屋村にいた、あの子、ですよね」

「椿 山茶花、と言うそうだ」

「リハビリのようですけど、歩けるようになってきたんですね」

「もともと足の怪我は治っていたんだが、本人に歩く意思が薄かったんだろう。

 だが天使を憎むようになった元凶が死に、巴も死んだと百合子の口から聞かされたその時に、歩きたいと言い出したそうだ。もっとも足の筋力が衰え、関節も固くなっていたようだが。

 目は残念ながら見えないままのようだが、見えなくてもおおよその気配がわかるのが救いだ」

 文歌の視線が花に向けられ、それについても尋ねる。

「リハビリとして各部屋に花を届けるようにと百合子の提案でな、各部屋にも話が通っていて、受け取ったら『ありがとう』を伝えることもお願いされたんだ」

 そして現状では心の発育が早すぎて同年代を下に見る傾向が強く、高圧的な態度をとってしまうがために、今すぐ友人を作るのは難しいかもしれない。だから人に関われるための馴らしと感謝される事の喜びを知ってもらえたらいいなという計らいであるという事を説明する。

「天使への怨嗟と悪魔だけへの盲目的な信頼で占める心に、種族でくくらないつながりの大切さも割り込ませたいそうだ」

「なるほどって言いますか……いろいろと回りくどくなりそうですね」

「仕方ないさ。曲がってしまったものを力任せに直そうとすれば、ぽっきりいってしまうからな。少しずつでいいんだ」

 それもそうですねと納得する文歌。

「といっても、リハビリはすぐ終わってしまうだろう。察しているだろうがアウルを保持しているし、それに――」

 言葉を区切り、耳を澄ませて部屋の外に気配がないか確認してから、「皮肉にも、天使の血筋だそうだ」と続けた。

「これはもう少ししたら、教えるつもりだがな。覚醒するかわからんが、その日がきてしまってから真実を告げるよりマシだろう」

「リハビリが終わった後、どうするんですか。やはり学園に?」

「自活できるくらいになるまで、しばらく私と暮らすことになった――巴を殺したということにした、私とな。天使だけでなく撃退士まで、ひいては人類を憎むようになるよりは、格段にマシだろう。

 決して良いことではないが、怨嗟でも今はとにかく生きていく気力も養わなければならんからな」

「涼子さんはそれでいいんですか」

 まつげを震わせ、憂いを帯びた瞳で涼子をみつめる。涼子はいいさと、ただ肩をすくめるだけだった。

「人類を二度も裏切った私をこうやってもう、『ただの人』扱いしてくれているんだ。それくらいことでもやらんと、学園や人類に恩も返せないさ。

 そのぶん、自分の時間を前よりも作れなくなるだろう――あの約束、お互いにベストな状態でやりあうためにもだいぶ先に引き延ばさざるを得ないが、かまわんか?」

 お伺いを立てる涼子へ文歌は笑顔を作り、かまいませんよっと答えるのであった。




 退院したその足で、文歌はある所へと向かっていた。

 見た目はマンションだが窓の数も圧倒的に少なく、人の気配もほとんどしない。玄関ホールを通り抜け、エレベーターで移動。目的の階に到着すると、祭壇のようなものがずらりと並んだ通路を足早に歩き、目当てにしていた人物を見つけ、後ろから静かに近づき声をかけた。

「雅さん」

 声をかけたものの、若林 雅は手を合わせたまま身じろぎもしない。だがやがてゆっくりと口を開いた。

「……妹と言えど、ヴァニタスのために納骨するのはおかしいと思うか?」

「おかしくないと思います――ご実家の方のお墓ではないんですね」

 もっともな疑問に、「拒否されたからな」と口の端を歪める。その顔が死したヴァニタス若林 優にそっくりで、場違いだがさすがは双子だなと、わずかに感心していた。

「仕方ないと言えば仕方ないことだ。だから私でこのスペースを借りた――別人格であると願いたいくらいだが、あれは紛れもなく私の妹だった。人間だった頃に気付いてやれなかったひどい姉だが、せめてこれくらいな」

 今なお自分を姉と言っている雅。その想いに口を出せるはずもなく、ただ黙って文歌も手を合わせるくらいしかできなかった。

「――さて、病院に戻ってやるとするか。優一はまだ入院しているからな、私が世話をしてやらんと」

 やれやれというような口調だがその声に秘められた感情を文歌は見逃さず、優一と雅はきっと大丈夫だろうと漠然ながらも思ったのだった。

 2人してエレベーターに乗り込み、1Fと押した雅が背中を向けたまま「止めてくれて、感謝する」と、優一の事か優の事かはたまたどちらともかよくわからないが、礼を述べる雅であった。




 涼子と連絡をとりつつも数年、無事に子どもが生まれた文歌は家族みんなで人界以外を放浪しアイドルとして復帰も果たして、かなり久しぶりに学園へと戻ってきた。

 虫の知らせとでも言うか、子どもを夫に任せ、1人で商店街へと向かう。どこに寄ることもなく、まっすぐにゲームセンターへ。数軒あるにもかかわらず、そこ以外に考えられないと言わんばかりに入った店では下火になったこのご時世にしては珍しく、格ゲーの筐体をひとつ取り囲むように人だかりができていた。

 近くの太鼓で盛り上がる少女たちの中に、目を閉じたままの少女を発見する。

 1人が悲鳴を上げ対戦台の席から立ちあがり逃げるように退くと、他の者が尻込みする中、文歌が席に座った。

 画面にはCPUを圧倒しているキャラが。

 文歌はコインを入れて乱入すると自キャラを選び、深呼吸――レバーに手を添える。

「――約束、果たしにきたよ」

 筐体の向こうで小さく笑う気配。文歌もまた小さく笑みを作り、ステージとは違った鋭い緊張感を忘れるかの如く座った目で画面を見据える。

 そして数年越しの勝負がようやく今、始まるのであった――……




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7507/水無瀬 文歌/女/アイドルだから永遠の17才/外交官ママドル】
【jz0249/真宮寺 涼子/女/2?歳(深追い禁物)/教官ゲーマー】
【非登録/椿 山茶花/女/10歳】
【非登録/若林 雅/女/23歳】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注ありがとうございました。メインは語りきられなかったNPCのその後ということで説明的な部分もありますが、おおよそこのような形に収まりました。リプレイでお見せできれば一番よかったのですが、その時間もなく、気を使っていただいたようで、ありがとうございます。約束の勝負、その勝敗についてはおまけでお楽しみいただけたらと思います。
よろしければまたのご依頼、お待ちしております。
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年01月15日

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