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『街で噂の看板チョコレート 』
ファルス・ティレイラ3733

「いらっしゃいませ。ご自由に見ていってくださいね!」
 明るい笑みを浮かべた黒髪の少女は、ハキハキとした声で客を出迎える。
 店内に漂うのは甘いお菓子の香り。なんでも屋であるファルス・ティレイラは、ある魔女からの依頼を受け彼女の営んでいる魔法菓子店の手伝いをしていた。
 店の売れ行きは悪くなく、売り子の仕事は今のところ順調に進んでいる。
(このままいけば、特に問題もなく今回の仕事を終わらせる事が出来そう!)
 ご機嫌な様子で元気に接客を続けるティレイラ。そんな彼女を、店長はどこか思案げな様子で見つめていた。
 不意に何かを思いついたのか、魔女はティレイラへと近づいてくると一つの提案をしてくる。
「貴女の笑顔、悪くないわね。新作の魔法チョコのアピールをしたいと思ってたんだけど、貴女、店の前で宣伝をしてくれない? お菓子を持って立ってるだけで良いから」
「えぇ!? そんな、いきなり言われても……」
「良いじゃない。店自慢の美味しいチョコやお菓子をご馳走するわよ」
「お、お菓子……!」
 ごくり、とティレイラは喉をならす。この店のお菓子といえば、なかなか手を出せないお値段の高級なものばかりなのだ。売り子をしながらも、店内を覆う甘い香りにいったい何度「いいなぁ。美味しそうだなぁ」と思った事か。垂涎ものとは、まさにこの事だろう。
「貴女が今まで食べたどのお菓子よりも美味しいと思うけど……その味、知りたくない?」
「やる! やります! 私に任せてくださいっ!」
 そんな風に聞かれてしまったら、ティレイラが断る事など出来るはずもない。半ば反射的に首を縦に振ったティレイラに、店主はニッコリと微笑むと早速とばかりに彼女を店の前へと連れて行った。

 ◆

「これで良いですか?」
「そうね。次は、ここらへんに立って……そう、左手にはこのお菓子を持って……。顔の向きはこうかしら? いや、こうも良いわね」
 まるでお人形になったような気分になりながらも、店長に言われるがままティレイラは翼と尻尾を生やし相手の命ずるままのポーズをとっていく。魔女は最も見栄えの良いポーズを探しているのか、あれこれと微調整を繰り返していった。
「うん、良い感じだわ。あとは、仕上げだけね」
 いったいどれほどのポーズをとったのか。ようやく、店長の納得の行くポーズが見つかったらしい。
 思わずホッと安堵の息を吐いたティレイラは、相手の放った仕上げという言葉に小さく首を傾げる。
「仕上げ? まだ何かあるんですか?」
「ええ。もう一つチョコレートが必要なの。どのお菓子よりも愛らしい……特別なチョコレートがね」
 すでにティレイラの手には素敵なお菓子が乗っているというのに、これ以上のものがあるだなんて、いったいどんなチョコレートなのだろうか。期待に胸を膨らませたティレイラの前で、魔女は手を振りかざし何かを口ずさむ。
「……え?」
 ――それが魔法の呪文だと気付いた時には、もう遅かった。
 何の魔法なのか問いかけようとしたティレイラだったが、何故か思うように唇は動かない。口だけではない。腕も、翼も、指先一つ、ティレイラの言う事を聞いてはくれなかった。
(え? え?)
 疑問の声は、当然のように声にはならない。ティレイラはそこでようやく、自分の身体がいつの間にか何かに覆われている事に気付いた。
 彼女の全身を覆う、茶色のコーティング。それは甘い香りを放つ――チョコレート。
(仕上げの特別なチョコレートって、もしかして私の事!?)
 魔女の魔法により、チョコレートの像にされてしまったティレイラは心の中で叫ぶ。そんなティレイラの目の前で、魔女は困惑する彼女とは対照的に嬉しそうに微笑んでいた。
 動けぬティレイラを、店長は自慢の新作のお菓子や包装用のリボン等で更に可愛く飾り付ける。
(私にお任せくださいとは言ったけど……こういうのは聞いてないよ〜!)
 すっかり魔女に飾り付けられ、お菓子屋の前に置かれるに相応しいチョコレートのオブジェと化したティレイラ。魔女はうっとりとした様子で、そんな彼女の姿を様々な角度から見やって笑みを深めた。
「完璧だわ。私の望む、最高のディスプレイの完成よ。なんて、愛らしい……なんて可愛らしいのかしら!」
 キラキラとまるで子供のように目を輝かせ、店長は次々にティレイラへと向かい言葉を投げかける。彼女に話しかけているというよりも、興奮のあまり独り言が止められないのだろう。ルージュの塗られた魔女の唇は、今のティレイラの姿がどれだけ可愛らしく素晴らしいのか、先程からしきりに紡ぎ続けている。髪の毛の先から羽の一枚一枚まで、全てを褒める勢いだ。
(可愛いって言われるのは嬉しいけど、動けないのは困るよ〜!)
 ティレイラの葛藤など知った事ではないとでも言うように、魔女は自身の作り上げた自慢のディスプレイをたっぷりと鑑賞し続けていた。

 ◆

「何これ、凄い! 可愛い〜!」
「美味しそう〜。店員さん、私にこのチョコレートの女の子が持ってる新作をください!」
「私にも!」
 とある魔法菓子店の前。そこには先程から人だかりが出来ている。店長自慢のお菓子は、飛ぶように売れていった。
 だが、何よりも客の興味をひいたのは、商品ではなく店の前に置かれているチョコレートのオブジェだ。
 まるで"少女をそのままチョコレートで固めた"かのような、その像。翼と尻尾のはえた長い髪の毛の竜族の女の子の形をした、看板娘ならぬ看板チョコレートであるそれは、人々の視線をさらい道行く者達の足を思わず止めさせてしまう程の魅力があった。
 また一人、また一人と、そのディスプレイに誘われるように、客がお菓子屋へと立ち寄っていく。中には、その像を鑑賞する事に夢中になりディスプレイから離れない者までいる始末だ。
(私、いったいいつになったら元に戻れるの〜!?)
 チョコレートの像……否、未だチョコレートにされたままのティレイラは、客達に囲まれながらも心の中で泣き叫ぶ。けれど、その声ももちろん誰にも届かない。
 そうして、竜の少女の形をした愛らしいチョコレートの像の噂は、瞬く間に街中へと広まっていくのであった。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3733/ファルス・ティレイラ/女/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターのしまだです。このたびはご発注ありがとうございました!
可愛らしい看板チョコレートとなったティレイラさんのお話、いかかでしたでしょうか。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等御座いましたら、お手数ですがお申し付けください。
それでは、またいつかご縁が御座いましたらよろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年01月19日

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