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『甘い監獄』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)


「おっお姉様、何かすっごくいい匂いがしますよお姉様! 果物のフレーバーみたい、あっでもチョコ系の何かも混ざってる感じ! でもちょっとバニラっぽくもあったりして、とってもカオス! でもいい匂い!」
 ファルス・ティレイラが、早くも正気を失い始めていた。
「えー何これ! こんなに色々混ぜちゃったら普通、変な臭いにしかなんないのに! 一体どんな調合したらこんな天国みたいな香りになるんですかぁああああ!」
「こら落ち着きなさいティレ。お菓子職人の家なんだから、甘い香りがするのは当たり前でしょう」
 はしゃぐ少女をたしなめながらシリューナ・リュクテイアは、ティレを連れて来たのは失敗であったかも知れない、と思った。
 魔界でも名の知られた、女性菓子職人の自宅である。
 応接間ではなく研究室の方へ、シリューナとティレは案内されていた。
「ふふっ……気に入って下さったのね、お嬢さん」
 菓子職人である魔女が、優雅に微笑む。
「私も商売をしているから、商品をただで差し上げるわけにはいかないけれど……お試し品で良かったら、お土産にいかが? 後で包んでおくわね」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
「……うちのティレに、変なものを食べさせないでね」
 旧知の間柄である魔女を、シリューナは軽く睨んだ。
「で、今回は一体何をやらかしたの。人間を引き寄せて捕食する、お菓子の家でも作った?」
「それに近いわね。まあ、見てもらおうかしら」
 魔女が、研究室の扉を開けた。
 むせ返るような甘い香りが、シリューナとティレを包み込んだ。
 フルーツ、バニラ、チョコレート……それら全てでありながら、そのどれでもない芳香の発生源が、床一面に広がり蠢いている。まるで巨大なスライムのようにだ。
 シリューナは、柳眉をひそめた。
「……何、これは」
「フラスコに閉じ込めておいたんだけど……ちょっと目を離した隙にまあ、こんなのになっちゃって。これの始末をね、貴女にお任せしたいのよ」
 魔女が頭を掻いている。
「自分で勝手に増えてくれるお菓子を作ろうと思ったの。でね、ちょっと自己増殖系の魔法薬を混ぜてみたら」
「こんなものが出来上がってしまった、というわけ?」
「放っておいたら冗談抜きで、人を捕食するようなお菓子系魔法生物になっちゃうから……ほら、こんな感じに」
 ペーストか、半液体状のガムかソフトキャンディー。
 そんなものが、床一面に広がり波打ちながら隆起して触手状に伸び、ティレを捕えたところである。
「はわわわわわ、おっお姉様ぁ」
「気張りなさいティレ。貴女の炎なら、こんなもの一瞬で焼き払えるはずよ」
「や、焼き払ったら駄目ですぅ……こんがり丁寧に焼いて、パンケーキに、ビスケットにぃ、ああん」
 フルーツかチョコレートか判然としない甘美なフレーバーが、ティレの正気を完全に麻痺させている。
 魔女が言った。
「本当に申し訳ないんだけど、ここ研究室で……ちょっと危ない薬品なんかも置いてあるから、出来れば火気厳禁でお願いしたいのよね。大丈夫、貴女なら出来るわシリューナ。私は今からちょっと外せない商談があるから、その間によろしくね」
 魔女が、研究室を出て行ってしまう。
 引き止める暇も、文句を言う暇もなかった。
 生ける魔法菓子が、何本もの触手を伸ばしてシリューナを襲う。
 目に見える魔力の奔流が、シリューナの優美な背中から翼の形に放射されて広がり羽ばたき、ペーストの触手をことごとく打ち払った。
「厄介ね……」
 爆発を伴うような、派手な攻撃魔法は使えない。
 ならば空間転移で、どこか因果地平の彼方へでも放逐するか。
 そのためにはしかし、絡め取られたティレを解放してやらなければならない。
「おっお菓子、お菓子の中で窒息死なんて本望すぎるぅううぅ」
 妄言を垂れ流しながらティレは、ガムのような紐キャンディーのようなものにまみれたまま身悶えをしている。
 瑞々しい胸の膨らみが、触手による拘束の中から押し出されて可愛らしく揺れた。
 健康的な太股が、溶けかけたキャラメルにも似たものに絡まれてジタバタと暴れる。艶やかな尻尾が、ペーストの触手と絡み合って元気にうねる。
 シリューナは息を呑んだ。一瞬、我を忘れた。
 自分が、この怪物化した魔法菓子と一体化して蠢き、ティレを虐め続ける。そんな妄想が頭に満ちた。
 その間、触手状のガムあるいはペーストの群れが、シリューナのたおやかな四肢に巻き付いていた。凹凸の美しい胴体に、絡み貼り付いていた。
「あっ……い、いけない不覚……!」
 不覚、などと思う意識が、朦朧と霞んでゆく。
 甘美な何かが、薄手のローブから染み込んできて、シリューナの美肌に触れてくる。
 自己増殖系の魔法薬。
 あの魔女はそう言っていたが、どうやら、その程度のものではない。
 魅了、催眠、快楽付与……様々な精神作用の魔法が、混然一体となりつつ全身から流れ込んで来る。その魔力が、この魔法菓子の甘美なフレーバーを作り上げているのだ。
 菓子に弱いティレなど、確かに一溜まりもないであろう。
(食べた人が、虜になって……やめられなくなる……そんなお菓子を、作ろうとしたのね……っ)
 シリューナは淡麗な唇を引き結び、白く美しい歯を食いしばった。そうしていないと、この甘美な快楽に身も心も呑み込まれてしまいそうだった。
(だけどっ……魔法で、そんなものを作るのは……純粋な菓子職人の技とは少し、違うのではなくて?)
 あの魔女も、心のどこかでそう感じていたからこそ、シリューナにこうして処分を依頼したのかも知れない。
 ならば遠慮容赦なく、処分を決行するまでだ。
 この甘美ながらもおぞましい快楽に抗いながらシリューナは、怪物化した魔法菓子の中核をなす魔力の塊を探り当てていた。
 快楽の束縛の中で、その優美な肢体を柔らかく悩ましげに反り返らせて形良い胸を上向きに揺らし、魔力の中核に向かって細腕を伸ばしながら、シリューナは懸命に攻撃を念じた。
 悶え反り返った全身から、攻撃の魔力が立ち昇って一瞬、竜の姿を形作る。
 猛り狂う魔竜が迸り、怪物の中核を成す魔力の塊を粉砕した。
 その瞬間。半液体状であった魔法菓子が、全ての水分を失った。
 乾燥・凝縮を開始した魔法菓子が、シリューナとティレを一緒くたに締め上げてゆく。
「お、お菓子の中で! お姉様と一緒……私もう死んでもいい……」
「こらっ……いい加減、正気に戻りなさいティレ……」
 乾燥食品が旨味を凝縮させるかの如く、魅了と快楽付与の魔力が一気に凝り固まってシリューナを襲う。
 一切の抵抗力を失いながらシリューナはティレもろとも、甘美さの塊に閉じ込められていった。


「あら……あらあらまあまあ、良い感じになっちゃってるじゃないのシリューナともあろう者が」
 商談を終え、研究室に帰って来るなり、魔女は快哉を叫んでいた。
 ガムかペーストかよくわからないものが、完全に固まって竜族の娘2人を包み込み、彼女らの絡み合うボディラインをあられもなく浮かび上がらせている。
 ファルス・ティレイラの、それにシリューナ・リュクテイアの、快楽に蕩けかけた表情もだ。
「いいわあ。ねえシリューナ? 私ね、貴女のそんな表情をずっと見てみたかったの」
 甘美さの中で時を止められたシリューナに、魔女は間近から微笑みかけた。
「新しいお菓子のモチーフ……には、ならないわね残念ながら。こんな貴女を、私以外の誰かに見せるわけにはいかないもの」


 やがてシリューナはティレもろとも、自力で脱出する事となる。
 そしてこの魔女に、あと何の役にも立たなかったティレに、あまり倫理的ではない懲罰を喰らわせる展開となるのだが、それはまた別の話であった。


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登場人物一覧
【3785/シリューナ・リュクテイア/女/212歳/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】
東京怪談ノベル(パーティ) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年01月15日

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