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『乳姫選 後編』
月乃宮 恋音jb1221


 事務所の窓辺で紅茶を啜りながら、月乃宮 恋音(jb1221)は空に浮かぶ月を眺める。
 いつの間にかすっかり夜になっていたが、殆どまん丸に見える月のおかげで暗さはさほど感じない。
 部屋の明かりを消しても、差し込む月の光だけで物の形がはっきりとわかりそうだ。
「……さすがに文字を読むのは厳しいでしょうけれどぉ……」
 こんな夜は街灯のない浜辺にでも出て、少し散歩でも楽しんでみたいところだが――

「……そのためには、仕事を片付けてしまわないといけませんねぇ……」
 新たな人材を発掘するこの作業、既に結果は出ている。
 それでも最終的に、本当にこの六人で良かったのか――それを確認するために、恋音は改めてエントリーシートに目を通していた。

 残るはあと三人。
 ティーセットを片付けて机に戻った恋音は、四枚目のシートに目を落とした。


 四人目、19歳の陰陽師。
 著名なルポライターの娘で、その父の著作は恋音も何冊か読んだことがある。
 本人の資質は定かではないが、出版や報道関係に強いコネを持っていることは確かだ。
「……ネット全盛のこの時代でも、やはり旧来のメディアには大きな影響力がありますからねぇ……」
 若者の中には新聞やテレビなど旧時代の遺物として顧みない者も多いだろう。
 しかし中年以上の世代にとっては、まだまだ現役どころか「権威」としての存在感を放つ存在だ。
 そして世の中には、若者よりも中年以上の人口の方が多い。
 数がモノを言う社会の仕組みを変えない限り、マスコミは世論形成のための強力なツールとして存在し続けるだろう。
 ならば利用しない手はないし、敵に回す危険を避けるためにも取り込んでおくに限る。
 ただ、肝心の本人に対して不安がないでもない。この子、いわゆる不思議ちゃんなのである。
 それでもきちんと仕事をこなせるなら問題はないし、これまでの「協力者」としての働きぶりを見る限り、彼女の不思議ぶりは概ね良い方向に作用しているようだ。
 常人には理解不能な言動も、むしろ常人には理解できないからこそ、ブレイクスルーに繋がる可能性がある。
「……どちらにしても、この分野の専門家は入れておきたいところですしねぇ……」


 五人目はまだ12歳、中等部に上がったばかりのインフィルトレーターだ。
 若い者が多いメンバーの中でもとりわけ若い、と言うよりも幼い彼女はしかし、その歳で電子工学や機械工学を得意とする天才少女だ。
 まだまだ遊びたい盛りの年頃だが、彼女にとっての遊びとはイコール機械弄り。
 休日ともなれば友達と連れだってショッピングに出かけるでもなく、コイバナに花を咲かせるわけでもなく、ゲームに熱中するでもなく……ただひたすら機械弄り。
 出かける先は電気街、馴染みの店は最新型からガラクタまでありとあらゆる電子部品を扱うジャンクショップという筋金入りの機械オタクだ。
 年頃の娘としてそれはどうなんだろうと、少々心配にならないでもないが、正直なところ事務所のメンバーとしてはそのまま脇目もふらずにオタク道を突き進んでほしいところ。
「……負けず嫌いの努力家ですし、能力的にも得意分野的にも将来性に大きな期待が持てるでしょうねぇ……」
 期待しすぎて潰してしまわないように、大切に育てなくては。


 最後の六人目は20歳の陰陽師で、宝飾関係の専門家。
 現在までに発見されている全ての鉱物に関して、その硬度や劈開をそらんじるのは基本。天然石と人工物の見分けは当然。原石を見れば数キロの誤差で産地を言い当て、カットされた石を見れば作られた工房はおろか職人まで言い当てるという伝説の持ち主だ。
 当然、石の正当な代価も知り尽くしているため、悪徳商人に騙されることもない。
 その能力が事務代行業に必要かと問われれば、正直イエスとは言い難いだろう。しかし、これからは多角経営の時代と言われて久しい今日、どんな才能も無駄ではないのだ。
「……デザイナー系の人員と組ませれば、相乗効果が望めそうですねぇ……」
 それに彼女は一見すると勝気で喧嘩早い印象だが、その実は冷静で計算高いタイプだ。
 専門以外でも、優秀な交渉人として活躍してくれることだろう。


「……やはり何度考え直しても、この六人に行き着きますねぇ……」
 他にも優秀な人材は何人もいたし、実際かなり迷いもした。
 その彼等とこの六人を分けたものは何だったのか……やはり、面接でのインパクトだろうか。
「……なにより、この方々にはもう一度お会いして、じっくりお話を伺っててみたい……そう感じたことが大きいでしょうかねぇ……」
 六人のエントリーシートに「採用」の印を押すと、恋音は目の前の電話に手を伸ばした。
 もう夜も遅いが、非常識と言われる時間ではない。
「……良い知らせは、少しでも早く聞きたいでしょうし……」
 外線に繋ぎ、一番上のシートに書かれた番号を押す。
 待ちかねたように、一回のコールで緊張気味の声が受話器から響いた。
「……こんばんは……夜分に恐れ入りますぅ……」
 相手が本人であることを確認し、用件を告げる。
 それに対する反応は、人それぞれ。

『はい、確かに承りましたわ。今後ともどうぞよろしくお願いいたしますわね』
『あらぁ、ありがとうネー。わたし恋音チャンのためにいっぱい頑張っちゃいまスー』
『あらそう、合格なの? こんなお姉さんで良ければ、せいぜいお役に立ってみせるわ。期待しててちょうだい?』
『ん? なんだっけ……ああ、あれね! だいじょーぶ覚えてる! 良い写真いっぱい撮るよ!』
『当然です、このワタシを採用せずに誰を採用するというのですか』
『合格ね、ありがとう。それで、正式な契約はいつになるのかしら?』

「……つきましては……他の採用者の方々と一緒に、正式に辞令をお出ししますのでぇ……はい、此方にお越しください……」
 各々に日時と場所を告げて、恋音は通話を終えた。

 外ではまだ、満月が煌々と輝いている。
 今日は少し肌寒いけれど、しまい損ねていた冬のコートを引っ張り出して散歩に行こう。
 こんな夜に、帰って寝るだけなんて勿体ない。


 その日選ばれた六人は後に、初期メンバー同様「乳神の姫」と呼ばれることとなる。
 けれど、それはまた別のお話――


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb1221/月乃宮 恋音/女性/外見年齢19歳/乳神様】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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エリュシオン
2018年01月15日

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