▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『1月の奇蹟 』
世良 杏奈aa3447)&テレサ・バートレットaz0030
 結婚して五年、さすがに「若妻」じゃなくなったかなと思う世良 杏奈。
 うん、まだまだ街では結構な率でナンパされたりするけど、落ち着いて家庭を守れる妻になれてきたつもりだ。
 だから。
 忘れてなんかいられなかった。あの冬の別荘で17人の命を奪った(全員蘇生したけど)悪夢の“テ”を。
 いつかあの人も家庭に入る。だって本人、食育とかする気満々みたいだし。でも、そこに未来があるかって話だ。
 あるはずないよねー。
 能力者どころか英雄まで殺す「テ料理」が、子どもをまっとうに育てられるはずがない。
「私がなんとかしなくちゃ!」
 ぐっと右手を握り締め、彼女が籍を置くH.O.P.E.ロンドン支部へ電話をかけてみることに――
『世良 杏奈さんだね?』
「え?」
 思わず高い声をあげた杏奈に、通話相手は苦笑を交えた声音を返す。
『あの“赤い12月”の参加者はマークさせてもらっていてね。すまないが、これも「互助」の一環と理解してもらえるとうれしいよ』
 響きの深い、円熟の渋みを感じさせる声。誠実と強固とに彩られた音。杏奈は知っている。これは、H.O.P.E.をその一身で体現する、ジャ――
『詮索は無用でお願いしたい。我々互助会は“死神の鎌”、きみたちはテ料理と呼ぶのだったか……テの被害を最小に食い止め、広告塔たるジーニアスヒロインを守るために活動している。私はその一員に過ぎない』
 あの別荘にも現われた、テ料理被害者互助会。その一員だと彼は名乗ったが。
 そういえば食べちゃってるんだよね、テ料理。拒否できないよね、だって、ほんとの身内なんだもんね。
 杏奈は声の主の悲痛を思い、そっとうなずいた。
「わかりました。じゃあ、スミスさんってお呼びしますね。スミスさんは私がしようとしてること、ご存じなんですよね?」
『ああ。プリセンサーから聞いている。きみがテレサ・バートレットに料理を教えようとしていることはね。しかも本気でだ。……きみはどんな結末が待っているか、理解しているのか?』
 プリセンサーが見た未来が明るいものなら、こんなことを言ってはこないだろう。だとすれば絶望的に暗いのだ。しかし。
「テ料理が完成しなければ、スミスさんの知る結末は来ないですよね」
『なにが言いたいのかね?』
「私、テレサさんに普通のお料理を作ってもらいます。私にはレシピっていう、料理人がこれまでひとつひとつ積み重ねてきた叡智の結晶がありますから。独りで戦うんじゃない。人類みんなで戦うんです!」
 声の主は深くため息をついて。
『絶望を覆すことがH.O.P.E.の使命。その志を胸に立つエージェントを引き留める野暮はできないか……。これだけは忘れないでくれたまえ。私が口にする言葉はいつもとなんら変わりはない。きみの全力をもって戦え。友の背を守り、世界を救え。誰ひとり死んではならない。誰ひとり殺してもならない。きみが為すべきを成し、明日へ還れ!』


 なんだか大事になってしまった感じもするが、とにかく「杏奈の料理教室」は速やかにセッティングされ、杏奈は今、ロンドンにいた。
「この前会ってからまだ三週間なのよね。でも、元気そうでよかった」
 凜としたテレサの笑みに、杏奈はちょっと気まずいものを感じずにいられない。
 本当は「未来の旦那さんやお子さん、そしてなによりもスミスさん――じゃなくてパパを安心させてあげて!」と説得するつもりだったのだが。それは互助会によって禁じられていた。テレサはテ料理を「普通の手料理」だと信じているし、そうじゃないことを告げることは彼女のジーニアス(才)を穢すことになる。
 それでもほんとは言ってあげるべきだと思うんだけど、テレサさんが理解できないんだからしょうがないのよね。
 あれを食べて普通でいられる唯一の人類、それがテレサ。なんというか、フグは自分の毒で死なないを体現している感じ?
「最近ちょうど新しい味を取り込みたいなって思ってたの。杏奈さんに声をかけてもらってよかった。うん、パパもいい機会だって言ってくれたしね」
 そのパパの言葉は相当ニュアンスちがってるはずなんだが、それを言っても意味がないので置いておく。
 会場となるキッチンは、マダム向けの料理教室を借りたものだという。多分、有事の際に封鎖しやすい場所ということなんだろう。
「それでなにを作るの? 煮野菜? キドニーパイ? うな」
「メニューは私にお任せで! ほら、今日は私がテレサさんの先生ですから! ほら! 自分の手順とか段取りにこだわると、結局いつもの味になるでしょう!?」
 テレサは「そういうことね」と納得し。
「今日は杏奈さんの教えを遵守するわ。だって新しい発見がしたいから。よろしくお願いします、センセイ」
 すらりと日本式の一礼を見せるテレサ。
 驕らず、騙らず、美しく。どうしてこんな人があんな料理を……ううん、絶対正しいお料理道に導いてみせる。私と先人のお料理力で!

「ロンドンもまだまだ寒い時期が続くから、あたたかいスープがうれしいですよね。バターナッツスクウォッシュスープを作りましょう! まずはいつもどおりに作ってみてください」
「了解したわ、センセイ」
 テレサは意外なほど見事な手さばきで玉葱、セロリ、にんじん、じゃがいも、そして南瓜の一種であるバターナッツスクウォッシュを角切り、大鍋に溶かしたバターとからめて炒めていく。イギリスの伝統的なスープ料理だけに作り慣れている感じ。
 おかしい。だって、おかしいところが見当たらないのだ。
「スープストックは使ってもいいのよね? 行きつけのレストランから分けてもらったチキンブイヨンがあるから」
 言いながら冷蔵庫へ向かうテレサ。
 その隙に杏奈は鍋へ鼻を寄せ、そして悶絶した。
 なにもおかしなことはしていないはずの食材は、バターの風味を吸って香ばしい香りがするはずなのに、なぜこんな、ドブに放っておいたスカンクみたいな臭いがする!?
「お待たせ! じゃあブイヨンを」
「待ってください! その前にもう一回、最初から作ってみましょうか? 私といっしょに……レシピ通りに……テレサさんのやりかたは忘れて……発見、あるかもですし」
 テレサにきっちりグラム単位で計量させ、さらに杏奈が何度も確認した材料を素にいざ調理。
「木べらで焦げないようにかき混ぜて――いい匂いがしてき、たで、しょうっ?」
 おかしい。なんだこのにおいは。
 杏奈はちゃんとずーっとテレサの手を見ていたのだ。だから断言できる。テレサはメシマズにありがちな余計な手間を加えていなかったし、もちろん手順を狂わせてもいない。ごく普通どころか見事な手さばきで野菜を刻み、バターを溶かして炒めただけだ。
「香ばしい匂いね。ここまではいつもどおり」
 いつもどおり!?
 臭い、さっきよりひどいんですけど!?
 最新版テ料理被害ドキュメント映画『死神の鎌〜赤い12月〜』で礼元堂深澪が語っていた。「テレさんの料理はまず目に刺さる」と。激臭は鼻よりも先に人の目を侵すのだと杏奈は今、悟る。
「換気扇は回してるんだけど、煙い? ブイヨンを入れたら煙も収まるはずだけど」
 テレサは小首を傾げるが、ちがうちがう、そんなことじゃない。それを言おうにも、先ほどからスマホが着信音を鳴らさないぎりぎりのワン切り(死語)で振動しているし。
 できあがったスープは、テムズ河の下流の底をさらった泥みたいな味がした。
「素材の食感が残るのはいいわね。イギリス式にこだわるとつい煮過ぎちゃうところがあるから」
 そ、素材の食感がぞりっと舌を削ってますぅ!

「次はフィッシュアンドチップスです! この前はタラバガニの足でしたけど、今日はカニカマを用意してきました!」
 杏奈は先ほどのスープでひとつの仮説を立てていた。生の食材はテ料理しやすいんじゃないかなと。
 だからこのフィッシュアンドチップスの材料は“生”を排除することにしたのだ。
 櫛切りにしたじゃがいもにも大ぶりなタラの切り身にも杏奈自身が火を通しておいたし、カニカマはそもそも火が通っている加工食品だから問題はなし。
「トラディショナルスタイルじゃないわよね。やっぱり生のタラじゃないと味わいが」
「今日はっ! 私がっ! センセイですからっ!」
 焦る杏奈にテレサはくすり。
「イエス・サー。これ、最近日本で流行してる時短でしょう? 働きながら料理する女性には必要なものよね。あたしも結婚したからって仕事は辞めないし、そういう意味でも杏奈さんはセンセイなのよね」
 小麦粉とコーンスターチ、ベーキングパウダーと塩。それをビールで溶いた衣をつけて、けして老舗屋台の揚げ油ではない、フレッシュなキャノーラ油へダイブさせた。
「下味つけてないけど、大丈夫?」
「今回はオッケーです。いろいろこりすぎちゃったり、それがまた多すぎたりすると困るじゃないですか」
 いろいろ難しいのね。しみじみつぶやくテレサを横目で見やり、杏奈はポケットに納めたスマホの電源を切った。
 心配しなくても大丈夫ですから。私がちゃんとテレサさんがお料理できるようにしますから。むしろ邪魔しないでくださいね。
「センセイ、揚げ時間は短くていいのよね?」
「衣がカリっとしたらオッケーですけどっ!」
 たった一分――6ラウンドで白き衣はどす黒く染め上げられ、どれがどれだかよくわからないなにかの棒へと変じていく。
「いい感じに仕上がってきたわね」
「ええっ!? じゃなくて、それ、一回上げちゃいましょうか? ちょっとごめんなさい、私も揚げてみますから」
 トングで黒い棒をパッドへ隔離、杏奈が同じ材料で手早く揚げてみる。
 驚くほど、普通にできました。
 ……なにがちがうの? ライヴス? 食材が邪英化してるとか? 謎過ぎてなにが謎なのかもわかんないーっ!
 そして実食。
「杏奈さんのはさくさくしてる。ビールの炭酸が効くの? 熱でアルコールが飛ぶから、未成年でも大丈夫よね。よし、憶えた」
 テレサさんのは……ざくざくした深淵の味です、よ?

「さ、最後はミートパイです」
「パイは好きよ! サーディンかビーフ・キドニーだったら最高ね」
「トラディショナルなメニューはほら、今の人たちにはきついことあるじゃないですか!?」
 特に鰯の顔面がもりもり突き出すスターゲイザーパイは! 杏奈は語りたかった言葉を飲み込んで、騙るべき言葉を重ねる。
「作る人が考えなきゃいけないのは、なによりも食べる人のことですよ。おいしいって喜んでもらえるもの、作るんですよ」
 その笑みはさながら、聖女の慈愛を湛えていた――と後に発売された『死神の鎌〜1月の奇蹟〜』は語ったものだが、さておき。
「玉葱から炒めますよ」
「……炒めにくいわ」
「いいんです! 手の動きを憶えてください!」
 杏奈は後ろからテレサの手を取り、木べらを動かす。テレサの調理という体裁は保ちつつ、実際は杏奈が調理しているわけだ。これなら謎は発動しないはず。
 同じ要領で、炒め玉葱と同量の牛挽肉に塩胡椒、ナツメグ、卵白、パン粉を加えて練る。手触りもにおいも大丈夫。
 あとは冷凍のパイシートに包んで焼くだけだ。このとき、シートの具を乗せる面に油を塗っておくのがポイント。そして上からもう一枚のシートをかぶせて縁を抑え、表面に溶いておいた卵黄を塗る。
「オーブンの余熱は大丈夫ですよね?」
「ええ、あたたまってるわ」
 テレサが慎重にオーブンへパイを入れ、焼き色を確かめて温度を調節――
「これならもう、問題なんかあるはずないですよね」
 果たして。
 ほくほくといい匂いのするパイが焼き上がった。
 味も完璧な――スライム味の。
 いったいなにが悪かったのーっ!?
 杏奈はキッチンの隅でうずくまり、生命力を削り取るダメージと押し寄せる絶望とを噛み締めた。
 超高速でこれまでの情景を脳内再生。問題はない。いや、あれか。テレサにオーブンへインさせた、あの一瞬か。あれだけで料理が手料理化したのか。
 決め手だっただけなのかも。私の手が加わったから表面化しなかっただけで、テ料理化は最初から刻々と進んでたのよね。それがテレサさんの手に預けられた何秒かで、一気に開花したんだわ。
 落ち込む杏奈だったが、しかし。
 実は最後のミートパイ、毒性を0・2パーセント減少させていた。
 誰かが文字通りに手を貸せば、テ料理五品平らげても1パーセントの生命力が残る。これこそがそう、“1月の奇蹟”。
 絶望を覆した聖女として彼女は互助会で讃えられるのだが……本人がそれを喜んだという話は、残念ながら伝わっていない。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【世良 杏奈(aa3447) / 女性 / 26歳 / 真紅の切り札】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 22歳 / ジーニアスヒロイン】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 其の勝利は小さきものなれど、偉大であった。
 
パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2018年01月15日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.