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『こころかさね 』
迫間 央aa1445)&日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001)&マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
 宮司など詰めていようはずのない、小さな神社の境内。
 純白のウエディングドレス――その実暗殺衣でもある――をまとったマイヤ サーアが、手にした竹刀をふわりと巡らせた。
 正眼に構えた竹刀を立て、切っ先でこれを受ける日暮仙寿。このまま受けてはいけないと知りながら、それでも打たれぬためには受けるよりなくて。
 受ける瞬間、仙寿の体が強ばった。人体は衝撃に耐えるため、反射的に力を入れてしまう。
 マイヤは自らの竹刀を仙寿のそれに当てて弾ませ、体を返して逆から突き込んだ。
 当然、固まった仙寿は対処できず――
「っ!」
 腹を突かれて尻餅をついて。
「それまで」
 ふと、ふたりの試合を見ていた迫間 央が声をかけた。
「わかったわ」
 マイヤが静かに息を抜く。
 それを確かめた央は、カードよろしく千円札を仙寿へ飛ばし、笑みかけた。
「仙寿君、なにか飲み物をマイヤに買ってきてくれないか? もちろん君のも、ついでに俺のも。負けた罰ゲームってことで」
「……ああ。でも罰ゲームなら払いは俺だろう?」
 律儀に札を央へ返し、マイヤに一礼。仙寿が神域を抜けて駆けていった。
「仙寿くんを行かせてよかった?」
 竹刀を納め、マイヤが央に添う。目で問うていた。仙寿くんにワタシから言葉をかけなくてよかったの?
「言葉を受け入れるには心を整理する時間が要るだろ。マイヤの追い打ちを俺に止められた後でもあるしな」
 あのとき、マイヤの切っ先は仙寿の鳩尾を狙っていた。尻餅をつき、地面に縫いつけられた仙寿がかわせるはずはない。だから、非礼を承知で止めた。
「で、マイヤは彼の剣をどう思う?」
「綺麗過ぎる」
 マイヤが即答し、重ねた。
「剣士でありたい心が手を狭めている感が強い? もっとも卑怯未練に戦うだけがシャドウルーカーじゃないけれど。ただ、ワタシと彼の剣はどこか似ているわね」
「心が?」
 マイヤは静かに首を左右に振り。
「業(わざ)の有り様が」
「有り様、か」
 央はマイヤに出逢うまで、ごくごく普通の人生というやつを歩んできた。いや、正確に言えば尋常ならざる苦い思い出はあるのだが……ともあれ、剣道こそ修めてはいたが、生涯を預けるほどの思い入れは持っていなかった。ゆえに彼は自然にマイヤの技と業とをを受け入れ、自身をある意味で道具と化すことへ注力し、そしてひとつの頂点を極めるに至ったのだ。
「俺は、そういう意味じゃ有るも無いもないからな。最初からなにもない」
 自嘲を引っ込め、央は息をついた。
「……とにかく、結局は仙寿君の心と有り様しだいってことだな」
 マイヤはそんな央を見やり、薄笑む。
「なにかしてあげたいのね」
「どうしてわかる?」
「顔に書いてあるもの」
 央は自分の顔に触れてみたが、書いてあるものを探り当てることはできない。
「ワタシにはわかるの。もちろん央限定だけど」
 そうか。それならしかたない。央は笑んでしまいそうになる口元を引き締め、マイヤの視線から顔を逸らした。今の心情まで言い当てられたらたまらない。もっともマイヤはそれすらも読んで、あえて言わずにすませるのだろうが……

 自販機へ向かう中で仙寿は呼吸を整える。
 マイヤの追撃を止めてもらったことは承知している。それ以前に、マイヤの手加減を受けていたことも。暗殺者としての技をすべて使われれば、下手をすれば一合すら合わせられなかっただろう。
 俺も裏の技を使えば届いたか?
 自問に対する自答は、否。
 そもそも届く届かぬではない。己の心がそれをゆるさないのだ。
 己の内には名も知らぬ人々の血臭に満ちた闇がある。包み隠すつもりも、都合よく忘れ去るつもりもない。ただ、その闇が、目の前にある誰かの光を護れることをあいつが教えてくれたから。俺はそうありたいと願うんだ。
 これまで多くを踏み越え、多くを学んできた。
 その中で、彼の心を塞いでいた彼女の師匠――共鳴体に映るあの男に、清濁とは表裏であることを教えられた。あいつが清なら濁を担う、わかっているつもりだ。いや、わかっているつもりだった。
 しかし。本物の濁を前に、仙寿は結局、濁である自分を封じてしまった。それはつまるところ言い訳だ。
 央とマイヤは仙寿にとって無二の先達であり、大切な友であり、挑むべき目標だ。今の自分ではけして越えられない、高すぎる壁。だからこそ甘えてしまう。負けてもしかたない、むしろ負けるのが正しいのだと、自分に言い聞かせてしまう。
 俺は卑怯だ。
 気づいてしまえばもう、いてもたってもいられず駆け出すよりなかった。そんなことで卑怯を置き去れるはずもないことを知りながら、それでも。


「呼び止めておいてなんだけど、帰らなくて大丈夫かい?」
 仙寿から受け取ったペットボトルの茶をひと口飲み、央が問う。
「別に家でやらなきゃならないことがあるわけじゃない。あけびとの稽古は後でもできるしな。連絡もいれておいたから、問題ない」
 そも、仙寿がマイヤとの試合にのぞむこととなった理由は、部活帰りに央から声をかけられたことにあった。
『なにか悩んでることがあるなら、聞かせてもらうよ』
 別に悩んでることなんかないと、そう思ったのだが。仙寿の口は自然に返していたのだ。
『俺には竹刀の重さがわからない』
 その言葉は仙寿の心に封じられていたらしい疑問を一気に紐解いた。
 剣道という競技の中で、彼はそれなり以上の結果を残してはきた。しかし。
 竹刀を振るうほど、競技とは命ではなく、競技にどれだけ特化できたかの出来を比べ合うためのものではないのかと思えてならないのだ。
 俺の竹刀は誰かを護れるのか? こんなに軽い剣で。
 と、常は幻想蝶に閉じこもっているマイヤがその姿を現わし、言ったのだ。
『なら、その疑問をまずは見せて』
 結果はこれまでに語ったとおりである。
「剣が重いか軽いかなんて、たいしたことじゃないわ」
 マイヤがペットボトルの蓋を閉め、仙寿へ放った――瞬間、その眼前に踏み込み、竹刀の柄頭をその脇腹に押し当てた。
「っ」
 肋の隙間をこじられる小さな痛みに、仙寿は息を詰める。
「殺す気さえあれば」
 爪先でゆっくりと仙寿の喉を一文字になぞり、離れた。
「なにを使ってでも、殺せるもの」
 マイヤの薄笑みに、仙寿は割り切れないものを感じる。いや、彼女が言うとおりだとは思うのだ。しかし、心のどこかが、それを肯定しようとしない。
「……仙寿君は刺客じゃなくて剣客になりたいんだって、そう言ったね」
 マイヤから竹刀を受け取った央が、それを正眼に構えた。剣道においても剣術においても、基本中の基本となる攻防一体の型。
「死線をくぐったからこそ、竹刀の軽さを感じるのはわかるよ。38(全長三尺八寸の高校生用竹刀)は480グラム。仙寿君の小烏丸は1300グラムくらいか。たかが二倍と少しのちがいだけど、その重さが不殺と必殺を分ける」
 央に促された仙寿は竹刀を構え、受けの型を作った。
「でもね」
 央が掛かる。掛かる。掛かる。これはそう、掛かり稽古と呼ばれる剣道の打ち込み練習。上級者である仙寿は元立ちという、掛かり手の竹刀を受ける役を務めることに慣れていたが……央の剣は鋭く、受けるだけで姿勢が崩され、ずるずると後ろへ下がらせられた。
 いや、技で言えば、もしかすれば仙寿のほうが上であるのかもしれない。それなのに、央がただ繰り出し続ける面打ちを受けきれずにいるのだ。
「剣士の剣は――剣道の剣は、重さじゃないんだ」
 剣の重さは鋼の重さ。ゆえに打つばかりの竹刀には為せぬ必殺を成す。それを仙寿は、幾多の戦場の内で思い知ってきた。それを央はちがうのだと言う。
「士が、道が剣なんじゃない。士も剣も、道なんだよ」
 央の面打ちが、ついに仙寿の手を痺れさせ、竹刀を取り落とさせた。480グラムの斬撃が、なぜこれほどに重い?
「士を志すのは人だ。剣を振るうのも人だ。その人が行くものが道、俺はそう思うんだよ」
 竹刀を元のとおり正眼に構えて下がり、央は問いを重ねた。
「君はなにを志す? その剣でなにを為す? それを目ざして、どこへ行く?」
 問われている以上に問われているように思えた。剣を志す仙寿が、どんな道を辿り、生きるのかと。
「俺は――」
 なんと答えるべきかがわからない。なにを答えられるのかも、わからない。
 とまどい、言葉を押し詰めた仙寿の空白に、マイヤが言葉を忍び込ませる。
「エージェントに登録してから一度だけ、央に大怪我をさせたことがあるの」
 マイヤが語るのは、愚神の襲撃を受けたロンドン支部での防衛戦の一幕であった。
「あのときのワタシは妄執に取り憑かれていた。愚神を殺す、それだけのために央を道連れにしたのよ。実際のところ、央の機転がなければ終わっていたわ。そしてワタシに力があれば、その後央をあんな目にあわせることはなかった。だから」
 マイヤが央の背に手を添えた。限りない悔いと愛しさを込めて、ライヴスを灯す。
「誓ったのよ。なにがあっても央を信じるって。央の力はワタシの足りないものを補って、央に足りないものはワタシの力で補って、ふたりで戦う」
 央の体に、マイヤのそれを迎えるようにライヴスが灯った。
 ふたつのライヴスが重なり、やがてひとつの彩を成す。
「それがきっと、ワタシたちの誓約の本当の意味だと思うから」
 突き詰めて言えば、それはリンクレートの高まりということになるのだろうか。しかしそう言い切れない、言い切りたくないものが央とマイヤの間にある。
 その正体は仙寿独りで悟ることのできない、悟った気になってはならないものなのだろうと思う――と、彼の比翼連理たる英雄、不知あけびの姿が脳裏をよぎった。
 あけびがいてくれたら、俺にもふたりへ返すべき言葉を見つけられる。そう思えてならないのに。

「仙寿様!」

 振り向いた仙寿は信じがたいものを見つけた。
 すなわち思い描いた英雄、あけびの姿を。
「なんで、あけびがここに?」
 あけびはきょとんと小首を傾げ。
「央さんたちといるって言ったから、混ざろっかなって。稽古も後回しなんでしょ……って、邪魔だった?」
 こんなときに颯爽と現われるなんてかっこよすぎだろ!? スーパーヒロインかよ!
 驚いたのと同時に少し悔しい気持ちになったんだとはとても言えず、仙寿はただかぶりを振るよりなかったのだ。


「道、って話を聞かせてもらって、俺なりに思うことはあるんだ」
 仙寿は言葉を探り、ゆっくりと語り始めた。
 傍らにあけびがいる、ただそれだけで不思議なほどに落ち着いていた。安心して口を開くことができる。
「剣道は、剣士にとってそれこそ基本で、王道だ。先人が積み上げてきた有効打を敷いた石畳みたいに。それを辿るのが剣士の生だし、その先へ行くのが本懐だと思う」
 央は相槌を打たず、小さくうなずいた。その無言の促しに、仙寿の口から自然と続く言葉が引き出される。
「でも、道は歩くだけのものじゃない。行き会う誰かと出逢う場でもある。試合でも死合でも、向かいにはかならず誰かが――同じ道にある相手がいる」
 仙寿は息を吸い、肚を据えて、口を開いた。
「俺の剣はもともと、流派を名乗ることを禁じられた暗殺剣だ」
 驚かず、感心もせず、ただ平らかに央とマイヤは受け入れた。すでに先の立ち合いで予想できていたこともあったが、それよりも深い、仙寿という存在への理解があったから。
「相手の背を突き、虚を突いて斬る。その業を叩き込まれてきたよ。相手と向き合ったら最後だと、そう言い含められながら」
 ここでマイヤが静かに口を開く。
「結果だけを求められる刃。ワタシとあなたはよく似ている。ちがうのは、あなたが剣道という“光”にこだわるところ」
「意識してるわけじゃない。いや、俺はこの剣を堂々と掲げられる剣士に……剣客として生きたいんだ。おかしな話だよな。剣道の有り様に迷いながら、剣道にすがる」
 と。
「いいんじゃないかな」
 あけびが仙寿の述懐を遮った。そして強く言い切る。
「仙寿様はひとりじゃないんだから」
 その言葉はまさに、一夜にして花弁を開く染井吉野さながらの鮮やかさ。これまでの経緯などなにも知らないはずなのに核心を突く薄紅の切っ先。
 でも、悔しくはなかった。だってこれは、俺があけびに言って欲しくて、俺がこれから言うべき言葉なんだから。
「――清濁は相反するからこそ支え合えるもの。俺はその言葉を意味を知れた気がするんだ。央とマイヤがいてくれて、あけびがいてくれる今、やっと」
 仙寿が立ち上がり、あけびに添って立つ。
「もう一度、今度は共鳴して立ち合ってくれないか? 俺ひとりじゃ見せられなかった答を見てほしい」
「受けて立とう」
「ええ」
 央とマイヤも立ち上がり。
 ただそれだけで仙寿は圧倒された。逆に言えば、ふたりの高みを感じ取れる域に自分が達したということなのだろうが――
『仙寿様、見せるよ』
 共鳴した仙寿の内、あけびは言い切った。
 最近、剣道について悩んでいることは知っていたし、その中で迷っているのだろうことも察してはいた。央とマイヤが仙寿に迷いを断つきっかけを与えたのだろうことも。
 正直、どうして自分に言わないのかという不満はある。
 だって。
 仙寿様の答は私でしょ。
 根拠はないが、確信があったから。
『ああ』
 仙寿はそれを認めて受け入れる。
 俺の答はあけびだ。
 もう迷わない。となりに在るあけびという答を、同じ道の上で向き合ってくれた央とマイヤに見せる。
 一方、央は内でマイヤに苦笑を見せた。
『最後まで先達の顔をしていたかったんだけどな』
 央は次の言葉を内ではなく、口で綴った。
「ひとりの剣士として、ひとつのライヴスリンカーとして、相対させてもらう」
 あけびの師匠、“仙寿之介”の姿を映した共鳴体へ目線を据えてさらに。
「誰かの面影じゃない日暮仙寿と――仙寿君とあけびさんの“答”とな」
 マイヤはため息をついた。それを仙寿くんに聞かせるなんて結局、先輩そのものじゃない。
 仙寿が抱える仙寿之介へのコンプレックスは並大抵のものではないようだ。暗殺剣ではなく表の剣技にこだわるのも、いくらかはそれが作用してのことだろう。
 仙寿を迷いから解き放ってやりたい。
 その上で、央もまた問おうとしている。
 自らの“道”を。
 なにもないと言いながらそうあることを定めた、剣士としての有り様を。
 いいわ。確かめて、あなたを。そしてワタシを存分に。


「どちらもスキルはなし、剣は一撃ということにしようか。それだけで多分、足りる」
 抜き放った天叢雲剣を正眼に構え、央が告げた。
「承知」
 鞘に収めた小烏丸の鯉口を切り、仙寿が応じる。
 先ほどとは逆の図式。しかし、それによって先手と後手とが定まった。
 ふと、央が踏み出した。まるで“気”を感じさせない一歩に、仙寿の呼応が遅れる。
 どこの手練れた暗殺者だよ。さっき剣士だって言ったのはブラフか……いや、そうじゃないな。マイヤの業が央を支えてるだけだ。ライヴスリンカーは、ここまでひとつになれるのか。
 仙寿はブーツのつま先を軸に体を返し、眼前に迫る央から左半身を遠ざける。刃を抜き打つには距離が必要だ。
『すごいね。マイヤさんも央さんも』
 マイヤの暗殺者としての完成度と、それをすべて受け入れて自らの力と成す“一般人”の懐の深さを認め。
『でも、私たちのほうが濃い』
 それを越えてあけびが笑んだ。
 暗殺剣の使い手たる仙寿と忍であるあけびは共に、闇。だからこそ。
 抜く――その気配だけを飛ばし、仙寿が央の脇をすり抜けた。剣士にあるまじき欺し手ではあったが、忍、あるいは暗殺剣では幼稚なほどにあたりまえの“虚”だ。
 あけびといっしょに強さを目指し続ける。ほかの誰でもない、日暮仙寿として。

『それでいい』
 央は内で口の端を吊り上げた。
 仙寿は仙寿之介の残影を辿ることなく、自らとあけびの業を尽くして踏み込んだ。
 君があけびさんの幻(み)る仙寿之介になる必要なんかないんだ。強くなればいい。ほかの誰でもない、君が誇りを持って名乗ることのできる日暮仙寿として。
『合わせて』
 マイヤのライヴスが央に行くべき先を告げる。
 央は構えを保ったまままっすぐと踏み出していく。
 それはシャドウルーカーらしからぬ愚直な直進に見えたが。
 そうではない。先ほど仙寿が見せた気当たりを始め、踏み出す角度、目線、さらには足音までもを駆使したフェイントを重ね、仙寿を惑わせているのだ。
 業はマイヤに委ね、そして。
 俺はこの心で、君の迷いを打つ。
 繰り出した一撃はまさに、剣道の面打ちであった。

 速いわけではない。強いわけでもない。それなのに央の剣はおそろしいまでの重さと気迫をもって仙寿へ向かい来る。
 シャドウルーカーの業を支えに踏み込んで繰り出した、まっすぐな剣。その重さとはすなわち、据えられた思いの重さだ。それにたった今気づくなんて、俺は本当に未熟だな。
 先ほどの竹刀での立ち合いを思い出し、仙寿は自嘲した。
 闇の業を使うことをためらう気はない。持てるすべてを尽くして対すると決めていたが。
『仙寿様はどうしたいの?』
 あけびの問いに、考えるまでもなく応えていた。
『央の心に応えたい気持ちはある。でも、それよりも俺はおまえに見せたいんだ。刺客じゃなく剣客を目ざす、俺の心を』
 この姿は仙寿之介。しかし、内に在る“俺”はあけびと共に在る日暮仙寿なのだから。
『見ないよ』
 あけびは短く言い切って。
『いっしょに見せるんだから』

 果たして。
 抜き打たれた小烏丸の峰が央の叢雲を正面から受け止めた。
 寸毫にも迷いあらば押し込まれ、打たれていただろう。
 しかし、仙寿の直ぐな心は央の直ぐな心に負けることなく、拮抗したのだ。
『暗殺の剣は虚無。速くて鋭い代わり、風に流されるほど軽い。ワタシの業の軽さは、央の心の重さをもって初めて“剣”になる』
「俺にはなにもない。それを教えてくれたのはマイヤだ。でも、だからこそ俺は剣士として生きたいと思うようになったよ。なにもないはずの俺にあった剣道が、俺にマイヤを受け入れるための器をくれた。ふたりでいろいろ悩むうちに道が拓けて、そこで出逢った人たちとの繋がりに導かれて……今、仙寿君の前にある俺たちになった」
 マイヤから言葉を引き継いだ央が、剣を手放した。
 いつしか共鳴は解け、マイヤに添われた央が仙寿を見下ろしていた。
「仙寿君、自分に克て。そしてなりたい君になれよ」
 自由を取り戻した仙寿の刃。しかし打ち込むことはできなかった。
 央の為す残心は、今や無手の男と化したはずの彼をなお剣士としてその場に立たせていたから。
「貫けばいい。あなたと彼女の宿縁は、あなたの生きる道がどこへ向いても違えるようなものではないはず。それを信じて、踏み出しなさい」
 同じく共鳴を解いたあけびがマイヤにうなずく。あらんかぎりの心を込めて、強く。
「仙寿様がどこに行っても、見失っても絶対見つけてみせるから。って、ぜんぜん心配してないけどね。だって私たちが行きたい先は同じだもの」
 同じ道を、同じ先を見て進む。だから見失うこともきっとない。
 仙寿はあけびの言葉に潜められた真意を噛み締める。そして。
「俺が貫きたいものはあけびが貫きたいものだ。俺たちはこの剣を尽くして誰かを護る」
 ここにあらためて誓う。
 仙寿之介の影としてではなく、日暮仙寿としてあけびと心を合わせ、同じ先へ行く。


「男ってほんと、難しいことばっかり考えたがるよねー」
 これまでの話のすべてを聞いたあけびは大きなため息をついてみせた。
「生きる道に迷うのは当然だよ。特に仙寿君は複雑な立場でもあるしね」
 苦笑した央がふと仙寿の耳元へ口を寄せ。
「いろいろと肚が据わったみたいだな。それでいいと思うよ」
「――どういう意味だ?」
「好きなんだろう? あけびさんのこと」
「なっ!?」
 仙寿の美麗な顔が引き歪み、八重桜の赤をしのぐ深紅へ染め上げられた。
「なに? 男同士でこそこそして」
 なんともおもしろくなさげな顔で仙寿と央を見るあけび。
 マイヤはそれをかるくなだめ。
「こういうときは放っておいてあげればいいのよ、ワタシたちはね」
 あけびはマイヤの落ち着いた様子に感嘆する。
「大人だなってだけじゃなくて、マイヤさん、すごく央さんと通じ合ってる感じがします」
 マイヤはまっすぐ央へ目を向け、視線を合わせた。
「そう信じているのよ。ワタシと央の運命を」
 まだ赤みの残る頬に邪気のない笑みを浮かべ、仙寿が央に言う。
「運命を信じてるって、殺し文句だな」
 意趣返しを含みつつも概ね素直な仙寿の言葉に、央は口の端を吊り上げてみせた。
「ま、素戔嗚尊と奇稲田姫だしな」
 照れもせずに言い切るあたりは小憎らしいが、このふたりだからこそだとも思えて。
 いいな。央とマイヤは、いい。
 仙寿は夕闇に追い立てられゆく青空を見上げて息をついた。
「そうだな。俺とあけびの宿縁が、央とマイヤみたいに強いものだといい」
 あけびがうなずいた。その万感を受け、仙寿は言葉を重ねる。
「あけびが今いるのはこの世界で、俺のとなりだ。預けてもらった信頼を裏切らない自分でありたい。そのために俺は弱い俺と相対して克つ――剣の道を貫いて、あるべき俺を目ざす」
 あらためて手にした竹刀は重い。
 その重さは仙寿自身の心の重さだ。央とマイヤが教えてくれて、あけびが気づかせてくれた、確かな重み。
「その思いがあればたどりつけるさ。君が目ざす、君だけの剣の高みへ」
 央が笑みをうなずかせ。
「あなたの望んだ未来が、あなたたちにとって望ましいものであることを」
 マイヤはやさしい祈りを込めて綴るのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【迫間 央(aa1445) / 男性 / 25歳 / 素戔嗚尊】
【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 16歳 / 八重桜】
【マイヤ サーア(aa1445hero001) / 女性 / 26歳 / 奇稲田姫】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 18歳 / 染井吉野】

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 相対する同志あればこそ、人は己を識り、心定めるものならん。
 
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2018年01月22日

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