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『女神生誕 』
スノーフィア・スターフィルド8909
 彼は死んだ。
 死因は自殺。
「というわけで。あんまり死なないでもらえるー? 神様のお・ね・が・い」
 狂おしいほどおっさんなおっさんがばっちばちウインク。不器用なのかなんなのか、両目つぶりがちなんだがともあれ。
「神様?」
 彼はおっさんを指さして確かめた。
「神様」
 くたびれたクールビズのおっさんが肯定した。
「威厳、ないですね」
 指摘するとおっさんは大きくため息をついて。
「おたくの想像力が及ばない姿にはなれんのよ」
 つまり、私が想像できる神様の姿がこのおっさんだと?
 胸中でつぶやいたはずの言葉におっさんはうなずいた。
「そうやでー」
 おっさんが彼に事務用椅子をすすめ、事務机の向こうに腰を下ろした。
 先ほどまでは、なにやら大きな渦が螺旋を巻く内側にいたはずなのに、今はまるで役所かハローワークの窓口のような景色にすり替わっている。
 言われるままに腰を下ろすとありがちな、なんとも安い尻触り。死後の世界なのか生前の世界なのか知らないが、どうせならすごくいい椅子に座らせてほしいところだ。
「おたくの想像力がねー、足りなくてねー」
 そう言われても、想像力というより経験が足りないんだからしょうがない。
「ま、それはいいとしてね。ほんとはこうやって、神様と死んじゃった人がお話することとかないのよ。それがなんでこうなったかっていうとね」
 おっさんがコピー用紙を何枚か束ねたやつ――針なしホッチキス使用でエコだった――を彼に見せる。
「おたく、これまでに何回自殺しちゃったかわかる?」
 一行ごとにちがう名前が並ぶ横には、自殺、自殺、自殺、自殺……いちいち数える気力はなかったが、まあ百くらいはあるかもしれない。
「おたくねぇ、自殺しまくってここ――輪廻の輪の“目”に出戻り続けてるの! 最近多いんだよね、こういう人! 神様的にはさ、悩ましいとこなのよ。地球って今人間いっぱいいるじゃない?」
「はぁ」
 確かに人間は増えている。じゃあ、別の生物なりなんなり、自殺を考えないようなものにすればいいんじゃ?
「それも考えたんだけどね? なぜか微生物とかレミングとかしか空いてないんだよねぇ」
 微生物は瞬殺するし、レミングは数が増えると自殺する。どちらにしても長生きはできなさげ?
「うん。でね、神様的には寿命なり宿命なり全うしてから死んでほしいわけ。命っていっぱいあるみたいに見えて有限だからね。大事に使い回したいなーって」
 おっさんは顔をしかめて資料をとんとん。
「最初のころはさ、すごく考えて転生してもらってたんだけど、それでもすぐ自分で死んじゃうじゃない? だから適当に放流してみたりしたんだけど、やっぱりすぐ自分で死んじゃう。困るよねー」
 そう言われても。だって彼、どうして自分が死んだか憶えてないし。
「そこなのよー。死ぬと忘れちゃうんだなー。だから繰り返しちゃうんだよー。そこそこ」
 おっさんは立ち上がって資料をぽーい。
「神様まちがってた! おたくみたいなのはね、死なないでってお願いしたってダメなんだなー。だからね」
 短くて太い指先を彼に突きつけて。
「死なないものになってもらおうって思うんだ」
 死なないもの? 石とか土とか、そういう感じ?
「命は有限だって言ったでしょー。最初は星とかどうかなって思ったんだけど、おたくみたいなのはガスが固まる前にやる気なくして散っちゃいそうだし? 死んだ理由わかんないまま放逐しても、結局懲りずに繰り返しそうだし? いっそもっとすごいのにしちゃうことにしたよ」
 おっさんの言葉が進むにつれ、彼という存在を構築するなにかが少しずつほぐれていく。
「不死だし最強だし責任あるし投げ出したりもできないし、おたくみたいなのにはぴったり! とはいえこれ、テストケースだからさ、よっぽど不都合が出たら回収するけどねー」
 ほぐれた彼は編み上げられ、形を成していく。彼だったはずの、彼ではありえないなにかに。
「私は――」
 喉から漏れ出す声が高い。テノールとかいうレベルじゃなく、これは、メゾソプラノ?
「モチーフはおたくの好きなものから拝借したよ。死なないっても、ちょっとでも楽しく暮らしてほしいしねー。それにほら、魔法使い目ざされると面倒なんで、性別も買えとくよ? これならおたくみたいなコミュ障がいっぱい寄ってくるから寂しくないし、それだけ死んじゃう人も減るし!」
 スレンダーな体にめりはりの強い、なめらかな肢体。あるべきものがなくて、あるべきじゃないものがあって。これってつまり、女の体!?
「よかったねー。これで「ちな童」とかレスしなくてよくなるよ。あと、知ってる人がいたら贔屓したり冷たくしたりしちゃうかもだから、いちおうほかの世界に行ってみよっか?」
「前世の記憶があるのに異世界ですか!? って、バランス取りづらっ! あと肩凝りしてきたんですけど――」
 おっさんに彼は詰め寄ろうとして、彼いや彼女はぐらっと体をよろめかせた。使う機会のない、役になんか立つはずないものだと思っていたが……意外な効能があったのだと思い知った。
「バランスは慣れだよね。でも、胸って結構重たいからねー。あ、じゃあさ、転生ものにありがちな特典能力、“肩凝りしない”にしとく?」
 ちょっと待った。
 ここまであまり疑問にも思わず対応してきたが、これってどうやら異世界転生の話で、彼女はその主人公に選ばれたっぽい?
 でも、それなら男子のまま異世界に行って、チートな能力でハーレムハーレムって展開がよかった……!
「リアルガチで考えて? おたくみたいなコミュ障陰キャがハーレムとか無理だってー」
 実にムカつくけど、確かに。
「チートな能力発揮する場所だって自分じゃ探せないでしょ?」
 実にイラつくけど、確かに。
「あれ系はね、顔はともかくコミュ力いるのよ。そんで、そもそもそういう人は自分で死んじゃったりしないのよ」
 実に遺憾ながら、まったくもってそのとおり。
「とりあえずそこそこ万能になったんだからさ、もらうんじゃなくてあげること考えよっか?」
「って私、いったいなにになったんですか?」
 どうにも喉の通りが馴染まない声で訊く。
 おっさんは「え、今さら!?」と驚いて。
「あー、そうだねー。おたくは察しないよねー。イチから説明しないとダメだよねー。でもちゃんと説明しても理解しないよねー」
 ことごとく引っかかるが、言い返せる根拠がひとつも思い当たらないので「ぐぬぬ」と息を詰めるだけにしておいた。前世はそういう輩だったんだろうって気がしてならないし。
「おたくは女神様になりました」
 はい?
「ギャルゲーっての? おたくが大好きなゲームに出てくる感じのやつ。まあ異世界行きたくないってことなんで、とりあえず前まで住んでたマンションのワンルームのこと守護世界にしてもらうね」
 え、女神? ワンルームが守護世界? 絶賛混乱中だけど、ここはひとつ整理しよう。
 私は女神になりました。
 私が守護する世界は、マンションの一室です。
 整理するまでもなかった気はするけど、とにかく。
「私の世界、すごく狭いですね?」
「平和的に世界拡張してもらうのはオッケーにしとこっか。できるもんならねー」
「うぐぅ」
 彼女はがっくりうなだれた。平和的な世界拡張がどんなものかわからないけど、それって多分、財力とかコミュ力とかが要るやつ。
「前世の名前は忘れちゃってるよね? 女神ネームはなんにしよっか?」
「……スノーフィア・スターフィルド」
 思うよりも先に声が出ていた。
 好きだったゲームの女神の名前じゃない。だからこれはきっと、この新しい体に保存されてた記憶なんだろう。
「おたく日本人で、東京暮らしでしょー? もっと日本っぽい名前のほうが揉めないと思うけどねー」
 おっさんなりの気づかいなんだろうが、それでも。これだけは変えられない。なぜだろう、そう思った。
「ま、いいや。でだ、肝心の特典能力なんだけどさ、おたく思いつかないでしょ?」
 いや思いつきはする。火を操る力とか、脅威の演算能力とか、あれとかこれとか。でも女神が使うには小さい気がするし、役立つ場面がそもそもなさそうだ。
「でね、神様思いついたのよ。おたくの努力目標にもなりそうだなーって」
 おっさんが彼女の首を指す。
 まるで正体の知れない大いなる力が染み入って、彼女の喉をあたたかく潤した。
「“言霊”。おたくの言ったとおりのことを起こせる力だよ。いわゆるチート! ってやつ。あー、言わなくても思うだけで発動するようにしとくね。コミュ障だもんね。ただ、それだと努力目標になんないからさ、自我のあるものに作用させたきゃ相手におたくのこと受け入れさせないとダメ」
 え、それだとチートにならなくない?
「最近は読者も高齢化してきてるから。ソフトカバー売りたきゃ努力もしとかないと」
 いや別に書籍化狙ってるわけじゃないんですけど……。
「ま、ま、神様もいそがしいから、おたくばっかに構ってらんないのよ。とっとと還ってくれる?」
 景色が壊れ、彼女のまわりに元どおりの螺旋が描かれる。
 これは輪廻の輪。命はこれに乗って次の生へ向かう――
「あ、そっちじゃないよ。女神は輪廻関係ないんだからさ」
 示されたのは自動ドア。
 彼女は少しためらって、スライドしたドアの向こうへおずおずと踏み出した。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 万能たる無能、一歩を踏み出せり。
 
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年01月15日

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